《【書籍化決定】ネットの『推し』とリアルの『推し』が隣に引っ越してきた~夢のような生活が始まると思っていたけど、何か思ってたのと違う~》兄を求めてA定食

「なあおい、知ってるか? 工學部の撃墜王がついに撃墜されたんだって!」

「ん? あ~…………そうらしいな」

いつものように學食でケイスケを待ちながら、「そろそろ先に食っちまうか」と考えていた所、カレーをトレイに乗せたケイスケが向かいの席にり込ませながら食い気味に話しかけて來た。

工學部の撃墜王というのは、この二か月うちの大學を震撼させている(らしい)生の事だ。フッた人間は既に両手の指にのぼる(らしい)。工學部在籍だから工學部の撃墜王。安直なネーミングだ。

「そうらしいな、ってお前気にならないのかよ? テニサーの王子様ですらフラれたんだぞ?」

「いや別に…………元々関係ないだろ俺達なんて」

ややび始めたラーメンに箸を差しれながら、俺は興味のないふりをした。

「いやまあそうだけどさあ。あんな綺麗な子を落としたのが一どんな男なのか、単純に気になるだろ」

言いながらケイスケは大口を開けてカレーをエネルギーに変換していく。それを眺めながら、まあなくともそんながっつきながらカレーをかっこむ奴に真冬ちゃんは靡かないだろ、なんて考えてしまった。

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…………そう。

これは最近知った事なんだが、工學部の撃墜王、本名・水瀬真冬は俺の馴染だった。

俺は約10年振りにこの大學で彼と再會を果たしていた。工學部の撃墜王が撃墜された、という噂は多分俺の事だ。この前授業で一緒に話した所を結構々な人に見られていたからな。それが噂になってしまったんだろう。因みに付き合っているとかそういう事は一切ない。工學部の撃墜王は未だそのボディに一つのかすり傷も負っていないんだ。

「まあ綺麗さっぱり忘れろって。メンマやるからさ」

「いらねーよ。合わねーだろメンマとカレーは」

言いながらメンマを一つ掬い取り、茶の海に著水させる。ケイスケは不満げにそれを口にし、「あれ、意外といけるぞ」なんて驚いていた。そんな平和な日常。

「────蒼馬くん」

「あ?」

ふいに名前を呼ばれ橫を向くと、そこには噂の工學部の撃墜王、本校の男子の視線を一に集める新生、次期ミスコン優勝當確者、氷の王、その名も水瀬真冬・工學部1年生がA定食をトレイに載せて立っていた。

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「────真冬ちゃん。學食で見るの珍しいね。というか見た事ない気がする」

「蒼馬くん、學食で食べてるってこの前言ってたから來てみたんだけど…………迷だった?」

真冬ちゃんはちらっとケイスケの方を見た。俺とケイスケが話していた所を割り込んでしまった、と気にしているんだろう。因みにそのケイスケは噂していた人が話しかけて來たもんだから、スプーンを片手に大口を開けて固まっている。汚いから口を閉じろ。

「いや全然。こいつは気にしなくていいから。ほら座って」

「ありがとう」

真冬ちゃんは音を立てずに椅子を引くと、その細いを隙間にり込ませた。

「學食は初めて?」

「うん。いつもはアリサと外で食べてるから」

「アリサ?」

「ほら、この前授業で一緒にいた子」

「ああ、あの元気な子ね」

この前の授業を思い出す。真冬ちゃんをぐいぐいと俺の前に引っ張ってきたピンクベージュの髪の子だ。お晝も一緒に食べてるってことは仲いいんだな。

「今日はアリサちゃんはいいの?」

「それが、『蒼馬くんとご飯食べてこい』って聞かなくて」

「あはは、何か目に浮かぶよ」

真冬ちゃんと話しながら────妙な気配をじて周囲に目をやる。『どういうことだ、説明しろ』そんな言葉を視線に乗せながら、俺を思いっきり睨んでいる目の前のケイスケじゃない。

周りを見渡してみれば、妙な気配の正はすぐに分かった。

周りの男連中がみんなこっちを見ていたのだ。ある者はおもいっきり、ある者はちらちらと控えめに、けれど全員がこちらを意識しているのは明白だった。「殺すぞ」みたいな目でこちらを見ている奴もいる。勿論、工學部の撃墜王が気になっているんだろう。

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと蒼馬サン…………? そちらの方は…………?」

ケイスケが奇妙な言葉遣いと、驚きと困と喜びがないまぜになったような奇妙な顔をしながら會話に割り込んできた。

…………バレてしまっては言わざるを得ないか。騒がれたら困るから真冬ちゃんとの事はにしようと思っていたんだが。

「工學部1年生の水瀬真冬ちゃん。俺の馴染。真冬ちゃん、こいつは経済學部3年のケイスケ。何ケイスケだったかは忘れた。俺の友達…………のような何か」

真冬ちゃんは俺の言葉を聞くと、ケイスケの方を向いてぺこっと頭を下げた。

「水瀬真冬です。蒼馬くんがいつもお世話になってます」

「いや、全然世話になってねーから。世話してるのは俺の方ね」

「そうなの?」

「そうそう。さっきもメンマ分けてやったところ」

「あ…………え…………?」

ケイスケは真冬ちゃんの挨拶にそんな微妙な困聲を返した。

「え、工學部の…………撃墜王…………?」

そう言ってプルプルと震える指で真冬ちゃんを指さすケイスケ。

「あー、なんかそういうあだ名ついちゃってるんだって。知ってた?」

「一応は…………あまりいい気はしないんだけれど」

「まあそうだよな。他所で勝手に呼ばれるのも気味悪いよな。つーわけでケイスケ、今後その呼び方は止な」

「え、あ、おう…………え、じゃあ水瀬さん…………でいいかな…………?」

「はい。よろしくお願いします」

そうして妙にギクシャクした空気で(ギクシャクしているのはケイスケだけだが)晝飯を食べていると、スマホが音を立てた。

『今日の帰宅は20時になりそうかも。遅かったら先に食べちゃって』

『私は何時でもいいよー。配信22時からだから』

『配信するんだ。楽しみにしてるね~』

ひよりんの帰宅時間報告に、靜がすぐ返事を返していた。

ルームの名前は『蒼馬會』。

最初は適當な名前にしていたんだが、靜によって変えられてしまった。字面だけみたらどこかのおっかない事務所みたいだ。

『推し』同士の會話を頬を緩ませながら眺めつつ、返信を打ち込んでいく。

『じゃあ今日は20時からで。リクエストある? なければ広告に鶏もも載ってたから唐揚げの予定』

『唐揚げさんせーい! 私レモン派だから!』

『お酒のつまみになるわね。私も唐揚げがいいな』

『はーい。レモンは買っとく』

二人からは食費としてそれぞれ諭吉を預かっているから、出來るだけリクエストには答えてあげたい今日この頃。

そんな蒼馬會初めてのメニューは唐揚げに決定した。

「蒼馬くん、どうしたの?」

「ん?」

呼ばれて顔をあげてみれば、隣に座っている真冬ちゃんが俺の表を覗き込むようにしていた。

彫刻みたいに整った顔が急に近付いて、が跳ねる。

「あ、ああ、マンションの隣人たちで作ったルインのルームがあってさ。それを眺めてたんだ」

「楽しそうにしてた…………の子?」

「…………まあ、うん。一応」

「…………ふうん」

真冬ちゃんはそれっきりA定食を食べる作業に戻ってしまった。

「なんだ蒼馬。お前、水瀬さんというものがありながら他のとよろしくやってんのかよ」

「よろしくはやってない。それに、真冬ちゃんは妹みたいなものだから」

「妹みたいなものって、それ妹ではないんだろ? つかお前、マンション一人で寂しいーって言ってなかった?」

「あー最近2人引っ越して來たんだよ。んで、何かり行きで俺が夜飯擔當になったの」

「夜飯擔當?」

「毎日俺ん家に集まって夜飯食べんの。2人共自炊してないから、まあなんつーか、俺が母親代わりみたいな? 意味分からんけど」

正確にはひよりんについてはどういう生活をしているのかよく分からないが、この前のコンビニ袋を見る限りそう健康的な食生活は送っていないっぽかった。さっきのルインでもお酒って言ってたしな。

「なんだそれ、ほぼ同棲じゃん。しかも2人? 爛れてそー」

「爛れてねえよ。夜飯食うだけだぞ。つーか2人とも先週知り合ったばっかだし」

「いやいや、絶対お前に気あるって。どんな子なの? 寫真ある?」

ケイスケはすっかり俺の隣人事に興味深々の様子で、カレーを食べる手が止まっていた。

真冬ちゃんはA定食に向かいながらも、ちらちらと俺の方を見ている。聞いてないように見えて俺の話を聞いているようだった。

「寫真はない。つーか俺に気があるってのもないな。2人とも俺みたいなのと付き合うようなじじゃないし。ちょーリア充っぽい」

ひよりんに関してはネットで検索すればいくらでも寫真が出てくるし、靜に関してもその3Dモデルであるエッテ様ならミーチューブを開けばいくらでも出てくるんだが、勿論そんな事を言える訳もなく、俺はそう答えるしか出來なかった。

「ふーん。俺も蒼馬ん家に飯食いにいこっかなあ」

「お前來ても食わせねえよ。何で男に飯作らなあかんのや────」

「────じゃあ私は?」

「え?」

まさかの割り込みに間の抜けた聲を出してしまう。

「私も蒼馬くんのご飯…………食べてみたいんだけど」

真冬ちゃんがそのガラス細工みたいな綺麗な瞳で、まっすぐ俺を見據えていた。

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