《【書籍版・講談社ラノベ文庫様より8/2発売】いつも馬鹿にしてくるモデルの元カノも後輩も推しのメイドも全部絶縁して好き放題生きる事にしたら、何故かみんな俺のことが好きだったようだ。》黒咲茜の理由
「俺が酷い? お前はずっと同じことを目の前の人間にしていたのに、自分はお咎めなしなのか? 俺の気持ちを考えたことはあるのか?」
心臓まで凍りついてしまいそうな冷ややかな視線と、何もかも信じられないと、そう告げているかのような聲。その言葉を告げられた瞬間、私は一どこで間違ってしまったのか理解することができた。
中3の冬、私は先輩と出會った。
行きたくもない習い事から帰宅する途中の電車。私の毎日は、とても空虛なものだった。
今後の人生の役に立つとは思えない勉強をして、たいして仲良くもない友達と上辺だけの會話をして、親の外聞のために興味のない習い事をやらされる。私の目に映る世界はいつだって灰だ。ただ、唯一音楽を聴いている時だけは、その憂鬱も紛れていた。
しかし、災難な事に今日はイヤホンを家に忘れてしまった。流石に音を垂れ流しにする勇気はない。
人間観察でもしよう。仕方なく退屈を紛らわすため、つり革に捕まりながら、ふと橫に視線を向ける。すると、進學予定の高校の男子制服とスマートフォンが目にり、なんと私の好きなバンドのMVが流れていた。覗き見なんて褒められた事じゃないけど、あまり同じ趣味の人に出會ったことがない私は嬉しくて、持ち主の顔を見上げた。
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凄く元気を貰える曲なのに、私の一番好きな曲なのに。それを見ている彼の目に、言いようもない深い悲しみが渦巻いているようにじた。だから、自分でも気付かないに、つい聲をかけてしまった。いわゆる逆ナンというやつだ。
始まりはこんなじだったが、これから私の世界にはが付いていく事になる。
それから數ヶ月が経って、私と優太先輩は沢山の思い出を積み上げていった。ゲームセンターでひたすらクレーンゲームをしたり、映畫館で新作のアクション映畫を観たり、くだらない事も楽しい事も、毎日が充実していた。でも、彼が楽しそうに笑っていても、やはりその目の中には変わらぬ悲しみをじる。一過去に何があったのだろう。いつか、知ることができるだろうか。
新しい春が來て、私は正式に彼の後輩になった。これでもっと、先輩と一緒にいられる時間が増える。毎日が楽しくて仕方ない。いつしかそのは、友からへと変わっていた。これが初だ。
ある日、先輩は自分の過去を話してくれた。ご両親を事故で亡くしたこと。とても辛かったが、それを支えてくれる彼ができたこと。彼に釣り合うように努力していたこと。でも、浮気されてしまったこと。出る限り明るく語ってくれているが、の痛みが殘っているのが伝わってしまう。
そうか、彼は気にしていないふうに裝っていても、その時の出來事がトラウマになっているんだ。思い出すのも辛いはずの過去を教えてくれたって事は、私に心を開いてくれたのかな。喜んではいけないと分かっていたが、とても嬉しかった。その傷を、なんとか私が埋めてあげられないかな。
だけど、突然怖くなった。私は先輩が好きだ。恥ずかしそうに笑う顔も、時々見せる暗い面も、落ち著く聲も、全部全部好きだ。でも、もし好意を持っていると知られてしまったら?今度は私に裏切られてしまうと、そう考えるかもしれない。その時きっと私達の関係は終わってしまう。だから、この気持ちは心の奧にしまっておこう。彼を揶揄うことで、友達以上の気持ちを持っていないと、そう思えば安心してくれるだろうか。いつか、彼の心の傷が塞がる時が來たら、その時は――。
夏休みにって、私は先輩を遊びにおうとメッセージを送ったが、ついに返事が來る事はなかった。スマホが壊れちゃったのかな?でも、休み明けにたくさん構ってもらえるから、頑張って我慢する事にした。本當はもっと連絡したくてたまらなかったが、好意に気付かれるかもと思ったら、電話をかけようとする手も止まってしまう。
一月ぶりに會った先輩は変わっていた。見た目にも気を使っているのが分かるし、弱々しい雰囲気がなくなっていた。休みの間に何があったかはわからないが、ついにトラウマを克服したんだ!そう思った。
興した私は、普段言わないような事を、「私が彼になってあげてもいい」などと、調子に乗った事を口走ってしまう。それに空回りすぎて、いつもなら考えすらしない、人の努力を否定するような事を言ってしまう。案の定彼は怒り、盛大に拒絶されてしまった。でもきっと、謝れば許してくれると、先輩は優しいから、また同じような関係に戻れると思っていた。だから、一日反省した後、朝早くから改札の前で先輩を探すというストーカーじみた真似をする事にした。犯してしまった間違いを正すために。
――でも違った!もっと前から間違っていた!
私が心をかさないために放つ言葉は、彼の心に傷を付けていた。一つ一つは小さい傷でも、それが無數に積み重なって、大きな跡を殘したのだ。私が揶揄った時に彼が力なく笑うのは、それをけれていたからじゃない。その心が傷付き過ぎて、笑う事しかできないのに気付けなかったんだ。
私は最低だ。あの時、時間が心を癒してくれるのを待つのではなく、私が彼の心の傷を埋めてあげれるよう努力するべきだったのだ。関係が壊れるのが怖くて、素直に想いを伝えることから逃げて、先輩の心を壊してしまった。
泣く資格なんて、今の私にはない。泣くのは全てを謝ってからだ。きっと許してもらえないだろう。彼の語から私はすっかり消えて、二度と會う事も、笑い合う事もないと思う。でも、それでも。私は先輩に謝らなければいけない。私の世界にを付けてくれた人から、を奪ってしまったのだから。
先輩が電車に乗ってから、そんなに時間は経ってないはず。駅に著いて、急いで追いかければきっと間に合う。
その時、電車の到著を知らせる音が鳴り響く。
俯いていた顔をあげ、両手で喝をれる。全力で階段を駆け登る。
――――――――――――――――
「はぁ……はぁ…………優太先輩!」
駅に著いてからひたすら走り続け、ついに先輩の後ろ姿を視界に収めた。聲は聞こえているだろうが、名前を呼んでも、當然だが振り向いてはくれない。
それでも諦めず、彼に追い付くために走る。疲労と張で呼吸は上手くできないし、涙も溢れてくる。涙で視界が歪み、もうすぐ追い付くという安心からか、両足がもつれて無様にも転んでしまう。
アスファルトにぶつかって膝が切れ、が流れ出てくる。足は疲れ果て、痛みと相まって立つことが出來ない。
……でも。
辛くても、伝えなければ。彼に與えてしまった痛みは、こんなものではないのだから。痛みを我慢して、ふらつきながらも立ち上がろうと前を向くと、私を無視して歩いているはずの姿は目の前にあった。
「…はぁ……はぁ…………せん、ぱい……」
「………………」
彼は無言でこちらを見つめていたが、昨日や今日の、凍てつくような視線とは違い、その目からは驚きが見て取れた。私が追いかけてきた意味が理解できないと告げているようだ。
今を逃せばもう一生言う機會は訪れない。涙が止まらなくたって、息が、言葉が続かなくたっていい。私が思ってる事、じた事、全てを正直に話すんだ。
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