《【書籍化決定】ネットの『推し』とリアルの『推し』が隣に引っ越してきた~夢のような生活が始まると思っていたけど、何か思ってたのと違う~》何ケイスケだったかは忘れた

「おーっす蒼馬、今日は彼さんは一緒じゃないのか?」

大學の學食。

B定食をけ取りいつもの席に行くと、ケイスケがラーメンを啜りながら軽く手を挙げてきた。

「何度も言ってるだろ、真冬ちゃんは彼じゃないんだって」

向かいに座りながら誤解を解く。この會話を何人相手にしてきたか。因みにケイスケとももう3回はやっている。

「お前が水瀬さんを彼だって言ってるのを聞いたって奴が何人もいるんだけどな」

「そりゃお前…………幻聴だろ」

言いました。

…………言ったけど違うんだよ。

言葉の綾ちゃんなんだよ、それは。

「そうかねえ。お似合いだと思うけどなー俺は。そら最初はムカついたけどさ」

「どういう心境の変化だよ」

俺と真冬ちゃんがお似合いって…………そんな事あるかね?

確かに仲はいいけどさ、何も知らない奴が俺たちを見たら「と一般人」としか思わないと思うぞ?

「いや何つーの、水瀬さん、お前と話してる時だけ何かちょっとキャラ違うじゃん? 気許してるんだなーって思うワケよ、傍から見てるとさ」

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「キャラ違う? …………そうかあ?」

確かに真冬ちゃんは他人の目がある時と無い時で隨分キャラが違うけど、なくとも大學では落ち著いたキャラで通している。ケイスケの前でマンションでのキャラを出したことはないはずだが。

「お、噂をすれば來たみたいだぞ? しの彼が」

「だから彼じゃないんだって…………」

ケイスケの視線の先を追うと、丁度A定食をけ取った真冬ちゃんがこちらに歩いてきていた。俺と目が合っても表ひとつ変えない真冬ちゃんは、完璧に大學モードをインストールしているようだった。

「蒼馬くん、それにケイスケさん。こんにちは」

「やっほー水瀬さん! ほら、座って座って!」

何度も一緒に晝飯を食べているから、ケイスケと真冬ちゃんはそれなりに仲良くなっていた。最初こそ噂の後輩の登場に怖じしていたケイスケだったが、こいつは基本的に好きなんだ。仲良くなるのに時間は掛からなかった。

「蒼馬くん、隣座るね?」

「ん? おお」

トレイを軽くずらしてスペースを確保すると、真冬ちゃんがそこにトレイを置き、隣に腰を下ろす。

「…………にやにや」

「ケイスケ。何か言いたいのか?」

俺たちのやり取りを見てケイスケがにやにやするのを隠そうともしない。どうせまた変な事考えてるんだろうな。

「なあ水瀬さん。こいつがさ、水瀬さんは彼じゃないって言うんだけど。実際どうなの?」

「おい、やめろって…………」

ケイスケを手で制すも、時すでに遅し。

真冬ちゃんは俺にじーっと視線を向け、その後上を向いて何かを考え、最後にケイスケの方に顔を向けた。

「2か月です」

「付き合って2か月? 何だよやっぱり付き合ってたんじゃねーか~、隠すなよぅ水臭い!」

ケイスケがウザいじに俺を叩くジェスチャーをする。

はい出ました真冬ちゃんの真顔マジック。あなたにその顔で言われたらどんな事も本當に聞こえるんです。お願いだから辭めて下さい。

「真冬ちゃん? ちょっといい────」

「妊娠」

「妊娠2か月!? そ、蒼馬お前────ッ!?」

真冬ちゃんの弾発言にケイスケがラーメンを吹き出しかける。聞き耳を立てていたんだろう、周りのテーブルからも騒がしい音が起こった。

「だーーーーーっ! 違うから! 冗談だから! 真冬ちゃんお願いだから勘弁してって……!」

真冬ちゃんは俺の懇願を無視し、A定食に顔を向けてしまった。やるだけやって投げっぱなし。それが工學部の撃墜王改め氷の王・水瀬真冬だった。

…………結局、ケイスケの誤解を解くのに約十分の時間を要した。

「────あ、そうだ。蒼馬お前さ、VTuberとか詳しかったよな?」

やっと俺と真冬ちゃんが清い関係だと理解してくれたケイスケが、突然そんな事を言ってきた。

「VTuber? まあ詳しいってほどではないと思うけど」

エッテ様くらいしか見てないしな。あとは自分がVTuberになったくらいだが…………詳しいってのとはし違うか。

「そうだっけ? まあいいや…………あのさ、『大人こども』ってVTuber知ってる?」

「ぶっ!」

「…………っ」

俺は吹き出し、焦りで一杯になった。

どうしてこいつが大人こどもを知っている!?

まさか…………バレたのか?

「おいどうした!? 大丈夫か?」

「あ、ああ…………大丈夫だ…………それで、そのこども? がどうしたんだ?」

とりあえず現狀把握を急がなければならない。バレているのならそれ相応の対応が必要になる。場合によっては麻耶さんに連絡した方がいいかもしれない。

「あー、それがさ。妹が────ああ、妹とは普段そんな話さないんだけどさ、珍しく話しかけて來たと思ったら『オススメだから観ろ』っていきなり言ってくるもんだからよ。蒼馬なら知ってるかもと思ってさ」

「ん、あ、あー…………そういう事、そういう事ね。なるほど把握…………」

ケイスケの言葉にとりあえずでおろす。

どうやらバレた訳ではないらしい。そういう事なら焦る必要はない。

「大人こどもなー、俺は正直そんな面白いとは思わなかったかな。別に観なくてもいいと思う」

「ふーん、そっか。まあ元々観るつもりあんま無かったんだけど。VTuberとかそんな興味もないし」

とはいえバレる危険は潰しておくに越したことはない。

俺がそう言うと、元々興味の薄い話題ではあったんだろう、ケイスケはそれっきり大人こどもの名前を口にすることは無かった。

そこからは無難な話題で盛り上がり、俺たちは晝飯を終えた。

「そろそろ行くか。真冬ちゃん、今日はどうする?」

「一緒に帰る。終わったらいつもの所にいるから」

「了解」

俺たちのやり取りをみたケイスケがボソっと何かを呟いた。

「本當にこれで付き合ってないのかねえ…………」

3人揃って立ち上がると、丁度學食にやってきた男2人組がこちらに歩いてきた。その顔には見覚えがあった。確かケイスケの友人だったはずだ。

「本名(ほんな)、え、お前、なんで撃墜王とご飯食べてんの」

「あー、その呼ばれ方嫌らしいぜ? ダチの連れなんだよ。つーか珍しいな、お前ら學食來るの」

「ちょっと金欠でな、渋々ってじ」

「まーたパチスロかよ、いい加減學習しろって。ありゃ勝てねーように出來てんの」

「ちげーよ、今はお馬さんがアチーんだって」

「いや一緒だろそれ────」

俺たちが宙ぶらりんになっている事に気が付いたんだろう、ケイスケがジェスチャーで『じゃあな』と伝えてきた。

軽快にやり取りするケイスケとその友人達を殘し、俺と真冬ちゃんは學食を後にした。

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