《悪役令嬢の中の人【書籍化・コミカライズ】》2

……ある日、エミは私の中に突如現れた。いころ、まだわたくしがわたくしだけであったとき、風邪をひいて高熱を出したわたくしは、何の前れもなく……目が覚めると唐突にの自由を失っていた。

エミの知識の中にあった。憑依という事象が一番近いのではないかと思う。

最初わたくしはとても憤った。を奪われ、全くの赤の他人がわたくしとして生きて、り、喋っているだなんて。それを見ているだけで何もできない狀態で怒りをじない者がいたら聖人を通り越してとんでもない愚か者である。いながらにわたくしはわたくしの奪われてはならない尊厳を無理やり取り上げられた事に憤慨したが、わたくしだったの中から喋ることも自由にくこともできずに、わたくしのを乗っ取った何者かが見たり喋ったりいたりするのを誰にも屆かない聲で年相応の稚な罵聲を浴びせ、心で泣き喚きながらただ眺めているしかできなかった。

數日すると、し冷靜になったわたくしはわたくしのを奪った対象を観察する余裕が出てきた。奪い返してやるという結論にたどり著いた結果でもある。

わたくしのの中にった何者かは、やはり數日は高熱の影響でうなされつつ意識が朦朧としていたようだったが、わたくしが冷靜になる頃には調もやや回復していた。その時に、わたくしのの中に現在っている何者かの、聲に出さない意識がわたくしの中に流れ込んで來ていることに初めて気付いた。相手も相當に混しているらしく、當時の神のわたくしでは理解できない容も多分にあった。

ぼんやりと分かった事をつなぎ合わせると、わたくしのを今かしているのは「エミ」という名の神である事、エミはこことは違う世界で生きていた年上ので、一度死んで気が付いたらわたくしので目を覚ました、というような事が分かった。

エミは元の自分の生活にとても未練があるようで、「帰りたい」「お母さん、お父さん、お姉ちゃん」「知らない世界で1人は怖いよ」と、噓偽りない悲痛な思いがわたくしの中に流れ込んでくるうちにだんだんとエミへの怒りは失われた。「このの本當の持ち主のレミリアちゃんにも悪いし……そもそも今レミリアちゃんってどうしてるんだろう」という心配げな聲を聞いたからかもしれない。まるで抱きしめられているようで、こんなに心地の良いを向けられたのは初めてだったから。

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こんな暴を行った神か悪魔は呪ったが、巻き込まれたエミに対する怒りはわたくしの中から消え失せていた。

エミの心の聲が聞こえてくるようになって、エミへの怒りが消えた後。わたくしは自分の記憶を思い出すような意識で「エミの記憶」にれられることに気が付いた。

エミの記憶はとても優しくて溫かで、かったわたくしが一切知らなかった幸せな想いが満ち溢れていた。エミはふとした瞬間に家族に「會いたい」と何度も思っていた。廊下でメイドが自分の家族の話をしている時、わたくしの家族を「お父様、お母様」と呼ばなければならない時、エミの記憶の中の部屋よりもずっと広いわたくしの部屋で1人で寢る時。わたくしは家族をする気持ちなんて知らなかった、されたこともなかった。わたくしの母も父もわたくしと顔も合わせずに1日を終えることもある。わたくしがわたくしだけであった時に言葉をわした記憶もあまりない。

わたくしはわたくしのをエミがかすようになった時も、自分のを奪われたと怒りをじこそすれエミのように「悲しい」とは欠片も思わなかった。わたくしはの中から見聞きすることだけは出來るといえ、例えば逆の立場であったなら……エミのにわたくしがっていたのなら。家族をしていたエミは、家族と自分の言葉で會話が出來ずに見ているだけしか出來なくなった事をとても悲しくじていただろう。

わたくしはエミの記憶にれてを知った。エミの記憶の中にはわたくしには分からない道や知らない風習や文化がたくさん出てきたが、その容もエミの記憶……知識を覗くことでい日のエミと一緒にしずつ理解していく。エミの視點で紡がれる記憶は、まるでわたくしが経験しているようで。わたくしがされて育ったような錯覚を覚えるほど、人ひとりが生きた記憶というのは濃くて、重くて、おしかった。

「レミリアって、あのレミリアたん?! 悪役令嬢レミリア・ローゼ・グラウプナー……?!マジで? 噓、私レミリアたんに転生しちゃってたの?!!」

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エミがわたくしので數ヶ月過ごす頃には、わたくしはエミの記憶の中の々な事を見て知るのに夢中になっていた。時折意識をエミの実際の視界に合わせる事もしていたが。エミの記憶の中にはい子供の神だったわたくしが夢中になるような語や、ずっと浸っていたくなるようなエミの家族や友達との幸せな記憶に満ち溢れていたから。

エミがわたくしの母親に連れられて王宮の茶會に出たのは知っていたが、どうやらそこで王太子が定しているウィリアルド第二王子との婚約を言い渡されたらしい。

そこで記憶の中のとある語との奇妙な一致をじたエミは、帰りの馬車の中でわたくしのお母様に叱られない程度に質問をしていた。第一王子の名前、ドミニッチ騎士団長とレイヴァ王宮魔導士長のご子息の名前。お母様はまだ教えていない高位貴族の名とその子息までも知っていたことに満足げな笑みを浮かべていたが、エミの心中は嵐のように荒れて手足の指先が冷え切っていた。

呆然としたまま部屋に送られたエミは言葉を発する事なく鏡に歩み寄ると、そこに映ったわたくしの姿を映す鏡をぺたぺたとった。

「レミリアたん? あー確かに面影ある、っていうかあのイラスト忠実に実寫化して子供にするならこうなるなってじの……」

れた言葉遣いは心の中でだけ呟いているので、部屋の中で控える侍には聞こえていない。自分の映った鏡をジッと見つめるレミリア・ローゼ・グラウプナー公爵令嬢に訝しげな視線を送るだけだ。

エミが心の中でんだ事柄をまとめると、わたくしがわたくしとして生きていたここはエミの知っている語の中であるらしい。エミが生きていた中で、エミが「スマホ」と言う道で遊んでいた中のゲームという語。わたくしはまだその語の記憶は見ていなかったので、エミの記憶の中から探し出してその容を他人事のように眺めた。わたくし自が出てくるらしいのに、エミの日常の記憶の方がよほど近しくじる。

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エミの記憶の中にあった、語の中のわたくしは、エミの人生を覗き見た今のわたくしからするととても「哀れで可哀想な」であった。両親からは政略結婚の駒としてしか扱われずを注がれた事は無く、年からは考えつかぬほどただひたすら優秀で、底が見えないほど飛び抜けた魔力を持ったレミリアは6歳になってすぐにこの國の第二王子ウィリアルド、後の王太子と婚約を結んだ。両親とは顔を合わせることも數えるほどしかない冷え切った家族関係で、使用人は公爵令嬢と必要以上の口をきかず、それは家庭教師達も同じこと。レミリアは、初めてまともに言葉をわせる存在……ウィリアルドに、執著と依存をすることとなっていく。

親からほぼ拒絶されて生きてきたレミリアは、自分でも気付かないまま婚約者への重いを一方的に募らせる。レミリアは本來であれば親から與えられるべきをウィリアルドにすべて求めた。子供が親に向けるような無償の……執著もウィリアルドに全て向かった。

當然ウィリアルドはそんなレミリアを厭うようになる。王族として、婚約者としての最低限の義務を果たすだけで、心がついて數年もするとウィリアルドはレミリアに政略結婚の相手、以上のを向ける事は無くなっていった。勇者のを引く王家に膨大な魔力の持ち主を混ぜる、家畜の品種改良のようなその婚約はそれ以上の意味を持たないまま時は経つ。

語は、レミリアがウィリアルドに依存と執著を拗らせきった頃に始まる。魔力持ちが學を義務と課される魔法學園がその第一章、語の『主人公』である『星の乙』が平民としては異例の魔力を観測され、特待生として學式を迎えるところから。

星の乙は學園で、ウィリアルドをはじめとした何人もの男と親しくなっていく。騎士団長の次男にあたるデイビッド、王宮魔道士長の一人息子であるステファン、今はまだわたくしの従兄弟であるクロード。この4人が「強制加キャラ」だそう。

ゲームの中で「イベント」と言うものを何度もこなし、自分を含めた仲間の「ステータス育」を行い、第二章からは世界滅亡を防ぐ戦いへとを投じて星の乙として仲間を鼓舞しともに戦う、そういったストーリー。

レミリアは最初から最後まで語に影を落とす。そう、悪役として。

星の乙として、希有な「他者の能力を引き出し高める」力を持つ主人公は國からの庇護をけた事をきっかけにウィリアルドと知り合い、惹かれあっていく。學園を舞臺にした第一章ではレミリアはウィリアルドのに本人よりも早く気付き、主人公に様々な嫌がらせを行う。それはめられた思いを抱き合う2人には気持ちを盛り上げる丁度良い障害にしかならず、最終的に「星の乙の命を奪おうとした」事を斷罪されて、婚約は破棄され貴族令嬢としての分も失う。ただし追放されたりましてや処刑などはされなかった、そのに流れるのは確かに高貴なであったから。犯行は未遂で防がれたこともあり、公的な分だけを奪われて、グラウプナー公爵家の領地の片田舎に幽閉という名のをされるに留まった。

しかし、そこで全てに……今までの人生において「全て」を占めていたウィリアルドを失ったレミリアは絶した。優秀さと膨大な魔力をもってして古代文明の跡や文獻を獨自に紐解き悪魔召喚に手を染め、ついに功してしまう。

レミリアは呼び出した悪魔に「この國の破滅とウィリアルドの魂」を願った。地の果てに存在すると言われる伽噺の存在、魔族の王がそれに応えてしまった。

これにより世界は「厄災の時」と呼ばれる滅びの道を歩み始める、ここまでが第一章。星の乙とその仲間たちが魔王に立ち向かうきっかけの話。その後レミリアは作中何度も主人公達に強敵として立ちはだかって來るのである。

エミはこの語のことを「乙系育RPG」と呼んでいたようだ。語を進めるゲームとしては、必須キャラ……ウィリアルド達との新しい「ストーリー」を「解放」するためにイベントをこなしたり、それらを育するための経験値を稼いだり育アイテムを集めたり。必須キャラ以外にも何人も男を仲間にできるらしく、そのための「ガチャ」というものにお金を払うかエミがうんうんと悩んでいるのも記憶にある。まぁこれはあまり関係のない話である。

わたくしはわたくしの、歩むはずだったらしい語を眺めた。語とともにあった、エミの抱いていたも。エミはずっと「レミリアたんは寂しかっただけ」「味しいもの食べさせてあったかい布団に寢かせてあげたい」「レミリアたんを幸せにする道は無いんですか?!」「うちの妹に生まれてくれればこんな悲しい思い絶対させなかったのに」と語を読み進めながら涙することさえあった。

エミはこの、レミリア・ローゼ・グラウプナーという存在をとてもしてくれていた。最初は見た目がとても好きだったからというきっかけであったけど、語を進めていくエミはレミリアの事を何より気にするようになって、他の誰よりもわたくしの幸せを願ってくれるようになっていた。その事実に何より嬉しさをじる。わたくしは確かにエミにされていた。今もエミはわたくしをしてくれていて、「レミリアたんを幸せにしてあげたい」と心から願い様々な事に奔走している。エミの本當の家族は記憶の中にいて、わたくしの両親とまともに口すらきかない事を気にもしていない。

そのため「誰にもされない可哀想で孤獨なレミリア・ローゼ・グラウプナー」はこの現実世界には存在しなかった。

「うわっ、さすが公式の認めるチート! ステータスだけで言ったら邪神と魔王に次ぐだけあるなぁ……」

「レミリアたん……私、頑張るから! 絶対に、私がレミリアたんの事を幸せなの子にしてあげる!」

流れ込んでくるは常にとても溫かで、心地の良いもの。エミがわたくしの事をしてくれているのが、を知らなかったわたくしにも分かるほど。

「レミリア・ローゼ・グラウプナーの幸福を」祈りにも似た強い誓いはエミの中にいたわたくしを優しく包んで、エミと共に過ごして、エミの中でわたくしを育んでいった。

「ゲームと同じことが起きたけど、クロードのお父さんが助けられたのは良かったなぁ。でもここがゲームの世界とは決め付けられないし、ただよく似てるだけの世界かもしれない……油斷しちゃダメだ」

「私は厄災の時を起こす気はないけど、魔界はどのみち救わないと世界も滅びちゃうから、メインイベントに関しては起きる前提でこう。ゲームの強制力がある世界の可能も考えないと。それに萬が一星の乙が現れないかもしれないし、備えだけはしっかりしておかないと」

エミはゲームの知識とやらを使って「レベル上げ」「育」というのを行っていった。

特定の條件下で、錬金に使う素材を混ぜて作った、魔法薬と言えないような何かを飲んでから魔法を使うと、その魔法を使う際の練度が飛び抜けて上がると言うこともエミは苦労して探し當てた。そこにたどり著くまでは、用意した素材を々にして自分に振りかけてみたり、辺りに撒いたり魔法を使う腕にすり込んだりととても苦労をしていた。試してみた方法がダメだと判明して落ち込んだり、失敗して「ぎえええ!」と可い悲鳴を上げるエミはとても可かった。

エミが見ていた語では、育素材を集めたらタップひとつでスキルのレベルが上がっていたものね。まさか飲まないとならないとはわたくしも思わなかったわ。

魔晶石を使った高速レベリングとやらも行っていた。

から採取できる魔石、これを加工して得られる「魔晶石」。エミの記憶の中ではログインボーナスや課金などで得られる青紫の寶石様のだ。ガチャに使うと「神殿で祈りを捧げながら握りしめると魔晶石は強い輝きの後に消え、新しい仲間の訓示が得られる」という演出でキャラクターを得られる。他には……掲示板というところで「割る」と呼ばれていたが、これを消費するとスタミナと呼ばれる行可能回數が最大値まで回復していた。

実際にこの現実世界では「に接させた狀態で破損させる(割る)と魔力や力が回復する」という使われ方をしている。語の中のように一律に最大まで回復できる訳ではなく、大きさによって回復量に差があるものだが一般的に普及している存在だった。神に祈りを捧げるために握り込むのも一般的だ。訓示がおりることは実際にはとても稀らしいが。

それを公爵家の令嬢として自由になるお金は全て魔晶石と育素材に費やし、エミは魔法の鍛錬と自を高める事に注ぎ込んだ。魔法の才能を開花させて見せたエミはわたくしの両親にも「さらに有能な駒」として語の中より話を聞いてもらえるようになっていて、クロードの父親である子爵が領地の視察中に野盜に襲われて護衛ともども命を奪われる事もこれで防げた。

しかし、その翌年流行病を拗らせてあっと言う間に亡くなってしまったことで、出産時に母親を失っていた従兄弟のクロードは語の中の通りわたくしの義弟となってしまうが。

エミは語の強制力がと恐れていたが、未來はしだけ変わった。クロードとその実の父親の確執を結果的に解くことができたのだから。語では星の乙がそれを行っていた。クロードは出産時に母親の命を奪った自分は父親に恨まれていると思っていた。子爵はちょうどタイミング悪く領地で起きた不作や川の氾濫による人死、野盜の出沒と數年で立て続けに起こった問題の対応に追われ、母のいないクロードをあまり構えなかった事で、心ついた息子と接するようになって罪悪から態度がぎこちなくなっていたのがすれ違いの原因だった。語の中では星の乙が、學園で仲を深めた後、クロードの故郷である子爵領の領主邸に訪れた時に執務室でクロード宛ての手紙を見つけて誤解が解ける。

わだかまりを解消しようと、クロードの次の誕生日に子爵が渡そうと用意していたものだった。貴族には珍しく結婚で結ばれた、したした息子に対して、仕事を理由にあまり家族の時間が持てなかった事を謝罪する父の筆を目にしてクロードは泣き崩れる。

この現実世界では、子爵は野盜に殺されること無く、自分の手でクロードに手紙を渡していた。仲の良い父子となっていたクロードは、子爵を流行病で亡くした時はとても憔悴していたが、引き取られた先で出來た心優しい義理の姉に世話を焼かれてゆっくり回復していく。

ここも語とは違う道を辿った。語では、クロードは「自分は誰にもされていない」と思い込みずっと鬱に生きていた。星の乙が父との誤解を解いた後も、どこか影のある年として描かれる。

実際のクロードは、エミと家族になってからは本來の子供らしさと天真爛漫さをしずつ取り戻し、姉が大好きな年へと育った。お姉さんぶって絵本を読み聞かせてあげるエミはとても可かったし、わたくしもその聲を子守唄にエミの中で眠りに落ちた日も多い。共に庭を泥だらけになって駆け回り、木にまで登った。時に喧嘩をする事もあったが2人はとても仲の良い姉弟だったし、わたくしもそんな2人が親に顧みられる事のない中互いだけが家族だと幸せそうに笑い合っているのを眺めるのはとても好きだった。

エミは気付いていなかったが、中から第三者として眺めていたわたくしにはクロードが淡い思いをエミに抱いていたのを察した。クロードが家に來た時にはエミ……レミリアは王太子の婚約者であったため、その思いを表に出すことはなかったが。……ただの家族以上にエミの事を大切に思っていたはずなのに。

エミは他の「主要キャラ」達の心の闇も晴らしていた。

騎士の家に生まれたデイビッドは、兄の才能に劣等を抱いていた。何をやっても勝てない、年齢の差だけでは無く、今の自分と同じ歳だった頃の兄のあらゆる功績と比べられる、と。デイビッドも同年代の中では頭一つ飛び抜けて優秀だったが、兄であるシルベストはそのさらに上を行き「神」と呼ばれていたのだ。

語の中では、デイビッドは剣技では學年一位の実力者と言われながらも「どうせ兄には劣る」と鬱屈した思いを抱えていた。それを星の乙は「デイビッドにはデイビッドにしか出來ない戦い方がある」と鼓舞し、魔法剣士としての才能を見出す。その時は剣聖となっていたシルベストは、剣だけの自分とは違い魔法の才もあり政治の世界でも活躍できるデイビッドの才能を実は眩しく思っており、そこを「互いに國を支える立場として補い合おう、兄弟なのだから」と星の乙が2人の仲を取り持ってわだかまりは解消する。

この現実世界では、デイビッドはエミにも劣等を抱えていた。エミの魔法使いとしての才能は貴族の間にも広く知られているほど突出していて、大人の魔師顔負けの腕を持っていた。それを耳にしたデイビッドは、自分の目指す剣の道とは違うがすでに周囲から強者として評価を得ているエミ……王太子の婚約者であるレミリアに嫉妬と焦燥を抱えてしまっていた。「自分だって」と忸怩たる思いをしている所にエミが魔晶石による無理なレベル上げを行なっていたことを知り、それを真似して……12歳のデイビッドは魔晶石を抱え、1人で魔の出る王都郊外の森にってしまう。

エミでさえ最初の実戦時は人を連れていた。さらに魔法使いは接近戦には不向きだが実力差のある相手であれば多數対一の戦闘に強く、デイビッドとは前提が違う。一対一の経験しか無かったデイビッドは、弱いと呼ばれているスライムやゴブリンに囲まれて、デイビッドの無謀な行為に気付いたエミが追いかけて発見した時には再起不能の大怪我まではしていなかったが大分ボロボロになっていた。

エミに窮地を救われたデイビッドは悔し涙を流しながら「何で助けた」「笑いに來たのか」と憎まれ口を叩く。エミはそれを張り手で黙らせると、「友達が危ない事してるんだから止めに來るのは當たり前でしょ!!」と叱り付けるとデイビッドよりも激しく泣き出したのだ。

ぽかんと口を開けてほうけるデイビッドに取り合わず、エミは手を摑むと有無を言わさず帰路に著く。道中は気まずげに、だが素直に手を振り払わず繋いだまま著いてくるデイビッドにエミは顔を向けずに語りかける。このままだとまたこの子は無茶をする、と純粋に心配するエミの心がわたくしに流れ込んでいた。

「ねぇ、デイビッドはなんでこんな無茶をしたの?」

「お兄さんに負けたくない、じゃあ何でお兄さんに負けたくないの?」

「分からないんだね。負けたくないのは分かるよ、私も負けず嫌いだもん。でも勝つのが目的になっちゃダメだよ、お兄さんにも負けない剣士になって……デイビッドはどうしたいの? 世界一の剣士になりたいの? 強い魔を倒せるようになりたいの?」

「うん、まだ分からなくてもいいと思うよ。……私? 私が無茶してた理由? ……私はね、ウィル様の橫で……どうしても、絶対に葉えたい夢があって……それを葉えるために、あったら役に立つ力だから頑張ってるの」

その言葉と同時にエミの心の中は優しいで満ちる。「王妃になった時にウィル様を支えられるになりたい」「悪役令嬢だったレミリアを幸せなの子にしたい」エミは両方を実現するためにここまでを盡くしているのだ。次期王妃としての教育をこなしながら魔法の腕も磨くのは簡単に語れるような努力では無い。

そこまでエミが「レミリア」の幸せを願ってくれている、その事実が何よりも嬉しい。

屋敷に戻ったデイビッドは周囲の大人から徹底的に叱られてしばらく罰として王城に上がるのを止されて新兵に混じって一際辛い訓練を課されるなどしていたが、その科(とが)があけると清々しい顔になっていた。目的の無い強さを追い求める事の無意味さを知ったと言っていたが、中から見守っていたわたくしはデイビッドが話す「騎士として支えたいと思う、守りたいと思う大切な人が出來たから」それがエミなのだと察した。わたくしは気付いたが、デイビッドの心境の変化に純粋に喜ぶエミの心はウィリアルドに向いたままその理由に気付くことはなかったし、デイビッドもめたまま分かるような態度に出す事は無かった。この男はかにエミに忠誠を捧げていた、そのくらい大切に思っていたはずなのに。

もう1人の馴染み、ステファンの悩みもエミが取り払った。いずれも語の中では星の乙が解決していた事だったが、エミは生來のお人好しらしく、救う方法を知っているのに何もしないのはできないようで。クロードの父親を含めて助けられるものは自分の手が屆く限界までどうにか救おうと足掻く、それがエミだった。

ステファンは自に魔法の才能があり、周囲から王宮魔導士長の父親と同等の期待をかけられて當然のように後を継ぐように思われていることに悩んでいた。ステファン自の頃から蕓……音楽の世界にを投じたいと思ってそれを誰にも話さずに半ば諦めていたのだ。

語の中では、願って得たわけでは無い魔法の才能に周囲が喝采を送るのを冷めた目で見る青年に長していた。「こんな人を殺す力をありがたがって」と発言したのを、星の乙が「ナイフと同じ、人を傷付ける事に使う人もいるけど料理や工蕓に使ったり、人を救うために使う事もある。素晴らしい力だよ」といさめ、その言葉にを打たれて考えを改める。厄災の時で混していた世界では蕓を楽しめない、と魔王を打ち倒して平和を取り戻し、そしたら再度音楽の道を目指す事を目的に世界を救うために魔師として力を使う事を決める。

この世界での現実のステファンは、自分の夢と周囲の期待に悩む前に、エミによって心が挫けそうになっていた。エミは「ステファンは音楽の道を志すべきだよ、お父さんにも相談してみるといいよ、きっと反対しないから」とステファンの相談に乗りつつ、語の中では「私もそうだった、好きな事をしなさい」と応援してくれる彼の父親との壁を取り払おうと盡力していた。

だがそんな中、エミの前世の世界の有名な……誰でも知っているようなクラシックの曲を鼻歌で奏でながら1人でダンスの練習をするエミを王宮の庭園で見たことでステファンの意識は変わってしまう。

エミの中のわたくしは、花の咲きれる中2人で踴っていた気分だったのにそれを中斷させられてとても不満を覚えた記憶がある。

ただ、そのエミの鼻歌について音楽に生きる者として強く興味を惹かれたステファンはその曲の仔細を尋ねた。しかし前世の曲、などと言える訳もなく、緒だだとはぐらかしたエミはその場から半ば逃げ出してしまう。

數日かけて、エミの口ずさんだ旋律を楽譜に起こしたステファンは、古今の楽譜を調べ宮廷音楽家たちにも聞き回った結果「レミリア嬢が作曲したのでは」との結論に至ってしまう。魔法使いとして既にその実力を認められているレミリア嬢が、作曲の……音楽の才能もあったなんてと落ち込み、音楽の道を諦めそうになっていたのだ。

それを必死で止めたのもエミだった。「私はステファンの弾くバイオリン好きだよ!」「とても心がこもってて、楽しい曲を聞くと踴りたくなるし悲しい曲は本當に泣きそうになるくらい、すごい才能があると思ってる。だから絶対ステファンは音楽を続けるべき」と。すごいすごい、と臆面なく褒められて、ステファンはポカンとした間抜け面を浮かべた後何を言われたか理解して赤面していた。

エミが口ずさんだ曲についても「夢、みたいなところで聞いた記憶がある、自分が作ったなんてとんでもない!」と否定して誤解はとけた。ステファンがぽそりと、「レミリア嬢は心が綺麗だから、妖の歌う聲が聞こえたのかもしれないね」と呟いたのはわたくしだけが聞いていた。

魔法の才能についても、エミのおでステファンは肯定的に捉えることが出來るようになっている。「魔師の音楽家がいたらすっごく目立つし、目立ったらステファンの曲を聞いてくれる人も増えるしすごく良い作戦だと思う」とニコニコしながら提案されて毒気を抜かれたようだった。自分の見目を生かす蕓家は多い、なら魔法の才能だって自分の一部だとけ止められたようだった。

師と音楽家と、どちらも両立させるのはとてつもない努力が必要だろうが、エミはあんなに頑張っているんだからウィリアルドの側近として、友人の自分も負けていられない。何より魔法も音楽も、その尊さを気付かせてくれた大切な友人を笑顔にできる自分の武だと言っていたのに。

語の知識を生かして自分を磨き様々な才能を開花させるエミ……レミリアにウィリアルドが嫉妬するという、語には無かった問題も起きた。わだかまりが解消されるまでの間……エミの才能に嫉妬する自分に気付いたウィリアルドが、自分を嫌悪するとともにエミへの態度が冷たいものになってしまい、中から見ているしか出來なかったわたくしは気が気でなかった。

結局そのぎこちない空気を察した周りの大人が「きちんと話しなさい」と、結婚前だと言うのに2人きりの時間を設けるという異例の措置を取ったのだ。2人が信用されていたと言うのもあるが、庭園の奧の四阿(あずまや)に、當然聲は聞こえないが離れた場所に侍も護衛も待機していたが。それほど周りの大人も2人の仲を好意的に思ってくれていたのだろう。

ウィリアルドはエミの魔法の才能や、そこに甘んじる事なく自分を磨いて様々な分野を學んでいる事、何より自分には無いな発想により問題を解決する能力を羨ましく思い、それを妬んでさえいると告白した。エミは……自分が頑張れているのはウィリアルドのためだと。ウィリアルドの隣に立って誰にも恥ずかしくないになりたいから魔法も勉強も王妃教育も頑張っているのだと涙ながらに語った。

初めてエミの心の聲を聞いたウィリアルドは、何でもできる完璧なだと思っていた「レミリア」が自分を思って今までの努力をしてくれていたと知り顔を赤らめ、「僕のためだったなんて知らなかった」と呟いた。事実歴史や経済や政治の分野ではウィリアルドの方が造詣は深く、エミはそれを補うように自分の得意をばしていた。

「私こそウィルに相応しく在れるように頑張らないとって思ってて、今でもまだ足りないって……」

その言葉に、今まで「優秀すぎる馴染み」としか思ってなかった婚約者を、ウィリアルドはとして意識するようになっていた。わたくしは2人の初々しいの予に、中から見ていてが熱くなるほど幸せをじていたのに。「レミィがちょっと自由奔放すぎるから、パートナーになる僕はちょっと頭が固いくらいでちょうどいいよね」と笑っていた、なのに。

わたくしは幸せに過ごすエミをどこか眩しい気持ちで眺めていた。それだけで十分幸せだった。エミが言っていたわ、レミリアが幸せになる姿が見たいと。わたくしもその気持ちが今なら分かる。わたくしの大好きなエミが慕われ、幸せそうに過ごす様子は見ているだけで嬉しくじる。このまま婚約破棄する事なく、エミが心を寄せるウィリアルドと幸せになるところが見たい。

エミは、「ウィル様はレミリアの婚約者なのに」と心では申し訳なく思っているようだったが……今のわたくしはウィリアルド殿下個人には何も思うことはないし、わたくしがわたくしのままだったらウィリアルド殿下もわたくしを大切に想うことは無かっただろう。エミが心配することは何もないと伝えたいのに、意思疎通ができないのを良い意味でもどかしいと思ったのはこの狀態になってから初めてだったかもしれない。

わたくしは、エミの中からエミの幸せを見屆ける事が出來るのなら……それだけで良かったのに。

短編版はこちらになります。

「悪役令嬢の中の人」

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結末や大まかなストーリーは変わってません

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