《6/15発売【書籍化】番外編2本完結「わたしと隣の和菓子さま」(舊「和菓子さま 剣士さま」)》18・特別編・化かすか化かされるか、椿餅

山路茜さん主役の、特別編です。

「自分はこれくらいでいいんだと思っているから、點數がびないんだって」

塾の英語の小テストでの勝負に完敗し、答案用紙を握りしめたまま機の上にびていた山路(やまじ) 茜(あかね)さんに、彼の天敵ともいえる木(しおぎ) 道行(みちゆき)君のそんな聲が降ってきた。

「だいたい、勘違いが多すぎ。テストは、勉強していればできるレベルだった。それができてないってことは、勉強をしていないってことだよね。あれ、もしかして、勉強はしたけれどできなかったとか? まさかねぇ、そんなはずないよね。未來のツアコンさまに限って、そんな間抜けな失態をするなんて考えられないよ。ってことで、勝利品のチョコレートをよろしく」

山路さんが黙っているのをいいことに、この木君という人は、彼の痛いところをビシバシと突いてきた。

もしここが剣道場なら、山路さんにも勝ち目はあった。けれど、塾の教室の一室では勝ち目どころか、引き分ける手立てもないのだ。

「黙って聞いていれば、ネチネチと」

日頃、大らかな剣道部男子(約一名、摑みどころのない人もいたが)と過ごしている山路さんにとって、木君は出會った時から「なんか合わない」人だった。

山路さんはすっくと立ち上がると木君を見上げ「この……クソダヌキ野郎が!」とび、握っていた自分の答案用紙を投げつけた。

そのまま教室を出て、帰路を急いだ山路さん。

見る人が見れば、頭の上からは蒸気機関車のように、シュシュシュと湯気が出ていたはずだ。

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人には聞かせられない、木君への悪口雑言を湯気とともに吐き出しながら、でも、山路さんにはわかっていた。

――人は図星を指された時ほど、頭にくるものだと。

そう認めたあたりから、山路さんの歩きにも勢いはなくなってきた。

ふと、ショウウインドウに映った自分の姿に気付き立ち止る。

――みっともない。

この怒りは確かに木君に向けられたものだけれど、そのもともとの原因は自分にあるとわかっているから。

山路さんが初めて英語に出會ったのは、中學の授業だ。すぐに、自分とは相の良くない科目だと認識した。

人間誰しも得手不得手がある。山路さんの場合の得手は育で、不得手は英語なんだという、ただそれだけの話だったから。

人と接するのが好きで、力にも自信があった山路さんは、將來は育か教室の先生になれたらなぁと思っていた。

それが大きく変わったのは、中一の夏。

リュックを背負い明らかに旅行者と思われる外國人夫婦に、山路さん一家(両親および、兄たちプラス山路さん)が電車で話しかけられた時のことだ。

夫婦は何かに困っていたようで、そのことを英語で山路さん一家に聞いてきた。すると、両親は不安な顔つきでお互い見つめ合い、四人もいる兄たちに至っては視線をあちこちへとさまよわせ始めたのだ。

最初から自分の出番ではないと、外野を決めこんでいた山路さん。けれど、待てど暮らせど家族の誰ひとりとしてその問いに答えようとしない。だから、仕方なく「いえす」と答えたのだった。

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決して「YES」でも、ましてや「イエス」でもない、日本語臭プンプンの「いえす」だった。それが外國人の夫婦に通じた。結果、山路さんは彼らからとても謝された。そして、家族の中で一番小さなの子が自分たちの問いに答えたことを褒めるような仕草をして、次の駅で降りて行った。

夫婦の問いは「次の駅は表參道ですか?」というものだ。山路さんには、その答えがわかっていた。だから「いえす」と答えたのだ。ただ、それだけの話だったけれど、外國の人と話が通じた楽しさ(しかも、家族の中で自分だけが!)という験は、今まで海外に全く目を向けていなかった山路さんの意識を変え、ついには海外の人と関係のある仕事がしたいと思うほどまでに育っていったのだ。

そもそも、山路さんの験が「簡単な英語でも話は通じるのだ」という點にあったため、塾に通いはしているものの、績は今一つだ。木君が言った「自分はこれくらいでいいんだ」底に流れていることは、否めなかった。

否めないけれど、ムカつくし、腹も立つ。

木君にも、そして自分にも。

そして悔しかった。

あんなテストで負けちゃう自分に。

そして、そんな勝負をしかけてくる木君は、クソ意地悪いと思った。

二月のある土曜日の夜。

仕事から帰ってきた長兄が、山路さんの部屋をノックした。長兄は山路さんと一回り年が離れている。

「茜、チョコレートありがとう。今日、友達と作ったんだって?」

「そうなの。剣道部で一緒だった、柏木(かしわぎ) 慶子(けいこ)さんよ」

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「母さんが、茜にあんなにおとなしくて可らしい友達がいるなんて驚いたって」

「おとなしいけど、剣道をするくらいだから、はあるのよ」

そうなのだ。柏木さんにはがある。

文化祭で行われた団流戦での、柏木さんの一本。あの一本を山路さんは今でも覚えている。

柏木さんの相手は、同じく高校三年生で経験も技も彼より勝る相手だった。相手もそれがすぐにわかったのだろう。序盤から、力で柏木さんを押し切ろうとしていた。

柏木さんは、山路さんとの稽古でに著けた基本のきで応戦した。一方的に打たれていた柏木さんだったが、なにを思ったのか、相手との間合いを詰めたのだ。自分より強い相手の懐へと一歩踏み出すのは恐ろしいことだ。山路さんも、まさか柏木さんがそんなきをするとは思わずに、息をのんだ。

相手も驚いたのだろう。その一瞬のれを柏木さんはつき、なんと小手で先取した。

? 興? 激? ともかく、あの瞬間、山路さんの心は柏木さんに持っていかれた。

山路さんはあの一本を見た時に、自分が柏木さんと練習を積んだ日々や、同期の子部員が抜けたときの不安な気持ち。山路さんの剣道部に関するありとあらゆる出來事が、昇華されたような、そんな気持ちになったのだ。

一人ではない。みな、繋がっている。

それを、柏木さんは山路さんに見せてくれたのだ。

そんな柏木さんと、今日は仲良くバレンタインのチョコレート作り。木君を思い、チョコレートをぶちまけてしまったのは、ご敬。どんな経緯かはさておき、負けは負け。潔く彼の分もチョコレートを作った山路さんであった。

ラッピングの數は、剣道部関係+木君+山路家の四個。

ん? 四個?

長男、次男、三男、四男、そして父親。山路家は、五個のチョコレートが必要なんじゃないの?

ダッシュで和室へ向かい、チョコレートを數えた山路さん。ぎゃーとびながら、長兄の部屋に走った、が、遅かった。その勢いで、次から次へと兄たちの部屋を開けまくった山路さんだったが。見事、撃沈した。

山路さんは、和室に戻った。目の前にあるのは、剣道部員と験真っ盛りの常盤さんと山田先生へのものだ。

どれ一つとして、あげないわけにはいかない。

つまり、やっぱり、そうなると、塾での賭けで渡すことになった木君のチョコを割ということになるのだろう。とはいえ、あれはあれであげないと、後々何を言われるかわかったもんじゃない。

また、作るか。

木君のためだけに?

うーんと悩んでいた山路さんのところに、ひょっこりと母親が顔を出した。

「茜、ここにいたのね。あのね、これすごくおいしかったのよ」

山路さんの母親はそう言って、半分だけ綺麗に殘してある和菓子を見せてきた。それは鮮やかな緑した椿の葉に上下挾まれた「椿餅」で、山路さんはひと目見て「これだけは絶対に手をだすまい」と思った一品でもあった。

椿といえば、街のあちこちで花を咲かせているあの椿だ。この菓子の葉は、それと同じものなのだ。そして、山路さんの「椿餅」への想はズバリ「タヌキが頭の上に葉を載せて、菓子に化けるとこうなるんだろうな」ってことだった。

葉に挾まれた餅のだって、どういうわけか、茶でおいしそうじゃない。山路さんが選んだ「未開紅」とは、大違いの代だったのだ。

母親の「おいしかったのよ」の言葉は信じがたい。いや、だって、葉っぱだし。茶だし。

しかし、母親からの熱心な「食べてみて」に負け、その葉をどけて一口で食べた。

「え。おいしい」

どんな味なのだろうかと心不安だったけれど、シナモンの香りよく、味もまた深く、餡にもあい、絶品ともいえる味だった。なんだ、これ。

「日本の職人さんって凄いのね。ここ、茜の同級生のお店なんでしょ。お嫁に行けば」

母親のその言葉に、食道を通った餅が逆流しそうになった。

學校の廊下を歩いていた山路さんは、大らかな剣道部男子から除外される「約一名」を発見した。

「鈴木、鈴木」

鈴木君は山路さんの聲に、ゆっくりと振り向いた。

「あのさ、このあいだ柏木さんが持ってきてくれたお菓子のことなんだけど」

山路さんがそう言うと、鈴木君は「あぁ」と何やらわかったかのような顔をしてきた。

その鈴木君の様子に、し面白くない気持ちになる山路さん。

「……何を聞こうとしているか、わかっているの?」

いつになく、つっかかるような、ひねくれたの言い方をしてしまう。

「わかるわけないだろう。喧嘩したいわけ?」

自分の態度は棚に上げ、鈴木君の返事に山路さんは首を捻る。

「あれ。なんか、蟲の居所が悪い?」

山路さんが聞くと、鈴木君は肩をすくめた。

「わたし、『椿餅』のことを聞こうと思ったけど。なんか、気が失せた」

「あ、そ」

そう言うと鈴木君はぷいと前を向いて、歩きだそうとした。

「ちょい待ち!」

山路さんはそう言うと、鈴木君の制服をぎゅと摑み、廊下の端に鈴木君を引っ張った。

「あの日、何かあったわけ?」

主語も的なことも言わず、山路さんは鈴木君に柏木さんを迎えに來るよう電話をした日のことを尋ねた。正確に言えば、山路さんは迎えに來いとは言わなかった。「今、柏木さんがうちを出たよ。し時間が遅いよね」と、言っただけだ。

鈴木君がいかにも嫌そうにため息をつく。

「なにも」

「なにもって。なにも、なんにもなかったってこと?」

山路さんは、半ば呆れたような聲でそう言った。山路さんも決してこの二人に何かあったとは思っていなかったが(もし、あったとしたら、誰かさんの様子が絶対におかしいからだ)、改めて「なにも」と答えられると、じれったいようなイライラとした気にもなった。

「……なんか変なの」

山路さんの言葉に鈴木君は顔をしかめると「もう、いいだろ」と、言い立ち去った。

山路さんは、自分を含めた剣道部の面々が、鈴木君と柏木さんのことに薄々(というか、既にもう薄いとはいえないので「濃々」か?)気付いているのを知っていた。

特に鈴木君に関してはかなり早い時點で、柏木さんを特別なの子として見ているというのは明らかだった。とどめが、剣道部顧問の山田先生への折り鶴だ。院している先生に千羽鶴を折ろうと考えたのは柏木さんだが、先頭に立ち先生や他の學年と掛け合ったのは、彼だったのだ。あんなアクティブな鈴木君を、山路さんは初めて見た。

もうあれは、自分の気持ちを自覚している男の行だ。

鈴木 學という人を、山路さんは中學一年生の頃から知っている。顔は整っているが、無表だし、想はないし、なにを考えているのかわからない人だった。

面倒が嫌いで、そのためには勝負さえ捨てる男だ。山路さんの鈴木君への評価は、あれで地まで落ちた。

そんな彼なのに、なぜか上級生の子にはもてた。山路さんは、鈴木君と同じ學年というだけで、嫉妬されたこともあった。ほんと、最悪だ。

鈴木君が変ったのは、最近だ。ありていに言えば、柏木さんが、剣道部にってからだ。顔つきが穏やかになった。そして、試合を投げなくなった。夏合宿での因縁の呉田先輩だけでなく、流戦での団戦も勝った。

鈴木君があそこまで強いなんて、山路さんは思いもしなかった。福地君は、當然のような顔をしたが、それはそれでむかついた。だったら、もっと前からちゃんと勝て。

でも、もしたのだ。人って変わるんだと思ったのだ。

一方で、柏木さん。申し訳ないが、彼は自覚どころか迷走している。

あれは、去年の十月だっただろうか。大學の進路について、互いに話した時だ。大學の説明會に參加した柏木さんは、文化史學科に進みたいと言った。その理由として、學科の紹介で和菓子にれる映像が出てきたことを話してきた。

そして、そこから鈴木家が営む「壽々喜」の和菓子についての話を、延々と山路さんにし始めたのだ。

山路さんは、衝撃をけた。

柏木さんとしては、あくまで「和菓子」が好きだというスタンスで話してくるのだが、どうも山路さんにはそれが「その店の息子が好きだ」としか聞こえなかったからだ。

柏木さん、自覚なし? そんなことってあるの?

しながらも、山路さんは辛抱強く柏木さんの話を聞いた。そして、山路さんは、柏木さんが菓子への思いと鈴木君への想いを、混同しているのではないかと結論付けた。

とはいえ、もうしばらく様子を見ようと思っていた山路さんに訪れた、二度目の衝撃。

それは、バレンタインの菓子作りで、柏木さんを自宅に呼んだ日のことだ。

あの雪の日、待ち合わせた駅前で、柏木さんは頬を赤くしながら、過剰なまでに防水包裝がされた「壽々喜」の袋を持って立っていた。袋の中には、よくもこれだけ買ったものだと、軽く焼けを起こしそうなほどの、たくさんの菓子がっていた。

それは、ともかく、柏木さんの姿だ。この「新妻が友人宅を訪問するために自分の店の菓子を持たせた夫」的な図は、なんでしょうか。そこにいないのに、鈴木君の存在がぷんぷん匂うのは、何故でしょうか。山路さんは、もだえ、鼻が出そうになった。

そして、あの鈴木君がどんな顔をしてどんな思いで、悪天候の中、菓子を買いに來た柏木さんを迎え、そして見送ったのかと思うと、友だちながら泣けてきた。

だから、帰りに電話をしてあげたのだ。

何も起こらないだろうなと思いながらも、どこかで何かが起こればいいのにと思っていたのだ。そういった、しはロマンチックな気持ちが、自分にもあったのだ。

鈴木君は、柏木さんをどうするのだろう。

彼は大學には進まずに、和菓子の修業をするという。

その間、彼を放置しておくつもりだろうか?

自覚だけじゃ、だめなのだ。

かないと、変わらない。

わたしも、ミスター鈴木も。

山路さんは塾が終わった後の廊下で、木君に菓子の包みを渡した。

「はい。約束の品よ」

「へぇ。わざわざ買ったんだ」

木君はそう言うと、がさがさと袋から箱を取り出し、蓋を開けた。

「なにこれ。葉っぱ? チョコじゃないじゃん。」

「和菓子よ。チョコではないけど、わたしが木君のために選んだ特別なお菓子」

木君に渡した菓子は「椿餅」だ。山路さんは「椿餅」を「タヌキが頭の上に葉を載せて、菓子に化けるとこうなるんだろうな」と、思った。そして、タヌキといえば、木君だ。前回、山路さんは彼を「クソダヌキ」と呼んだ。だから、木君への菓子は、「椿餅」以外ありえないのだ。

「葉っぱも載っているし、見慣れないと思うけど、すっごくおいしいよ」

「ふーん。おいしいんだ」

近所の和菓子屋で買ったため、「壽々喜」ものとはし違ったが、それでも文句なしにおいしかったのは確認済みだ。せっかくお金を出して、しかも人にあげるのだから、おいしいがいいに決まっている。

「これ、椿の葉?」

「大當たり。この菓子はね『椿餅』って言うの。聞いて驚け、なんと『源氏語』にも出てきた歴史のあるお菓子なのだ」

「椿餅」について、結局は、鈴木君には教えてもらわずに、インターネットで調べた蘊蓄を、山路さんは披した。

「『源氏語』? へぇ」

「なにか、文句ある?」

「いや、まさか、君の口から『源氏語』なんて言葉が出くるとは思わなかった」

「ばかにしてる?」

「見直した」

そう言うと木君は、一口でそれを食べた。

「あ、うまいかも」

「でしょう? よかった。あの賭けについては、これでおしまいね」

帰ろうとする山路さんの通學かばんを、木君が引っ張った。

「待てよ」

「なによ。もう、用事はないでしょう?」

あ、用事は、あったか。山路さんは木君に言おうと思っていたことがあったのだ。

「そうそう、あのね。この間木君に言われたこと。『これくらいでいいんだ』ってやつ。悔しいけど、その通りだった。言われたときは、むかついたけど、そのあとで反省した。だから、わたし、英語の勉強を頑張る。ありがとね。で、そっちはなに? わたしにまだ言いたいことがあるの?」

山路さんの問いかけに、木君は耳まで赤くした。

「……ない。応援する。わからないことあったら、なんでも聞いて」

木君の反応に、山路さんは心底驚いた。そして、合點もした。そうか、山路さんが本気で勝負しない鈴木君に腹を立てていたように、木君もまた、勉強しない山路さんに腹を立てていたのだ。

木君って、いいやつなんだね。わたし、誤解してた。これからも、よろしくね」

山路さんは木君に微笑むと、足取り軽やかに帰っていった。

殘された木君は、塾の友達から「告白ならず」と、野次を飛ばされていたけれど。

それは、山路さんの與り知らぬこと。

次回が最終話となります。

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