《【書籍発売中】【完結】生贄第二皇の困〜敵國に人質として嫁いだら不思議と大歓迎されています〜》42 ガーシュと殿下と私

「決まりましたか?」

「あぁ、決まった。我が國はネイジア國と手を組む。影のネイジアとも、だ」

指定した三日後の夜には、ガーシュが黒裝束で窓の外に現れた。アグリア殿下の答えに満足そうに笑ったその顔は貓のようでもあり、とっくにその決定を知っていたようにも見える。

油斷ならない、とは思う。けれど、ガーシュは終始敵意は無い。それどころか、あの得の知れない技を私の前で振るってみせた。そして、先日、仲間を連れて『影のネイジア』という手札を見せてきた。

今迄は正不明にするために、依頼をけるのも遂行するのも誰の目にも留まらないように、正を明かさないようにごまかしてきたはずだ。その彼らがそろって現れた、それだけでも、ネイジアはかなりバラトニアに対して腹を見せている。

もしバラトニアが、ネイジアはこういう國で危ない、危険だと諸國に宣言して攻め込んだら、簡単につぶせてしまう。それぞれ離散してどこかの國にを寄せて生き殘る事はできても、ネイジア國も影のネイジアも維持できないだろう。

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敢えて挑戦的な言葉遣い、こちらを試すような言いや行をしながらも、彼らは最初から弱味をこちらに握らせていた。

今思えば得心する事もある。室の私が気付かない部屋の外に誰かが來た気配など、どうしてガーシュが気付く事が出來たのか。いくら寢ているとはいえ、誰もいないタイミングだとはいえ、いつ誰がってくるか分からない私の部屋にって來たのか。

ガーシュはいつでも姿をくらませることができた。誰にもバレないように、ただ養蠶の技を伝えるために職人についてきてこの國で出稼ぎしている青年として過ごすことができた。

しかし、手を組むとなったら別だ。先のように、バラトニアはネイジアを攻め滅ぼす事ができる。

その相手に腹を見せて信を得る。同時に、余りに下に見られてもいけない。いいように使い潰されていざとなったら裏切られる、そんなことになったらネイジアは終わりだ。だから、自分たちはこういうことができると示して、私を『気にった』とし『最優先する』と言った。

和平條約の生贄……條約を破る事が無いように両國にとって重要な立ち位置であるクレア……私を、生かすも殺すもネイジア次第であり、今の所ネイジアは私を気にっていると。私が死んだら、和平條約は破られたとしてフェイトナム帝國が攻め込む理由ができる。國の第二皇が殺されたのだから。バラトニア王國はそんなことをしていないと言っても、フェイトナム帝國には関係ない。私が殺されたという事実だけがそこに殘る。

殺すまでいかなくても、本當に攫われるくらいはあるかもしれない。私、運神経は全く自信が無いし。

「クレアを『最優先』にするのは、もちろんネイジア國の保だとは理解している」

「気にってるのは本當だぜ? だが、まぁ、そういう事だよ。ここまで正を明かすのもこれが初めてだからさ。それに、小國だしね。前も言ったけれど、真っ當な戦闘はできないし、実働部隊の數も多く無い。その辺は追々、面白いネタだろうからクレア様にこの王室の人にだけ読める本にして貰ってもいいし」

「……命を奪うまではいかなくとも、攫わないと誓えるか?」

「バラトニア王國が裏切らない限り、ネイジア國が裏切る事はない。……しつこいようだが、正を明かすっていうのは、もう殆どこっちも進退窮まってるんだよ。早く報を売ってやりたいんだ」

「分かった。陛下は時間を作ると言っていた。いつ代表が來て書面を取りわす?」

ガーシュはそこでし考えた。

「晝間だ。晝間、養蠶の書類に紛れさせてネイジアの民が渉に行く。たぶんクレア様は會った事がある、あの髭の長老だな。あの人がネイジア國の長だから」

「……王國なのか?」

「いや、ネイジアは王國じゃない。やるべき仕事に分かれて集落があって、その代表が族長。族長を取りまとめるのが、長老、または、若ければ首長と呼ばれる。何事も合議制で決まって、法律もちゃんとある。で、俺は影のネイジアを擔當する族長だ」

「は?」

「仕方ないだろ、影のネイジアの実働部隊は実力主義なんだ。俺が一番優秀なんだよ。だから、クレア様と知り合った後に長老に話を通せたし、こうして渉も任されている。合議で反対が出ていたのもあるんだが、それを説き伏せたのも俺だしさ。まぁ、人は見た目によらないってことで」

ガーシュにある程度の権限があるのは分かっていたが、バラトニア王國で言うのならばアグリア殿下と同等程度には発言力があるらしい。それがけ継がれるものではなく、実力で、というのが空恐ろしい所だが。

「じゃあ、近々晝間に養蠶についての何かにかこつけて長老が行くから。俺もたぶん付いていくし、心配だったらクレア様を晝間は陛下の傍に置いておくとか、ネイジアの人が來たら呼び出すとかにしておくといいよ。――俺たちはバラトニア王國も気にってるんだ。獨立戦爭を起こして自分たちで生きていこう、というのがね、いい。長年屬國に甘んじていたのも仕方がないし、平和が何よりだけどさ。フェイトナム帝國という盾がなくなったバラトニア王國を、そう簡単に滅ぼされたら嫌だなってくらいには気にってる。ネイジア國がここまで信を置いたのは長い歴史の中でもこれが最初だ。……正式な書面をわすまではこの態度で勘弁してくれ。書面がわされた暁には、ちゃんと忠義を誓う。それじゃ、また」

ガーシュは言いたい事を言って去って行った。音もなく、また木が風に揺れただけのように。

アグリア殿下と私は、揃って深く息を吐いた。一応張していたのは二人とも一緒だったらしい。顔を合わせて笑い合った。

「お茶にしようか、クレア」

「そうですね。ミルクティーを飲みたいです」

私もアグリア殿下も、ガーシュの言葉は一応は疑ってかかっている。だが、心の半分以上は信じている。

影のネイジアが早く売りたい報、それは、バラトニアにとって益になる報の筈だ。それを買うには、信用が必要……これは、あくまでも國の契約。信用ありきなのだ。

私が擔保というところが……結局私は、生贄、という肩書からは逃れられそうにない。

だけれど、私の命が掛かっているのに、バラトニア王國の王室の人達が下手を打つはずはない。それは信じている。

だって、ここは私の國だもの。

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