《草魔法師クロエの二度目の人生》9 祖父 リチャード・ローゼンバルク辺境伯

祖父は私を抱いたまま、待ち構えていた黒い大きな馬にひらりと乗った。

突然のモルガン家出はもちろん激で泣きじゃくりたいほど嬉しいけれど、怒濤の展開すぎてついていけない。

常識的に、馬車での移になると思っていた。馬なんだ。前世は嗜みとして一応レッスンをけた。橫座りであったけれど。

祖父が駆け出したら、先程の従者さん以外にも二騎現れて、小さな菱形の隊列を組んで走る。

これまでしたことのないスピードに、心臓がみ上がったけれど、もっと驚くことには、祖父は私を左腕に座らせたままなのだ!

ずっとこのままなんだろうか?

私は意を決して聲を出した。

「あ、あの、おじいちゃま……」

祖父はジロリと前方に向けていた視線を眼鋭いまま、私に移した。

おじいちゃまと呼ぶのは慣れ慣れしかったようだ。

「あんな手紙をよこしておいて、今更赤ちゃんぶるな」

赤ちゃんではないけど、子どもなんだけど……。

まあ五歳らしからぬ手紙を送りつけたわけだから、しょうがないか。私は仕切り直しの意味を込めて、コホンと咳払いした。

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「このまま馬で、どこまで進むのでしょう?」

「……最後までだ」

ローゼンバルク辺境伯のローゼンバルク領は……もちろん西の外れの辺境だ。馬で一どのくらいかかるのだろう。

「そ、それでは、私を腕に乗せていると、疲れてしまうのではないですか?」

「……伝令鳥が乗っているのとさしてかわらん……しかし、腕は空けておいたほうがいいか」

祖父は自分の左に私をがらせ、祖父のに向かい合うように座らせた。

「蔓を出して、お前とわしのとくくりつけろ!」

目を見張ったが、やはりとも思った。祖父は〈草魔法〉使いの使い方を心得ているようだ。

辺境に人気の四大魔法使いがわんさかいるわけがない。手持ちの魔法を工夫して使い、隣國の脅威と戦っているのだろう。

私はゴソゴソと庭で見つけたいわゆる雑草の種を、ポケットから取り出して、右手で握り締め、

「発芽!」

シュルシュルと緑が芽吹き、グングンびて蔓となり、私と祖父のをくるくると周り締め付ける。これで私は馬から振り落とされる心配はなくなった。

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「どうですか?」

祖父は馬を走らせたままに右腕、左腕と、代にまわし、を捻る。

「ふむ、問題ない」

私は頷いて、蔓の長を止めた。

すると、突然、左を走る、父の書斎にも來ていた金髪の従者が馬を寄せてきた。

「お館様! 來ました!………八騎です!」

「……クズ野郎が」

祖父は自由になった左手に手綱を持ち替え、右手で剣を抜いた。

を捻り、左後方を見る。數騎の馬がこちらに向けて猛スピードでやってくる。

ああ、と納得する。今世や前世、どこかで見た顔ばかり……父が追手を放ったのだ。思い通りにいかなかった元兇である、私と祖父を暗殺するために。

前世でも嫌われていたが、明確に殺意を示されたのは初めてだ。諦めきっていたはずなのに、が痛む。

しかし揺しているのは私だけのようだ。祖父も従者の皆様も、平然と構えている。想定だったらしい。

「そうだな。剣で力押ししてもかまわんが、挨拶がわりに四魔法以外の戦い方を見せてやろう」

聲のボリュームからして、私へのセリフだったようだ。

四魔法(祖父は四(・)大(・)魔法とは言わなかった!)以外の戦い方……そもそも私は本気の戦いなど見たことがないのかもしれない。せいぜい前世の貴族學校の模擬戦くらいだ。それも四魔法を持つ者がこれ見よがしに魔法を放し、それ以外のものは壇上にも立たせてもらえなかった。

祖父が剣を収め、右手を上に挙げた。三人の従者が一気に私たちの前に出る。私たちがしんがりになった。祖父は馬をぐるりとまわして、敵と正面から向かい合う。

祖父のから膨大な量の魔力が放出されると同時に、祖父が小さく唱えた。

「樹林」

地の底を何かが猛スピードで走っている! そして敵の真下に到達するや否や、地表から槍のような幹が、勢いよく何百と突き出した!

「「「「ギャー!!…………」」」」

數分たつと、木々はすっかり茂り、こんもりとした林ができた。中の様子など見えなくなり、木の葉のさやさやと風に鳴る音だけが響く。

祖父の茶髪の従者が素早くそこへ様子を見に行き、

「異常ありません」

と、一言言うと、祖父は一つ頷いた。

祖父の魔法適は〈木魔法〉。

家系図で祖父を見つけたとき、四魔法でないにもかかわらず、辺境を己の知力で治めているお方なら、私の〈草魔法〉をバカにしないかもしれない、と思い、頼った。

ここまでの猛者とは……思ってもいなかった。

「わしはわしに剣を抜く相手には、何人たりとも容赦しない。覚えておけ」

祖父はギロリと秋の広葉樹の葉のような黃金の瞳で私を見下ろして言った。その強さに鳥が立ったけれど同時に頼もしくて、肩の力が抜けた。

「はい……私を救い出してくれたご恩は一生忘れません。絶対おじい様の……いえ、お館様のお役に立ってみせますからっ!」

「……おじい様でよい。お前は……わしのこんなやりようを見て、恐ろしくないのか?」

祖父が何を言っているのかわからず首を傾げる。明らかに敵で、私たちを殺しにかかってきた。戦わなければ死んでいた。

前世、既に絶で埋め盡くされていたが、それでも迫りくる死は恐ろしかった。

あの死の恐怖から、祖父は守ってくれたのだ。

「おじい様の言うこと、納得できます。それに……あの両親よりも、恐ろしい人がいるとは思えません」

僅か五歳の娘を容赦なく視界から消した。

前世では自分たちのせいで孤獨に嵌った娘を本當に勘當し、喜んで斷頭臺への道に差し出した。

いころの可がってもらった記憶がなまじあるために、心が切り裂かれるように痛み、顔が歪む。涙がこみ上げるのを押しとどめる。

「そうか……六歳のお前には修羅場であったか……家庭という……外から見えないぶんなおさら……」

「あ、でも、助けてくれる人もいました」

マリア、ルル、トムじい、ケニーさん。そしておじい様。どんな苦境にも手を差しべてくれる人がいることに今世では気がついた。広い視野を持たなくては。

「ふむ。彼らとはいずれ會える日が來よう。その時まで力をつけて生き延びろ。まあ、わしの目が黒いうちは、お前が腹を空かすことはない。ん? ひょっとして今空いているか?」

そういえば、私は今朝、マリアのパンと、トムじいの瓜を食べただけだ。でも怒濤の展開に空腹をじるわけがない。

「多分、もうしばらく大丈夫?」

「……ここまで痩せている小娘に聞いたわしがバカだった。お前は空腹に慣れきっているのだったな。おい! 次の休憩で飯にするぞ!」

◇◇◇

父の追っ手を覆う林も見えなくなり、しばらく走ると湖が見えてきた。馬たちが一気にペースを落とす。あのほとりで休憩するようだ。

一人の護衛が前に出て、周囲を確認し、ピィっと口笛を吹き、馬を降りた。殘りのものもそこに行き、馬を降りる。私が祖父と結びついていた蔓をパラリと落とすと、祖父は馬から軽く飛び降りて、私を地面に下ろした。

「手洗いを済ませてこい。何かあったらべ」

「はい」

私はでお花摘みをし、湖で手をキレイに洗って祖父のもとに戻った。

地面にゴザが敷かれ、その上にパンや干し、ドライフルーツが載っている。祖父はそこに膝を立てて座り、他の護衛たちは馬の世話や、荷を積み直したりしていた。どうやらイレギュラーな休憩だったようだ。

どこに座れば良いのか? どれを食べればいいのかマゴマゴしていると、祖父が立ち上がり、數歩で私の前にきて抱き上げ、元いた場所にあぐらをかき、その足の間に私をれた。

祖父は白いパンを摑むと、私に握らせた。

「食べろ」

「はい」

パクッと口にれれば、小麥とバターの風味が口いっぱいに広がった。想像していた保存用のパンではない。出來立てだ。侯爵家に來る直前に手にれたようだ。らかい。ふわっふわだ。

「あ……」

気がつけば、涙が溢れた。こちらを仕事をしながら窺っていた男たちが目を見開きざわめく。

祖父が私を覗き込み、ざらざらした親指で目元の涙を拭き取った。

「……どうした?」

「……ただ、味しいなって」

「……そうか」

祖父はおしゃべりではなくて、私の口に何もなくなったタイミングでやら果を握らせた。久しぶりに食べる野菜以外の食べは、旨味が濃くて、味しかった。

またを差し出そうとする祖父に、

「もうお腹いっぱい。ありがとうございました」

と言うと、黙って水筒を渡され、その中の水を飲んだ。

「クロエ、悪いがこのまま走らせる。領地をあまり空けたくない」

私のために、當主自ら出向いてくれたのだ。まあ祖父以外がやってきても上手くいかなかっただろうけれど。

「おじい様、お手を煩わせてごめんなさい」

「子どもが変に気を回すものではない。言葉も崩せ。でないと辺境では周りが打ち解けてくれんぞ! しばらく休憩できん。ワシの懐で寢ていけるか?」

「はい」

祖父は小さく頷き、仲間に合図した。さっと広げたものを片付けられる。

祖父は再び私を抱き上げ馬に乗った。私も蔓を出して、祖父と私をグルグルと繋いだ。祖父は荷から布を出して、私を上から覆う。

「おやすみなさい、おじい様」

「……おやすみ。我が孫よ」

お館様呼びは、作者の念願です……

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