《[完結しました!] 僕は、お父さんだから(書籍名:伝子コンプレックス)》[3-01]布津野ロク、15歳

3部、投稿開始です。2017年4月7日より以下の用語や人名を変更いたしました。ご注意ください。

(久しぶりなので、覚えている方はないかもしれませんが……)

化計畫 → 無化計畫

方強 → 法強

ロクは自分の重心のあるべき位置を探し求めていた。

足の置き方、背筋の通し方、力の抜き方と落とし方……、あらゆる運の工夫を重ねても未だにそのあるべき位置が分からないでいた。

視線を遠くに起きながら、対峙する相手の全を視る。

そこには自分の父親が構えて立っている。

ロクは父親のその姿勢が崩れたところを、一度たりとも見たことがない。父さんは重心をどこに置いているのだろうか。もしかしたら、自分の知らない場所に隠しているのかもしれない。自分はまだ一度も、その重心を崩すことが出來ていない。

「どうしたの? ロクがけだよ」

「……直突きからの投げ、でしたっけ?」

「そうだね」

合気道の稽古は二人一組で行うのが一般的だ。決められた手順の技を互に掛け合って互いにきを確認していく。技をかける方を『取り』と呼び、かけられる方を『け』と呼ぶ。

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今は投げの稽古で自分がけの番だ。相手に直突きを打ち込み、それの返しである投げをけきらなければならない。

しかし、まだ重心の位置に迷っている。

稽古を重ね続けた今、ようやく分かった事がある。それは、ずっと稽古の相手にしてきた父親の強さだ。

打ち込む隙が一つしか見當たらない。そこは相手の腹部だ。しかし、それは稽古のためにわざと用意した隙だという事を予している。い頃の自分は、無邪気にそこに打ち込んで優しく投げられたものだ。

「どうしたの?」

父さんの聲には余裕がある。

「父さん、し距離を取らせてください」

「どうぞ」

一足だけ後ろに飛び退いた。相手の制空圏から遠くにを置いて、一息こぼれる。これが実戦なら、父さんは後退にあわせて距離を詰めただろう。稽古だからこその仕切り直し。自分は立つべき位置さえも分かっていない。

間合いが遠くなると、こちらが有利になる。

父さんの長は167。それに対して自分は180になった。このリーチの差は遠間でこそ発揮される。自分のは確実に長し、念に鍛え上げてもいる。すでに能力でははるかに相手を凌駕しているのは間違いない。

しかし、実力の差は埋まらなかった。いや、自分の見立てが甘すぎた。稽古を重ねれば重ねるほど、相手の本當の実力が分かるようになる。

「……いきますよ」

いかねば分からない。この位置が自分に有利なのは間違いない。それでも勝てない理由はどこかにある。

シィ、と細く息を吐く。

ロクの重心は地面と完全な平行を保って、前にり出す。

瞬(まばた)きもない。

前に構えたロクの手が直突きに変化していた。

空気を突き破る、高速の突き。

の肩のうねりなど一切ない。靜からの変化を完全に隠した最短の突き。人の認識能力では捌(さば)けるわけがない。

しかし、

いや、やはり、

自分の渾が流されたことに気がつく。

拳には何のもない。

ただ、自分の重心が流されて、ふわり、と浮き上がる。180になったはずの自分のが浮いている。自分の突きの力が流されて、弧を描いて自分に返ってくる。それは優しいスピードで自分のを崩し、やがて背中から地面に置いた。

「凄い突きだったね」

と、父さんの聲がした。

「……」

ロクは背を畳につけたまま、天井を見上げていた。蛍燈のがやけにまぶしい。

「どうして、あれを捌けるのですか」

あれは、五年以上も自分が磨き上げてきた突きだった。速度も作の隠蔽も完璧で、さらなる工夫など思いもつかない。人間の反応速度でこれを捌くことなど不可能なはずだ。

「ん、なんとなく、かな」

それでも、この人は銃弾ですら捌くことができる人だ。

「……なんとなく、ですか」

ため息がこぼれそうになった。

「う〜ん、ロクの攻撃するぞっていうじが何となくする、っていうか」

「もしかして、それが気ですか」

「呼吸かも」

わけが分かりません、と斷ずるのはもう飽きた。合気道でよく使われる呼吸とか気とかいった概念的な解釈はあまり好きではないし、思考停止的だとも思う。それでも、この未調整の父親が、最適解と言われている自分よりも圧倒的に強いことは事実だ。

ロクは立ち上がった。

「背、びたね」

布津野はロクを見上げた。

「もうしで止まると思いますよ」

「そうなの」

「ええ、僕の長は185までびると予測されています」

「へ〜、まだまだ長するんだね」

「ええ、まだまだ」

まだまだ、未だ遠くにそれはある。まだまだ、分からない事は多くある。進めば進むほど遠ざかるような錯覚がする。だが、諦めるつもりはない。かならず追いついてみせる。

十五歳になった布津野ロクは、背の低い父親をじっと見下ろしていた。

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