《悪役令嬢の中の人【書籍化・コミカライズ】》12

「魔王陛下、あの、アンヘル様とお呼びしても?」

「……このの名は」

「やだ、私ったら……あの、私、ピナ・ブランシェって言います。星の乙って周りからは呼ばれてますけど、是非アンヘル様はピナとお呼びください」

無禮な者の名を相手側に聞いただけなのに、曲解したピナにそう返されてアンヘルの額に青筋が浮かんだ。言っていることのすれ違いすぎに喜劇のようにしか見えなくて、はしたなくも歯を見せて笑ってしまいそうになる。何故このを國賓の前に出そうと思えたのだろう? 時間はあったのにマナーを教える講師は何をしていたのかしら、これなら茶會デビューもしていない5歳児の方がまだマシだわ。

ピナの走り抜けた空間からはふわりと予想通りの香りが漂っていた。期待通りに罠にかかってくれたことにわたくしの機嫌はさらに上向く。やはり何人も人を介してはいたが「リリスの花の」を求めたのはこのだったのね。仲介した者が口封じに1人殺されてしまったせいで暫定だったのだけどこれで確かとなったわ。

リリスの花の語の中では魔族の好度を上げる課金アイテムとして登場していた、今はアンヘルが取扱制品に指定して國外の持ち出しを厳しくじている。もちろん、このの手に渡ったのは実際にはリリスの花のでない、特徴的な匂いのする魔界原産の害のない花を使ったただの無害な香水だ。ピナ自も実は手にしたことが無いのだから気付かないだろうと罠に使ったのである。こうして証拠をに付けて出てきてくれて、いっそ可いとじるほどに愚かな

「ところで人の國の王よ……我が國では資格者以外が扱えぬ、神に影響を與えるからと國外持ち出しを固くじた薬として知られる香りがそこのからするのだが、これは魔族に対する敵対行と見て宜しいか?」

「な……?!」

驚愕に目を見開いたこの國の王が、後ろに控えていた近衛騎士に視線で指示を出してピナをアンヘルから遠ざけさせる。いた近衛はドミニッチ家の長男、デイビッドの実兄だった。本來の星の乙の護衛であるデイビッドを飛ばした、事実上の王からの「無能」宣告だが、そこまで気付く余裕は無いようだ。あの騎士崩れは自分がちやほやしていたを罪人のように扱われて、しかし反論の聲を上げる拠も浮かばずばしかけた手をおろし、気まずげにそろそろ近づくだけになっている。今はあの男、婚約を解消することになってまで側にいる事を選んだ星の乙があの有様で、周りの目を気にしてまともに訓練も出ていないから気まずいのだろう。1人で鍛錬するにも限界があるし、本格的な魔の討伐に行くためには騎士団の訓練日程で數日必要だが……名目上は「星の乙」であるピナの護衛で長くは離れられないデイビッドはその時間も取れていない。騎士達の多くがピナの護衛を嫌がるからデイビッドの稼働を増やすしかないのですって。魅力の香水が手にらなくなったピナは、なのにそれまでと何も行を変えずに見目の良い近衛にすり寄ろうとして思い切り失敗していた。職業意識の高い彼らから敬遠されている。

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例外は、在學中の王太子の護衛時に毒味で口にした薬で骨抜きにされた數人。ただその數人は、今では勤務中に求められるがままに星の乙の橫に腰を下ろしてお茶をしたりと近衛にあるまじき態度を度々見せるせいで出世コースからはとうの昔に外れているので名ばかりの騎士だが。デイビッドもそうなっているから、剣聖と呼ばれつつも努力を続ける兄を避けているのだろう。

王宮魔道士長の息子のステファンも立ち位置からするとピナ寄りだが、その父親は完全にアンヘル側に立って、自分の持病を治したリリンをもたらした魔王アンヘルに薬を盛ったと名指しされたピナを睨みつけている。

ステファンも、學園に上がる前は魔師と音楽家を両立させつつあったのに。魔師塔の魔法使い達は、かつてエミが「現代知識チート」とやらで発明に攜わった非殺傷の生活に役立つ魔法をたくさん開発したおかげで「戦時以外では金食い蟲」と言われていた魔師の地位が向上したと謝していたためピナの事を恨んでいた者が多い。さらに魅力の香水の使えなくなったピナは學園卒業後に社界で貴族夫人達に失禮を働いて実質出止を言い渡されている。その星の乙に未だ侍っているステファンは、気まずさから魔師塔には星の乙の護衛を口実に寄り付かないせいでまともな業績は無く、音楽家として彼を呼ぶサロンも一切無いためステファンの職業は何か、と聞かれると首を傾げざるを得ない。

クロードは唯一毎日出仕して政務として働いてはいるものの、星の乙から聞いた「年金」「子供手當」「皆保険」「生活保護」など耳りのいい政策の提案をしては「で、その資金は何処から出てくるんだ?」と一蹴されるのを繰り返し、今では小さくなって仕事をしている。あんなにバカだったかしら。エミの住んでいた世界は発展しすぎていて、この國よりはるかにした社會制度と安定した稅収がないと同じ事を導できないのはし考えれば分かると思うのだけど。

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王太子であるウィリアルドの凋落も言わずもがな。ああそう言えば、ピナが「あったら便利」だと言っていた発想をもとにとある魔道を開発させていたようなのだけど。魔界から高品質の魔晶石が手にるようになったからかしらね。手配していた素材から、どうやらエミの世界にあった「電子レンジ」にヒントを得た食品の加熱調理と、すでに似たものが存在はしているが一部の貴族しか持っていない「冷蔵庫」を安価に製作して広められないかとしているのが分かったので、開発費がそこそこ膨らんだタイミングで……魔道の発達していた魔界に既にあった似たようなものを先に広めてその計畫を潰したわ。新しいのはそのくらいかしら。

わたくしは信じられない、といった表を作って「薬を使っている」と言われたピナに視線を向けた。

「そんな! 違います、あたしはただ……」

易を行っている擔當者から報告が上がってきている。輸出をじた薬原料を求める者がいて、斷ったが賄賂を積んで詰め寄られたため別の魔界原産の花の香水をそうと偽って渡したと。その違法に流通した香水の匂いが鼻に付くほどお前から漂っている。もう一度聞く、私に害を為そうとしたのではないのなら、何が違う?」

「っ、……」

相手のを無視して籠絡するために惚れ薬を盛ろうとした、は十分に「害をす」に該當する。

魔王アンヘルの瞳は噓を見抜くと知っているピナはさっと顔のを変えて俯いた。噓をつかずに真実を隠す話もないのだ、噓がバレるのを避けるためには黙るしかない。

「ほう、やはり、俺の瞳が噓を見抜くと知っているのか。聞いていた通りだ」

「ち、ちがいます……ただ、私、魔族の皆さんともっと仲良くなりたかっただけで……」

「それで薬を使うのか? レミリアの忠告してくれた通りだな」

「なん、でアンヘル様がそいつの名前を……?!」

「……そこの騎士、そいつの口を塞いでおいてくれ。我が國を救ってくれた大恩あるを侮辱されると思わず縊り殺しそうになる。あと、俺は名を呼ぶことを許していない。一國で祀り上げられるお飾りの立場を俺は慮ってはやらない。死にたくなければ無禮な口を閉じろ」

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苛立ちすぎて、よそ行きの言葉が剝がれたアンヘルの怒りを抑えるように音もなく近寄ったわたくしはその腕に手をかけた。「アンヘル、わたくしのために聲を荒げないで」 そう話しかけながら見知った溫がれたことに眉間のシワをほどいたアンヘルは、ピナから視線を外してわたくしを見るとふわりと微笑む。

アンヘルに凄まれた後で流石にまずいと思ったのか、「なんでお前が」と言いそうになった口を慌てて閉じたピナがわたくしを睨んだ。そして今、アンヘルのを全に纏ったわたくしを上から下まで見て憤怒に顔を染めて握った拳を小刻みに震わせている。

あらあら、被っていた貓がどこかにお散歩に行ってしまっているわよ。

止された薬だなんて……私知らなくて、仲良くなれるおまじない……みたいなものとしか……そ、そうだ! あの、王様、魔族の方と友好のために同盟を結ぶんですよね? その同盟のために、この國を代表する星の乙のあたしと……魔王陛下が結婚するとかとても良いアイデアだと思うんです」

「……なぁレミリア、こいつは何を言ってるんだ?」

「ア……魔王陛下、あの、私は星の乙として様々な才能を引き出したり人の才能を高めたりできる力があるのです、不便な魔界の開発に困ってる魔王様のお妃にぴったりですよ」

理解の範疇を超えたらしいアンヘルが無表にわたくしを見てきた。その奧には困が張り付いていて、困っているのが見て取れる。おそらくピナは心の底から「私はアンヘルにお似合いだしアンヘルも私と喜んで結婚するべき」と思っていて、そこに噓が無かったからだろう。自分が今他國の領土を貶めた発言をした事にも気付いていない。開発する余裕がなかったから未開の地が多いだけで資源は富と知らないのかしら?

アンヘルの弱點は、相手がそれを真実と思い込んでいる場合に混してしまう事ね。まるで雨に濡れて救いを求める仔犬のようなすがる目で見つめられて、場違いにも和んでしまいそうになったわ。

「國王陛下、ご無沙汰しております」

「……レミリア嬢、そなたは……」

「今日のわたくしはグラウプナー公爵家の娘ではなく、魔族の國の客人としてアンヘル様にご一緒させていただいておりますの」

「……左様か」

一國の王だ、馬鹿ではない。優しい顔で私を見つめ……アンヘルの腕に手をかけた私の手を覆うように、自分の手を重ねた魔王を見て大恩があるという言葉も含めて寵がわたくしにあると察して高速で計算を始めたようだ。

「……星の乙調が優れないようですが、し休息をとられては如何でしょうか。込みった話は、夜會の後にでも」

「そうだな、レミリア嬢の言うとお……」

「レミリア様、『また』私に酷いことしにきたんですか?! やめてください!」

星の乙れるのをためらっているのをジリジリと遠ざけていたドミニッチの長男を振り切って、ピナは前に駆け出ると手を握りの前に構えてわたくしを上目遣いに見上げた。アンヘルがぶわりと怒りを膨らませる。魔師として秀でた者は、その圧に震えて思わず膝を突く姿も見えた。

あらあら、ここで喧嘩を売るつもりなのね。エミなら曬し者にするような真似はしないとアンヘルの怒りも宥め、奧に引っ込ませてあげようと思ったのにピナはそれを無礙にするつもりらしい。まぁ、お前ならそうすると思っていたけれど。

「ま、魔王様……! お聞きください、きっと魔王様は騙されてるんです。そちらのは王太子様の婚約者だったんですけど、えっと……私をめて、最後には命まで狙ったと婚約破棄と一緒に斷罪されて社界から追放されたような人なんですよ!」

噓をつかずに真実を曲げようと、とっさに頭を捻って考えたらしい言葉はとてもお末なものだった。それを聞いたアンヘルの怒りはさらに強まる。

「レミリアは『悪意をもって噓をつかれて冤罪で追いやられた』と言った、その言葉に噓は無かった。お前は俺が噓を見抜ける魔眼を持つと何故か知っているのなら、この言葉の意味がわかるだろう?」

「違います……その、レミリア様は罪を犯した自覚が無いだけで……あの時も最後まで認めようとなさらなくて……」

「ならば、『はい』か『いいえ』で答えるが良い。あの時噓を吐き、証拠を造し、買収した証人を使ってレミリアを冤罪で罰したのか?」

「……っ」

「俺の前で沈黙を選ぶのは肯定するのと同じだが」

ハッ、と鼻で笑ったアンヘルは不機嫌そうに顔を歪めた。顔面蒼白となったピナはをわななかせると、顔を伏せた前髪の隙間から私にだけ見えるように睨みながらブツブツと何事か呟き出した。

「違う……違うの……だって私は星の乙だから、アンヘル様に相応しいのは私のはずで……あのドレスだって何でこのが著てるの……? アンヘル様のを……その魔晶石だって、私がもらうはずなのに……」

「どれほど祀り上げられてるか知らんが、俺は肩書きだけで誰かをしたりすることはない。レミリアは創世神の末娘レンゲ様に加護をいただく浄化の乙でもあるが、俺がしているのは味方が1人もいない中、腐らず折れず信念に基づき世界のために盡力した心優しいレミリアというだ、なんの加護を持っていても関係ない」

している、と初めて聞いたように驚いて、その言葉に頬を染めて見せるとアンヘルは困ったように笑みを浮かべた。腰を抱かれながら「悪い、2人きりの時にちゃんと伝えたかったんだけど」と囁かれて、わたくしは照れたように「びっくりしたけど、とても嬉しい」とはしたなく潤んだ瞳で笑い返す。

ええ、心の底から嬉しいわ、ピナに一番ダメージを與えられるこのタイミングでそんな事を言ってくれるなんて。予想以上よ。

わたくしの笑顔を見たウィリアルドが、ピナの後ろで息を呑んだのを視界の端で捉えていたがそれには気付かないフリをする。

目の前で、アンヘルがわたくしにを囁いたのがよほど気に食わなかったのかピナはをよじって暴れようとしだした。騎士が駆けつけており、両側から摑まれていた彼は地団駄を踏むことしかできなかったが。まぁ、なんてお下品。

わたくしの本音が出て、愉悅に歪みそうになる顔を理で留めてアンヘルの言葉を戸いつつも喜びれているような表を作る。ピナに対しては哀れみの目を時々向けるのを忘れない。

「なんで、なんでアンタがそこに……! 騙したの?! ふざけないでよっ、浄化の乙も私が手にれるはずの稱號だったのに!」

「ピナ……本當なのか、魔王陛下がおっしゃっていた、レミリアに冤罪をかけたとは……?」

「! ち、ちがうのウィル……私本當にいじめられて……その、レミリア様が怖くて、えっと、」

チラチラと、アンヘルの事を気にしながらピナがウィリアルドに弁明する。噓だと暴かれるのを恐れてだろう。

実際ピナはエミの事が怖かったのだろう。好度を上昇させるアイテムなんて使わなくてもエミは彼らに好かれていた。自分が語の知識の中でも卑怯な手を使っている自覚があったからあそこまで焦ったのだ。

……エミは、星の乙が現れた後ウィリアルドが心変わりをするなら婚約解消をれるつもりだった。父親に言っても了承はされないだろうから、と王妃にだけだが、「ウィル様が心を寄せる相手ができた時、その方が私より國のためになる人なら婚約解消をれます」と。ただ、王妃は星の乙とは言えピナと接することがほぼなかったためピナの魅力の香水には絡めとられておらず婚約者のすげ替えを了承することはなかった。

その後も、娘のように可がっていたレミリアを追いやったとして嫌っていたためピナに籠絡されてはいない。監視していて気付いたが、あのアイテムはしでも好を抱いている相手でないと効かないらしい。最初からピナに悪い印象しか持っていなかった者達は落とされることは無かったようだから。

……なら、ウィリアルド達は星の乙にまとわりつかれて迷そうにしていたが、最初から心のどこかで満更でもなかったと言う事だろうか……と、これについては考えてみたことがある。でもこれについてはもういいわ、王妃様のように、ピナと接していても本を見抜いていた方もいるし、スフィアのように抜きに事実を並べて考えれば真実に気付くことも出來たはず。

星の乙との顔合わせの日。ピナがウィリアルド達にびを売りながらまとわりつくのをエミが不安そうに見ていたけれど。自分に近付くピナを怯えたように見るエミを見てあの男達は愉悅をじていたのよ。……嬉しかったでしょうね、可い上に心が綺麗なエミは嫉妬なんてした事なかったもの。それを向けられて、彼らは心喜んでしまっていた。ピナをはっきり拒絶しないで「やれやれ」という態度をとっておけばエミはヤキモキしてくれる。エミからの嫉妬が嬉しいというと、ピナへの印象を混ぜて誤認したの。 あの者達個人に対して何も思うところのないわたくしが第三者として分析したものだが、大きく間違ってはいないだろう。

最初は、醜い蟲が這い出て來たのを人が怯えて抱きついてくれたから「たまにはこうして出て來ていいぞ」と心思うような……その程度の意識だったにせよ、あのの振る舞いに不安がるエミの心を無視して自分のを満たす事を優先したのだから。

きっかけや理由がどうであれ、あの男達が結果的にエミを裏切り傷付けた事には変わりないわ。わたくしはお前達を許さない。

「國王陛下、発言をお許しいただきたく」

「そなたは……ラウド伯爵令嬢」

「今はレミリア様の書のようなことをしております、ただのスフィアでございます」

「何をされるつもりか」

「真(まこと)の罪人は誰なのかを明らかにしたく」

スフィアはそこでオロオロしている元婚約者のデイビッドに視線を向ける事すらせず話を続ける。彼は魔族の國で、出來たばかりの「騎士の洗禮」をけて今回も魔族側として騎士の出で立ちで參加していた。場の際もアンヘルに続いて、クリムトと並んで後ろに控えていた。彼に気付いた貴族達はざわついていたけど。親と縁を切ってから本當に何も知らせていないのが見て取れる。

そして押しかけてきた日から、今も変わらず頑なにわたくしの部下……騎士として支える立場を譲らない。わたくしとしてはスフィアには対等に働いてしいのだけど……。貴族としての教育をけてきた彼に、広がりすぎたわたくしの領地の一部の代を任せたいのだが首を縦に振ってくれないのよね。

騎士としての禮をしつつ王の前に歩み出た彼のその手には、わたくしが馬車の中で預けた、あの「過去の水鏡」の映像を封じた魔晶石が標本のように綺麗におさまったケースがある。

ピナは「何よ過去の水鏡って?!」とヒステリックな悲鳴を上げていたが、その魔の名前からおおよそどんなものか想像がついたのか途端に挙不審となった。噓を見破れるのはアンヘルだけだから、他の者はまた後からどうとでも言いくるめられるだろうと思っていたのだろう。

「スフィア、こんな場所でそのような……ピナさんが曬し者になってしまうわ」

「いいえ! このはあの時レミリア様を大勢の前で吊し上げました。騙されている者達にも真実を教えてやらねばなりません」

「もう、スフィア……それは夜會の後に、正しい判斷の參考にしていただくために渡す事にしてたじゃないの……」

困ったような表をして、「なんとか止めてくれ」と言うようにアンヘルを見る。そうそう、正義の強いスフィアに預けておいたら、このような事になったら真実を詳(つまび)らかにしようといてくれると思っていたわ。

わたくしの反応を見たアンヘルは、悪巧みをしていそうな黒い笑顔を浮かべると、スフィアに頷き返して「會場中に見えるように、大きく投影するのは俺がやろう」と提案した。

「アンヘル……!」

「レミリアは下がってなさい。クリムト……このお人好しが止めにらないようにちょっと見ておけ」

「はいはい、兄さん」

苦笑したクリムトに促されて後ろに下がるようエスコートされる。わたくしは戸ってうろたえているような態度をとって、ピナの方に気遣わしげな視線を向けた。それに反応して歯を食いしばって睨んできたが、遮るようにクリムトが自然な作で間に立った。

「真の罪人は裁かれるべきだと思うよ。まさかあのピナってに何の裁きも與えずに許すとはレミリアさんも言わないよね?」

「それは……そうだけど、その。こんなやり方はどうなのかしら……」

「レミリアさんの失われた名譽を回復させるためでもあるよ」

「わたくし自の名譽は別にどうでもいいのよ……ただ、人をああまでして積極的に陥れる方が國の中樞近くにいるのは良くないと思って。……夜會をこうしてす事になってしまうなんて……」

わたくしは、真実わたくし自の名譽はどうでもいいと思っている。わたくしが奪い返したいのはエミの築き上げた「レミリア・ローゼ・グラウプナー公爵令嬢の名譽と幸福」である。

わたくしがオロオロとした態度をとって、何度もアンヘルとスフィアの言葉を遮ろうと飛び出すフリをするのをクリムトが止める。それを振り切ろうとすれば、やれやれと言う顔のアンヘルが半明の黒い障壁でわたくしとクリムトを隔離してしまった。これをわたくしなら力ずくですぐ壊すことができるのも知っているが、「レミリアなら周りを危険にさらさないために力ずくで壊したりはしないだろう」と思っているのも。わたくしは途方に暮れた顔をクリムトに向けて見せて、わざとらしく無い程度に限界までゆっくりと解除を始めた。

ウィリアルドは昔から綺麗事を言うのが大好きだったが、実際政治を行う貴族なんて謀奇計に手を染めたことのないものの方がないだろう。清濁合わせ飲める第一王子の方が王族らしい。アンヘル? 彼は別にいいのよ、噓は見抜けるから理想を追う國の指導者でいても最悪の事態にはならないもの。

その點で言えば確かにエミは王妃には向いていなかったし、苦もなく噓をつけて証拠の造まで素晴らしい手腕でこなせるあのの方がその點においてだけは相応しかったかもしれない。あんなに優しくて正直な子には汚い世界は似合わない。

事実、わたくしのお父様が「レミリア」を見限ったのはそれ故だ。どちらが真であったとしても、バレるような犯罪に手を染めるほど愚かだったか、謀に負けたか。いずれにしろあの男の「優秀な駒」ではなくなっていたから。

ただ、エミはこの男に対して家族としてのを抱いていたわけでは無かったから、この男が実の娘を見放した事にエミがそこまで傷つきはしないのもわたくしは知っている。だから今回の復讐劇からは外してさしあげた。ゆっくりゆっくり資金源と力を削がれて、何より大切にしていた公爵家の権力と人脈を失うだけなのだから隨分わたくしは優しいと思う。

わたくしのターゲットはピナと、ウィリアルド、クロード、デイビッドとステファン。エミを陥れたと、エミの信頼を裏切った男達だけよ。

ピナに依頼されて偽証した者達にも沙汰はあるだろうが、ウィリアルド達に現実を見せるためにこの斷罪劇は必要だったから仕方ない。

魔族への友好アピールに廃嫡されたり未來が閉ざされたりする者が大勢出るでしょうが自業自得だから諦めてくださる?

スフィアとアンヘルのナイスコンビネーションで、ひとつひとつ証拠と証人の噓が暴かれ「レミリアに中庭で頰を打たれたという話はこれで証も目撃者も全てなくなった、それでも真実だと言うなら私が今聞くが? そこのよ」と冷靜な魔王の仮面をかぶり直したアンヘルが詰め寄る。ピナは俯いたまま何も話さず、ウィリアルド達は最初は戸う様子を見せていたが今は距離を置いて遠巻きに嫌悪混じりの視線を送るのみになっている。

偽証を行ったとして映像で吊し上げを食らった者達は、真偽を改めて問われると流石に自分の罪を認める者が多かった。「この映像も造だ」と言い出す輩もいたが、「その言い分を信じてくれる者がいるといいな」とアンヘルに鼻で笑われて泣き出してしまった。

「公爵令嬢レミリア」の罪の偽証を行った者の中にはこの場にいない平民も多い。わたくしについていた専屬侍や護衛は下位貴族の三や四男だったりで人後は貴族籍を失っていたが、それとはまた違う。學園の使用人やピナのような特待生だ。彼ら彼らまでもがわたくしの偽証に手を貸した。王國法では平民が貴族を陥れると罪はより重くなる。

きっと彼らは、金銭で買収された「公爵令嬢レミリア」の従者達と違って、「元平民の星の乙と王子様の」を純粋に応援して、その障害を取り除く手助けが出來たならと思ってほんのしの噓をついただけだったのでしょうけど。でも自分がんで偽証を行ったのだから、きっとどんな罰をけても後悔は無いわよね?

陥れた相手は「浄化の乙レミリア」として今や魔族全の恩人になっていて、魔族に目をつけられたくない、とここで名を告げた者を解雇する貴族が出たとしても。

「これより未婚のには刺激が強い映像が流れますので、どうかお嬢様方は耳を塞いで後ろを向いておくことをおすすめします! ……アンヘル様、こちらを」

「ロマノ・ドール・マルケロフ……レミリアの護衛だった男だ。護衛についていた貴族令嬢の予定を簡単にらした事に加えてこの男は王太子の人と不義通を行っていた」

あらあら、そんな! そこまでスフィアが積極的にいてくれるなんて!

わたくしは歓喜を隠して目を見開いたあとに恥ずかしそうに頬を染めて見せた。全力に見せかけて、ゆっくりアンヘルの作った魔法障壁を解いてる最中だったわたくしをクリムトが怪訝な顔で見る。

「レミリアさん……?」

「あの……ピナさんがロマノにわたくしの行について虛偽の報告をするように依頼する時……お金と一緒に、その……伴にしか見せないようなはしたない姿で殿方とを寄せ合って……なにかする景が映っていましたの。それは映さないようにしたはずですのに……」

わたくしは困った顔をして見せる。気付くかどうかは賭けだったが、きっと映像を確認していたスフィアが男の関係をじさせる発言の後に不自然な場所で切れているのを不審に思ってアンヘルに続きを映すようにでも頼んだのだろう。

思い通りに行きすぎて笑いがこみあげそうになるのを堪えて目を伏せる。映し出された男のはしたない映像を直視できずにいるように見えるだろう。

わたくしも最初に見たときは驚いたわ。をくつろげてを寄せたり、伴以外にれさせるべきではないを吸わせたり、男の前に跪いてあんな場所に顔を埋めたり……乙としての純潔だけは守っていたようだけど、その……不浄のを……口に出す事もはばかるような事をしていたのですもの。獣の尾よりもおぞましくって、エミを傷付けたに復讐するための証拠固めとはいえ途中でくじけそうになったほど。

スフィアが気付いて、こうして有効活用してくれて良かったわ。汚いものを見た甲斐があったかしら。

あらあら、お父様も顔を赤黒くして怒っちゃって。主人を裏切るような使用人や護衛をそうと見抜けず雇っていた間抜けと知られたのはプライドが高いあの方には耐え難い屈辱でしょうね。

でも実際お前があの護衛や侍を雇わなければ……あの斷罪劇はおそらく功しなかったのだから。主人を裏切って犯罪の証拠を私に紛れ込ませたり、主人から盜んだを犯罪者に提供して罪の造に手を貸すような者がエミのそばにいなければ……いいえ。過ぎたことを言うのは良くないわ。事実エミは深く傷付いて眠っているのですもの。その報いをきちんとけさせる、未來の話をしなければね。

「アンヘル! 流石にそれ以上はやめてあげて!」

ちょうど半で抱き合いながら口付ける2人が大映しになった所でタイミング良く解除できたように見せて障壁を消した。エミならきっと、あの相手でさえ出來るだけ尊厳は守ろうと力を盡くしてあげただろうから。あのはわたくしを田舎に追放した後に「中はゲームと違うみたいだけど、幸せになられたらムカつくし結婚も出來ないように男に襲わせとこうかな」と、まるで明日買いに行こうかなと予定を考えるような気軽さでおぞましい事を口にしていたのでわたくしとしては手心を加えたくないのだが。

まぁ、うっかりこの映像を収めた魔晶石が流出して、殿方達が無聊をめるのに使うかもしれないけれど?

ああ、ロマノを含めた護衛やエミの侍だった者もきちんと手を回しているわ。彼らは斷罪劇の後「そのままグラウプナー公爵家にいるわけにいかないから」とピナの紹介で王宮で雇われているの。今回の事で主家を裏切って犯罪の偽証もしたと分かったから本來は処刑なのだけど。わたくしがけをかけて助命をすれば命ばかりは助かるわ。ただ、クビになって放逐されて。主人を裏切る使用人を何処も雇わない、実家も縁を切るでしょうし。行く宛の無くなった5人ともいつの間にか「消息不明」になった後わたくしのために役立ってもらう予定よ。

「ちが、ちがうの! ねぇ、ウィルは私の事信じてくれるよね……? 私がめられた時の証拠、一緒に調べてくれたもんね?!!」

「いや、しかしあれは……」

大きく映されたピナとロマノのキスシーンを見上げたウィリアルドは憎々しげに呟く。

「あ、あんなの造だよ! レミリア様がまた、私が幸せになるのが許せなくなって……っ」

「……では、何故あそこに映し出されたピナに同じ場所にホクロがあるんだ? それもレミィが知っていたのか?」

「ホクロ……? そ、んな……ウィルは、ウィルは何で知ってるの?!」

「……學園を卒業してすぐ、君が薄著で男の契りをわしたいと迫ってきたことがあっただろう。結婚するまでそういったことをするのは良くないと拒絶したけど……あの時斷って良かったと心から思っている」

「そんな!!」

よく見ると、畫面のピナの腰の上あたりに特徴的に2つ並んだホクロが映っていた。あらあら、あんなところに都合よくあんな目立つ印があって、それが丁度映っていた上にウィリアルドも知っていたなんて、わたくしは運も特別良かったようね。日頃の行いが良いからかしら。

「ウィル……そんな、酷いよ……お嫁さんにしたいって言ってくれたじゃん……ウィル……」

「……僕は君に何をされても今まで嫌いになりきれなかったけど……不思議と今はピナのことをしいと思う気持ちがカケラも殘っていない」

「え……え?」

「何で君をあんなに好きだったのかも全く分からない。……魔王陛下は僕達の神をる呪いを解いたと言っていたよ。……なぁ、ピナ……君、今まで僕らに何をしていたんだ……?」

吐き気を抑えるように顔を歪めたウィリアルドが、ピナから逃れるように一歩下がる。その聲に怒りが滲んでいるのを察して、驚愕に目を見開いたピナが周りを見ると、クロードもデイビッドもステファンもウィリアルドと同じ目で自分を見ている事に気付いたようだが、それをれられずにピナは聲を張り上げた。

「ちがうちがうちがう! 私は、私は悪くない……悪くないんだよ……だってウィルは、みんなも、私が……私の方が好きだって言ってくれて……」

「悪いけど、僕にらないでくれ。……今まで何をされてたのか……いや、ピナ、君の……お前のせいで僕はレミィになんて酷い事を……っ」

「っウィル……?」

ピナは気付いていないようだが周りの貴族とその子息子も同じ目でお前を見てるのよ、學園にいる間築き上げた好度は今0に戻ったの。後殘っているのは今までのその振る舞いに相応しい、汚い珍獣を見るような蔑む視線だけ。

「うそ……うそっ、クーロ、デビー、ステフ、ねぇ私の事好きだって、可いって、本當は君と結婚したかったって言ってくれたよねぇ?!!」

誰も返事をしないばかりかすっと視線を逸らし、すがりつかれそうになったのを避けられる。デイビッド、ステファン、クロードと順にばした手を最後に振り払われて、べしゃりとレースとフリルたっぷりのドレス姿でうずくまったピナは「あぁ……あ……」と言葉にならないき聲をらしたと思ったら突然跳ね起きてわたくしに飛びかかろうとした。

「お前ぇええ!! お前が全部仕組んだんだろ!! このクソ! クソクソクソ!! あたしが幸せだから妬んで! 自分がバカだったせいだろ!! 逆ギレしてんじゃねーよ!!」

「きゃっ」

もちろんわたくしに屆くはるか手前でアンヘルがピナを叩き落とし、慌てたこの國の王が周りの近衛に容赦なく拘束するようにと告げて床に押し付けられる事となっているが。

「あたしの世界だったのに! ヒロインのあたしのための世界だったのにぃいいいっ!!」

「この世界は誰のものでもないわ、みんなが1人1人生きてる世界よ?」

「私が上げた好度消したのお前だろ! 昔の事に持ってこんなことするなんて! 何あの作り話?! あれも広めたのお前だろ?! ラスボスの邪神と創世神はおなじやつで、浄化したら元に戻って……! 悪魔と魔族も! お前が噓ついてそれもみんな騙してるんだろ?!」

「そんな、創世神様を邪神扱いするなんて……!」

「そーゆーのいいんだよ! お前! お前も転生者なんだろ! ヤな、分かんないフリしといてさぁ!! わざわざここまで來て……っ私が幸せになる寸前でこんな事するとかほんとムカつく……!!」

「……テンセイシャ? って何かしら……」

「転生だよ! お前も前世あるんでしょ?! オトキシの! 先にアンヘル落として見せびらかしに來てほんっと最低のクソ……!」

「オトキシ……? そんなの知らないし……わたくしに語で見るような前世なんて無いわ、生まれた時からレミリアであった記憶しか……」

オトキシなんて知らないと口に出してからエミの記憶を探ってみた。なるほど、この世界を描いた語の名前は「星の乙と救世の騎士」というらしく、それを略して「オトキシ」と呼ぶそうだ。

実際わたくしは転生者じゃないわ。転生者であるエミの記憶を覗けるだけで。前世があるのもエミだもの、わたくしではない。

わたくしがそう告げて、何も否定しないアンヘルを目にしたピナが「訳がわからない」と言う顔で固まった。

わたくしはそんなピナを見ながら、この場での最後の仕上げをする。ピナを怖がるようにアンヘルの腕に摑まる手に思わずと言ったように力を込めると、優しく微笑んだアンヘルがわたくしの腰に手を回して守るように抱き寄せた。

そのまま……ピナが「一番好きなキャラだから絶対渡さない」と豪語していたアンヘルの腕の中から、聖母が愚者を見るような憐みを浮かべてわたくしは見下ろした。

「ピナさん……可哀想、まじないに頼って人の気持ちをって、それでいくら好かれたって虛しいだけなのに……そんなに、偽りでもいいからされたかったの……?」

「こいつはお前を冤罪で陥れただぞ? けをかけてやるなど……」

「いいえ……アンヘル。確かにに覚えのない罪を著せられて、誰も信じてくれなかったのは悲しかったけど、わたくしは今幸せだもの。ピナさん……お金で買収して、自分のを使ってまでわたくしを悪人に仕立て上げたけど……そんな事したってピナさんは幸せになれないのよ……? わたくしを貶めても、呪いで人の気持ちをっても、ピナさん自される訳じゃないのに……こんなことって、すごく寂しいしピナさんが可哀想で……」

「はっ、はぁあああっ?! ふざけるな、フザケルナフザケルナよぉおおお!! 何良い子ぶってんだよぉおっ、バカにしてんじゃねぇえよお前ぇ!! 上から目線で何様だぁあ?!! お前があたしの幸せ全っ部壊したくせにぃっ!! 許さない!! 許さない許さない許さないぃいいいいっ!! 殺してやるっ、殺してやるからなぁあああっ!!」

あまりにも悔しかったのか、ピナは顔のというからをほとばしらせながら泣きび始めた。手は後ろで拘束されているため拭うこともできず、ヨダレと……あと鼻水まで滴らせて喚く様子に周りは明らかに引いていた。

それに対してわたくしは、ぽろりぽろり、と一番しく見える角度で流す涙がシャンデリアの明かりに煌く。當時造された証拠と偽証を行う証人の言い分を信じて私を斷罪した男達は気まずげに目を逸らした。

ええ、ええ。なんて可哀想で哀れで慘めななのかしら。薬で作った味方はもう1人もいない。金銭で買収した者達はしでも罪を軽くするために我先にとお前を売るだろう。あんなに大勢の男に囲わせてご満悅だったのが今はひとりぼっちで寂しい存在になってしまって。

誰も庇う者はなく、床に組み伏せられて後ろに手枷まで付けられている。なんて無様な姿。かつて卑怯な手を使わないと勝てなかった相手に、その反則をすべて暴かれて、完なきまでに叩きのめされ負けた上に「可哀想」と泣かれるなんて……お前みたいなは哀れまれるのが一番嫌でしょう? 心の底から同してあげる。嘲りがほとんどだけど、「かわいそうに」と思っているのは本當よ。なんて愚かなのでしょう、って。

今のピナは激昂しすぎて、唾や涙や鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら喚いているが何を言っているかも聞き取れない。どんなに悔しがっているのかしっかり聞こうと思ったのだが「うるさい」と一言煩わしそうに吐き捨てたアンヘルが指を鳴らした音一つでピナの聲が消えてしまった。あらあら殘念。

ピナの罵聲が消えて誰も何も喋ることのできない、シンと靜まったホールの中央で、「かつて自分を罠にはめて冤罪で貶めた相手にさえ憐憫のを抱く慈悲深い浄化の乙レミリア」が靜かに涙を流す吐息と、それをめるように優しく髪をでる貌の魔王が周りからは絵畫のように映っているだろう。

エミならきっと、こののためにだって泣いてたわ。優しい子だもの。わたくしみたいにわざとこのの神経を逆でするような言葉なんてもちろん使わないけれど。

暴れようとするピナの視線からわたくしを隠すようにアンヘルがれ替えると、ピナを連れた近衛達が無理やりあのを引きずって會場を出て行った。あら……ピナが舞臺から降ろされちゃったわ。しょうがないわね、これ以上はここで吊し上げて攻撃するのも不自然だし……この場はこれで終わらせておいてあげるわ。

    人が読んでいる<悪役令嬢の中の人【書籍化・コミカライズ】>
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