セレナがアザレアに連れられ魂の銀河を通って移している頃。

『不死の魔王』ファンゲイルとその配下ミレイユ。

『樞機卿』レイニー、『勇者』アレンの四人は……山の麓で集まっていた。

「ミレイユ、探知はできそう？」

「ええ、彼の魔力は覚えましたわ。濁ったどす黒い聖屬……あのような特殊な魔力、忘れるはずがありませんわね」

「そう、なるべく急いでね」

魔力探知において、ミレイユの右に出るものはいない。彼の瞳は全ての魔力を見かす。

セレナはもちろん、アザレアの魔力も既に記憶している。しかし、黒い結界にったあと、どちらの反応も忽然と消えてしまった。

ミレイユは心焦りつつ、涼しい顔で魔力探知を続ける。

魔力を完全に遮斷することは、そう簡単なことではない。一時的には可能でも、いつかは尾を出すはずだ。その瞬間を逃すまいと、目を凝らす。

「俺はまだ信じたわけじゃないからな。セレナを取り戻すために休戦しているだけだ」

「……ファンゲイル様、この人間必要ですの？　目ざわりなので一度氷漬けにしたほうがいいと思いますわ」

「な！？」

騒な発言を聞いても、アレンは剣を抜かない。

その理由は二つある。

一つは、半信半疑ながらファンゲイルと共に山を降り、レイニーから話を聞いたからだ。異端審問にセレナを攫われた、というファンゲイルに聞いたものと同様の言葉が、信頼する相手から出てきた。

もう一つは、すぐそこに王國軍がいるからだ。今はレイニーの指示で待機していて、様子を窺っている。もしここで魔王と戦いを始めたら、彼らへの被害は免れない。ファンゲイルとミレイユに戦意がないうちは大人しくしておくほうがいいと判斷したのだ。

ちなみに、アザレアと関係があると思われる『樞機卿』バレンタインは騒に紛れて姿をくらませた。今殘るのは事を知らず戦いに參加していた者ばかりだ。

悔しそうに下を噛むアレンに代わり、レイニーが口を開く。

「『不死の魔王』ファンゲイル。聖様の柄が異端審問の手にあり、あなた方が無関係であることは理解しました。しかし、あなた方が彼を救おうとする理由が理解できません。納得できなければ、やはり協力することは難しい」

「聖ちゃんが大切な仲間だから、って理由じゃダメ？」

「ええ。信じられませんね」

「うーん、本心なんだけどなぁ。彼はアンデッドで、僕の配下だからね」

ファンゲイルの胡散臭い薄ら笑いに、レイニーはますます眉を寄せる。

レイニーにとってファンゲイルは、知らぬ間にセレナのことを王國から連れ去った相手だ。そうでなくともギフテッド教にとって魔王は天敵。落ち著いて會話している現狀が奇跡だった。

彼らを繋ぎ止めているのは、セレナの存在だけ。

セレナを救い出すための、一時的な協力関係だ。

「やはり全幅の信頼を置くことはできません。しかし――皇國の一部が関わっていることは間違いない。教義に悖る行いに手を染めているのなら、樞機卿として見過ごすわけにはいきません。……いえ。建前ですね」

「れ、レイニーさん」

アレンが思わず聲をらす。

レイニーの衰えをじられないしい顔は、憎しみに染まり鬼の形相となっていた。

「一度のみならず、二度も聖様を……ッ！　あの小娘とバレンタイン卿を仕留めるためなら、わたくしは魔王の靴でも舐めましょう」

「あはっ、いい顔だね。でも靴は舐められたくないかな……なんか浄化されそうだし」

『樞機卿』レイニーは、元は聖騎士団に所屬していた。

皇國の聖騎士団は、大陸で唯一魔王に対抗できる戦力と言われている。『聖騎士』、『樞機卿』、『モンク』など、聖職者の中でも戦闘に秀でた神が集められた組織だ。

その中でもレイニーは副団長の地位にいた。

毎日のように戦場を駆け、鎖を振るった。しかし……とある戦爭で人でもあった聖騎士団長を失ったことで絶し、前線を離れた。

聖騎士団をやめても、『樞機卿』の力は皇國にとって重要な位置にある。

心を病んだ彼は仲間の計らいで、丁度聖が目覚めたという小國に移することとなった。中央から離れたほうが神的に良いだろうという判斷だ。

そこで出會ったのが、純粋で優しいセレナという。

失意のどん底にいたレイニーにを與えた、敬する聖様。

レイニーにとって、彼の存在は教義よりも大きなものになっていた。

それこそ、魔の姿になっても追いかけるくらいに。

「わたくしは二度、する人を亡くしました。なぜ自分は生きているのだろうかと、視界に靄(もや)がかかったような気持ちで今日まで生きてきました。しかし、ようやく命の使い方を見つけたのです。……この命を捨てても、必ず聖様をお助けします」

レイニーは爪が突き刺さるくらい強く拳を握りしめた。が滴り落ち、地面を濡らす。

「うん、まあ気負うことないよ。死んだくらいで、人は死なないからさ」

ともすれば矛盾しているようなファンゲイルの言いに、ここにいる四人は深く頷いた。