「落ち著かねえ…………」

俺は居ても立っても居られず、かといって出來ることも無く、忙しなくリビングを歩き回っていた。落ち著かない原因は明確で、その元兇は今風呂場から呑気な鼻歌を響かせている。

「一何を考えてるんだ…………？」

靜は家から著替えを持參してくるや、俺の靜止を振り切って洗面所に立てこもった。一度られてしまえば俺に出來ることは無く、俺は摺りガラスの向こうでどんどんになっていく影を恨めしそうに見つめることになった。どうしてわざわざうちで風呂にる。靜の考えていることはいつも意味不明だ。

「はあ…………」

うろうろうろうろ。

他人が風呂にっている、たったそれだけの事がこうも心をざわつかせるなんて。お晝に靜のを見てしまった事も関係しているかもしれない。というか絶対そうだ。じゃなきゃ靜相手にこんなにドキドキするなんてありえないだろ。何たってあいつはゴミ屋敷生マシーンなんだぞ。そんな靜相手に…………なあ？

…………とはいえ、とはいえだ。

忘れようとは思っていても、一向にお晝のが頭から離れてくれないのも事実で、正直今靜と一緒にいたら変な気持ちになってしまう可能は無きにしも非ず。これがなのか的な何かなのか、経験のない俺には判斷出來ないが、風呂場から聞こえてくる水の音に反応してしまう今の俺はきっとどこかおかしい。神鑑定したら責任能力ナシと判斷されるに違いなかった。

人すれば誰しも酒の失敗がひとつやふたつはあるように、俺にも酒で失敗した経験がある。そして俺はその時學んだんだ。「頭が回っていない時は何かをしてはいけない」と。今がその時だ。申し訳ないが靜には、風呂を上がり次第迅速に帰宅して貰おう。それが今後も靜と友好な関係を築いていく為のたった一つの冴えたやり方。

そんな事を思っていたのだが。

「え、今日は蒼馬くん家に泊まるよ？」

風呂上り、ひらひらのＴシャツ１枚著ただけの靜は、勝手に冷蔵庫からアイスを取り出し満面の笑顔でそれを舐めながら答えた。お晝の熱に浮かされたような不健康そうな赤とは違い、健康的に紅した顔は何種類もの保クリームやらによってもっちりさを保ちながらも艶やかにを反し、端的に言えばめちゃくちゃ艶めかしい。おまけにめちゃくちゃいい匂いがした。俺と同じシャンプーを使ってるはずなのに、一この匂いはどこから來てるんだ。

「あ、このアイス味しい。今度自分で買おうかな」

もうすっかり本調子に戻った様子の靜は家主の意向を完全に無視し我が顔でくつろぎだした。ショートパンツからびた真っ白な腳からどうにも目が離せない。やっぱり俺はおかしくなってしまったのかもしれない。

「おおー、そういえば蒼馬くんの寢室初めてったかも。ほー、これが蒼馬くんが寢ているベッドですかあ」

靜は勝手にドアを開け、寢室に消えていく。

「お、おい。ちょっと待て。何だよ泊まるって」

泊まるも何もうちにベッドはひとつしかない。慌てて靜の後を追うが、靜は既に俺のベッドの上で寢そべっていた。足をパタパタとさせて、完全にリラックスモードにっている。

「ほほう、これはなかなかの寢心地ですなあ」

「うっ…………」

年頃のが、俺のベッドの上で惜しげも無く生を曬し、とどめとばかりにアイスを咥えている。あまりのアダルトさに俺は目を逸らした。目の前で行われている事は完全に俺のキャパシティを大きく超越している。

「なあ靜…………一どういうつもりなんだ…………？」

目を逸らしながら靜に聲を掛ける。今日の靜は何かがおかしい。何かを企んでいるのは明らかだった。

「…………えっと」

てっきりいつもの調子で訳の分からない事を言われると思っていたんだが、靜の聲は想像より數段沈んだものだった。虛を突かれて靜の方に目を向けると、靜は布を抱き締めて暗い顔をしていた。

「…………今晩だけでいいからさ、一緒にいてしいんだ」

靜の表を見た瞬間、が流れ込んできた気がした。靜の気持ちが一瞬で分かったんだ。

こいつは今────猛烈に寂しがっているんだ。恐らくは熱を出したことが原因だろう。思えば靜は引っ越ししてすぐの時もホームシックにかかっていた。元気っ子だと思っていたけど、本來は寂しがりやなのかもしれない。普段は抑えているそういう心の深い部分が、抑えられなくなっているみたいだった。

「ダメ、かな…………？」

ちら、と上目遣いに俺を見上げてくる靜。

…………ダメかと言われれば、猛烈にダメだった。

過去に真冬ちゃんが夜中の間にベッドに潛り込んできた事は何度かあった。けれど、それを俺が許可したことは一度も無い。當然だ。同衾などというのは人同士でするものだろう。なくとも俺の価値観ではそうなっている。

「…………」

しかし、今の狀態の靜を追い返すことはどうしても出來そうになかった。それが出來るなら蒼馬會などというものは発足していない。靜に頼られると、どうしても斷れない自分がいるのだ。

「…………今日だけ、だからな」

「やたっ！　ありがとう蒼馬くん！」

喜ぶ靜の聲を背中に浴びながら、俺は五月蠅い心臓の音を鎮めるためにリビングに退散するのだった。