霊を生かした高速移で一気に下山すると、農村が見えて來た。

羊が放牧されていて、平和な景にほっとする。柵や建など、魔の被害も多見けられるけど、最悪の事態は免れたと思う。

その証拠に、遠目から見ても農民たちの表は明るい。

もう蟲の魔の気配はないから、結界は緩和して大丈夫かな？

村を囲っていた結界を一度解除して、魔だけが通れない結界を展開する。村の人たちやは通れるようにしておかないと、外に出られなくなっちゃうからね。昨日は急事態だったから仕方ないとはいえ、閉じ込めるなんてひどいことをしてしまった。

よし、無事も確認できたし、冥國に戻ろうかな。

私は魔なのだから、必要以上に関わらない方がいい。それに、この村が襲われたのは私たちの巻き添えみたいなものなのだ。知らぬこととはいえ、合わす顔がない。

こっそり隠れていたから、山に戻ろうとする。

しかし、農民の一人とばっちり目が合ってしまった。

「天使様だ！！」

て、天使！？

私の顔を見た彼が、大聲でんだ。その容に驚いて、思わず足を止める。

それを聞いた村人たちがぞろぞろと家から出てきた。

「おお！　天使様！」

「昨日は助かったよ！　ありがとう！」

「天使様のおかげだ！」

私に対する謝の言葉を口にする。

うん、それは嬉しいし頑張ってよかったって思うけど……天使って呼び名はなに？

たしか最初に土蜘蛛を倒した時は、お嬢さんって呼ばれていた気がするけど。

離れるタイミングを逃したので、仕方なくゴースト三を連れて村にる。あの戦闘から一夜しか経っていないとは思えないほど、みんなの表は晴れやかだ。

「おお！　ぜひ村に寄って行ってくれ！」

「みんな！　宴の準備だ！」

「待て、宴というより、貢が必要なんじゃないか？　誰か祭事に詳しい奴は！」

なんか変なことになってる！

「待って待って！　私、天使様じゃないし貢なんていらないよ！　そもそもギフテッド教にそんな文化ないし……」

ギフテッド教は唯一神のみが信仰対象で、その遣いとされる天使はあくまで唯一神の補佐である。まあ、どちらも実在するか怪しいものだけど。拠は神託の聲くらいなので、魔となった今でも聞こえる時點でよくわからない。

ともかく、ギフテッド教の教義に基づいたとしたら彼らの行はおかしい。

天使だとしても間違っているし、ましてや私は魔だからもっと違う。

「ほれ、天使様が困っておるだろうに」

村長さんが前に歩み出て、みんなを諫める。でも、彼も天使呼びだ。

「すまないのう。こんな田舎では教義を學んだこともないような者ばかりで、作法を知らぬのだ」

「それはいいんだけど、私、天使様じゃないよ？」

「ほう……しかし、輝きながら天に飛びたち、を放つ姿はまさに天使！　そう皆と話しておったのじゃ。無論、村を救ってもらったことへの謝によるもの」

「でもでも、魔を天使様呼びするのは教會に怒られるよ？」

「儂らはギフテッド教徒ではないからのう。儂らにあるのは、死者信仰の伝承じゃ。つまり、あなた様を信仰するのに違和はない」

「普通に接してもらっていいんだけどなぁ」

そう言えば、最初に來た時も私が死んだ人間だってすんなり信じてもらえたよね。なんでも、死んだ人はゴーストになる、という言い伝えがあるのだとか。

そこで現れたのが私だ。

一瞬で村を滅ぼすほどの魔の群れ。死を覚悟したところに颯爽と現れ、救いをもたらす……なるほど、自分のことでなければ天使か神の仕業だと勘違いしそうになる。

うーん、認めてもらえるのは嬉しいけど、信仰はやりすぎだよ。

私はそんな立派なアンデッドじゃなくて、できれば毎日ぼーっと過ごしたいと思っているのに。信仰なんかされても、何も返せないよ。

「して、天使様でなければなんとお呼びすれば？」

「前みたいにお嬢さん、でいいよ！」

むしろ、一人の人間として見て貰えているみたいでそっちの方が嬉しい。

しかし、彼らは納得のいかなそうな顔をしている。

「それ以外だと……聖霊とか？」

「おお！　聖霊様！」

私の魔としての種族名で、ギフテッド教にはない概念だ。

気軽に言ってみたところ彼らのにフィットしたみたいで「聖霊様！　聖霊様！」と喝采が上がった。

王國で兵士たちに剣を向けられた時とはえらい違いだよ……。あっちの方が正常だったのでは？

「ストップ！　ストーーーップ！」

騒ぐ農民たちを大聲で止める。視覚的にも訴えるために聖域のキラキラも追加したけど、これは逆効果。

クラウンがミニスケルトンの幻影でサポートしてくれて、なんとか騒ぎが収まる。

「あのね、私は別に信仰とかいらないし、むしろやめてほしいかな。普通のの子だと思って！」

「……しかしのう、助けてくれたことへの謝の気持ちなのじゃ。儂らは全員死ぬところだったのじゃからのう」

「それも、実は魔王同士の爭いがきっかけで……」

「だとしても、聖霊様がをして守ってくれたことは確かじゃ。如何せん農民ゆえ不作法で、このような方法しか思いつかなくての」

みんなの気持ちは嬉しい。

でも、皇國との爭いがどうなったとしても、私はいつかいなくなる。いつか冥國を出てアレンと暮らしたいという思いがある。

だから信仰対象にされても困る。死んで魔になった時點でびっくりなのに、再會したら信仰されてるとか、アレンが腰抜かしちゃうよ！

「じゃあさ、たまに遊びに來てもいい？　私はこんなになっちゃったけど、実は普通のの子なんだ。普通に人間として接してほしい。だめ？」

普通。

処刑されてしまったでは、それが一番得難いものだ。

私が一番しているものでもある。

結局、冥國でなんだかんだ楽しく暮らしても、私は元の生活に戻りたいんだと思う。

孤児院でアレンたちと暮らしていた、貧しいけれど楽しい毎日に。

まずは一歩目として、農民たちと仲良くなろう！

きっと、いつか戻れると信じて。

「そういうことなら……」

彼らも、口々に了承してくれた。

対等な関係でありたいよね！

「じゃあ、よろしくね！　私はセレナだよ」

「セレナ……改めてよろしく頼む。儂らも、お嬢さんのように明るいが遊びにきてくれるのは嬉しい」

農村に來てよかった。

皇國のことがどうなるかまだわからないけど、自分の拠り所があるというのがこんなにも心地いいなんて。

けれてくれる人たちがいる。そのことが、きっと私の力になるはずだから。