《【完結】処刑された聖は死霊となって舞い戻る【書籍化】》ex.目覚め
「いたた……」
「避けられたか」
「あたし、剣はダメなんだよねぇ。まあ、死にたくないから通してあげてもいいけどぉ……たぶん、もう遅いよ?」
聖剣の直撃こそ避けたものの余波だけで吹き飛ばされたピィは、力なく笑った。
カマキリの魔は目にも止まらぬ速度で走ることができる。さらに、彼にとっては慣れた道のりだ。アレンたちが追いつくことは難しい。
「足止めできたのはちょっとだけだったなぁ。でもでも~、儀式が始まったら止められないからね~」
「儀式だと?」
「うふふ、じゃああたしは安全なところにいよっと。ばいばい、『不死の魔王』。ネブラフィス様はさらなる高みへ行く。そうしたら、あなたもお終いだね」
「おい、待て! 儀式ってなんだ!? セレナになにかするつもりなのか!?」
アレンがピィを捕まえようと手をばす。彼は意識せずとも魔を扱えるように訓練しており、対魔法特化のピィには有利だ。回避しようとしたピィを、壁際に追い詰める。
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捕まえた――そう思った時、窟の壁がまるで生きのように変形し、口を開いた。
「ばいばーい」
『地窟』は自然の窟ではなく、『蟲の魔王』ネブラフィスが生したダンジョンだ。
普段は窟の形狀を維持しているが、ピィの鱗によって溶けるように作られている。鱗がなくなると元に戻るため、彼専用の抜けというわけだ。
「くそっ!」
「あの子は別に脅威じゃないよ。問題は『蟲の魔王』だ。きっと、この下にいる」
「そこにセレナもいるんだよな?」
「そう。そして聖ちゃんを攫った『異端審問』もね」
目的はあくまで、セレナを救い出すことである。
ピィの討伐はひとまず諦め、先を急ぐことにした。
歩き始めてすぐに、アレンは眉を顰めて振り返る。
「……、大丈夫なのか?」
「僕はアンデッドだよ? の損傷なんて関係ないよ。聖魔力のせいで治りづらいけどね……」
ファンゲイルのはぼろぼろで、さっきから足元がおぼつかない。
もっとも、痛みとは無縁なので魔力によって無理やりをかしている。アンデッドの強みだ。
「君こそ、魔力使いすぎじゃない?」
「出し惜しみして、後悔したくないんだ。転んでもぶっ倒れても、セレナを探し出して助ける。それが子どもの頃からの俺の役目だからな」
「一途だね」
ファンゲイルはどこか懐かしそうに目を細めた。
雑談はここまでだ。自然と會話はなくなり、足早に窟を進んでいく。
無數に分岐している道を、迷いなく選び取る。彼らの魔法は、セレナが囚われている地下教會までのルートを完璧に示していた。
道中の蟲は氷漬けにし、人造人間は魂をから強制的に解放することで対処する。
そして……ついに地下教會に辿り著いた。
「ここだね。あはっ、とてつもない魔力をじる。ミレイユじゃなくてもわかるよ」
「教會か……? ここにセレナが……っ」
「慎重にね」
今にも飛び出しそうなアレンに、そっと釘を刺す。
アレンは扉にばした手を一度引き、聖剣をしっかり握り直してから扉を開いた。
まず目にったのは、地面と壁に広がる魔法陣だ。脈するようにを點滅させ、魔力を循環させている。
その中心には人間がすっぽりるほどの、大きな鎖の塊。まるで何かを閉じ込めているような風貌の球だ。
その奧にただずむアザレアが、にいっと口元を歪めた。
「あら、意外と早かったわね。でも殘念……もう遅いわ」
「セレナはどこだ!」
「目の前にいるわよ? ああ、既に聖ではなくなっているかもしれないわね」
そう言って、中心に鎮座する黒鎖を指差す。
アレンは鎖の中にセレナがいることを察すると、思考するよりも先に飛び出した。
「セレナを放せぇええええ」
「もう。せっかちね。もうすぐ終わるから待ってなさい。――グレイプニル」
レイニーのグレイプニルとは正反対の見た目をした鎖が、アレンの行く手を阻む。『異端審問』は『樞機卿』と対になるギフトだ。『樞機卿』が魔討伐に特化しているのに比べて、『異端審問』は人間を相手にした戦闘で真価を発揮する。
すなわち、魔力と魔法の無効化である。聖魔力も例外ではない。
聖剣に巻き付こうとする鎖を振り払い、アレンはバックステップで元の位置に下がる。
「くっ……!」
「アイシクルショット」
れ替わりでファンゲイルが氷の弾丸を飛ばした。
アザレアとセレナが囚われる鎖の塊に向け、一発ずつ。しかし、どこからか飛んできた白い糸に絡めとられ、停止した。
「おいおい、今一番良いところなんだから邪魔すんなよ」
「ネブラフィス……君、魔王のくせに人間に従うなんて、見下げたものだね?」
「はっ、世の中金だよ、金。老人は考えが古臭くていけねぇ」
「どうやらアンデッドになりたいみたいだね」
下半が巨大な蜘蛛の姿をした、型の魔王……『蟲の魔王』ネブラフィスがファンゲイルの前に立ちふさがった。
この間も、セレナの儀式は著々と進んでいる。
天使のタリスマンをとして、聖の魂に神の魔力が送り込まれているのだ。教會に蜘蛛の糸のように張り巡らされた魔法陣が、神魔力の循環を制する。
セレナの魔力が全て塗り替わった時……神がこの世に顕現するのだ。
「セレナ! 中にいるのか!?」
鎖を弾きながら、アレンは必死に聲を上げる。
「遅くなってごめん! セレナ、俺だ。アレンだ!」
いころ、屋裏に閉じこもるセレナを呼びに行ったように。
「セレナは単純だけど強い奴だから、放っておいても大丈夫だと思っていたんだ。王宮りした時も、魔王に連れていかれた時も、セレナの言葉に甘えてこうとしなかった。いつだって、お前一人が犠牲になっていたのにな」
聖剣の魔力すら消し去る黒い鎖に、より多くの魔力を籠めることで対抗する。
アザレアは余裕の表を崩さない。だが、アレンは著実にセレナに近づいていた。
「それぞれ違う場所で家族を守る。そんな約束をしながら、俺は結局守られているだけだった。一番守りたい人も守れず、ただ見ているだけで……」
「うっ、しつこいわね……っ」
鞭のようにしなる何本もの鎖の隙間に、アレンがり込む。全ての攻撃が収まるほんのしの隙をついて、一気に駆け抜けた。
セレナのいる鎖の塊に聖剣を突き立て、こじ開ける。
「俺はもう、お前を諦めたくない。そのために強くなったんだ。だから――」
「ふう……ギリギリだったわね」
「え?」
「儀式はちょうど今、終わったわ。それは聖ではないの。地上に降りた神よ!」
鎖の牢獄の中には、セレナがいた。目を閉じ、浮遊している。
アレンはおそるおそる、彼の手を取って引っ張る。れるだけでひりひりとした痛みが走るほどの、濃で異質な魔力。
「セレナ……?」
セレナを抱きしめて、アレンは呆然と呟いた。
「命令よ、神様? その男を殺しなさい!」
セレナはそれを聞いて、ゆっくりと目を開いた。
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