幾ら前線攻略者（フロントランナー）を目指すといっても23層まで一気に上がることはできない。何故なら、ダンジョンは10層ごとに敵の強さが跳ね上がっていくからだ。だからハヤトが目指すのはまず10層。

「一週間で10階層まで行く」

「応援しますよ！　ご主人様！！」

《そのためにはづくりだな》

ダンジョンのトレーニングは、外の世界でするトレーニングよりもはるかに効果が高いことがこの二年間で証明されている。アスリートたちも、既に高所トレーニングのようにダンジョントレーニングを取りれているのが一般的だ。

その中でも特にステータスがもたらされた影響は大きかった。自分の長合が的に分かる。これにより、集中的なトレーニングが可能となったわけだ。

だが一方でゲームのようにレベルという概念は持ち込まれなかった。それに関してネットでは様々な憶測が飛びっているが、ネットから斷絶されたハヤトには與り知らぬことで。

《つっても、モンスターを倒すのが実力を上げる面でも稼ぎを増やす面でも手っ取り早い。問題は飯だが……。おいハヤト、もう家計をエリナ(こいつ)に任せろ》

「えっ。家計を？」

《ああ、お前は四則演算できねえだろ》

「できるわっ！　中卒馬鹿にすんな！！」

「いえ、ご主人様は戦うことだけに集中してください。その他のバックアップは私がします」

《それに奉仕種族（エリナ）なら、貯金を蓄えながら今以上の生活を送るだけのやりくりができるはずだ》

「本當？」

「はいっ！　お任せください。なくとも、今以上の生活は保障します」

「えー、難しいぞ？」

《今以上の生活を送らせることなんてさすがの私でもできるわ。お前はもうちょっと自分の生活レベルを疑ったほうが良いぞ》

これでも二年間、一人で生活してきたんですけどね。

「そこまで言うなら……。……はい、これ」

そういってハヤトが押しれから出したのは通帳。探索者証（ライセンス）で基本的な決済をするため、ほとんど金額のやり取りが記されてない白紙の通帳である。

「パスワードは「1111」だから上手い合に使って。もう生活のすべてを任せるよ」

「ご期待に添えるように、頑張ります！！」

《んじゃ、ダンジョン行くか》

「勿論。夕方に帰ってくるから、鍵は置いていくよ」

「では私は生活に必要なものを揃えてきますね」

「うーん、揃ってるけど……」

「揃ってないから言ってるんですけどね」

はぁっ、とため息をつくエリナ。

……そんなに絶的ですか、俺の生活は。

すぐに二手に分かれてハヤトはダンジョンに戻ってきた。とりあえずは5層以上を目指すために、五層の階層主（ボス）を倒さないといけない。

「五層のボスは……『スケルトンキング』だってさ」

咲から購を勧められたダンジョン攻略本（1400円）を片手にハヤトは歩いていく。ほとんどの攻略者はアプリを使っているのだが、電子機を持ってないハヤトは本を購せざるを得なかったわけである。

というか、今まで攻略本を買ってなかったのかと咲にはひどく心配された。

《スケルトンキングというと、デカいのか》

「そうなんじゃない？　でも5層までスケルトンが一切出てこないのに、キングも何もないと思うけどな」

《王冠でも被ってるんじゃないの》

「あぁ、なるほど。賢いな、ヘキサ」

ハヤトは本をしまうと、手に短槍を召喚。

時間にして6秒。今のところアベレージは5秒だ。

《【武創造】は早いうちに慣れておいたほうが良いな》

「慣れれば早くなるだろ」

軽く言って、ハヤトは今しがた暗記したばかりの道をたどっていく。時折聞こえる戦闘音は回避。他の探索者がモンスターを狩っているのだが、探索者にまともな人間はほとんどと言っていいほどいないので、関わらないようにするのが正解だ。

変にかかわると、「モンスタートレイン」を警戒されたりもする。

5層は3層とくらべてかなり探索者がいるので、モンスターとすれ違うことなくボス部屋まで來ることができた。

「あんまり、迷わなかったな」

《迷路と言っても道標（みちしるべ）もあるしな。っていうか、扉は閉じてるのか》

「ちょっと待つな」

階層主（ボス）部屋に先客がいた場合、その先客が階層主（ボス）を倒すか、逃げるかしないと部屋にることはできない。ボスはステータスを他のモンスターよりも上げやすいので、狩りやすいモンスターを狙って狩るというトレーニングもある。

その場合、探索者が列になって階層主（ボス）部屋の前に集うので、トイレだなんだと馬鹿にされることも結構あるのだが。

閑話休題

「おっ、開いたぞ」

《倒したっぽいな》

階層主（ボス）部屋の中にはいると、既に先客はいなかった。6層に行ったのだろう。ハヤトが部屋の中心に向かって歩くと、後ろの扉が音をたてて閉じた。

「……久しぶりのボスだ」

《張するか？》

「あぁ」

《お前なら大丈夫だ。もっと気楽に行け》

ふと、壁から無數の黒い霧があふれ出すと、ハヤトの目の前で固まって人型を形作っていく。

《さぁ、ボスのお出ましだ》

“【鈍重なる一撃】【神速の踏み込み】【恐怖耐】をインストールします”

“インストール完了”

スケルトンのような、アンデッド系のモンスターと対峙した時、足がすくんでかなくなる「恐怖」というバッドステータスにかかることがある。本來なら三千円で売っている恐怖耐の丸薬などを買うのが一般的だが、ハヤトはスキルインストールで手にれることに賭けて買わずに來た。

「ケチって正解だったな」

《的（パッシブ）スキルに賭けるのはどうかと思うがな》

『――ォォォオオオオオオオオオオオッツツ！！！！』

肺も何も無いのに、の芯から震えあがりそうな聲でぶ「スケルトンキング」。【恐怖耐】が無かったら、あやうくきが取れなくなっていただろう。

だが、今のハヤトに“恐怖”は無い。

「フッ！！」

【神速の踏み込み】を発。右足からった踏み込みによってハヤトのはトップスピードに乗る。遅れてスケルトンキングの巨大な手がハヤトのいた場所を叩き潰した。

《弱點は頭にってるな？》

「勿論よォ！」

スケルトンキングの弱點、それは首の後ろにある「頸椎（けいつい）」である。そこを破壊することができれば、どんな狀況であろうと「スケルトンキング」は霧散する。

『――ァァァァァアアアアアアアアアッツ！！』

《ハヤトッ！！》

ハヤトがスケルトンキングの真下を潛り抜けた瞬間に、激しい咆哮（ほうこう）。地面から生えてきた白骨がハヤトの右足を捕まえた。

「……ッ！」

臣下召喚。

無數のスケルトンたちが地獄の底より溢れかえる。

“【神速の踏み込み】を排出（イジェクト）”

スキルインストールの聲なき聲がハヤトの脳に響（ひび）く。

ハヤトは地面を蹴ってスケルトンキングの背後にしがみつく。

“【ブラディリアの咆哮】をインストールします”

“インストール完了”

その瞬間、ハヤトは大きく空気を吸い込んだ。

「――オオオオオオオオオオオオォォォォッツツツ！！！！」

到底、人間の口から生まれたものとは思えないほどの咆哮が世界を舐めた。地獄から生まれたスケルトンたちは一瞬で々に砕け散り、スケルトンキングでさえも、その威圧にきを止めた。

「……貰った」

ハヤトは【鈍重なる一撃】を発。スケルトンキングの「頸椎」を砕いた。

《やったっ！》

スケルトンキングはきを止めると、ボロボロとそのが崩れ始め、黒い霧となって消えていった。

「ふぅ……」

スケルトンキングのドロップアイテムを拾ってハヤトは息を吐いた。

《なんだこれ》

「……骨だな」

正式名稱を「骸骨王の大骨」。骨ということで金屬よりも軽いが、通常の金屬より耐久があり、なにより錆びない。武のエントリーモデルの素材になる骨である。平均売卻価格は1萬5千円。

ハヤトの二年分の食費である。

「売れるかも知れないから持っておこう」

《これで6層まで行けるな》

「6層から迷路じゃなくなるらしいな」

《どんな景が見えるかお楽しみだ》

二人はそう言うと、部屋の奧にできた階段を下へと降りていった。