その日は、いつも通り朝から魔法の研究をしていた。

ファンゲイルにとってはそれが日常で、果の定期報告以外は基本自由に研究できるこの生活を気にっていた。皇國の有り余る予算をふんだんに使って、大好きな研究ができるのだ。

そして……夕方になれば、トアリが帰って來る。

明るくて、純粋で、ちょっとお茶目な彼と過ごす時間は、ファンゲイルにとって大切なものだった。彼の日常は魔法の研究とトアリだけで構されていて、充実していた。

「うん、この魔法理論はどうやら間違いなさそうだ。魂を隔離して保護。切り離したを魔化し、再び定著させる」

彼の指先から魔力が躍る。

まるでレースに刺繍でもするように、マウスのに魔力の糸を通していく。數か月前に完させた魔法で、今はその効果を実証する段階にっている。

それは、ファンゲイルが宮殿りしてからずっと追い求めてきた魔法だ。

不死のを手にれるという、神の領域を侵すような行為。『冥師』たる彼は、その神に片足を踏み込んでいた。

「まあ、これをすると魔になっちゃうのは問題だよね。そこは改良すべきかな」

別に、永遠の命がしいわけではない。ただ彼は知りたかったのだ。生命とは何か。魂とは何か。溢れて止まらない探求心の赴くままに、彼は魔法を作り上げた。

権力者というのはいつの時代も不老不死を求めるもので、ファンゲイルの研究を諸手を挙げて歓迎した、というのもある。予算に糸目はつけられなかった。

「トアリ、今日は遅いね」

いつもなら帰るはずの時間になっても、彼の姿は見えなかった。

聖の主な仕事は象徴として教會に立つことだが、たまに並みの聖職者では対応できない怪我人が出た場合は夜でも駆り出される場合がある。今日もその類だと、特に気に留めることはなかった。

結局、彼らが暮らす宮殿の離れに帰ってきたのは日が沈んでからしばらく経った頃だった。

「お帰り」

「はい……ただいまです」

「どうかした？」

トアリの顔は一目見ただけで分かるほど憔悴していて、目も虛ろだ。

いつもの明るさは鳴りを潛め、代わりに憂げな表を浮かべている。

ファンゲイルは思わず資料を置いて立ち上がった。

「なんともないですよ？」

「いや……そうは見えないけど」

「もう、ゲイルは心配ですね」

強がっている……といった雰囲気でもなかった。

どちらかと言えば、トアリは自の不調に気が付いていないかのような、自然な口調だ。

「トアリ、ちょっとこっち來て」

「え、なんですか……？　いつもは話しかけても空返事なのに、ついに私の可さに気が付きました？」

トアリの軽口は無視して、魔法を発する。魂や魔力の狀態を確認する魔法だ。

聖が的な疲労や損傷で、ここまで衰弱するとは考えにくい。あるとしたら、聖の回復魔法が及ばない範囲……つまり、魂だ。

そして、魂に関してはファンゲイルの専門分野である。【冥師】の目は魂を見抜く。

トアリの清水のようにき通るしい魂。それは……。

「なに、これ……」

「んー？」

トアリの笑顔は空虛だ。

「魂の耗が激しすぎる……！　いや、耗というより力がどこかに流れている？　それに魂に巻き付いている鎖のような魔力は……」

が沸騰するほどに魔力を熾しながら、原因を探る。

魔力の鎖は……天使のタリスマンから出ていた。

過去編は次話でおわりです。