《【書籍化決定】ネットの『推し』とリアルの『推し』が隣に引っ越してきた~夢のような生活が始まると思っていたけど、何か思ってたのと違う~》考えすぎです
「よー、よー、そこの料理人。聞いてるかー?」
「…………はあ…………」
今朝のやらかしが頭から離れない。
…………よりにもよってひよりんに下ネタを言ってしまうなんて。折角仲良くなれたのに絶対嫌われた。大學でもその事で頭が一杯で講義もにらなかったし、気が付いたら帰宅していた。今日の記憶が全くない。
「はあ…………」
落ち込んでいるのに、料理の準備だけは勝手にがいてしまう自分が、けなくもあり頼もしくもあった。例え最低な気分だったとしても皆の夜飯は作らなければならない。
「ちょーちょー、可い靜ちゃんがせっかく集合時間の1時間前から來てあげたって言うのに、その態度はないんじゃないのー?」
「はあ…………」
今日の蒼馬會、ひよりん來てくれるかなあ…………。
普通に考えたら來ないよなあ…………。
ただのファンである俺がひよりんと仲良くさせて貰えてたのは、俺が変な態度を取らなかったからだと思うんだ。ファンと聲優の垣を越えようとしなかったというか。例えば「好きだ」って伝えるとか、気のある素振りを見せるとか。そういう事をしなかったから、ひよりんも安心して俺と遊んでくれていたんだと思う。
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…………でも、それももう終わり。俺はただのヘンタイになってしまった。
「終わりだ…………」
「おい!!!!!」
「うわっ!?」
突然の聲にびっくりして包丁を落としそうになる。焦って周りに目を向ければ、不機嫌そうに頬を膨らませた靜がすぐ隣で仁王立ちしていた。いつ現れたんだこいつ。
「靜…………? いつの間に」
「ずーーーーーーっと前からいましたけど? なんならひとりで馬鹿みたいに騒いでましたけど!?」
「マジか。ごめん、気付かなかった」
「まあいいけどさ…………どうしちゃったの? 元気ないね」
「あー…………」
突如、強い衝が俺を襲った。
今朝あった事を全部ぶちまけてしまえ────そう心がぶ。
きっと一人ではこの暗澹たる気持ちを抱えきれないと心が判斷して、仲間を作ろうとしたんだろう。
けれど俺は、僅かに殘った理で何とか持ちこたえた。
だってよ…………伝えろったってどう伝えろって言うんだよ。ひよりんに下ネタ言って嫌われちゃいましたーってか?
靜にも軽蔑されて終わりだろ、そんなん。
「…………別になんでもない。ちょっと大學でやらかしただけだ」
「そうなんだ。まあ元気だしなって、生きてりゃいいことあるよ?」
ぽんぽん、と靜が俺の肩を叩く。包丁持ってる時にってくるのは止めてしいが、気持ちは嬉しかった。
「あ、ひよりさんからルインだ────えーっと…………蒼馬くん、ひよりさん今日夜ご飯いらないって」
「うっ…………」
限界だった。
俺はなんとか包丁をまな板の上に放り出し、膝から崩れ落ちた。
「ちょ、ちょっと蒼馬くん!? どうしたのさ!?」
「終わりだ…………」
「お腹!? お腹痛いの!? 救急車呼んだ方がいい!?」
「いい…………どうせ俺は終わりなんだ…………」
靜が必死に背中をさすってくる。
やめてくれ、俺にはそんな事をされる資格なんてないんだ…………
◆
「ひよりさんに嫌われたぁ!?」
「ああ…………俺はどうしようもないクズ野郎なんだ…………」
「お兄ちゃん、一何をしてしまったの?」
紆余曲折あって何とか今晩の夕食をこさえた俺は、蒼馬會で靜と真冬ちゃんに今朝の事をかなりぼかして話していた。
「詳しくは言えない…………でも、決して言ってはいけない事を言ってしまったんだ…………」
今頃ひよりんは引っ越しの手続きを始めているかもしれない。靜にも真冬ちゃんにも申し訳ない事をしてしまった。ひよりんは2人の友人でもあるっていうのに。
「うーん…………何を言ったかは分からないけど、ひよりさんが蒼馬くんを嫌いになるなんてことあるかなあ」
「お兄ちゃん、考えすぎなんじゃないの?」
「そんな事ないさ…………現に今日ひよりん來てないだろ……? 俺の顔が見たくないんだよ…………」
まさか『推し』に嫌われてしまうなんて。これなら赤の他人だったあの頃の方がマシだ。名指しで嫌われるより、名も知らぬただのファンの方がいいに決まってる。があったらるから誰か埋めてくれ。
「…………」
対面に座る靜がせわしなくスマホを作している。もしかしてひよりんとやり取りをしているんだろうか。それを聞くことすら怖かった。
やがてスマホから顔をあげた靜が、海老天を摑みながら真冬ちゃんに顔を向ける。今日のご飯は天ざるそば。暑かったからさっぱりしたものの方がいいと思ったんだ。
…………1袋、余ってしまったけど。
「…………なるほどねえ。真冬、あんたこの後暇よね?」
「何その言い方。別に暇じゃないけれど」
「うそよ。どーせソファに寢転んでネットでドラマでも観るんでしょーが」
「靜、喧嘩売ってるの?」
「事実を言ったまでだから。とにかくこの後ちょっと付き合いなさい」
「…………? 一何なの」
真冬ちゃんが訝しげに靜に目をやる。靜は幸せそうに海老天を頬張りながら、何でもない事のように言った。
「────ひよりさんがね、3人で話したいんだって」
反的に肩が震えた。ファンって推しの名前を聞くと心が締め付けられるものだったっけ。
…………こんなの辛すぎる。
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