《【書籍化決定】ネットの『推し』とリアルの『推し』が隣に引っ越してきた~夢のような生活が始まると思っていたけど、何か思ってたのと違う~》その名は水瀬真冬
「────ッ!?」
俺の言葉に黒髪ロングの子が勢いよく後ろを振り向いた。數瞬視線を彷徨わせて…………俺で焦點が結ばれる。巧な氷像を思わせる整った顔が、驚きの表で固まった。
「え、待ってまふゆ、あの人なの!?」
ピンクベージュの子が興した様子で黒髪ロングの子に話しかけているが、黒髪ロングの子は答えない。代わりに懐かしい名前を口にした。
「蒼馬…………お兄ちゃん…………?」
「…………あ」
その呼び方を聞いた瞬間────忘れていた記憶が濁流のように頭に流れ込んでくる。
「まふゆちゃん…………?」
まふゆちゃんとは、俺が小學生の時仲が良かった近所の子だ。
そもそもは親同士が仲が良かった。それで俺はよく親のお茶會がてら向こうの家に連れていかれて、そこでまふゆちゃんとも仲良くなったんだ。
まふゆちゃんは人見知りですぐお母さんの後ろに隠れてしまうから、最初はなかなか會話が続かなかったけれど、何度か來るうちにしずつ遊んでくれるようになったんだよな。
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まふゆちゃんがインドア系の遊びばかりやっているのを心配した向こうのお母さんに頼まれて外での遊びを教えてあげたりもしたっけ。
その頃には俺の事を「お兄ちゃん」と呼んでくれるようになって、俺はすぐ後ろをぴょこぴょこ著いてくるまふゆちゃんの事を本當の妹のように可がっていた。
けれど、ある日突然まふゆちゃんはいなくなってしまった。
後になって、転勤で引っ越したと親に教えられた。
その後すぐ俺は中學にあがり、新しい人間関係に馴染むのに必死でまふゆちゃんの事は割とすぐ忘れてしまった。殘酷な話だが。
そんなまふゆちゃんの苗字は確か────
「────水瀬真冬ちゃん。だから聞き覚えあったのか。久しぶり、元気してた?」
俺の呼びかけに真冬ちゃんはその綺麗な目を大きく見開いた。口がゆっくりとくが、結局は何の音も発さなかった。傍からは頭がパンクしているように見えた。
「え、マジ? リアル初の人? え、やばいやばいやばい! まふゆっ、いいから話してきなって! 私は消えるから!」
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ピンクベージュの子がぐいぐいと真冬ちゃんの背中を押して俺の元まで屆けにきた。
「じゃ、あとよろしくお願いします!」
そう言うとピンクベージュの子は急いで前の方の席に移してしまった。あとには俺と真冬ちゃんだけが殘された。
◆
「…………ごめんなさい。し冷靜になる時間を下さい」
「うん。ゆっくりでいいよ」
どこそこの攜帯電話のシステム立ち上げに深くかかわったという教授の講義を聞きながら、俺はと隣り合って座っていた。
「…………」
一番後ろの席に座っているせいで、決して多くない講生の様子がよく分かる。
そわそわしている男子共の視線やひそひそ話を聞く限り、皆一様に俺達の事を意識しているようだった。それはきっと真冬ちゃんのせいだろう。
結論から言えば…………俺は今大學中で話題になっていると一緒に講義をけていた。
「…………」
「…………」
心地のいい靜寂が俺たちの間に橫たわっている。俺は「まさかまふゆちゃんと並んで講義をけることがあるなんてなあ」と考えていた。
あの小さくて泣き蟲だったまふゆちゃんが、今や立派な大人のになっている。それも強烈なクールビューティーのオーラを纏って。誰が呼んだか「工學部の撃墜王」。時間が経つのは本當に速い。
「…………お兄ちゃん、は流石に恥ずかしいので。人前では蒼馬くんって呼んでもいいですか」
「うん。俺は真冬ちゃんって呼ぶね。というか、タメ語でいいよ。昔みたいにさ」
真冬ちゃんの言い方が気になった。
それではまるで人前でなければ「お兄ちゃん」と呼ぶ用意があるような言いぐさではないか。まあ言い間違いというか言葉の綾だと思うが。
憐悧な雰囲気の真冬ちゃんが誰かを甘い聲で「お兄ちゃん」と呼ぶ姿は流石に想像出來ないしな。
「えっと…………蒼馬くん。蒼馬くんが同じ大學だなんて思わなかった」
「俺もだよ。というかめちゃくちゃびっくりしてる。記憶の中ではほら、小さいままだったから」
「それは…………うん。私も割と戸ってる。距離が摑めないじ」
真冬ちゃんはちらっと橫目で俺を盜み見た。俺も真冬ちゃんをちらちら見ていたからそれが分かった。
真冬ちゃんの気持ちは分かる。
確かに俺たちは昔は兄弟のように仲が良かったけど、思春期の10年というのは、大學生にとっては圧倒的なまでに人生そのものだ。俺たちはもうそれぞれ、自分なりの価値観や友関係を築いてしまっている。そこに「昔仲が良かったから」という一點だけで家族のように振舞う事はかなりの違和が伴ってしまうんだ。そうしたい、という気持ちをお互いが持っていたとしても。
「まあ…………お互い々大人になったってことかもな。それはそれとして再會出來た事は嬉しいよ。元気にしてるかなって気になってはいたから」
本當は中學にあがるころには真冬ちゃんの事を思い出すことは無くなっていたけど、わざわざ本當の事を言う必要はない。俺は大人になったし、大人とは優しい噓をつく生きなんだ。
「気にしててくれたんだ…………。あのね、私も蒼馬くんの事、ずっと覚えてたよ」
アプリケーション層、ネットワーク層、トランスポート層…………教授が口にする聞き覚えのない単語をノートに書き寫しながら、俺は頬に刺さる視線をじていた。只の視線じゃない、みょーに熱の籠った視線だ。
「蒼馬くん、さっきの話…………聞いてたよね?」
「…………ああ、まあ」
さっきの話。
告白。初。天蒼馬。
忘れられるはずもない。あれはもう殆ど告白に近かった。まさか自分に向けられているものだとは思わなかったが。
「あの話…………本當だから。こうして再會出來たから言うけど、私…………ずっと蒼馬くんの事が忘れられなかった。だから…………あの…………」
セッション層、データリンク層…………俺は意識的に手をかした。そうしないと張でどうにかなってしまいそうだった。
「もし彼とかいないなら、また昔みたいに…………可がってしいななんて、思うん、だけれど」
流石に恥ずかしかったんだろう。俺も赤くなってると思うが真冬ちゃんはそれ以上だった。
「…………」
もし彼がいないなら。
真冬ちゃんはそう言った。
いるかいないかで言えば勿論いない。ただ、気になっている人はいた。
エッテ様と聲優の八住(やすみ)ひより。
いわゆる『推し』だ。
…………いや、待て。聞いてくれ。
別に俺は推しにを向ける厄介オタクじゃないぞ。
確かにライブ中の八住ひよりを見て「腳えっろ」とか「顔面寶石かよ」とか思ったりもするけど、ギリギリじゃないからな。そもそもどうやって知り合うねんという話もあるし。まあ妄想したことはあるけど、所詮妄想どまりの関係なのは重々承知している。そりゃ付き合えるなら付き合いたいけど。
しかしエッテ様に関しては、なんて奇跡か俺はリアルで知り合ってしまった。スマホを開けばエッテ様の連絡先がっている。これはもう厄介オタクの妄想という範疇を軽く超越しているだろう。勿論靜が俺の事が好きなんてことはないだろうけど、なくとも現狀なかなか友好的な関係を築いていることは確かなんだ。ぶっちゃけてしまえばワンチャンあるかもしれないだろ。
そういう訳で、八住ひよりはまあ関係ないとしてもエッテ様に関しては現在進行形で「気になっている」んだった。
「…………」
真冬ちゃんが不安そうに俺の顔を覗き込む。八住ひよりに「顔面寶石かよ」と思う事はあるが、真冬ちゃんはマジの顔面寶石だった。あまりにも整いすぎている。國寶の品として承認されたと言われても驚かないレベル。
そんな子が俺と仲良くしたいと言っている。
斷れますよ、って自信がある人いたら至急俺に連絡をくれ。
「こちらこそ、前みたいに兄貴だと思ってくれたら嬉しい。またよろしくね真冬ちゃん」
俺の言葉に真冬ちゃんが顔を綻ばせた。
すっかり見違えたけど、笑顔だけは昔のままだった。
この時の俺は予想だにしなかった。
『八住ひよりは関係ないとしても』────この言葉が盛大なフラグになってしまうなんて。
そして今日を境に大學では「工學部の撃墜王を墜とした奴がいる」────そんな噂が急速に広がるんだが、それはまた別の話。
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