《[完結しました!] 僕は、お父さんだから(書籍名:伝子コンプレックス)》[2-16]自分は生まれついての***だ

黒條百合華はロクを見て、嘆息した。

目の前には真っ直ぐにこちらを見據える不遜な赤い目が鋭いを放っていた。

突然、ロク年が姿を見せて話したい事があると言われたので、相対してみれば、さて、何のことはない。いじけ果てた先ほどの様子とはうって変わった、毅然とした様子に落膽を隠せない。

いと殘念ね。

どうやら、不遜なる天才ロク年は、立ち直ってしまったようね。

こめかみに人差し指を押し當てながら、百合華はまっすぐこちらを見るロクの顔を眺めた。秀麗で端正な顔に、強固な意志を宿したその瞳を改めて鑑賞する。

それはしいのでしょうけども、やはり私の好みではないわね。

個人的には、兄様が攫われたと知ってオロオロとしていた先ほどまでのロク年のほうが好きだ。

「黒條組長、今回の件ですが、僕も黒條組に同行させて頂けませんでしょうか」

「別に構わなくってよ」

百合華は人差し指でその長い黒髪を弄びながら思いを巡らせる。

ロク年にはGOAとかいう大層な実働部隊を持っている。Gene Optimized Army、伝子最適化部隊とかいう品のない組織だ。彼がその気になれば、黒條會と共同戦線を張る必要などない。斷われる理由などあるはずもなく、むしろ許可を申し出る彼に疑念が沸く。

「GOAはお使いにならないのかしら?」

「いえ、GOAは別働で參加します。そちらにはグランマと宮本さんがいますから」

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「一応、言っておきますが、別に貴方の助けはいりませんわよ。黒條は単で十分ですわ」

「助けるつもりはありません。ただ、同行させて頂ければ、と」

「同行……ですか」

「ええ、一兵卒としてでも扱ってください」

百合華は、指に絡めた髪をし引っ張った。

――らくないわねぇ。

品種改良素であり政府の重要人でもあるこの年を、一兵卒として扱うことの難しさを、理解できないロク年ではあるまい。

「つまり、黒條の喧嘩に參加するということかしら?」

「ええ、出來れば」

「一兵卒として?」

「それでも、構いません」

「……はぁ」

百合華は指に絡めた自分の髪を鼻孔に寄せて、すん、と匂いを嗅いだ。

石鹸の匂いが心地よい。これは母が好んで使っていた石鹸だ。

わたくしはこの匂いが好き。

飾らない自分を錯覚出來るから。自然でいられると思いこめるから。

自分らしくあることを、私は最も大切にしてきた。

い頃から極道社會にを置き、請われるままに組長として振る舞い、挙句の果てに関東全域を支配する大組織の長となった私にとって、自分らしくあることが唯一の行指針であり、それは私の唯一信じるに足る宗教だ。

『自分は生まれついての***だ』

黒條百合華は、この***に埋まる言葉を探すことを、ある意味諦めていた。

普通のならば、***の必死に探すのだろう。それで悩んでみたりもするのだろう。勉強したり、部活を出したり、したりして試行錯誤して見せるだろう。そして、大人になり諦めるように、なりたい***ではなく、なれた***をれるだろう。

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しかし、私はしない。私は***は探さない。

どうせ、自分には極道の組長となる人生しかない。だったら、探すだけ無駄だ。見つけてしまったところで、歯がゆいだけだ。

――自分は生まれついての組長だ。だって、それが好都合だから。

だから、私の***は極道の組長で、それ以外だと困る。困るから探さない。悩まない。悩めない。考えない。

與えられたその範囲の中で、自分は満足して死ぬ。

それが黒條百合華の生をまっとうすると言うこと。

「似合わないわねぇ」

「似合いませんか」

「ええ、まるで中學生が必死に貯めたおこずかいで買った初めてのお灑落著のように、似合ってないわ」

「例えが分かりにくいですよ」

「その分、的確よ」

百合華は、指で髪の先をつまんで自分のでる。

黒の長い髪は私に似合っていると思う。なぜなら、組の皆がそう言っていたから。

私は何人かは必ずいるような學校の同級生のように、髪を染めないし、短く切る事はしない。

黒條の組長の髪は、艶やかな長い黒髪であるべきだ。

「貴方は所詮(しょせん)、品種改良素よ」

「……所詮、ですか」

「ええ、たかが改良素がよ。一兵卒になろうなんて、不自然。貴方なんて、せいぜいが全を統制する將のよ。最前線を張るではなくってよ」

「それでも、僕は自分で父さんを助けに行きます」

ギリ、と百合華はを噛んだ。

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「それこその程をわきまえてないわ。そういったことはGOAの隊員とか、もっと相応(ふさわ)しい人に任せなさい」

お利巧で、狡猾で、老獪ですらあったあのロク年はどこに行ったのかしら。

聞き分けのない子供を出せるような喧嘩はないわ。

「貴方に黒條全の指揮を任せてもいいわ。それなら、私からお願い申し上げてもいいくらいよ。私の參謀として隣にいてくださいな。どうぞ、大局を見極めてくださませ。それが貴方の限界でもあるわ」

「……そうですか、では、僕は単獨で行させて頂きます」

ロクはそう言いながら、頭をゆっくりと振った。

その仕草に、百合華は目を細める。

「隨分と聞き分けがないわね」

百合華の聲が、若干のいらだちに、半オクターブほど上がる。

無意識にトントンと指でこめかみを叩く。

人には領分というものがある。生まれ持った運命というべきものだわ。このロク年の運命は品種改良素であり、私のそれは黒條組組長だ。

それ以外の何者にもなれやしない。

なりたいとも思ってはいけない。

「聞き分けなさい! 浮かれてないで冷靜になりなさい。いいこと、坊や、お上の要人である貴方がしゃりしゃりと出張って來られては迷なの」

「ご協力頂けない、と」

「そのようなご協力は出來ない、という事よ。喧嘩の前線に貴方を出して、萬が一の事があれば、兄様に何と顔向けすれば良いのか」

「心配はありません。僕はこれでも十分に強いつもりです。もしかしら、父さんよりも……」

――このわきまえも知らぬ小僧が!

「貴方ごときが、兄様のようになれるわけないでしょう!」

それは咄嗟に出た言葉だった。

百合華は、しかし、その言葉がもたらした結果に目を見張った。

目の前のロクの表が、酷く傷つけられたように歪んでいた。

まるで、親の仇(かたき)を目の前にしたかのように、秀麗なをわなわなと震わせ、頬を蒸気させ朱に染め、こちら睨む眼は燃えるようで微かに潤んでいる。

彼は明らかに傷ついていた。

百合華は、息をのんだ。

自分自の言の葉に、視界が開ける気がした。

そうか、そうだわ。

――全てを與えられたこの萬能の天才(にんぎょう)は、

――何も持たずに生まれ落ちた、未調整の兄様になりたいのだ。

ロクのはわなわなと震えている。

彼は、口の端からこぼれ落ちる本音をぬぐい隠すように「父さんは、関係ありません」と言う。

百合華は、に當てた指を噛んだ。

なんと言う強だろう。強悪魔(マモン)も呆れ果てて節制を説くだろう。

この年は、文字通り、全てを手にれようとしている。

それは、墜落年(イカロス)よりも愚かなことだ。高慢(バベル)の塔のようにへし折られるべきだ。

この年の存在定義(アイデンティティ)は分裂しつつある。まるで人の高慢に怒った神が、人の言語を分離してこの世を混させたように。

「わきまえなさい。兄様のようには、貴方は絶対になれない」

「話が飛躍しています。父さんは関係ないでしょう」

「道理から外れているのは貴方よ」

百合華は手で口を覆った。

――しくも無様

何たる無様、歪で不條理。

凡百の徒がうらやむに生まれたこの年は、しかし、凡百の輩が憐れむ存在に憧れているのだ。

それはあまりにも傲慢だ。凡百に対する侮辱、酷い皮だわ。何たる悪。私以上よ。

その証拠に、ロク年のしい顔は醜く歪んでいる。

その表は、私好み。大好といってもいい。

「ロク君」

「……なんでしょうか」

私は愉快さで歪んでしまいそうになる口の形を両手で隠した。

この年のことを、初めて好きになれるかもしれない。

もっと見たい、矛盾と高慢に、醜く歪んで崩れゆく彼のしく無様な顔を。

「條件があるわ」

「條件?」

「ええ、対等な條件よ」

この年が、敵地で兄様と出會った時、いったいどんな顔をするのだろう。

「それは、私もその場に連れていくこと」

ロクは目を細めた。

「どこに、でしょうか」

「貴方がこれから行くところに、よ」

「どういった所か、ご存じで?」

「ええ、い頃からずっと鉄火場は見てきたわ」

ハジキにドス、飛びう怒聲の中に立つこの年はきっと絵になる。

「危険です」

「それはお互い様、もちろん護衛はつけるわ。そうねぇ、鬼瓦から何人か借りようかしら? それに、そうだわ。モミちゃんにも同行してもらいましょう。あの子以上の実力者は実際いませんもの」

「黒條さん、そう言った問題ではありません。相手はただの中國マフィアではありません」

「あら? やっぱりそうなの」

百合華は笑いながら、ロクを覗き込んだ。

ロクは顔をしかめながらも、近づいてくる百合華の顔を正面から見返す。

「やっぱり、とは」

「ええ、何なら、もう一つ、ホコリを叩いて見せましょうか? そうね、兄様を攫ったのは中國政府の工作員、あるいは特殊部隊、ではなくて?」

ロクは口をぐいっと引き結んだ。その目は一層険しく百合華を見ている。

くすり、と百合華は笑った。どうやら、正解らしいわね。

「品種改良素らしき謎の年がいる組織が、青蛇団ごときの弱小マフィアであるわけないでしょう。あまりに不自然だわ。それに、奴らはウチ傘下の藤倉組を襲撃し、短期間でシマを奪った。そのやり口には高度な戦(タクティクス)をじたわ。奪ったシマの維持、襲撃後の混なさから戦略(ストラテジ)も伺える」

百合華は、つっ、と顎をあげてロクを見下ろす。

ロクが刻んだ眉間のシワが、肯定を表していた。

「いずれにしても、一介のチンピラに出來る蕓當ではないわ。例え品種改良素がいたとしても実行力が不足している。あれはプロの仕業よ。十分に訓練をけ、目的意識を持った戦闘集団があそこにいる。それに、それほどの集団を導ける強力な指導者(カリスマ)も、ね」

「そこまで知っていて、貴方は黒條組のみで向かうというのですか」

「あら、當然じゃない。だって、兄様がそこにいるのよ」

ロク年の強くしかめた目元に小さなシワが集まっている。

百合華はそれをじっと観察する。お利口な彼は、さて、気が付いているのかしら、自分が今、どれほどに稽なのか。

「黒條組長……」

とロク年はこぼしたが、何か迷うように言い淀んでいる。

「何かしら」

百合華は興味を刺激された。

「いえ、」と目を背けようとしたロクの顎を、百合華は思わず手をばしてぐいっと摑んだ。

そのまま、ぐい、とロクの顔を引き寄せる。秀麗が無様に歪んだ表が目の前にある。その耳元にそっと口を寄せて、甘息を吹き込むように囁(ささや)いた。

「吐き出しなさい」

百合華は顔を離して、ロクの瞳の奧を覗き込んだ。

彼の瞳には、揺が見て取れる。揺れく瞳孔には、嬉しそうな自分自の表が映り込んでいる。

ロクのわななくが、逃げ場を探るように小さく開いた。

「貴方にとって父さんは、」

する人よ」

百合華は即斷した。

する人、などという言葉では生ぬるい。これは妄執だ。蛇のように執念深く、犬のように一途な劣だ。

ロクはそれに気圧されて、息を呑んだ。

「……貴方は恐ろしい人です。グランマのように優秀で、」

「やめて、あのような空虛なと比べないでしいわ」

百合華が目の前でそう吐き捨てる様子に、ロクは目を見開く。

「……黒條組長、質問です」

「なにかしら」

「もし、100人の組員を犠牲にして、父さんを救えるなら、貴方はどうします」

「兄様を救うわ」

「……どうして、ですか」

「どうしても、よ」

「答えになっていませんよ」

「答えを教えてしいのかしら?」

無言で、ロクは頷くと、目の前の百合華の顔がニッコリと歪(ゆがん)だ。

「嫌、よ」

「いや、ですか?」

「ええ、いやよ。答えたくないわ。口にしたくないの」

「どうして」

「兄様へのが、薄れるからよ」

その言葉を口にした途端、百合華のに充足が広がる。

我ながら、良いことを言ったものだわ。自分のことをまたし好きになれそう。これ以上の説明は無粋の極みね。しかし、ロク年はまだ分かりが良くない様子。納得しかねる様子で、眉をしかめている。

なんて、無様なのかしら。

百合華はため息をついた。これだから、お子様は……

「まだ、納得いきませんの?」

「ええ、百合華さん」

百合華さん、ね。さて、いきなり名前を呼ぶとは、隨分ねぇ。

「貴方は聡明で、何萬人という人を引き付け、その年齢で大組織を仕切るほどの実力者です」

「それは、ロク君もそうなのでなくって?」

「僕のは、與えられただけです」

そう言って、ロクは目を伏せた。

あら、殊勝ねぇ。と百合華はしだけ驚いた。

「僕は、い頃から第七世代の最適解として、政府の意思決定を代行することを許可されてきました。でも、それは百合華さんとは違います。それは政府から委託された権力で、その権力にみんなが従っているだけです。僕が最適解になったのだって、それは生み出された時の伝子配合が偶然良かっただけで、それは自分でつかみ取ったものではありません」

「それはその通りでしょうね」

容赦なく百合華は肯定した。それ以外にどうしようもあるまい。彼が語ることは、まさしく真実そのものなのだから。

「僕が命令する政府関係者やGOAの隊員と、百合華さんと黒條會の構員との関係は本的に違います。僕のは借りで、百合華さんのは勝ち取ったもの。そんな気がする」

ロクは片手を上げて、その手のひらを見つめた。

この手は何も摑んだことがない。そんな手が、人に殺せと命じて、二ィからサンを奪ったのだ。そして、今度は父さんの命までも奪おうとしている。

「それは買いかぶりというものよ」

百合華のその聲に、ロクは面を上げる。

そこには、百合華の艶やかな笑顔があった。

「私も黒條組の組長という名を與えられただけ、それは貴方の與えられた最適解と何ら変わらないわ」

「でも、僕は……」

「私たちは與えられた存在定義(モノ)を演じるだけで一杯なだけ。何一つ、つかみ取ったことなんてないわ」

百合華は思わず、ロクを抱きしめた。

……私としたことが、兄様以外にこのようなことをするなんて、

案外、自分の母本能とやらも安っぽいわね。

「だから、私たちは兄様に魅せられる。兄様は何も與えられず生まれ、何かをつかみ取ってたから。それは、私たちには絶対に出來ないことだから」

ロクは百合華の腕の中で、ゆっくりと頷いた。

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