《6/15発売【書籍化】番外編2本完結「わたしと隣の和菓子さま」(舊「和菓子さま 剣士さま」)》青い柿、青い心 1(八月)

「7・夜舟はやかに(中編)」に出てきた、呉田先輩(呉田充)の語です。

https://ncode.syosetu.com/n6423p/9/

慶子さんと鈴木君が高校3年の8月、呉田君は大學1年生のときの語です。

呉田君の心とその後の変化、鈴木學君との決著。

そして、呉田君が目撃した鈴木君と慶子さんの様子などです。

彼が主人公だけに負のも描いていますが、鈴木君にとっても大切な語だと思うので書きました。

苦手な方は、1回、2回は飛ばして慶子さんと鈴木君が出てくる3話(最終話)をお待ちくださいませ。

――「呉田君は、どんな人になりたいのかな?」

まさか自分が小學生の面倒をみるなんて。

大學一年生の呉田充(くれたみつる)は団扇で顔を仰ぎながら、長い座卓テーブルに向かい夏休みの宿題をしている子どもたちを見渡しそう思った。

ここは、充が高校一年生のときの擔任教諭で高校の剣道部の顧問でもある山田正文(やまだまさふみ)先生の自宅の和室だ。

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といっても、この場に山田先生はおらず、いるのは子どもたちから「大(おお)先生」と呼ばれる先生の父親の山田博文(ひろふみ)先生だった。

大先生は、一昨年小學校の教諭を退職後、自宅を開放し「寺小屋」と稱して無料で子どもたちの勉強を見ているらしい。

大先生はも大きく顔もいかつい。白で小柄な山田先生の父親とは思えない。また、大先生は、どちらかといえばしゃべり好きの山田先生と違い、無口でもあった。

山田先生から充に連絡があったのは、例の高校剣道部の夏合宿あとである。

「呉田君、夏休みですが、もし時間があるのならお手伝いをしてもらいたいのです。ボランティアなのでアルバイト代は出せないのですが、おいしい晝食をご用意します」

充はOBとして參加した高校の剣道部の夏合宿で、後輩である鈴木學(すずきまなぶ)を毆ってしまった。その件で充は山田先生にとてもお世話になったのだ。

充のしでかしたことはその日のうちに明らかになり、充は母からも父からもしこたま怒られた。

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そして、翌日。鈴木が合宿から帰宅したその日の夜に、山田先生仲介のもと、父親同伴で鈴木の家へと謝罪に向かった。

充は鈴木の顔を見て、思わず後退った。

の橫が切れて、その周りも青くなっていたからだ。

彼の口のけがは、充が想像するより酷いものだったのだ。

充は自分が人を毆ることになるなんて、思いもしなかった。

言い訳にしか聞こえないだろうけれど、こんなことは初めてなのだ。

充は年の離れた姉が二人いる三人きょうだいで、いわゆる末っ子長男だ。

誰かの面倒をみるよりは、みてもらうことが斷然多く、多のわがままは余裕で通った自覚もある。

けれど、だからといって他人に暴力をふるった記憶はない。

問題のあの日、充は午後の稽古が終わったあと、合宿施設に鈴木を尋ね彼を施設の裏へと連れていった。

鈴木の言い分というか、話を聞こうと思ったのだ。

ところが、いざ鈴木を前にすると、充の中で鈴木への恨みや怒りが自分でもコントロールができないほどわきあがり、結果、鈴木を一方的に責めてしまった。

そして、挙句の果てに黙ったままの鈴木を力任せに突き、押し倒し……。

今でもあのときの混とんとしたを思い出すと、心がざわざわとしてしまう。

人を毆るなんてダメだ。理ではわかる。

わかっている。なのに……やってしまった。

そして、やってしまったことは取り返しがつかない。

――鈴木の顔のあの傷は、殘ってしまうのだろうか。

そう考えると、充は今さらながらに恐ろしくなり冷や汗が出た。

そして、鈴木の家族とこれからどんな話になるのかと考えると、さらに心細くなりつい下を向いてしまった。

けれど、それを充の父は許さなかった。

顔を上げろと促され、充は奧歯を噛みしめ鈴木の顔を見た。

そして、頭を下げた。

充の荒れたとは対照的に、鈴木はいつも通り、表もなくも読めない能面顔だった。

まるで、痛みなどないかのような靜かな顔つきなのだ。

こんなことを言えばまた怒られるのだろうが、そんな鈴木に充はムカついた。

鈴木は充の行についてもなにも言わなかった。

彼はただ黙って、その場にいるだけだったのだ。

だから充は、鈴木があの件についてどう考え、充についてなにを言いたいのかさえわからなかった。

なにをしても無反応の鈴木を前にしたとき、充のにぽっかりとした空しさが宿った。

このに、どんな名前を付けていいのかよくわからない。

鈴木の父親は終始渋い顔だったがそれは地顔のようで、話は充が拍子抜けするほどあっさりと終わってしまった。

玄関でちらりと顔を合わせた鈴木の母親にも、すごい顔で睨まれた気もするが、改めて鈴木の母から充が責められることもなかったので、あれも地顔だったのかもしれない。

もちろん、この件が大事にならずに済んだ本には、山田先生の盡力があってのことだとは思うけれど、鈴木の両親も寛大だと充は思った。

とにかく、助かった。

これにて、充が鈴木を毆った件については終了となったのだ。

家に帰ると父親は「鈴木君もお父さまも理的で立派な態度だった」としきりに褒め、逆に充に「おまえ、自分が悪い癖に、また鈴木君に喧嘩を売るのかと焦ったぞ」と、怒った。

充は高校の剣道部への出りを止された。

そして、大學の剣道部の部長からも「しばらく頭を冷やせ」と連絡が來た。

友だちをってキャンプに行く計畫からも自ら外れ、夏休みではあるもののなんとなく謹慎気分だった。

そんなときに來た、山田先生からの手伝い要請だった。

二つ返事で引きけた充は、山田先生に言われるがまま、先生の自宅へ行った。

先生に連れられてった広い和室には何本もの長い座卓テーブルが並べられ、正座した子どもたちが各々勉強をしていた。部屋の隅には本棚があり、そこには國語事典やや乗り図鑑。

そして學年ごとに分けられた古い問題集やドリルがずらりと並んでいた。

その景に充は怯み、はじかれたように廊下に出ると山田先生を呼んだ。

「先生、ここは塾? 俺になにをしろっていうの?」

「呉田君、勉強得意じゃないですか。機転も利くし、アイデアマンだし、その調子で彼らの宿題をみてあげてくださいよ」

のんびりとした顔でとんでもないことを言う山田先生を、充はまじまじと見た。

「先生、頭大丈夫? 俺は鈴木を毆ったんですよ。そんな俺が、子どもを相手になにかをするなんて、PTAからクレームがくる。面倒なことになるよ」

「鈴木君のご家族は呉田君についてなにも問題視していません。とはいえ、呉田君にいろいろと思うところがあるのは當然だし、そういった覚はいいことです。まぁ、いろいろとあるとは思いますけれど、そんなのは、ぼくの父に會えば払拭されますよ」

払拭? いやいや、そんな簡単に言っちゃっていいんですか、と思う充の目の前に、のっそりと登場したのが大先生だった。

大先生のその存在というか、いかにもなにかしらの武道の心得があるような風貌を見ると、萬が一充がなにかしでかそうとしたら、その百倍は痛い目にあうのだろうと予想できた。

だから、なんというか……。

つまりが払拭された。

そんなこんなで、充が山田先生の家に通い始めて今日で三日目になる。

ここに集まる子どもたちは、小學一年生から六年生までで、毎日メンバーは微妙に変わるものの概ね十人前後の子がいた。

初めは誰が誰だかわからなかったけれど、日を重ねるうちに、子どもの顔や名まえ、おおよその格のようなものが充にも見えてきた。

その中で気になる子が二人いた。

小學四年生の太一(たいち)と翔(かける)だ。

「寺小屋」での勉強の進め方としては、まずここに來た子は部屋にある大きなホワイトボードに、自分の名まえとここで終わらせる勉強の目標を自由に書く。

ドリルが一ページの子もいれば、読書想文の子もいる。

そして、それぞれが目標のクリアができたら大先生を呼び、確認してもらうといった方法をとっている。

もちろん、わからない問題への質問はいつでもOKだ。

ところが四年生の翔は、自分の目標がクリアできたにも係わらず大先生を呼ばないのだ。

ちらちらと同じ學年の太一の様子を伺い、太一が大先生を呼んだあと、ようやく自分もクリアできたと先生を呼ぶ。

二人の一日の目標ページは同じだったため、充の目には太一よりも翔の方が賢く映った。

翔はなぜそんな行を?

充はもやもやとした。

そこで、子どもたちが帰ったあと、部屋の掃除をしながら思い切って大先生に聞いてみることにした。

「翔と太一って、なにかあるんですか?」

「どうしてそう思うんだい?」

「いやだって、翔は自分の実力を太一に隠しているみたいだから」

「なるほど。呉田君、聞いてみてよ」

「俺がですか? 勉強を教えるのはかまわないけれど、小さい子を相手にそんな込みった話なんて無理ですよ」

「彼らは『小さい子』じゃないよ。かつての自分だよ。きみだって、小學四年生のときがあったでしょう」

それはそうだけれど。でも、それって屁理屈じゃないの?

いや……うん。

……しかし。

「やっぱり無理ですよ。萬が一めちゃくちゃシリアスな悩みを聞かされちゃったら、俺、どうしたらいいのか。解決なんて無理、無理」

「解決しなくていいんじゃないのかな? ただ、気持ちを聞けばいいんだよ。それで、呉田君はどっちの子の気持ちを聞くつもり? 翔? 太一?」

話なんて無理って言っているのに、大先生はどうしてこんな質問をしてくるんだ。

それに「どっちの子の気持ちを聞くつもり?」なんて。

そりゃ當然、翔だろう。

翔に、どうして、きみは太一君の様子を伺っているの? って聞くのだ。

ズバリ、それしかないだろう?

……いや、でも。

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