《【書籍発売中】【完結】生贄第二皇の困〜敵國に人質として嫁いだら不思議と大歓迎されています〜》46 影のネイジアの族長として(※ガーシュ視點)
さて、面白い事になった。
ネイジアは手のを明かし、バラトニアは見事に信を置いてくれた。そして、ネイジアも。
ネイジアは小國だ。昔から糸を紡ぐことと、糸を『張り巡らせる』ことを生業にしている。
俺や影のネイジアの実働部隊が使う武は、鉄線と呼ばれる鉄を紡いだ武。後は長針に、まぁ刃と言っても短剣位だろうか。
痕跡を殘さず、証拠を殘さず、人を殺し、欺き、報を収集し、売ってはまた消える。そういう存在だったのに、全く面白い事になった。
フェイトナム帝國がバラトニア王國を支配している間はよかった。両國はほぼ同じ國であったし、大國に挾まれていても戦に巻き込まれる心配も無かった。地形的な面もある。
しかし、まさか、フェイトナム帝國は自國の寶だろうに、見誤ってクレア様をバラトニアに寄越すと決めた。それが、ネイジアがフェイトナム帝國側に道を造らず、バラトニア王國側に道を造った理由だとは知りもしないだろう。
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小さな國だ。吹けば飛ぶような。山と山の間にある、絹の作り方を知っている唯一の國。
それだけがネイジアの本來の価値であり、それがなければいつ踏みつぶされてもおかしくない場所。
だからこそ報は命だった。自分たちの命を繋ぐために、昔から各國の言葉を學び、時に絹を流通させるもその量を抑えて希価値を増させ、それでいながら踏み倒される事も支配される事も無いように綱渡りをしてきた。
だから、フェイトナム帝國が何故クレア様をバラトニア王國に送り出したのか、最初は意味が分からなかった。ネイジア側から見ていれば、クレア様は危ない人だ。自分たちなら國の外になんて間違っても出しはしない。
ただ、フェイトナム帝國は大きくなりすぎた。自分の足元……そう、自分の娘のことすら國王は一律の定規でしか測れず、まんまと寶をバラトニアに差し出した。
和平條約については終戦後すぐに結ばれたから、ネイジアもその報を得たときは『まさか』と思ったが、それでどちら側に付くかを決めたのはある。バラトニア王國しかあり得ない、と。
フェイトナム帝國は良くも悪くもその定規でしかものを測れない。ネイジアからの協定など、対等に結べる筈も無い。自分たちは「持っている」と思っている相手だ。手のを見せる訳にはいかない。
だから、バラトニア王國にした。まずは養蠶。いい加減、絹一つで國を守るのは限界が近いというのは各族長の総意だった。
バラトニア王國の屬國、というのは難しい。あくまで対等、それがましい。屬國にくだるというのは、長年ため込んだ知識を全てタダで明け渡し腹を見せ殺してくれと言うようなものだ。
知識量で言えば一人でフェイトナム帝國のあらゆる知識を貯め込み、ネイジアの者と対等に會話ができる、それがクレア様だった。知らぬふりで近付いたが、バラトニア王國をしていて、バラトニア王國の一人として生きることを當たり前にけれている。
フェイトナム帝國は、俺にいわせりゃ馬鹿だ。クレア様程の賢い人を手放す、おでまぁ、ひと悶著あったようだが。
和平條約が結ばれている。その中の1つ、生贄として差し出した自分の娘を殺そうとする。いやぁ、フェイトナム帝國もあくどい、あくどい。そうすれば、バラトニア側から條約を破ったことにできる、というこじつけはできるから。
だが、クレア様はそこまで馬鹿ではなかったし、毒薬と解毒薬、中和剤についての正確な知識もある。あの人に腕が10本もあったら、醫學書の寫しなんざいくらでも書けただろう。
世界地図を見せたのも失敗だったかもしれないな。仔細まできっと、一度見れば書き寫す事はできるはずだから。
そのクレア様の事を、バラトニア王國も大事に思っている。クレア様とバラトニア王國の仲が良好だからこそ、ネイジアはクレア様を最優先順位者として指名した。何かあれば、この人を殺す、という意味だ。
そうならないという確信がある。バラトニア王國は裏切らない。ならばネイジアも、必ず裏切らない。
「そうだな、フェルクが一番腳も早いし見た目も信用されるだろう。行ってきてくれ」
「はい」
親書を渡すと、他は何の指示もなく、年若い眼鏡の青年が夜の闇に消えていった。
クレア様がいなければ、間違いなく開戦していただろうと思う。そして、バラトニア王國は負けたはずだ。
遠洋漁業についてはそこまで詳しくないようだったが、それは仕方ない。フェイトナム帝國にもってこない本や知識はある。
だが、知恵が回る。海から攻め込まれる、と聞いて、海から攻め込むために必要なを考え、それを応用できる、と即座に知識が結びつく。
普通の権力者っていうのは、俺みたいな無法者の言葉なんざ聞いても理解できなくて鼻で笑うが、クレア様は理解して自分の口に登らせる。そうすると、権力者は納得する。クレア様だからだ。
ネイジアがバラトニアに手のを明かす決め手となったのは……まぁつまり、俺が他の族長と長老を説得できたのは、ネイジア全としてクレア様は要注意人だったからだ。
近くで見てみれば質は良好、俺みたいな下働きの青年でも違う異文化に生きている者には興味津々、無禮だなんだという前に教えて貰えることは教えてしいという好奇心。
普通の権力者とは違う。それでいて、外から嫁に來たくせに誰よりもバラトニアの未來を考えている。
この人がいるならいいんじゃないか、と言った俺の言葉が通じたのも、ネイジア全でクレア様の事は知られていたからだ。
バラトニアでも同じ呼稱だとは後で知って一通り笑ったが――『生ける知識の人』。
「クレア様、あんたの傍は面白そうだ。……奪ったりはしないさ、笑ってくれている方が楽しいからな」
さぁ、バラトニアの為に働こう。世界中に張り巡らせた糸は全てバラトニアの為に。もう他國のこまごまとした依頼はどうでもいい。ネイジアの蜘蛛の糸で、バラトニアに平和と繁栄を。
それが、ネイジア國が今後生き殘るために、絶対に必要なことになるからだ。
表の繁栄は任せたぜ、クレア様。そして、アグリア殿下。
影は、俺が守ってやる。
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