《【完結】処刑された聖は死霊となって舞い戻る【書籍化】》説得

私から『蟲の魔王』ネブラフィスの話を聞いたファンゲイルは、靜かに首を橫に振った。

「助ける理由がないね」

冷たく、突き放したような聲だった。靜かな魔王城が彼の魔力に當てられて冷気に包まれる。

隣に立つミレイユも、口には出さないが同意見らしい。群青の瞳が蝋燭の火を反して揺れた。

土蜘蛛の巣を潰そう、そう思った私だけど、一人でできるとは思ってない。土蜘蛛や『蟲の魔王』について尋ねると同時に、ファンゲイルに助力を求めたのだ。

「なんで? 他の魔王が攻めてきてるんだよ?」

「僕らは魔だよ。たとえ人間に近い姿をしていても、ね」

玉座に深く腰掛けるファンゲイルは、退屈そうに骨子ちゃんを抱き寄せた。農村を助けよう、という私の提案は彼にとって興味を惹くものではなかったらしい。説得しようにも取り付く島もない。

ファンゲイルとはもう半年の付き合いになる。それでも、彼について知っていることは多くない。

基本、無邪気な年のような男だ。面白いことやアンデッドの研究が好きで、自由気ままに暮らしている。よく思いつきで実験を始め、私も何度も付き合わされた。

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腰はらかいし、仲間には優しい。反面、だと認識していない相手には恐ろしく冷たくなる。

一回、人間が迷い込んできたことがあった。私がスケルトンを倒しすぎて、山が無防備になったためだ。普段はスケルトンの多さから侵を斷念する冒険者が、わざわざ奧地にってきたのだ。

何もないから帰ればよかったのに、山を一つ越えてしまった。その冒険者は、たまたま私が保護したからよかったが、私が止めなければファンゲイルの命によって殺されていた。

今回の農村についても、ファンゲイルからしたら興味のない対象だ。むしろ彼は、人間を嫌悪しているきらいがある。

「でも、魔に襲われてるんだよ? 冥國の近くなのに、土蜘蛛が暴れてるの」

「別に僕には関係ないからね。世界には何も魔王がいて、いつも人間と爭っている。いちいち助けていたらキリがないよ。そもそも、僕は魔王だから人間からしたら敵側だ。それに、人間なんてどうせ數十年もすれば死ぬ。慣れたほうがいいよ」

彼の生きる目的は、するを蘇生させることだけ。それ以外は些事だ。

五百年もの時を生きている彼にとって、人間の農村が消えようが関係はないということか。

「でも……」

「人間なんて助けるに値しないって言ってるんだよ」

不機嫌そうなファンゲイルの顔を見て、言い淀む。口調は穏やかなのに、言い知れぬプレッシャーをじる。

私は助けたい。でも、彼からしたら助ける必要のない相手だ。

敵が土蜘蛛だけだったら、私とゴーストたちだけでも勝てるかな?

どれだけ數がいるか不明なのがネックだけど、一はそれほど強くない。サイレンやウェイブなら正面からでも撃破できる相手だ。

私は複數と戦うのは得意だし、継戦能力も高い。魔力の続く限り、何日だって戦える。

問題は、他にも敵がいた場合だ。

『蟲の魔王』ネブラフィスがいるのは遠く離れた場所だと言っていたけれど、こちらに來ていない保証はない。野生化した土蜘蛛だとは限らないのだ。もしかしたら、魔王の配下かもしれない。

より強力な魔がいた場合、私だけじゃ敵わない。

「ファンゲイル様の言う通りですわ。それに、他の魔王と無駄に爭うのは避けたいのよ。魔王同士の戦爭に発展した場合、被害は農村一つだけじゃ済まないわよ」

「それは、そうかもしれないけど……」

「諦めなさい」

ミレイユまでそう言うのか。

私は、勘違いしていたらしい。

冥國に來て半年、曲がりなりにも仲良く暮らしてきた。ファンゲイルはちょっと謎が多いけど、ミレイユとは同士ということもあり気が合うつもりだった。主に、バナで。アレンのこと掘り葉掘り聞かれたなぁ。

でもそれは、あくまでアンデッド同士だからだったみたい。

「二人は、もともと人間だったんだよね?」

「そうだね」

「じゃあなんで、人間を見捨てるの? なんで人間を嫌うの?」

この二人が邪悪な魔なんかじゃないことは、よく知っている。

仲間に対してはむしろ優しい。王國の貴族なんかより、よっぽど人間的に優れている。

それだけに、人間に対してだけ厳しい理由がわからない。

今まではタイミングもなかったし、なんとなく聞いてほしくなさそうだったから聞かなかった。

でもずっと気になっていたんだ。なんで人間の魔導士が二人、不死の存在になったのか。

「……ファンゲイル様、セレナに話してもいいのではありませんか?」

數秒の沈黙のあと、ミレイユが口を開いた。

私とファンゲイルの視線が差する。

「うん、君にはこれからもここにいてしいからね。それに、君にも無関係じゃない」

魔王がふっと口元を緩めて、そう言った。

骨子ちゃんと一緒に立ち上がって、杖の石突をカツンと鳴らす。

「僕とミレイユが人間だったころの話。そしてそれは『聖』トアリと天使のタリスマンの話でもある」

ゆっくりと、彼は話し始めた。

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