《【書籍発売中】【完結】生贄第二皇の困〜敵國に人質として嫁いだら不思議と大歓迎されています〜》95 教皇との対面

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ぼす、と落ちた先は、ふかふかの大きな丸い布団の上だった。

曲がりくねって落ちる速度を落としてあるにしても、怪我の一つもないのは助かったが、私は不安に押しつぶされそうになっている。

部屋のどこかで水滴が落ちる。り落ちていた長さからして、ここは王宮の地下だろうということは理解できた。

だが、圧倒的に燈りが足りない。天井を見上げれば落ちてきただろうが見えて、が痛まなかったのは凝った通路とこの布団のおだろうと思った。

明らかに分厚く、落ちてくるのをけ止めるのだけが目的の布団だ。壁にいくつか燭臺があるが、部屋の全景はうかがえない。

布団の周りの地面にも燭臺が置かれているのか、辛うじて布団から近い所は見えるくらいだ。

この地下室が古くとも黴臭くはないことや、布団の手りが清潔で埃が積もっていないことから、予めこれは仕込まれていたことだと理解できる。

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歯噛みする思いだった。

萬全を期していたつもりだったのに、まさか『ここまで』やるとは思わなかったのだ。

顔にが上る。恥と怒りでだ。

(し、淑の……お手洗いの後を狙うなんて……! 最低だわ……!)

そこに、コツコツ、という靴の音が聞こえてきた。

私は怒りでいっぱいだったものの、その足音にはびくりとを震わせる。

「あぁ、やっとお招きできました。リーナ神の正當な筋の方」

現れたのは、老人。嗄(しゃが)れ聲だが、優しく深い響きを持つ聲でもある。

布団のごく近くまで近寄ってきた老人は、多腰が曲がっているが、立派な帽子と司祭の服を著ている。金ぴかな裝飾はなく、まさに荘厳といった服裝であり、表も薄暗い中で見る限り和な笑みを浮かべていた。

恐らく、彼が教皇だろうと目星がついた。そして、背筋がぞっとした。

この優しそうな老人は、一切殺意のようなものがない。悪意もない。なのに、私は彼が何人の赤ん坊を殺してきたのかを知っている。

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生贄を神にささげるのは教皇の仕事だと、イーリャンの集めてきた資料にも明確に書いてあった。そして、毎年、今日この日の深夜0時に、教皇によって命を奪われる。

「……ウェグレイン派の教皇様でいらっしゃる?」

「えぇ、えぇ。ご存知戴いていて栄です、リーナ神の正當な筋の方」

「やめて。私の名前はクレア、バラトニア王國の王太子妃です」

「人の世での俗名など名乗るのはおよしください。リーナ神の正當な筋の方」

だめだ。話が通じない。

この老人は、リーナ神に全てを奉げている。自分の心も、も、何かを見る目も、聞く耳すらも、何もかも。

ガーシュが狂信者だと言った意味がよくわかる。ここまで徹底的に自分をなくし、リーナ神に全てを奉げているのならば、自分の手で命を奪うことにも何の躊躇いもないだろう。

「儀式までは時間がございます。リーナ神の正當な筋の方は、リーナ神のけ継ぐ方とご姉妹だとお伺いしておりますので、今しばらくすればお顔を見せにいらっしゃるかと思いますよ」

「……いらないわ。私をアグリア様の元に帰して」

言う無駄を悟っていながらも、私は抗うしかなかった。々大きな聲を出したが、この部屋は余程広く、そして天井も含めて楕円形に作ってあるらしい。

聲が大きければ大きいほど部屋の中に反響する。その代わり、反響した音は部屋の中を往復して外に出ない仕組みだ。応用音響工學という、建造の研究書で読んだ造りだ。

私に舌打ちの習慣があったならしていただろう。これでは、部屋の中で音が往復するだけで、外に音がれていかない。いくらんでも無駄なようだった。

「どうか俗世の事は全てお忘れください。――お手伝いするための薬もございますが、飲まれますかな?」

「結構よ。……靜かに、待つわ」

私の聲は強張っていた。きっと、この狂信者の教皇には、私が靜かにその時を待つ、とけ止められただろう。

しかし、そうではない。私が待つのは、助けだ。

私が部屋にいないことにはもうとっくに気付かれているはずだが、この部屋の造りだと外の音も何もってこない。

何をどう捜索してくれているかも分からない。

私は、自分の命が惜しい。自分の為でもあるし、戦爭を引き起こすきっかけにしない為にも、惜しい。私の命に紐付いている全ての関係が、惜しい。

だから、下手に抵抗はしない。無駄なことはせず、儀式の時間までに助けがくることを……皆を、信じて待つ。

「そうですか。では、私は儀式の為に準備がございますので、前を失禮いたします。くれぐれも、どうかこの寢臺の上から降りるような真似はなさいませんよう。が焦げます故、をお返しできなくなります」

そう言って、布団よりし離れた所に立っていた教皇は深く頭を下げ、來た時同様落ち著いたコツコツという足音を立てて去っていった。

が焦げる、という意味が分からなかったので、とりあえず寢間著の袖についていたボタンを歯でちぎると、それを布団の外に投げて見た。

瞬間、寢臺の周りには火が焚かれているだろうとは思っていたが、青い炎が立ち上ってボタンを炭にしてしまう。

布団は防火処理がされているのか、そんなことが起こっても焦げてもいない。

忌々しい、長年の因習によって、完全に全てが『生贄の儀式』に向くように設計されている。他國の王城が改修された年代までは私の頭にもっていない。それでも、フェイトナム帝國からウェグレイン王國に皇が輿れしたのは五百年は前の話のはずだ。

その後、リーナ教がフェイトナム帝國で國教に定められたのは更に二百年は後。

リーナ教の経典にある、リーナ神は空の黒から生まれ落ちた白とも言われる。

産聲が世界を大気で満たし、巨大なへその緒が大地となり、海ですすいだ夜の黒が世に遍く満ちる様々な生命となり、祝福の歌が大地と海に緑を栄えさせた。

そして、夜を映す海へと還り、今なおこの世界を見守っている。

(教皇は何と言った……? 私のことを、リーナ神の正當な筋の方、ビアンカのことは……リーナ神のを継ぐ方? あぁ、もう! そうよね、そうよ)

ヒントはあった。リーナ教を嫌う余り容を覚えていても基礎の基礎を見逃していた。

空の黒から生まれた白。

私のこの、白に近いプラチナブロンドに、灰の目。白い。寢間著は白か生りが一般的だけれど、この服裝もあいまって、教皇は『私』を特別視している。

ビアンカが輿れしたのに、生贄に、としなかったのは、私の見た目のせいだ。リーナ教でも、白は有難がられるであることを失念していた。

(興味は、もっとまんべんなく広げておくべきだったわ……!)

そう、リーナ教でも。……ポレイニア王國でも、デュラハンは太の白としてありがたがられていた。貴族ではないが、貴人という扱いだ。

寢間著の下にもずっとに付けていた、アグリア様と換したペンダントを強く握った。

(私が神頼みしても、もしかしたら何も聞いてもらえないかもしれない……信心なんて、持ったこともない……だけど、お願い。天之真子様のご加護があるのなら、お願い、助けて……! 私は、まだ、こんなところで死ぬのは嫌……!)

きつく目を瞑って、私は手の中の小さなルビーを握り締め、強く強く、人生で初めて、神というものに強く願った。

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