マリアはケガと、これまでのストレスと、遠距離移のために一週間ほど寢込んだけれど、しずつ回復していった。

「お嬢様のお薬が効いたのです……とっても苦かったけど……」

「ご、ごめん！」

そうか、効けばいいってものじゃない。もっと口當たりのよい味に改良しなくっちゃ。

そして、マリアはこの土地に殘ることを選び、祖父の許可を得て、再び私の侍になってくれた。

「それにしても……同じ貴族の屋敷で、こうも待遇が違うとは……」

「違うの？」

「ええ。ギスギスしてないといいますか……主人がいないせいもあるかもしれませんね。かと言って、使用人がだらけているわけでもありません。きっとお館様の本気の強さと行力を……それぞれに一度は験しているのでしょう」

そうだね。私もあの、道中の容赦のない祖父を見て、逆らう気持ちなど到底持ち得ない。

もちろん、あれを見なくとも、祖父には恩こそじこそすれ、裏切る気持ちなど未來永劫ないけれど。

「そして執事のベルンさんが、いわゆるメイド長的な立場も兼任されてるので、同士の足の引っ張り合いが起きません」

ベルン……知恵袋なだけでなく、の仕事とその正しい管理法まで通しているとは！

「お嬢様もずいぶんとおてんばになられました。なんというか……ガサツに？」

ガーン！！

うふふふと笑うマリアの表は、大人のと言うよりも、綺麗なお姉さんというじだ。

マリアは母だったこともあり、つい母親像を重ねてしまってきたけれど、まだ二十代半ばなのだ。

聲を立てて笑い、若々しくなったマリア。いろんな憂いが消えたから？

ともかく私のお世話ばかりでなく、マリア自の幸せも摑んでほしいと願う。

そして、たまに朝目覚めると、枕元にタンポポが屆くようになった。

『姫さま、面白い手紙ありがとう。ちょっと手こずりましたぞ？

姫さまが屋敷から消えた事はなんとなく察しておりました。

元気そうで何より。ルルも姫さまに負けられんと、鍛えております。

さて、では課題を差し上げます。二週間でクリアして、結果を提出するように。

毒朝顔のを煎じ、出したものを中和する、虹ナスの分量とタイムリミット……。

我が最の弟子へ トム』

手首の文様のすずらん部分をそっとでる。黙って出てきた。大好きな人たちに嫌われてないか不安だった。

よかった……。

◇◇◇

「毒海！」

私はザラナンの葉を當たり一面茂らせる。ザラナンは毒草。葉からの分泌にれると一気にがかぶれ、そこから神経が麻痺し、直。けなくなる。

先ほど捕まえたウサギをゴーシュが草の中に放り込んだ。數秒もがいたが、やがてかなくなった。

「クロエ様、エゲツないな」

「そ、そんなことないよ！　一週間ほどけなくなるだけだもん」

私はひとまず戦闘力になることを祖父に希した。

正直、製薬は前世やり盡くしている。農業は今の知識でひとまず満足しているし、造園は祖父の手が空いたときに〈木魔法〉の手ほどきをけてから、ということになった。

祖父は、自分に気を使ってその道を選んだのではないかと疑ったけど、そうじゃない。きちんと私の意思だ。

私に足りないのは……私を邪険に思う人との戦い方、距離の取り方だ。

今日は兄とゴーシュが特訓に付き合ってくれている。

「クロエの希ではあるけれど、〈草魔法〉はそもそも直接攻撃に向くものじゃない。こうして間接的に援護してくれることに意義がある」

そう言って兄は私の前衛希をけ付けなかった。

たしかにあらゆる毒草を知ってはいるが、れただけで死に至るものなどさすがにない。毒は正しい手順で製し、服毒しなければ、目を見張るような果など出ない。

それでいいと思っている。個人的な恨みのない相手に大量殺人なんてできっこない。私ができることはこの恩あるローゼンバルクを守ること。私を守ってくれる皆がきやすいように努めること。

「しかし……全隙間なく覆う裝束で來られたら、かぶれることができないな……」

「ジュード様、馬が止まるだけでも十分だと思いますぜ」

「そうだな。あとは、別の魔法で服を切り裂いておくか……」

「風切ならば、〈風魔法〉の初歩でできます。服を破くくらいなら子どもでもできる」

兄と、皆の話を一言もらさず脳に刻む。將來、どこでこの知識を使うかわからないもの。

「ＯＫ、クロエ、ありがとう。じゃあ撤収」

「はい。……長！」

ザラナンはザワザワと生茂り、やがて枯れた。

「クロエ様、この魔法の難度は？」

「生垣ほど魔力は要りません。重力に逆らいませんので。〈草魔法〉のレベル３０ってとこです。レベルが高ければ、範囲が広くなります」

「範囲は広くなくていいよな。効率よく一箇所に追い込めば」

「帯狀で十分だろう？」

兄たちが議論している間に、先程のウサギを回収し、小川の水でザブザブ洗う。

「クロエ、そのウサギどうするんだ？」

「他の罠にひっかかっていたものと一緒に、孤児院で食べてもらおうかと？」

「た、たくましいな。食べても毒は影響しないのか？」

「はい。火を通せば問題ありません」

「クロエ様の草の罠は絶対抜けられないからな。10匹ほどかかってたっけ？　今日は孤児院はご馳走だな」

「クロエ、偉いぞ」

兄は私の頭をガシガシとでた。一番近な人が、〈草魔法〉を褒めてくれる。

私は顔を見られるのが恥ずかしく、兄にピトッとひっついた。

「ん？　眠くなったか？　まあ大技使ったからな。よし」

兄が私の両脇に手を通し、抱き上げる。

「俺たちは帰る」

兄はさっと馬に飛び乗り、左手で私を抱きしめて駆け出した。

「おにいちゃま、いつも面倒をかけてすいません。私もそろそろ馬のレッスンを……」

「ふん、もっと腳が長くなったらな。そもそもあぶみに屆かんだろ。いいから大人しく、俺と駆けていろ」

「……ありがとう。おにいちゃま」

◇◇◇

これまでのここの侍の皆様も、私にじよく接してくれた。でもどこか扱いかねているがあった。

その點マリアは遠慮がない。だって私の母だったのだ。０歳からの付き合いだ。

ローゼンバルクのお屋敷では一番の新參者として、常に一歩引いているが、この私をしつけ、著飾ることだけは、己を通す。

「お館様、クロエ様は大変熱心に魔法の鍛錬をされていますが、お館様に似て、とても素材が良いのです！　是非、何か音楽を……そうですね橫笛など嗜みとして習わせていただければ……」

「……かまわぬ。ベルンと相談しろ」

「ジュード様、クロエ様がジュード様のお下がりを著て、鍛錬されている姿を見ると、とてもが溫かくなるのですが……二枚ほどドレスを作って差し上げて、一緒にダンスを踴っていただけないでしょうか？　ジュード様にしか頼めない……」

「……何枚でも作ればいい。ねえ、おじい様？　ダンスの稽古くらい……相手してやる」

ということで、日曜夜の家族全員揃う習慣の晩餐では、私はマリアの著せ替え人形となり、茶の髪にリボンをつけて、ふんわりした子どもらしいドレス姿で登場する。

「……ふむ。クロエも一端の……レディだな」

「……か、かわいいぞ。クロエ」

「お、おじい様、おにいちゃま、ありがとうございまちゅ」

噛んだ。

不意に褒められるなんて聞いてない。素敵な格好をさせてもらって、褒めてもらえて、舞い上がらないはずがない。

「さあ、今日も家族三人、無事に揃ったことに謝を」

「「謝を」」

泣きそうに、謝している。

◇◇◇

「行くよ〜！収穫！」

広大な畑中のじゃがいもが、地中からポンっと飛び出した。

「みんな〜！　かかれ〜！」

「「「「おー！」」」」

子どもたちが背中に背負ったカゴに一斉にじゃがいもをれる。

ここはローゼンバルク神殿の運営する孤児院だ。

「素晴らしいですわ。クロエ様の魔法」

若い、孤児院擔當の神が目をキラキラさせて褒めてくれる。

「掘り起こすのを手伝っただけだよ？　じゃがいもがこんなに立派に育ったのは、みんなの努力の果です」

祖父に農業と関わるときは、長を促すだけ、早めてはならないときつく言い渡されている。自然の摂理を歪めてはならぬ、と。

〈草魔法〉的には決して歪めてることにはならないのだけれど、一度私のような異端がルーティンを崩したら、普段の営みが崩壊する恐れがあることを危懼することは、よくわかる。

だから私は、相談に乗り、手伝うだけ。自分の実験畑では自重しないけど。

それにしても、孤児の數が多い。祖父が孤児院運営にきちんと資金を出しているから、他よりマシなこの孤児院に集まる？　それとも最前線ゆえに戦爭孤児が多いのか。

このあたりは土地も痩せている。じゃがいも以外でたくましく育つ野菜は……どこからかソバを調達してもらおうかしら。

「クロエちゃん、このおいもどうするの？」

もの思いにふけっていると、私よりし年上のの子がワクワクしながら聞いてきた。

「……半分は売る。そして殘りの半分は種芋にとっとく、殘りがみんなのだよ」

「今日食べる？」

「えーと」

神を窺うと、ニッコリ頷いた。

「よし！　じゃあ、味見しゅるよ〜」

「あ、クロエちゃん、噛んだ」

「…………」

私は自家製の菜種油で、皆で洗って、くし切りにした芋を二度揚げする。キツネになったら塩を振ってできあがり。揚げいもだ。

前世の……教授が教えてくれた。貧乏料理だよって……教授が研究室に集めたものは皆、貧乏だったから笑いながら食べた……。

「おお！　おいしい！」

「おいちいね！　クロエしゃん！」

「まあ、おいしい」

「ホックホクだな！　今日クロエ様當番でよかったぜ」

ゴーシュがニカッと笑った。

幸せそうな、みんなの顔を見て、私の遠く苦しい記憶は彼方に追いやられた。