《悪役令嬢の中の人【書籍化・コミカライズ】》様の研究室

「いやだ、いやだぁああ! もうやめ……やめてくれ……」

ダンジョンの隠しフロアの一室に愚かな男の悲鳴が響いた。

むき出しの巖窟の中に突然出現したように見える、高価な魔道をそろえたこの部屋ではわたくしの人生の目的に関わる大事な研究をおこなっている。彼らはその被験達だ。今回の実験に使ったもう一人は魂の負荷に耐えきれず意識を失っており、他のネズミ達は次の実験の対象になるのがよほど怖いらしく、檻の隅で震えながらこまらせている。

「うるさいわね。考えが散らかるから黙ってくださる?」

指を一振りして男の顔の周りに真空を作り出した。エミの知識から學んだ、空気が無ければ音は響かない。やっと靜かになった空間で私はしばし思考の海に意識を沈めた。

……また失敗してしまったわ。理論上はこれでこの二人の魂をれ替えられるはずだったんだけど。作り上げた魔に破綻はない。不純が混じらないように構築した魔的な真空狀態も機能していた。限りなく理論値に近い完璧な作をしたのに、彼らの魂はまだらに混じり合って魂のあり方が混濁してしまった。

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しかも、復元力のようなものがあるのか、段々と混ざった部分が本來の自分のに戻っていってしまっている。まるでふって混ぜた水と油が分離するように。これには理的な距離も関係あるのだろうか? 遠くに離したら安定する? ……そこはまた考える事にしましょう。

この問題を解決しないとエミに選択肢を用意する事すら出來ない。ここからずっと進めずにいた。

それとも実験が失敗するのは魂に付いた傷が関係しているのだろうか。わたくしがこうして魂を自在とは言えないまでも、一応扱えるようになるまで散々練習臺に使ったせいで、彼らの魂には消えない傷が刻まれている。

この魂の今後は何も気にしていない。この傷では廻転生には耐えられない、砕けた後にそれぞれの欠片が數千回くらいは蟲か微生として短い生を繰り返すだけだろう。

なら傷のついてない魂の新しいネズミを捕まえて來た方がいいかしら? 妬みから積極的にエミの「レミリア」のも葉もない噂を嬉々として流布していたのうち、まだ手を下していない3人殘っている。エミに助けてもらった事もあるくせに……「やっぱりあんなお姫様でも嫉妬してこんな事したりするんだ」なんて嬉しそうにしてたのよ。

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を貶めたとして當時の婚約は無効となってろくな嫁ぎ先は殘っていなかったが、その1人は平民と結婚してこの生活もそれなりに幸せ、なんて思ってるらしいから後悔させてやらないと。エミはお前達のせいで傷ついて、幸せとじることも出來なくなったのに。お前達がほんのささやかな幸せを得ることも許されないわ。

いえ、浚ってくるよりも、その結婚相手に虛言を吹き込んで夫婦仲を壊してみようかしら。ピナと違って確かな証拠も用意して……周りが自分の事を一切信じてくれずに一方的に悪人扱いされる絶を味わうと良いわ。

……全くの無実から斷罪されたエミが抱いた悲しみには遠く及ばないでしょうけどね。

「っあ、げほ、げほげほっ……! かはっ、ひ、ひぐ、ひ……」

貴重な被験者だから殺すわけにはいかない、何よりまだ「死」という安息を與えてやる気もなかったわたくしは再度指を振って魔を解いた。

解除した魔の殘滓の中で、空気を求めて手足をばた付かせていたネズミの一匹がひゅうひゅうと気管を鳴らして唾を垂らしている。顔は真っ青、目は充した管が切れたのかがにじんでいる。いつも「殺してくれ」とわめくくせに、窒息寸前になったらこうして必死に呼吸をしてるのが稽だった。

「な、なぁ……! レミリアお嬢様、何でこんな事……もうやめてくれ、あんたそんな人じゃなかっただろう? お……脅されたんだよ! 俺たち……あの星の悪魔に……だから仕方なくて……!」

「あら、命乞い? 耳障りねぇ」

「ぎっ、ぎやああああ!!」

「黙れないの? また空気を奪われたい?」

「ひっ、ひい、ひ……っ」

脅された? 國に庇護されてるだけの何の権力もない小娘に? 話を持ちかけられた時點で奏上していればこんな事にはならなかったのよ、と何度も教えているのだが未だに學んでいないらしい。

むき出しのままの魂に小さい棘を打ち込んでやるとまた騒々しくなりそうで先に忠告しておいた。悲鳴を必死で飲み込んでいるらしく、とめどなく涙があふれている。

「あら、わたくしは外面は良いけれど、で使用人につらく當たり、気にくわない人間をげる犯罪者だとあなた達が言ったんじゃない」

「そ、それはっ!」

「証言する時に偽りは述べないと誓ったくせにねぇ」

クスクスと笑ってやると部屋の隅からもすすり泣きが聞こえてくる。そうそう、もっと自分の愚かさを後悔して泣いて絶して悲しんでくれないと。

「何でもあなたは、『お嬢様の好奇心からの悪い遊びにつきあわされてまぬ奉仕を強いられてる』……だったかしら? 今はその通りね。何も事実と異なることは口にしてないわ」

「うっ、うう……」

実験という名前でわたくしに使われているもの。

このネズミ……ああそうロマノという名前だったわね。伯爵家の五男だったこの男は夢を見てしまったのよね、同じく貴族令嬢の護衛騎士になった三男のお兄さまが、その令嬢の人におさまれたから。

り先にもこっそり伴って、お小遣いをもらいながら暮らしているお兄さまが羨ましくて、「兄より見目の良い自分ならもっと良い思いが出來るはず」ってたくらんでいたんでしょう? でも次期王妃にをかけるのは愚かとしか言いようがないわ。を出し過ぎよ。ちっともなびかない貞淑なエミに憤りまで抱くなんての程知らずな。

……お前があのに手を貸さなければエミがあんなに傷つくことはなかったのに。

何が脅されて、なのかしら。こちらの方が利が大きいと嬉々として話に手を貸したのをわたくしは知っているのよ。

専屬侍だったネズミ達も似たような勝手な理由でエミを傷つけている。「上から目線で々施して、良い人ぶっちゃって」ってそんな理由で。あんなにエミに良くしてもらって……エミはお前達の事を友人とすら思っていたのにその心を踏み躙った。

公爵家とあって有能な者も一握りいたが、あの公爵が寄り子に恩を著せる目的で我が家の上級使用人にしていた人間達はどいつもこいつも質が低かった。

忠義を盡くさず、道徳心もろくになければ人を羨むばかりで努力をせず、自分への言い訳ばかり口がたって。それでいて「自分はこんな所で終わるじゃない」と自己評価だけは高くて。

エミの知っていた「語」の中ではこいつらが「レミリア」の手先になって星の乙へ加害を行っていた。婚約破棄の調査でこの護衛と侍が証言する事で「レミリア」の罪の詳細が語られたのだ。

道理で、元々こんな人間だったからだろう。命じられたとは言えあっさり犯罪に手を染め、より旨味の大きい話に乗っかって簡単に主人を裏切る。

使用人とも仲良くしたいって心をくだいていたエミが本當に可哀想だわ。エミの信用を利用して罠にはめる一端を擔ったお前達が本當に憎い。死を與えてやりたくもないほどに。

「う、うう、……悪魔め! お前の中にも悪魔がっているんだろう!」

あら、良い線いってるじゃない。正しくはこれが本來のわたくしなのだけど。でも悪魔なんて生易しい存在だと思われるのは心外だわ。

わたくしは、わたくしよ? お前達が傷つけてわたくしからあの子を奪ったせいで表に出ただけで。

「その善良なの子だったわたくしを否定したのはお前達じゃない。良かったわね言っていた通りになって」

そう言ってにっこり笑ってやるとまた悲壯たっぷりにネズミ達は泣き出した。

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