《【完結】処刑された聖は死霊となって舞い戻る【書籍化】》ex.樞機卿レイニーの懸念
元聖の死霊が兵士と協力して街を一つ守り切った頃。
レイニー率いるギフテッド教の一行が補給のために立ち寄った村は――滅んでいた(・・・・・)。
「これは酷い……」
レイニーはそこかしこから立ち昇る死臭に思わず顔をしかめる。
人口千人ほどの小さな村だ。農作業をしていた者たちが真っ先に殺され、次に逃げ遅れた子供たちがアンデットの手にかかった。子供たちを助けようとした大人たちも同様だ。
無事逃げきれたもの、隠れ潛むことで難を逃れた者たちを救助しながら、死を浄化していく。到著時には闊歩していたアンデットは神たちによって瞬く間に浄化されたが、失われた命は戻らない。
泣きぶ村民、荒らされ、壊された家屋や畑。すっかり姿を変えた小さな農村に、言葉が出ない。
聖が食い止めたのは全の一部にすぎなかったのだ。
最も人口の多い王都へ向かう本隊を壊滅させたため被害が大幅に抑えられたのは間違いない。だが、この村を含む複數の農村や集落が被害をけていた。
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森から溢れてきたはぐれ(・・・)のスケルトンではない。明確な命令の元に人間を殺す小規模な軍勢は、農村をいとも簡単に滅ぼしてみせた。無論、日ごろ労働に勵む偉丈夫たちは抵抗を見せたが、戦闘力の高いスケルトンソルジャーに魂ごと斬られた。
「レイニー様、生存者の救助が終了いたしました。どうなさいますか? 規模の大きい街を経由するとなると、々遠回りになりますが」
「構いません。必ず送り屆けましょう」
「かしこまりました」
それにしても、とレイニーは目を閉じた。
魔の侵攻が想定よりかなり早い。聖が死亡してからまだ十日も経っていないのだ。『不死の森』はアンデット系の魔が數多く生息し『不死の魔王』ファンゲイルと名乗る魔王がいることは分かっていたが、結界の消失を確認してすぐに攻めてくるとは思わなかった。
(わたくしが來たのは聖様が就任されてからなのですよね……かの魔王がそこまでこの國に執著を見せているとは)
まるで日頃から攻撃の機會を伺っていたかのような迅速さだ。レイニーは危険に敏いつもりであったし、現に侵攻を予期して即座に撤退を決定した。しかし、それでも遅かったのだ。
「我々全員で事に當たったとして……魔王を撃退することは可能でしょうか?」
に手を當て、妖艶に首を傾げた。
傍らに控える神の男は、とんでもないとばかりにを震わせた。
「ご冗談を。國一つ結界で覆っても顔ひとつ変えない聖様が特別だったのです。レイニー様なら魔王と戦えるやもしれませんが、その前に魔力が盡きるでしょう」
「ふふ、わたくしでも不可能ですよ。魔王を相手取るならば、本國の聖騎士団を呼ぶしかありませんね。もっとも、教皇猊下がお許しにならないでしょうが」
世界におよそ十余り君臨すると言われている、魔王という魔を産む魔。
討伐されたという記録はほとんどないが、その數ない討伐例の一つが聖騎士団による果である。他には『勇者』という特別なギフトを持つ者が倒したという記録があるくらいで、人間にとって魔王とはそれだけ強大な存在なのだ。
いかに対アンデットに長けた神たちに破壊力のある樞機卿がいようとも、敗北は必至である。
「では、予定通り皇國への帰還を目指すということでよろしいでしょうか」
「そうですね……」
「なにか懸念が?」
「いえ……」
レイニーはの奧に引っ掛かるものをじていた。
それは本來、思いついた瞬間に一蹴するような可能だ。
『聖が蘇ったかもしれない』などと……。
しかし、道中で聖魔力の殘滓を何度も確認したことは確かだ。スケルトンはホーリーレイによって眉間を撃ち抜かれ、倒されていた。
そして、ゴーストから助けた男の証言も気になる。彼はゴーストに助けられたと言っていた。神たちは恐怖で見間違えたのだろうと気にも留めなかったが、最初に発見した見習い神も似たようなことを言っていた。
(それに、あのゴーストはどことなく聖様の面影があった)
底抜けに明るくて、屈託なく笑っていた彼の姿が脳裏に浮かぶ。
あり得ない発想だ。ギフテッド教の教義にも反するし、合理的に考えてもおかしい。
でも、しでも可能があるなら。樞機卿としてではなく一人のとして、そう思わずにいられなかった。
心殘りがあっては今後の行に支障が出る。ならば、確かめればいいのだ。
「わたくしはし確認しなければならないことができました」
「え?」
「皆さまはこのまま移し、道中のアンデットを浄化しながら皇國に向かってください」
「はあ、レイニー様はどうなさるので?」
「後から向かいます」
聡明で冷靜沈著、しかし一度決めたら行は早い。
しでも可能があるなら、彼は躊躇わなかった。
「護衛は?」
「必要ありません。わたくしは樞機卿ですよ」
心配する神たちをよそに、一人分の旅支度を整えていく。
無論王國と心中する気などない。危険が迫れば自らの命を優先するつもりでいる。だが同時に、己一人くらいなら容易に守り抜くくらいの自信はあった。
(ついでに滅亡間近の王子の顔でも拝んできますか)
聖にとって最も有力な味方が、王都に戻ることを決定した。
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