夜空を覆いつくす暗雲のような蟲たちを押しのけ、空へ飛びあがった。

宙を舞う鱗は私に衝突し……不定形結界の一部を溶かしたところで止まった。不定形結界も、すぐにを補うように広がる。

よし、ちゃんと魔になってるね！

魔を使えない私がやったのは、いわば誤魔化しだ。

魔力作だけでは魔にならないから、不定形結界で押し込んで無理やり魔にしたのだ。

「えっ？」

私が飛び出したのは、ちょうどピィの前だった。驚愕に目を見開く彼の周りには常に鱗が舞っているけれど、魔を纏った私の前では関係ない。

あはは、人間だったころは暴力なんて一度もしたことなかったし、運は苦手なほうだったのに、こんな戦い方をするようになるなんてね。

慌てて避けようとするピィだけど、もう間に合わない。

拳を振りかぶろうとして、あまりに不格好なのでやめた。代わりに、両手を前に突き出して勢いのまま突撃する。

「とりゃー！」

どん、と衝撃が肩にかかる。お腹にクリーンヒットだ。

ピィは小さなうめき聲だけらして、羽のきを止めた。勢を立て直そうとよろめくけど、朦朧とした意識の中ではそれも難しい。そして、完全に意識を失って落下し始めた。

これだけ魔法を消す能に特化していたら、は強くないよね。魔というのはか能力か、どちらかに寄っているものなのだ。

ピィの羽は風に乗って、彼をひらひらと空させる。

「……！　村は大丈夫！？」

ピィは倒した。でも、既にばら撒かれた鱗は消えていない。

最悪、聖結界は消えて空からは大量の魔が……なんてことになりかねない。そうなったら犯人、私だね……？

慌てて霊域を展開して、それと同時に私も地上に戻る。

「良かった……なんとか防げたみたいだね」

鱗は蟲の魔でほとんど相殺され、多聖結界にが空く程度で済んだ。魔力を消すだけなら、人間に害はないしね。その証拠に、村人や家には被害はなさそうだった。

蟲たちはシャイニングレイで一気に倒し、今までの喧騒が噓のように、靜寂に包まれた。

「終わ……った？」

ピィは気絶したまま、地面に落ちている。

幹部の魔、それも死霊にとって天敵とも言える相手にどうなることかと思ったけど、終わってみれば完勝だ。

人の言葉を話す魔を殺すのはし抵抗が……ないね。ゴズもメズも一度は殺したわけだし、倒さないとまた狙われるかもしれない。

今度は蘇らないように、きちんと魂も消滅させよう。

「魔……っと。うん、咄嗟に思いついたにしては安定してるね！」

改めて魔を練り上げて、ピィに近づく。

「おい、いつまで寢ているつもりだ？」

背後から、別の聲だ。

反的に聖結界を展開して、を橫に逸らす。今まで私がいた場所を、鋭い刃のようなものが通り過ぎた。

「ちょっとぉ、せっかく死んだふりしてたのに～」

「フン、そんな子ども騙しな。立て。撤退だ。目的は達した」

「あいあい、りょーかい」

カマキリの魔だ。人型で、そうな外骨格に覆われている。肩から先は完全にカマキリの鎌だ。

唯一人間らしい見た目をした顔をこちらに向けた。正確には、私の背後に。

「あら、撤退だなんて。逃走の間違いではありませんの？」

「ミレイユ！」

冥國最高の魔導士ミレイユが妖艶な笑みを讃えて、ドレスと同じ青と黒の傘を差していた。夜だし雨も降ってないよ……？　冥國、変な人しかいない。

彼はスカルドラゴンの頭に優雅に座っている。

巨大な軀をした魔に村人たちは腰を抜かした。でも、Aランクの魔なのにいつも乗り扱いの可哀そうな子なんだよ……。

「貴様らの戦力は把握した」

「手も足も出なかったというのに、よく言いますわね。失禮、鎌も足も、かしら？　それに……ファンゲイル様に宣戦布告しておいて、タダで逃げられると思ってらっしゃるの？」

「『不死の魔王』に伝えろ。ひと月後、ネブラフィス様直々に殺しに行く、とな。……ピィ」

「あーい。白紋羽」

ピィはカマキリの魔の肩に乗って、大量の鱗を飛ばしてきた。

「ミレイユ！　あれは魔法を消すの！」

「そう」

「待ってて。――」

「土壁」

魔を使って鱗を防ごうとした。しかし、その必要はなかった。

ゴゴゴ、と大きな音が響いて、私たちの前に土が盛り上がってきたのだ。それは巨大な壁になると、鱗を完全にシャットアウトした。

ミレイユの魔法だ。

「……あれ？　なんで消えないの？」

「魔法を消すのなら、魔力が消えても殘るものを作ればいいだけのことですわよ」

「うう、私の苦労はなんだったの……」

いや、そんなこと私にはできないけどさ！

蟲をポルターガイストで盾にしたのも、同じ発想だ。でも、ミレイユの魔法技には敵わない。

「……蟲らしく、逃げ足だけは達者ですわ」

鱗で目くらましをして、カマキリの魔が全力で走り去ったのだ。その速度は馬よりも圧倒的に早く、追いつけそうにない。

ともあれ、とりあえず勝ったー！

ミレイユがここにいるってことは冥國も無事ってことだよね！

「セレナ、戻りますわよ」

「あ、うん。祝勝會だね！」

「いいえ……ファンゲイル様が負傷したわ」

ミレイユは目を伏せて、そう言った。