《草魔法師クロエの二度目の人生》31 王都 中央大神殿

我々はカダール副神長の後ろをついて歩く。私は出來るだけ俯いて、正がバレないように気をつける。

あちこちから、姿はないものの視線をじる。

「監視されてる?」

『クロエほど力のあるやつはいない。ほっとけ』

私とエメルはぴっとりひっついているから、口パクだけで、だいたい通じる。

前世、國の催事が行われていた一般の大祭壇を通り過ぎ、前世ではったことのない二階の広間に通される。

俯く私の目にるのは、とても織りが複雑な絨毯。前世出向いた王宮のものと変わらない高級なものだ。特別な相手との謁見場所のようだ。

祖父の歩みが止まる。カタンと音がして、相手が立ち上がったのがわかった。

「久しぶりですね、辺境伯。何やら手違いがあったようで申し訳ないことです」

らかい、説得力のある聲。つい好奇心でし顔をあげる。腰までばされた長い真っ直ぐな白髪に、白地に金の意匠をこれでもかと刺繍された服を纏った、年配の男だ。この人がおそらく……。

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「なかなか味わえない余興だったぞ? 大神殿? いつの間に我らはここまで忘れられていたんだろうなあ。命懸けで國を守っていると言うのに、報われないことよ」

「……ああ、ドーマ、久しぶりだね。なるほど……ふむ。君の事をおしても、ここに出向いたわけを、教えてくれるか? なんでも、神託を授かったと?」

祖父の発言を肯定も否定もせずにけ流す。ああ、大人の戦いはスタートした。

大神の付き人に促され、祖父とドーマ様はソファーに腰掛ける。私(とエメル)とホークはその脇で立って控える。

「大神様におかれましては、ご機嫌麗しく。このような末ななりで前に參り、申し訳ございません。もうずいぶんと前から中央の支援が途絶えておりますので……おそらく辺境ゆえ忘れられているのでしょうねえ」

「そうか、それは申し訳ないね。改善しなくては」

大神はドーマ様のイヤミを笑顔でけ流す。

「……そんな王都の皆様に顧みられることもない僻地にて慎ましく祈りの日々を送っておりましたら、つい二週間前、しくももすくむ恐しさの……ドラゴンが現れたのです」

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周囲がざわりとなった。

私も思わずエメルを見る。エメルがニヤリと笑った。

「ドラゴン? ほう」

「そのドラゴン様はローゼンバルクの守護神であるとおっしゃり、私に神託を授けられました」

大神は両目を細める。

「……なんと?」

「避妊薬を作り、貧困層のまぬ妊娠を回避せよ、と」

どよめきが沸き起こる! それと同時に、

「子供は神より授かりしもの!まぬ妊娠などあるわけなかろう!!」

若い神が聲を荒げる。

「私の言ではありません。あしからず」

ドーマ様が大神から視線をはずさず言い放つ。

「……ドーマ、『まぬ妊娠』をお前は知っているのか」

大神が靜かな聲で尋ねる。

「私はです。の信徒も私になら話しやすいのか、泣きながら心を吐します」

「そのような、教義に違反したもの、破門だ!」

外野が口々に聲を上げる。

「……弱者にけをかけるのも教義では?」

ドーマ様が淡々と言い返す。

「それは、ローゼンバルク特有の問題なのでは?」

大神は顎をさすりながらそう言った。

祖父が咳払いした。

「そうなのかも知れんなあ。わしがいたらんのじゃろう。他は関係ないのであれば、実に結構なこと。では、僻地の野蠻な我がローゼンバルクのみ、神言が下ったゆえに、薬を生産するとしよう。お綺麗な世界にお住みの皆様には、関係のないことに時間を取らせてすまんかったなあ。わしは神殿に許可を取るために來たわけじゃない。一応神殿のメンツを立てるために出向いてやったまで。ドラゴンの神託に卑小なわしらが背けるわけがない。ではな」

祖父の帰るそぶりに慌てて大神が聲をかけた。

「待たれよ! ……避妊薬は……既にあるのですか?」

「當然です。ドラゴン様が薬のあてもなく、神言を授けるわけがありません」

ドーマ様が靜かに答える。

「ドーマ、見せてほしい」

「……いいですよ」

ドーマ様はあっさり懐からひと瓶取り出し、機に置いた。

大神はそっと手に取ると、傍の手下? に渡す。彼が何か呪文を唱えた。真贋を確かめている? 神殿にはそういう魔法があってもおかしくない。

その男は目を見開いて、薬を大神に差し出しながら、ヒソヒソとささやいた。

「素晴らしいもののようですね。製法は?」

「製法も素材も教えられない。ドラゴン様の言いつけだ。當たり前だろう?」

祖父が呆れたように言う。

「ふふ……そうですね」

大神は數分思案したのち、切り出した。

「辺境伯殿、ドーマ、神殿にこの薬をし分けてもらえぬだろうか。子は神の寶。しかし、止むに止まれぬ事があることも……また事実。私のところにもドーマ同様、その相談が來ることがあるのです」

祖父がピクリと右眉を上げる。

「ほお? ……まあいい。そのような場合は、貧しきものには無償で。富める者には100,000ゴールドで売れと、ドラゴン様に言いつけられている」

「お前! 無禮な!」

大神殿の若い神は、隨分と気盛んだ。

「國の重鎮同士の會話を割るとか、とんでもない神経してるね」

『危ういほどに、自分の信仰に心酔してるなあ』

エメルとヒソヒソと囁き合う。

大神が眉間にシワをよせ、後ろを振り向き注意した。

「控えよ! ……つまり、この薬の原価は?」

「50,000、といったところだ」

大神はうんうんと頷いた。ひょっとしたら、先程の鑑定? で、原価も出ていたのかもしれない。

「製法を聞いたところで、我々には作れないものだ。わかりました。とりあえず100,000、用意してくれ」

「だ、大神様!」

辺境伯の言いなりに買ったことに、周囲が驚愕した!

「ふん、サンプルとして今回は特別に差し上げよう。しかし、次回からは使用する本人にしか渡せない。ドラゴン様の取り決めだ」

トムじいのなき今、この薬を作れるものなど、私以外この國にいないはずだ。あ、魔法マニアのうちのベルンなら、いずれマスターしそうかも?

「そ、そんなもの、許されるか〜!」

突如、後ろから飛び出した神の男……あ、さっき私たちを門前払いしようとした男だ! が、大神の前に出て、目の前の機に置かれた薬瓶を、手で払った!

ガシャン! と瓶は割れて、濁った緑のがジワジワと機からー床に染みていく。

「ひっ!」

冗談ではなく、ドーマ様が悲鳴をあげた! この薬の価値を知り、私が夜なべして作ったことを知っているから。ドーマ様がワナワナと震え出した。

「ああっ! ど、どうしましょう……ドラゴン様から、くれぐれも不幸な子どもを出さぬために頼むと託された薬が……」

ドーマ様は薬の広がった床に崩れ落ちる。険しい顔をしてちらりと私たちに視線を向けて。

「今みたい」

『だね。クロエ、魔力一気にもらうよ』

肩から私の魔力が四分の一ほど抜かれ、気怠くなったと同時に、姿を消していたエメルが前に飛び出し、神長の背に飛んだ。そして、を一気に膨らませ、姿を徐々に現した!

「!!」

私は不意に思い立って、エメルの周囲に〈水魔法〉で厚いミストを張る。かすみの向こうにドラゴンがいるように……幻想的に見えるはずだ。〈水魔法〉使いにはバレるけど。

「グワワワワワオーーン!!!」

エメルがそれっぽく鳴いて、その場にあったものをメリメリと踏み潰しながら、敢えてドシンと音を立てて著地した!

「ド、ドラゴン様! 貴重なお薬を! 本當に本當に申し訳ございません!」

ドーマ様がエメルの足元でブルブル震えながら蹲る。

ギャラリーは、予測もつかない出來事に、聲を上げることも出來ず呆気に取られている。

『……もう良いわ。昔から中央神殿は保しか考えておらん。ドーマ、リチャード、帰るぞ。我は自分の好きなようにさせてもらう』

エメルの聲がいつもよりも低い。

「はい……承知しました」

「ドラゴン様のよろしきように」

祖父も椅子から立ち上がり、エメルに膝をついた。

『我は先に我がローゼンバルクに戻る。ここは空気が悪い』

エメルはバサリとツバサを広げる。大きくなったそれのきは部屋につむじ風を巻き起こした。

「お、お待ち下さい!」

目を大きく見開いた大神がかすれた聲を出す。エメルに向かって手を差しばす。

『……お前に指図される筋合いなどない』

「大神様のお話しをお聞きください!」

他の神たちがエメルを取り囲むと、エメルは鬱陶しそうに睨みつけ、口を大きく開けて、冷気を吐き出した! 神たちは凍りつき、きを止める。もちろん死んではいない。

再びツバサを広げ、その場で、二度羽ばたいたのちエメルは大きなドアから飛び去った。

數分後、我に返った人々がぎゃあぎゃあと喚きだす。何故か天井からホコリが落ちてくる。上にも覗き見していたものがいたようだ。神殿に隠してもらえるほどの大? 王族? 高位貴族?

明になったエメルがのんきにパタパタとツバサをはためかせ、私の肩に戻ってきた。グインと魔力が吸い取られる。この量はスゴイ! 確かにローゼンバルク領まで飛んで帰るのは無理だったかもしれない。

ざわめきのなか、祖父が靴音を響かせて床で小さくなり涙を流す我らの神長をそっと抱き起こし、大きく目を見開いたままの大神に視線を流す。

「……大神、我らは筋を通したぞ? 全て、お主らの若い衆へのしつけが問題だ。神殿に干渉する気はさらさらないが、今回はちいっとばかり……呆れたぞ? 教典にもある通りドラゴンは正義。我らはドラゴンに従う。ドラゴンを敬しておるし、ドラゴンに逆らっては、お前らのいう野蠻な辺境では生きていけぬからな、さらばだ」

「辺境伯よ! お待ちなさい!」

大神の聲を無視し、神長に寄り添い踵を返した祖父。見っていた私の、エメルのいない方の肩をホークがトンと叩いた。慌てて私も、祖父たちの後を追い、退出した。

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