《【書籍発売中】【完結】生贄第二皇の困〜敵國に人質として嫁いだら不思議と大歓迎されています〜》66 聖典への許容、彼への理解
「はい、ではお話をする前にこれらの資料を読み込んでください」
「……これは?」
「私が個人で紙の普及と共に書き起こした祖國の聖典の寫経……寫しですね。修行の一環ですので」
そうして目の前にどさどさとおかれたのは、厚さ5センチはあろうかという紙の束を紐で括ったものが、4冊……5冊……6冊、ある。
イーリャンの宗教について教わるためには、事前知識がないことには理解できないというのは分かったが、まさかこんなに量があるとは思わなかった。
「私はそこのテーブルで仕事をしますので、読み終わりましたらお聲がけください。想は言わなくて結構、理解も必要ありません。許容、それだけを求めます。否定するようなことをいわれた瞬間に、このお話はなかったことにいたしますゆえ」
「わ、わかりました」
では、と一禮して、彼は執務機で仕事を始めた。総務部の中でも要職にある人には個室が與えられているが、バルク卿の部屋の隣にイーリャンの部屋はあって、今、私はそこにいる。
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私のことを嫌っている……とまではいかないにしても、好ましくは思っていないイーリャンだが、何かを拒否したりはしない。嫌だと思っていても、最大限譲歩してくれている。
アグリア様が言っていた通り嫉妬の現れなのだとしたら、一バルク卿と私の何に嫉妬しているというのだろう? 仕事をする上で組む人間が業務ごとに変わるのは當然のことだ。それが原因で嫉妬するような人を、果たしてバルク卿は側に置くだろうか。
本人に聞かなければわからないことをこれ以上考えるのはやめて、私は紙束に向き合った。
ここにあるのは、未知の書だ。私が勝手に敬遠してきたでもある。だが、私は不思議を見た。ならば、この書を読む裏付けには十分ではないだろうか。
私は理解したい。何がどうしてそうなるのか、先人は何を考え、神という存在は本當に在るのか。それは、どんなもので、どのように人は神を解釈しているのか。
ここにあるのはシンフェ國の聖典の寫しだ。まったく価値観の違う何かだ、當然表紙からシンフェ語でもある。
私は深く息を吸って吐くと、気合をれて一冊目の表紙を開いた。
……小難しく書かれているが、容を要約すると話のようでもあるし、科學的拠も垣間見える容で、私は気づけば部屋の中に西日がすまで沒頭していたらしい。薄暗くなって読みにくいな、と顔を上げたときには、手近にを挾んだパンと冷めた紅茶がおかれていた。
誰かは分からないが、侍が用意してくれたのだろう。申し訳ないことをしてしまった。
「ごめんなさい、まだ読み終わらないの」
「いえ……あの、今何冊目ですか?」
「そうね、4冊目にったところなんだけど」
「…………1週間は黙ってそれを読んでもらうつもりだったんですが、そろそろ今日は仕事が終わりです。明日また來てください」
あきれたような溜息を吐いて、イーリャンは靜かに告げる。1週間、という事はお休みの日もあるだろうから、1日1冊ペースで読み進めればいい方だと思われていたようだ。
生憎と、沒頭すると何もかも忘れてしまう質なので、そんなに時間を掛けたりはしない。読み返す必要もないし、今のところ理解できないという容ではない。
ただ、なんというか……、これをどうけ止めるのかは、読んだ人間次第だという突き放し方をじる。
聖典を書く人はこれを信じている人に向けて書いているのだろうから、盲目的に信用するか、信用できなければこの教義にふさわしくないと、本の方から値踏みされているような覚だ。
「えぇ、お言葉に甘えてまた明日くるわ。明後日にはちゃんと、イーリャンの話が聞ける準備ができると思う」
「そのようですね。……では、また明日、王太子妃殿下」
「えぇ、また明日、イーリャン。あ、これ持って帰らないと……」
本を丁寧に揃えて重ねて置くと、パンが目にって、捨てるわけにもいかないが、今これを食べたら晩餐がらない、と困っていると、近づいてきたイーリャンがひょいとつまんで大きく口を開けて3口ほどで食べてしまった。
「失禮、お腹が空いていたもので。――ほら、もう7時になりますよ」
「あ、あぁ、えぇ、ありがとう。また明日ね、イーリャン」
意外な行に揺した返事を返すと、私はそっと頭を下げてから執務室を後にした。
イーリャンはまるで、聖典のような人だと、不思議に思いながら晩餐のための支度をするため部屋に戻った。
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