《【書籍化決定】ネットの『推し』とリアルの『推し』が隣に引っ越してきた~夢のような生活が始まると思っていたけど、何か思ってたのと違う~》3人はどういう集まりなんだっけ?

「靜、とりあえず落ち著け。アイス奢ってやるから」

「アイス如きで私が懐されると思ってるの? 今の私は怪獣なんだよ? がお〜!」

どうやら靜は長の途中で『往來で騒ぐのは恥ずかしいこと』という覚をどこかに置いてきてしまったらしい。両手をティラノサウルスの前足みたいにしてこちらに火を吹こうとしてくるが、恥ずかしくて顔から火が出そうなのはこっちの方だった。あとつまらないぞ、そのダジャレ。ただ靜が可いだけという想しか出てこない。

「頼むから靜かにしてくれ。ダッツ買ってやるから」

「ダッツ!? 分かった、靜かにする。靜だけに」

「…………寒」

「何か言った? 今の私はいつもより手が出やすいわよ真冬」

急激に気溫が下がった気がしたが、恐らく周りからの奇異の視線によるものだろう。あとは丁度納豆やら漬やらの冷蔵コーナーの前にいるからか。口から冷気を吐き続ける靜のせいではないと信じたい。あいつの名譽のためにも。

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「蒼馬くん、カゴ貸して」

「なんでだ? お菓子なら買わないぞ?」

「私は子供か! いいから貸しなさいよ、ほら」

靜が俺からカゴを奪い去る。片手がフリーになって萬々歳ではあるんだが、一何を考えているのやら。

「えーっと…………指をこうして…………っと」

「…………おい。何のつもりだ」

カゴは俺の手を離れたが、結局俺の手がフリーになることは無かった。靜が慣れない手つきで俺の手を握ってきたからだ。しかも、寄りにも寄って指を互に絡ませるあ(・)の(・)繋ぎ方だった。

「真冬と繋げて私と繋げない理由はないでしょーが」

「だからって繋ぐ必要ないだろ…………両手塞がるんだよこれじゃ」

「まあまあ、私が上手くリードしたげるからさ」

こうして俺の両手は真冬ちゃんと靜にがっちりホールドされてしまった。こんなの運會の時にやった組の『扇』の真ん中以來だ。これで俺の手を引っ張るふたりが息ぴったりならまだいいんだが、このふたりが同じ方向に進むわけもなく、俺のは早くも半分に千切れそうになっていた。そういう意味でも『扇』そのものだ。

「靜、邪魔するなら帰って。今日はカレーだからそっちには用無い」

「カレー!? じゃあルー見に行こうよルー! 私辛口と中辛を混ぜるのが好きなんだよねー!」

「先におを見に行くから。行くならひとりで行って」

「ふたりとも…………喧嘩しないで…………」

めっちゃ見られてるから!

周りの奧様方にめっちゃ見られてるから!

「修羅場かしら…………」って噂されてるから!

「お兄ちゃん、このお邪魔蟲をマンションに帰して」

「蒼馬くん、この生意気な妹つまみ出しちゃって」

両耳から違う言葉を流し込まれて頭がおかしくなりそうになる。俺は聖徳太子じゃないんだよ。

「…………ああもう! お前ら、いいから黙って俺に著いてこい!」

こいつらに付き合っていたら日が暮れる。俺はふたりを引っ張りながら歩きだした。

「…………きゅん」

「…………好き」

ふたりは意外にも靜かに俺に付き従ってくれた。何をしおらしくしてるんだか知らないが、手を引かれるがまま黙って斜め後ろを著いてくる。

「靜、その鶏カゴにれて。ももって書いてあるやつ」

両手が塞がっている為、カゴを持っている靜にお願いするしかない。

「カレーなのに鶏?」

「うちのカレーはチキンカレーだから。希あるならポークまでならけ付けるけど」

「んにゃ、気になるからチキンカレーでいいよ。ほら真冬、カゴにいれなさい。私手塞がってるから」

手が塞がってる?

どういうことだ────と思ったが、見れば至極當然だった。靜は片手で俺と手を繋ぎ、もう片方でカゴを持っていた。つまり両手が塞がっている。そして真冬ちゃんは片手で俺と手を繋いでいる。馬鹿らしい話だが、俺達は3人いるのに空いている手が真冬ちゃんの1本しかないのだった。

…………マジでなんで手を繋いでんだ俺たち。3人並んでも邪魔にならないようにルート選択するのも大変だしよ。今すぐ融合解除したい気分だったが、その権限は何故か俺にはないのだった。

「1パックでいいの?」

「うん。300グラムあればいいから」

なんかいいじに真冬ちゃんと靜が近づき、鶏をカゴにれていく。周りの人達が「こいつら何やってんだろう」みたいな目で主に俺を見てくる。お前ら見る相手を間違ってる、俺は被害者だぞ。すぐ退きますから勘弁して下さい。

「よし、次はルー見に行くぞ」

「! 待ってました!」

アホみたいに3人手を繋いで移する。これが子供だったら微笑ましい親子のワンシーンなんだが…………悲しいかな、両隣の平均年齢は19歳だった。俺じゃなくてこいつらが『大人こども』だろ。

「えっとねー、私が好きなのどれだったかなあ……どれかの中辛とどれかの辛口を合わせるとめっちゃ味しいんだよ…………」

ルーのコーナーにたどり著くと、靜がぐいぐいと手を引っ張りながらしていく。俺はそれに謎の既視を覚え────すぐに思い當たる。靜が引っ越して來てすぐ電子レンジを買いに行った時と似てるんだ。あの時はまさか靜がここまでポンコツだと思いもしなかった。

「これかなあ…………うーん、お母さんに聞いてみようかな…………」

パッケージに顔が付きそうなくらい近づいて何やら唸っている靜の橫顔を何となく眺めていると、『靜とスーパーマーケット』という取り合わせのあまりの似合わなさがツボにりそうになる。

あれ、そもそもこいつなんでスーパーにいたんだろ。自炊をしない靜はコンビニで事足りそうなもんだが。

「靜、お前なんでスーパーにいたんだ?」

俺の問いに、靜は視線を棚に向けたまま答えた。

「んー? ヨクルト1000探しに來たのよ。今流行ってるでしょヨクルト1000。配信でネタにしようと思ったんだけどコンビニに売って無くてさ。んー…………これだった気がするなあ…………」

「あー、ヨクルト1000な。確かに流行ってるなあれ」

ヨクルト1000というのは今発的に流行っている酸菌飲料だ。確かインフルエンサーがテレビで紹介して、それで流行っているんだったか。寢る前に飲むと安眠効果が期待できるらしいが、試したことはなかった。全國的に売り切れ続出らしい。

「お前、睡眠に悩みなんてなさそうだけどあるのか?」

「んにゃ全く。橫になったら5分で寢れるよ私」

「だと思った」

そういう繊細さとは一番無縁そうだもんな。マンション組の中だと、案外ひよりんが睡眠で悩んでそうなイメージ。

「靜、まだなの?」

「…………もうちょっとだけ待って。2択までは絞れたから」

あてどなくきょろきょろしているだけにしか見えなかったが、どうやら候補を絞れていたらしい。靜も手が塞がっているから手に取るようなアクションが無くて、その辺りよく分からなかった。

「────よし決めた! 真冬、これとこれれて!」

「はいはい」

靜がカゴを差し出すと、指示に従い真冬ちゃんがルーの箱をカゴにいれていく。

「よし、これで一通りオッケーだな。んじゃ最後に飲みだけ見に行くか」

「飲み?」

「ヨクルト1000探しに來たんだろ?」

「あ、そだった。忘れてた」

俺たちはまたアホみたいに3人並んで移するのだった。

「────あった! 蒼馬くん、ヨクルト1000あった!」

「そうかそうか、良かったな。あんまり騒がないようにな」

「…………私も買う」

俺たちは酸菌飲料を3本カゴにいれ、レジに並んだ。

「…………あら? いつもの熱々カップルじゃなーい! どうしたのよぉー今日はぁ!? 両手に花じゃない、やるわねぇこのこの!」

「…………うげっ」

レジの擔當はいつも俺達をカップル扱いしてくるおばちゃんだった。このおばちゃんに當たる割合多すぎるだろ。3人くらいいるんじゃないだろうな。

「…………ん?」

おばちゃんの元にる四角いアクリルが目にる。そこにはスーパーのロゴがでかでかとプリントされていて、その橫にゴシックで大きくこう書かれていた。

『佐藤』

…………いや、レジの佐藤さんっておばちゃんのことだったのかよ!

何が公認じゃ!

「…………蒼馬くん、いつもの熱々カップルって…………どういうこと?」

「ヒィ…………」

異様に冷めた靜の聲に、恐る恐る顔を向けると…………そこにはついに鬼神の如き顔になった靜が、ジト目で俺を睨みつけているのだった。

「…………ふっ」

何故か真冬ちゃんの勝ち誇ったような聲が耳に屆いた。

…………俺はその晩、早速ヨクルト1000を飲むことになるのだった。俺に安眠をもたらしてくれ。

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