《[完結しました!] 僕は、お父さんだから(書籍名:伝子コンプレックス)》[2-05]兄様のことが、大好きです

黒條百合華は後悔を弄(もてあそ)んでいた。

生徒會室の窓辺に立ち、差し込む夕日のを眩しく思いながら、窓から下校中の生徒達が小さな影が歩いていくのを眺め、彼はここに來るはずのロクを待っていた。

それまでの間、彼は後悔という無意味な行為を割と楽しんでいる。

――不味かったのは、やはりタイミングだった気がする。

と、彼は分析する。

二年前の始業式での告白で布津野と自分は結ばれているはずだったのだ。

例え、すぐには上手くわけにはいかなかったとしても、なくともそういう結果にむかって確実な一歩を踏み出せたはずだった。

布津野の兄様の人となりは、お人好しで的、即斷を厭(いと)う優不斷な思慮深い人。どこまでも優しくて、最後には冷徹になれる人。

ゆえに、告白さえしてしまえば、それも周りに告白されたということが周知される狀況であればなお、兄様は私のモノになるはずだった。

彼は原則として人をする人だ。

どんな相手でも時間をかけて相手のことを好きになろうと努力する人だ。

人のする気持ちに、ちゃんと真面目に答えてあげることが大切だと、まるで何かの呪いの様に自分を縛りつけている人だ。

だから、真っ直ぐに、なんの混じり気もない自分の素直な気持ちを、そのままに、ありのままに、ぶつけたのだ。

兄様が自分の気持ちを、ちゃんとけ止めてくれるように。

始業式の舞臺の上で、彼の方を真っ直ぐ見て「好きです」と言い放った時、ざわついた自分の心を抑えることが出來なかった。

告白を口にして、改めて自分が本當に兄様の事が好きなんだと確信できた。この気持ちが間違ったものでない事に安心もした。

その直後に、彼の逃げ道を遮るように、

「私は布津野の兄(あに)様のことが、大好きです」

と言ってのけた自分を、黒條百合華は誇りに思う。

――やはり、唯一の誤算はタイミングだけね。

まさか、兄様がすでに結婚して養子まで迎えているなんて、流石に想定していなかった。

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私が兄様に出會ったのは忘れもしない二年前の正月。その時は、彼は獨でお付き合いしているもいないと言っていた。

そして四か月後、兄様が學校の新任教員として赴任した始業式で再び出會った。それは運命と呼びたくなるほどの偶然だった。

我ながら、運命だなんて、乙している。

しかし、運命と思えるほどの瞬間であれば、素直になるべきだ。

まるで馬鹿みたいに、研ぎ澄まされた実直さこそが、彼には有効なはずだ。

ゆえに、今だと思った。

私の思いを告げるのに、今以上のタイミングはないとそう思った。

――でも、それは結果論だけれども、違った。

なんと、兄様はどういうわけか、結婚していた。

しかも、養子まで迎えていた。これが私の最大の誤算。なんと間抜けなミスを犯してしまったのだろうか、要は速さで負けたのだ。この私が。

もし、無意味な仮定だが、しかし、もし、兄様が結婚していなければ、

私の計畫通りだったはずだ。

兄様の格上、私のを斷ることが出來ないはず。

教師と生徒という許されざる関係が課題となってはいただろうが、その程度の障害は私の、むしろモチベーションにしかならない。

兄様相手であれば、小細工は無用。ひたすらに純粋に、一途なを押し通すのみ。それだけで事足りたのに……。

まさか、あの冴子というマリモ好きと結婚していたなんて。

目を閉じれば、今でも思い出す。

冴子、今は布津野冴子などと名乗っている、あの白髪赤目ののことを今でも思い出す。

冴子はマリモが好きなだった。

兄様のことをマリモに似ていると表現するような、純樸さを持ち合わせた悲劇的なほどに稽で、聡明ではあるが愚鈍なだった。

冴子は第五世代の品種改良素という品のないアイデンティティを持った人間で、高い知と低い自意識を併せ持ったしい出來そこないのピエロだった。

果たして、そんなピエロごときにこの私が遅れをとるようなこと、あり得るかしら?

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もしかして、他に黒幕がいたのではないだろうか、私から兄様を奪った真犯人が……

トントン、とドアが鳴り響く。

黒條百合華はすぅと目を細めてドアを見た。

とうとう來たのだ。この私を出し抜いた真犯人がとうとう、ようやく。

「どうぞ、おりになって」と答える自分の聲が、若干の張をはらんでいること自覚した。

ガラリとドアが橫に開いた後には、白髪赤目のしい年が立っている。

「あら、布津野ロク君。ようこそおいで下さいました」

「こうして改めてお會いするのは珍しいですね。黒條百合華會長」

「ふふ、何用ですか?」

と、とぼけて見せてみた。

この年には興味がある。

兄様の養子で、冴子と同じ白髪赤目をした年。天才という表現すら過小評価とも言えるほどの特殊――布津野ロク、兄様のご子息。

さて、認めざるを得ないのかもしれませんわ。

対面する彼は、十分な気配を纏っている。まるで香るような老巧の匂い、若く秀麗で目元の涼しい容姿とは対極に歪む老獪な口元は、なかなかの醜混沌として見飽きない。

わずか十三という歳で、彼は十分な存在をすでに有している。

「父さんから聞きました。僕に話があると」

「あら、どんな話だと思いますか?」

「さて、それは分かりかねます。僕は話があると聞いてここに來ただけです」

さて、まずは合格ね。

思わず、笑いこみあげてくる。目の前の年は渉の場の鉄則というものをそつなくこなしている。

聡明な者は自らを語らず、相手に語らせる。

つまり、自分が発言するのではなく、相手から報を引き出すことこそ肝要であるという渉の基本を、彼は十分に知している。

「そうね」

さて、どのように愉しませてもらおうかしら。

「そう言えば先ほどの兄様の護の授業で、隨分とモミちゃんに可がってもらったようですね」

「ああ、見ていたのですか。紅葉さんには良く合気道の技を教えてもらっています」

「ふふ、ロク君ったら、モミちゃんの大きなに抱き著かれてしまって、オロオロしていましたわね。あの子は自分が十分に的な魅力を持ったで、多くの男子生徒がイヤらしい目つきであの満なを見ていることに気が付くべきだわ」

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さて、古典的だが、年には有効な揺さぶりを仕掛けてみる。

私の親友であるところの安達紅葉は、魅力的なで男子生徒からの人気も高い。それでいて本人はそんなことには無頓著で、元気いっぱいに明るく楽しくしている。

私のことを警戒している兄様の娘であるナナちゃんも、モミちゃんには隨分と懐いているようね。

「全くです。まぁ、あの紅葉さんに勝てる男なんてほとんどいないでしょう」

そういって、ロク年は揺など一切見せず、し嗤(わら)って見せた。

それは、私好みの殘な笑顔だ。

「それこそ父さんでなければまず無理でしょう。しかし……そうですね。もし父さんが相手なら紅葉さんは、むしろ喜ぶんじゃないかな? それこそ、あの大きなを弾ませて、ね」

――ッ! なかなかやるじゃない。

ロクのその言葉に自分が十分に揺さぶられたことを認めざるを得ない。

私は知っていた。モミちゃんが兄様に対してかに好意を寄せているということ。だからこそ、告白を急いだのだ。

あのモミちゃんがもし、先に兄様に対してその思いを打ち明けたら、私なぞに勝てるわけがない。

モミちゃんには申し訳なく思う。その後も変わらず私の親友でいてくれる彼には一生以上の恩がある。この借りは絶対に返すつもりだ。

私はこれでも極道者の端くれなのだから。

どうやら、目の前の年に下世話な揺さぶりを仕掛けたことは間違いだったようね。

彼はなかなかにやる

流石というべきだろう、あの冴子と同じ白髪赤目、異常なほどに整った容貌に、明晰で老獪な思考と機微。

これが、品種改良素。完全完璧なお人形。

「お座りになって、この話は比較的に重要です。それこそ、明日の朝食の容くらいにはね」

「ええ、そのようですね。取り扱いを間違えれば、明日から朝食も食べることが出來なくなるでしょうね」

布津野ロクはそういうと、近くの椅子に腰かけた。

私も椅子について、彼の秀麗な顔を改めて見る。

私の好みではない。

兄様の魅力を知ってしまった今では、ますます容姿の優れた者についての一定のペナルティを課して推し量るべきだと思うようになった。

彼から話すのをジッと待ってみた。

彼には、興味があった。向こうの出方を見てみたい。

ロクは百合華の視線をけ止めながら、口をひらく。

「父さんから、白髪赤目の年を見たという話しを聞きましたが?」

彼の言葉は、私の意表をつくくらいに平凡なものだった。

「ええ、私が直接見たものではなく、そのように組の者から報告があった、だけですが」

「ふむ、そのような報告があった、と言うことですか……」

彼はし首を傾げて、考えるそぶりをした。しかしすぐに頭を一振りして続ける。

「聞くところによると、その年を目撃したのは、神奈川で活する海外マフィアだったとか?」

「ええ、その通りですわね」

「そうですか……黒條生徒會長、貴方はこの狀況、どのように考えますか?」

さて、及第點。

目を見張るほどではないが、悪くもない。

極力こちらに答えさせようとする彼の基本的な対応から、彼もこちらの向を見極めようとしている。質問もYes/Noで答えられないような適度な曖昧だ。

お若いのに慎重なのことね。

さて、これはどうしたものでしょうかね?

取り急ぎ、いに応じて、し踏み込んでみましょうか……それで、このしい年の底のほど見定めてみるのも一興ね。

「これは、貴方達の落ち度ではないかしら? 布津野ロク」

ぴしゃりと言い放ってみる。

「僕たちの、落ち度ですか?」

「ええ、もちろん可能の話ですが、しかし、その白髪赤目はあなたと同じ。それがまさか外部組織の、それも中國マフィアの組織で見られるなんて、これは一極道組織ではに余る案件ではないでしょうか?」

「つまり、この件について、黒條會は手を引くと?」

さて、やはり、なかなかにこの年は強敵だ。

黒條組にとって、自分のシマで幅を利かせるようになった中國マフィアを黙認することは難しい。これに対して、徹底抗戦の構えをとり排除する必要が黒條會にはある。

しかし、マフィアに白髪赤目の年が絡んでいるとなると、事態は複雑であり予斷を許さない。

「さて、それは、なんとも……つまり、政府は手を引かれるのですか? そうであれば、黒條會単獨でこの事態を解決しましょう。しかし、」

じとり、とロク年を見據える。ここが正念場であり、見所でもある。

「そうであれば、件(くだん)の白髪赤目の年は黒條組で保護する、ということになりますが?」

「……」

ロク年は、ゆっくりと頭を振ってし考え込んだ。

彼は遠い目をしていた。

その目は全てを出し抜こうとする狡猾な目だ。自分以外の全てのものを見下すような、そんな傲慢さを當然としてはばからない。そんな目だ。

數瞬の間、ロク年は思考を巡らせるように目を閉じた後、ゆっくりと口を開いた。

「黒條會長、貴方はなぜ、その年を僕と同じ人種だと考えたのでしょうか」

「どういうことかしら?」

「白髪赤目の年が、中國マフィアにいた。という報だけで、どうしてそれが品種改良素という推測に行きついたのでしょうか?」

さて、さて、流石ね。気づかれてしまいましたか。

百合華は自分の長い黒髪を弄んだ。

「大した理由はないわ。白髪赤目なんてめったにいない。報告を聞いて、自然とロク君やナナちゃんと同じような人なのかと思っただけ」

「不思議ですね。貴方は『組の者から報告があった』といった。黒條會の構員は、組長である貴方に白髪赤目の容姿をした人間がいれば逐一報告するのでしょうか? 普通の人間であれば、中國マフィアにそういった人間がいたとしても、髪を白に染めた赤いカラーコンタクトをした奇抜な恰好をした年だと認識するはずです。彼らは自分が屬する巨大組織のそのトップにわざわざ、変な恰好をした年がいた、などと報告するでしょうか?」

「つまり、私があなたに噓をついている、と?」

「さて、なくとも本心は口にしていないはずだ。ましてや真実をや、ね」

さて、合格。

名探偵ロク年が推理する通り、組の者から白髪赤目の年について報告があったことは噓だ。

真実は、私自がその年に會い彼を品種改良素と判斷した、ではあるけど、さて探偵さんは分かるかしら?

「ひどくお疑いになるのね。証拠なんて無粋なものはいりませんが、そう考える拠はあるのかしら?」

などと興が乗り、思わずミステリー小説の語るに落ちた犯人役のように演じてみる。

「どうせ、貴方自が彼と會ったのでしょう?」

あら、面白くない。70點ね。推理で結論から言うなんて無粋よ。

「改良素の存在を知る人間はなく、白髪赤目を見ても素を連想する人間は限られる。研究所の関係者、政府高の他には、父さんと貴方くらいしかいない。これまでの口調から、貴方はその彼が改良素であるという確信があるようです。つまり、これは貴方が自分自で『彼』と會い、『彼』が改良素であると判斷したということです」

「さて、どうかしら」と、とぼけて見せる。

「貴方は優秀な人だとグランマが言っていました。僕も何度か直接話した限りは、非常に優秀な人だと思います」

「どうも、不思議と嬉しくないわね」

百合華は椅子にもたれ掛かりながら、そう呟いた。

そんな軽口を、ロク年は無視する。

「そうであるから、貴方には品種改良素について明かしたのです。貴方も半分以上すでに気が付いていたようでしたしね」

兄様がマリモ好きの冴子と結婚していた。その事実を知った私は冴子の正を知ろうと必死になった。

兄様は二人の養子をとり、二人が冴子と同じ白髪赤目のであることを知った時、私はその異常に疑問を持ったのだ。

「會長、『彼』はどんな風でしたか?」

「お上(かみ)には、『彼』について心當たりがあるのかしら?」

「品種改良素については深りしない、との約束だったはずですが?」

ロク年は指を下に當てながら、こちらを睨む。

怖い目だ。どうやら改良素の件については、こちらのお遊びに付き合うつもりはないらしい。

「ふふ、そうでしたわね。確かに私は『彼』に直接會いましたわよ。それで、彼が貴方と同じとじました。しかし、『彼』について質問があるのであれば、どういった背景で、どのような報を知りたいのか、明確詳細つまびらかに、言って頂かないとお答えづらいですわ」

ロク年は苦い顔を浮かべ、しばらく沈黙する。

「會長が會った『彼』が、品種改良素である可能はあります。それを確認するために『彼』の年齢や背格好、マフィアでの立場、出來れば組長から見た『彼』の人となりを教えてください」

はてさて、どうやらこの件、お上でも懸案だったようね。

足を組み替えて頬杖をついて首を傾げる。目の前の年の赤い瞳はなかなかに真剣だ。

「歳は、ロク君と同じくらいね。マフィアでの立場は、そうね、中心にいたわ。彼の判斷や言がその場の全てをかしているような存在を放っていた。人となりは、そうねぇ……」

し思い悩む。

『彼』に會ったのは、橫浜のシマについての境界についての渉だった。それまで大人しかった中國マフィアがしきりに攻勢を仕掛けてきており、幾つかの黒條會傘下のシマが奪われていた。

急に勢力を拡大していくマフィアに、興味を持った私は奴らのトップを見てやろうと直接渉を試みた。設けられた會合場所には、白髪赤目のまだ十代前半のしい年が老獪な目でこちらを見ていた。

「ええ、思い出したわ。ロク君、貴方と同じようなじがしたわね」

「……そうですか」

ロク君はこめかみに人差し指を當てて考しだした。今まで、リズム良く全ての問いに即答してきた彼には珍しい姿だ。

「その中國マフィアは?」

「青蛇団(チンシャトゥン)ね。青い蛇の団様よ」

「その青蛇の背後関係はご存知ですか?」

「さぁ、青蛇団の親組織と噂されるのは蛇頭(シャトウ)だけど、し曖昧ね」

「蛇頭……たしか、中國系の輸マフィアですか」

「マフィアというよりも、中國を集積場(ハブ)にした輸ネットワークの総稱といってもいいわ。実態というより概念。管理不能な流(ロジスティック)とも言えるかしらね」

「論理(ロジック)のない流(ロジスティック)はあり得ません。そこには必ず管理者(アドミニストレータ)がいるものです」

「まぁ、その管理者(アドミニストレータ)とやらが中國行政政府(チャイニーズ・アドミニストレータ)である可能はあるのではなくて? あるいは、私たちのように微妙な黙認関係にある可能も」

政府と黒條會の関係は微妙な関係にある。

両者を結ぶ的なつながりは、実は布津野の兄様だけだ。黒條會は組長の五分の兄弟である兄様を通し、政府の意思決定機関である改良素にコンタクトを取っている。

表向きはただそれだけの関係で、この両者には直接的な関係はない。

「黒條會長、あなたはこの件の背景をどの程度つかんでいますか?」

「それはお上自でお調べになったほうがよろしいでしょうね。私たちの関係は協力ではなく、兄様を仲介とした暗黙の協働です。それ以上はお互いのためになりませんわ」

「そうですね。それには合意です」

ロク君はまた、しばしの考。

さて、どういった結末になるのかしらね。彼の判斷によって、黒條のこの件に対する対応も変わってくる。黒條の被害は最小限が良いのだけど、場合によっては犠牲を避ける気はない。

「黒條の組長さん、この件については政府に一任してもらえますか?」

あら、割と決斷が早いわね。結構よ。

「あら、お上(かみ)が何とかして頂けまして?」

「そうですね、一か月ほど、時間をください。その間、支配下にある極道組織に何があってもその青蛇団には手を出さないよう統制頂けますか」

さて、どうやらこの渉、私の思通りに進んだようだ。

黒條組の勢力圏で急激に勢力を拡大する中國マフィア、そのトップに君臨するのは品種改良素らしき白髪赤目の年。

そして政府側の判斷としては、その年は品種改良素である可能が高いということだ。

これは油斷ならない事態だわ。厄介だと言える。

厄介ごとはお上(かみ)の仕事だ。極道者のやることではない。

「分かりました。しばらくの間、黒條はしばらく靜観させて頂きますわ」

さてと、上手にまとまって一息ね。大方、思通りだわ。

途中にロク年との駆け引きごっこも楽しめたことですし、今回はわりと満足。しだけ背もたれにを預けて、達の余韻に思考を遊ばせる。

――品種改良素、白髪赤目の実験

その存在については、よく承知している。

政府の非公開実験であり、完璧な人類を製造するための実験がそれだ。

稽だ、悲劇的なほどに喜劇的だわ。

完璧な人類、そんなつまらないものを作り上げるために、政府とかいう巨大な組織は巨額の予算を投じて彼らを造ったのだ、白髪赤目の在りもしない完璧という幻想を。

「品種改良素ねぇ。やはり、あの年はそうなのかしら、ね」

「可能は否定できない、それだけです」

「心當たりがある、と」

さて、興味はある。

お上(かみ)の極実験が、どうして中國マフィアの中心的立場についているのだろうか?

そこには、相応しい語があるはずだ。

報提供には謝します。しかし、こちらの家の事にこれ以上首を突っ込まれるのは、黒條のご令嬢として不躾ではないですか」

「家とは、布津野家のことかしら? 日本政府のことかしら?」

「もちろん日本政府です。これは政治的な問題であることをご理解ください。失禮ながら、極道である貴方が、この件についてこれ以上関わることは多以上の危険を伴うかと」

すぅと細まるロク年の目は、明らかに警告を含んでいる。

つまり、政府の代弁者であるところのロク年は、暗にこう言っているのだ。「報提供に謝する。黒條會はこれ以上、口を挾むな」と。

さて、さて、

これは、しかし、やはり順當にお上(かみ)に対応を一任するのが最良というものでしょうが、それにしても、

もうし面白くならないものかしらね。

「冴子さんは、お元気ですか?」

話題を変えるつもり半分、興味半分。すこし話題をずらしてみる。

「グランマですか? ええ、グランマはいつも通りです」

いつも通り。それは許せないわね。

あの兄様を私から奪ったのだ。最低でもあのマリモ好きは幸せの絶頂であってもらわねば、納得いかない。

『グランマ』――つまり、おばあちゃん、とあののことをロク年とナナちゃんはそう呼ぶ。

どうせ、この子たちは、あの冴子の伝子から合されたのだろう。冴子と二人の酷似した容姿を見れば容易に推察できる。それはどうでも良いわ。

問題は、あのが自分の幸せについて、腹立たしいほどに愚鈍であるということだ。兄様の魅力をじながら、あのは兄様に対して無頓著だった。

そんなに、この私が出し抜かれるはずがあるわけがない。

やはり真犯人はこの年ではないだろうか?

この會話でそれは確信になりつつある。この年は黒幕に相応しいほどに狡猾だ。

それを確かめたところで何の意味もない、しかし、それを確かめてはいけないという理由もない。

「兄様が」

「……父さんが何か?」

「兄様が、あなたたちの養父となったのは、ロク君、あなたのせいかしら?」

この年相手なれば、単刀直に聞くのが良い。

「僕のせい……、とは、どういうことですか?」

「兄様が冴子さんと結婚し、貴方達を養子に迎えたのは、貴方が畫策したことかしら?」

「……」

沈黙。

それは、沈黙と呼ぶには十分以上に重苦しい何かで、なによりも雄弁な肯定だった。

ロク年は、複雑な表を浮かべている。

「違います」と、彼はそう呟いた。

それは、こぼれる様な、吐き出すような吐だ。

「僕は、父さんの子供になることを、んではいませんでした」

――論理が飛躍したわね。

私は、問うたのだ。「兄様と冴子の結婚を、ロク年が畫策したのか」と。

しかし、ロク年はこう答えた。「僕は、父さんの子供になることは、んでいませんでした」と。

質問に対して解答がずれていることは、わずかな違いなのかもしれない。

しかし、この飛躍の狹間には真実が潛んでいる直がする。

ロク年をジッと見る。彼は複雑で難しい顔をしている。

秀麗で陶磁のような眉間には、深いヒビのような皺を縦に走らせていた。

「貴方、兄様のことが嫌いなのかしら?」

「嫌いとか、好きとか、どうでもいいじゃないですか」

なんという傲慢なのかしら。

あの兄様の息子となったくせに、それをどうでもいいという傲慢さ。

腹立たしいが、しかし、その年らしい傲慢さに、興味もわいた。

あの、老獪なまでに冷靜沈著であった彼の顔は、今は駄々をこねる年のようにふてくされている。

先ほどの秀麗な容貌よりも、はるかに魅力的だ。

「どうでもいいわけないわ。ロク君、ご存じのとおり私は兄様をしているのです。その兄様をどうでもいいと言われて、どうでもいいですかとは言えないものです」

「黒條會長も、隨分とどうかしていますね。どうして父さんなんかに熱をあげているのですか?」

百合華は思わず天を仰ぎ見た。

兄様をする理由。そんな複雑な真理を、安易に問いかけるとは何という事だろう。

「そうね、無數とも言える理由があって、それは実のところ理由なんてないのかもしれないけど、そうねぇ」

「なんですか」

「その安直な問いかけに、特別に一つだけ教えてあげてもいいわ。君は兄様のご子息なのだから特別よ」

「……それはなんですか?」とロクは胡散臭そうに表を曇らせた。

さてさて、教えたところで品種改良素ごときに理解できるかしらね。

「それは、ロク君。頭だけは隨分と良い貴方を、困らせることが出來るのは兄様だけだということよ」

ロク年は、ぽかんと口をあけて黙ってしまった。

ほら、やっぱり理解できていない。

「僕を困らせる、ですか?」

「ええ」

「僕は父さんに困ってはいません、呆れているだけです」

「ええ、ならもう一つ兄様の理由が増えたわ。ロク君を呆れさせることが出來るのは兄様だけ」

「……今、僕は貴方にも呆れていますよ」

「あら、ありがとう。兄様と一緒なんて、とても嬉しいわ」

窓の外でが、カァと鳴いた。

黒條百合華は、本當に嬉しそうに嗤う。

布津野ロクは、苦々しく顔をしかめていた。

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