《【書籍版・講談社ラノベ文庫様より8/2発売】いつも馬鹿にしてくるモデルの元カノも後輩も推しのメイドも全部絶縁して好き放題生きる事にしたら、何故かみんな俺のことが好きだったようだ。》その目
人間は弱い生きだ。他人の視線にわされ、思っている事が言えず、優しさを押し付けることが思いやりだと思い込んでいる。関係が壊れるのが怖いから何も言えない。時間が全てを解決してくれると盲信し、自分から行しようとしない。本當に誰かを想っている人間は、固い決意を持って行する。例え自分が辛い目に遭おうと、決して立ち止まらない。しかし、そんな人間はそうそういない。本當に馬鹿ばっかりだ。
そして、ここにも馬鹿が一人。
――それは俺だ。
――――――――――――――――
背後から聞こえた聲に振り向こうとは思わなかった。ただ、懲りないなと、そう思うだけだ。どうせ今朝のように、心が折れて追いかけて來なくなるだろう。そう思っているうちにも足音は近くなり、真後ろで人が倒れる音がする。これで終わりだ。もう立ち上がることはできないだろう。今後何度繰り返されようと、俺の気持ちは――
「…はぁ……はぁ…………せん、ぱい……」
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立ち上がろうとしていた。思考が巡る間もなく、反的に振り返ってしまう。普段綺麗にまとまっている髪は崩れ、膝からは大量にを流している。しかし、大粒の涙を流しているその目は死んでおらず、真っ直ぐに俺を抜いてきた。
ゆっくりと、生まれたての子鹿のような不安定さで四足歩行から二足歩行へと進化を遂げる。
真剣な眼差しに捉えられ、言葉を発することができない。何故、こんなにも俺を追いかけてくる?彼の目からじる力は、今朝とはまるで違っており、既に怯えは消え去っていた。
「せん……ぱい……」
「………………なんだ?」
黒咲は、息も途切れ途切れになりながらも、しっかりと言葉を紡ぐ。
それは、まるで寶を見せるような丁寧さで語られていく。
出會った日のこと、二人で遊んだ時のこと、俺のことをどう思っていたか。何故、俺の事を罵倒するようになったのか。昨日の事など、言葉が途切れても、稚な表現でも自分の気持ちを誤魔化すことなく彼は伝える。
黒咲が俺に想いを寄せていたなんて、想像もつかなかった。ただ、それはに無意識に自分でブロックをかけていたからなのだろう。俺には知る事のできなかった部分に黒咲は気が付いてしまって、それが足枷のように彼のきを鈍らせていたのだ。
「……えっ…………?」」
気が付くとは俺の指揮下を離れ、震えながら話す彼を抱きしめていた。學校までし距離はあるとはいえ、朝の通學路。この行為が校に広がる未來が容易に想像できるが、それでも俺のは、目の前でしく開花した彼を抱きしめずにいられなかった。
確かに黒咲の言葉は俺の心を傷つけ、そこには非があった。ただ、それは俺の心が弱っていて、敏になっていたからでもある。軽い揶揄いですら、俺を強く否定しているように認識してしまっていた。元々は俺の事を想っての行だったのに。思い返すと、彼は俺を揶揄ってはいたが、人格を否定するような事は一切言わなかったはずだ。以前は全て同じようにじていたが、冷靜に事を考えられるようになった今ならわかる。
寧ろ、時の流れにを任せて、黒咲が本心を言う事を避けさせてしまった原因は俺にある。俺はただ一言だけでも「黒咲の事を信じかけている」と、そう伝えるべきだったのに、信じられるようになる時を口を開けて待っているだけだった。黒咲をここまで追い詰めて、気持ちを隠させてしまったのは俺だ。
「黒咲……ごめん」
「な……なんで先輩が……謝るんですか……」
「黒咲を苦しめた原因は俺にもある。俺を見てくれていた事に気付かなくて、本當にごめん」
「せ、せんぱっ……ごめんなざいぃ……」
俺の背中に添えられているだけだった両腕に、力が籠る。久しくじていなかった暖かい人の溫もりが、自分の心にまで浸しているようだった。
過去の弱かった自分を捨てるという事は、弱さを認めて長しようとする人間をけれる事でもある。
既に起こってしまった事は決して消えない。俺が黒咲を再び信じられるようになるには、なくない時間がかかるはずだ。だが一つ言えるのは、俺の心からはもう、彼に対する恨みは消え去ったという事だ。
――――――――――――――――
湯船に浸かり、しばし真っ白な天井を眺めていた。溫まると、頬をでる緩い風が心地良い。
あの後俺は、周囲の生徒から突き刺さる視線をものともせず、黒咲を保健室に送り屆け、平凡な一日を過ごした。俺の噂を早速聞いたのか、淺川が凄まじい形相で俺を見つめていた気がしたが、今更そんな事を気にする男ではない。
そう思いたいのだが、俺の心には一つの疑念が生まれていた。
俺は今まで、優しくある事が最も大切な事だと思い、常に笑顔を忘れず、相手に優しく、気分良く過ごしてもらえるように必死に努力してきた。だが、結果的にその想いは誰にも伝わらず、心を許した相手には無下に扱われるようになった。だから俺は、自分を守るために理不盡だと思う事と戦うようになったし、自分の言いたい事を隠さずに言えるのは、とても気持ちの良い事だった。でも、前の俺は間違っていたとしても、今の俺は正しいのか?
果たして相手を無條件に肯定することだけが優しさなのか?
相手の行の意図を考えず、事実やだけで人を叩きのめすのが正しさなのか?
もちろん、自分に対して悪意を持って行を起こす人間や、関係のない人にまで危害を加えようと一線を越える人間に対しては容赦する必要はない。しかし黒咲のように、そこに自分なりの想いが込められていたら?
俺も含め、人間は間違いに気付いて長する生きだ。なら、間違いを犯した相手を理解し、理解させられたなら、その人を赦す事こそが本當の優しさなのではないか?
「やっと自分の気持ちを話してくれるようになったんだね」
淺川のこの言葉には、どんな想いが込められていたのだろう。
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