《草魔法師クロエの二度目の人生》149 師弟とは
「……なぜ?」
「ドラゴンを助けるのに必要だからですよ」
「今?」
「もちろん」
私たちは互いに裏切ることができない絆で結ばれた。だから、エメルを助けるために必要というのは偽りではない。
しかし、その渡した毒は誰が飲む羽目になるのか? エリザベス殿下? 者のジャック? それとも……私? ドラゴンを助けるために必要であれば、私を毒薬で殺しても、裏切りにはならないんじゃないの?
ダメだ。私は死ねない。私が死ねば、エメルは助かったところでやがて魔力が欠乏して死んでしまう。そういう知識がこの人にも、王家にもない。多分卵から子龍になる過程なんて伝わっていないのだ。
さらにエメルのこともこれまでの王家の記録にあるような、と思っている。本當はまだ大人になるまで100年あまりかかるのに。
ならば……
私はマジックルームから明の小瓶を出した。これはいつか、エメルのおかげで夢で會えたトムじいに教えてもらった……仮死薬。
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ジェドワニを見つけたときにすぐさま卵を取って製薬し、そっと保管していた。
この薬は私が作る一番レベルの高い薬の一つであり、裏切りにはならない。そしてたとえ飲まされたとしても私は24時間後に生き返る……臨床はしていないけれど。
私がそれを教授に渡そうとすると、教授は人差し指を橫に振った。
「クロエ、たぶんそれではありません。確か名は……ゼロの薬だったね。それを渡してください」
……なぜ、知ってるの? あれは、私のとっておきの、最後の希の薬。先日兄にはバレてしまったけれど、それまで誰にも絶対に話していないはず!
「……前回クロエは、ここにった後、錯狀態で『ゼロの薬さえあれば、私は苦しまずに済んだ!』と何度も何度も繰り返し呟いていたのです」
……あまりのやるせなさにうなだれた。死の、巻戻り直前が、そういう狀態だったと突きつけられるのは、が痛い。
ゼロの薬、契約している以上、出さなければ。現に今、マジックルームにあるのだから。
私がノロノロの躊躇していると、教授がトンと手を叩いた。
「ああ、なるほど。では約束しましょう。私はゼロの薬をあなたに飲ませることはない。これでいいでしょう?」
そこまで言うならば、では誰に飲ませるのか? どうやって使うのか教えてくれてもよさそうなのに、教授はニコニコと微笑むだけだ。
私は、最低限の答えは得られたのだからと、無理矢理納得させて、小さな青い瓶を取り出し、教授に差し出した。
「これが薬師クロエの集大ですね……ありがとうございます。クロエ」
どう使うかわからない以上、どういたしまして、とも言えない。モヤモヤしている気持ちを持て余していたら、教授は私の頭をフワッとらかくでて、私が驚いているうちにそのままあっさり壁の渦巻きを乗り越え、隣の獨房に戻ってしまった。
「え?」
戸ってる間に、壁のは消え、再び明な壁ごしに教授と向き合う狀況に戻った。
「ではクロエ、後ろの壁に、寄り掛かってごらん?」
「……ジャックのマジックルームを取り出すスペースを開けろってことでしょうか?」
「まあ、そんなじです」
その、はっきりしない返事に、またもやモヤッとしたが、私たちは既に師弟、裏切ることはできないのだ。深く考えることはないだろう。
私は言われたとおり後退り、石のゴツゴツした壁に寄りかかった。
「そのまま座って」
「床にですか?」
「そう」
言われるまま、座り込んだ。
「いいこですね。そのまま踏ん張っておくんですよ」
よくわからないが、自分を抱きしめるようにして教授を見上げた。
教授は一つ頷くと、青い瓶の蓋を開け、靜かに、水でも口にするように……飲み干してしまった!!
「なっ……ど、どうしてっ!!」
驚愕し、慌てて教授に駆け寄ろうとした!
この薬! ゼロの薬だけは! 解毒薬を作っていないのだ!
確実に、死ぬために!!
「教授っ! あっ! ああああっ!!!」
私の右手が勝手に高く持ち上がる。今つけたばかりのインフィニティを象った痣が、手首から抜けていく。そして、それが雨のように降り注ぎ、暴力的な量の報が、私の脳に侵してきた!
「うぐっ!」
反で、ドンッと私のは壁に押し付けられた!
これは、これはトムじいのときと同じ、師から弟子への全ての知識の継承!
どうして!? どうして!?
気絶したがるを叱咤して、瞳をこじ開けると、教授は口の端からを流しつつ、まだ生きていた。
「……ゼロの薬を飲んだのに、生きられるの? ひょっとして〈時空〉に毒は効かないの?」
「いいえ、死にますよ。ただ、時の流れを十分の一に遅らせています」
むちゃくちゃだ。
「どうして!? 自殺など!!」
教授のささやくような聲を、集音が拾う。
「私はほっといてもやがて死ぬのです。もうすぐ時が前回巻き戻しをかけた地點に合流しますから。前回自分の意思で死と引き換えに巻戻りをかけた以上、その地點以上は生きられない。だから、クロエは気にしなくていいですよ」
「気にしないなんてそんなことっ! できるわけないでしょう!?」
「……それとね。実を言うと私は既に魔力がすっからかんでね……ジャックの空間からドラゴンを引き出す余力はないのです……騙した格好になってごめんね。でも今、クロエは私の知識がについた。そして魔力もまだ殘っています。君ならば……ドラゴンを救える」
そう言われて意識すれば、この周囲にいる〈空間魔法〉使いの展開しているマジックルームが數十個、縦に並んでいるように視覚で捉えられる。その気になれば、それそれに干渉できることもでわかる。
私は間違いなく……〈時空魔法〉MAXになっていた。
「はぁ……はぁ……ドラゴンの行を封じる魔道は私にはどうにもできないけれど……努力家のクロエなら……きっと解決できると、信じていますよ」
「なんで……なんで最後に! そんな勵ますような昔みたいなことを言うの!?」
「ふふ……失禮。私はクロエにずっと憎まれる必要がありますからね……クロエ、自分の作った薬で、人が死ぬのを、その目で見ておきなさい。それもまた毒薬も作る薬師として必要な過程……私の置き土産です……乗り越えられるかな?……っ!」
ゴフッと教授が大量にを吐いた。もう臓がもたない!
「教授!! 教授!!」
「ああ……魔力が盡きる……ようやく死ねる……もう利用されることもない……約束です……妹を……頼みます……」
私は聞きそびれていたことに、ハッと気がついた。
「待って! 妹って誰? どこにいるの? まだ行っちゃダメ!」
「ああ……君もよく知ってますよ……カーラです……あの子には、くれぐれも目立たぬよう言いつけてきました……〈氷〉も決して磨いてはならぬと……強くなったら最後……」
「カーラさん? カーラさんが教授の妹!?」
「々……ご迷をかけたようですね……兄妹揃って……」
教授はふらりとを揺らし、ばたっと橫向きに床に崩れた。
そして手首の私のマーガレットをを流す口元に引き寄せ……キスをした。
「誰も……守れなかった……最後に……やっと先生らしく……役に……君に先生と言われて……わたしは……ずっと……」
「せ、先生! 先生! いやあああ!!」
私の聲は、もはや悲鳴だった。
「クロエ……辺境に行ってよかったね……生き延びなさい……私など飛び越えて……幸せに……」
プッと、が消えた。
視界には、灰の石壁しかなくなった。
…………何もかもが、悪夢だ。
「う……うう……うわあああああああ………ああ……あ……」
両腕で頭を抱え、床に突っ伏した。
私はまたもや……師を失った。
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