《[完結しました!] 僕は、お父さんだから(書籍名:伝子コンプレックス)》[3-02]二人目

ナナは前のめりになって、目の前に座る歳を取った男を見る。

あまりに前のめったせいで、座っていた椅子をぐらついた。慌てて後ろに重を移させてバランスを取り戻す。視線を左右に振れば、ロクと宇津々のおじいちゃんがいる。二人とも、目を閉じてジャガイモのように難しい表をしていた。

今、目の前に座っている人は、法強さんといって、渋いじのイケてるおじさまだ。そういえば、法強さんもジャガイモみたいだ。ここはジャガイモ畑?

「法強さんって、いくつなの?」

「いくつ、とは?」

「年齢」

「六十、にはなっていないはずだ」

思っていた以上に、おじいさまだった。

「ふーん」

テーブルに頬つえをついて、向かいに腰掛ける法強さんをじっと見る。

珍しい人間(いろ)をしている。

それは白と黒が織りなす模様。だが、二は混じりあって灰に濁ることなく、複雑に絡み合っていた。普通の人ならは混じるものだ。しかし、このおじさまは白と黒の二を発しながら、その二つを混ぜることなく、その対極を両立させてしまっている。

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「ねぇ、ロク。法強さんがここに來てどのくらいたったっけ?」

ナナは、正面の法強から視線を橫に移して、そこに座って腕を組んでいるロクを見た。ロクのは晴天を貫くような青。目が痛いわ。

「一年半ほど、だな」

そういえば、もうそのくらいになる。

ニィのあの事件からもう一年と半分も経ったのだ。今は2月、後ちょっとで私とロクは中學三年生になる。

初めて法強さんを見たのは、彼が監されている時だった。とても珍しいだったので、今でも覚えている。目の前の白黒は、あの時と何一つ変わらない。一年とちょっとくらいでは、この人はを変えることはなかった。もしかしたら、すごく頑固な人なのかもしれない。

「ねぇ、おじいちゃん」

視線をロクから外して、今度は左側に座る宇津々のおじいちゃんを見る。

「なんじゃ」

おじいちゃんはゆっくりと目を開けた。

「今日は、何の用?」

今、この部屋には四人しかいない。私とロクと法強さんと、そして宇津々のおじいちゃん―—つまり、総理大臣さんだ。

そのおじいちゃんが、わざわざロクと法強さんを呼びつけたと言うことは、きっと、大切で難しい話があるのだろう。どうしよう。考えただけで、なんだか眠たくなる。

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「ふむ、法強にナナのことを明かそうか、と思っての」

「私のこと?」

「ああ、ロクよ。問題はあるか」

宇津々のおじいちゃんは、そのままロクに問いかける。

ロクは背筋をばした。

ロクはまた背が大きくなった。ばかりはすっかり長しちゃって、見た目だけならもう子供じゃなくて男ってやつだ。その長に人間(いろ)がついてきているか……。相変わらずの青はしは濃くなったかしら? ロクのは嫌いじゃないけど、足りない気がする。

ロクの顔を見上げていると、その赤い目がすぅと細められていく。

「……反対はしません」

「ふむ、」

おじいちゃんは興味を惹かれたようにロクに続きを促した。

ロクは両手を組む。

「無化計畫には、他國の合意が必要です」

化計畫は、日本の伝子最適化技を公開し、世界中の人を最適化する計畫、らしい。でも、ずっと前からんな國は最適化に反対していて、日本は嫌われているのだ。

「この計畫に合意する可能が最も高い主要國は、中國政府です」

「ほう」

「中國は歐米各國と違い、いわゆる創造主のある宗教観を持ちません。彼らの神的ナショナリズムは、宗教的ではなく文化的なものです。その本あるのは、儒學哲學と祖先崇拝です」

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「人間を、神の創造とは考えない、ということかの」

「ええ、それゆえ、最適化をれる文化的な土壌はあるのです。加えて、政の基盤となっている共産主義は、無化計畫と思想的に類似しています。なくとも、生得的な格差を否定し平等を実現しようとする機は、両者に共通します」

「ゆえに、無化計畫を推進する上で、最も妥當な協力者は中國政府である、か。皮なものだな、その共産黨は過去に儒學を弾圧している」

「既存の文化を否定する機が、あの國にはあるとも言えます」

「弾圧も殺も、言い方を整えればもっともらしくは聞こえるのう」

また二人で難しい話をしている。最近のおじいちゃんはロクに判斷を完全に任せることが多くなった。時には説明すら求めないこともある。

最近のロクは、改良素の能力検定で圧倒的な結果を出している。スコアの上昇率が改良素とは全然違っていた。

研究員の人たちは、それが政治の重責を任されているという環境や十五歳という年齢が要因になっているのでは、と考えているようだ。だけど、重要な仕事をしているのはロクだけでないし、十五歳なのもロクだけでない。でも、宇津々のおじいちゃんが任せてしまうのは、ロクに対してだけだった。

そんなロクは頷きながら、組んだ両手を解いた。

「……首相、各國に最適化技の公開を発表するのはいつ頃になりますか?」

おじいちゃんは、右手に持った杖を手繰り寄せ、し考えるように目を閉じた。

「……近々、東京で開催予定の主要國首脳會議にて……と考えておる」

ロクは目を閉じて、ゆっくりとうなずく。

「今回の會議では中國も參加します。おそらく、他の首脳は反対を表明するでしょう。參加國のほとんどが歐米諸國であり、その有権者はキリスト教徒です。最適化に反対する事は、彼らにとっての政治的な反です」

「で、あろうな」

「例外が中國です。一國でもれれば、無化計畫は世界に対する現実的な提案となりえます」

「その一國が、中華人民共和國である、と」

「はい」

「……ゆえに、法強に対し、こちらの機を明かす事を反対はしない、と」

「ええ、法強には中國政府との橋渡しを期待しています」

ふむ、とおじいちゃんは唸って、トン、と杖で床をつついた。そのまま、黙りこんでいた法強さんのほうに目を向ける。

法強さんは顔をしかめている。

おじいちゃんは法強さんをみつめたまま。ふと眉間を開いて私に問いかけた。

「ナナよ」

「ん、何? おじいちゃん」

「何が見える?」と、おじいちゃんは瞑想するように目を閉じて、椅子にをまかせた。

「黒と白」

私はそう言って、法強さんをじっと見る。

「黒と白が混じることぐるぐる回っている。珍しいよ。普通の人は混じって灰になる。法強さんは反対のが一緒にいるの」

「……まるで太極図のようじゃ」とおじいちゃんがこぼす。

「たいきょくず?」

「中國道教に用いられるの循環を表現した図のことじゃよ。つまり、こやつは正(まさ)に中華文化を代表していると言える」

へぇ〜、と息をついた。私が見るについて、人はんなことを言うけれど、そんなこと言われたのは初めてだ。

「ナナよ、こやつのは好きか?」

「うん、好きだよ」

お父さんほどじゃないけど、と小聲で付け加えておいたが、ロクとおじいちゃんはそれを無視した。

「そうか……さて、」と、おじいちゃんは決心をしたかのように息をついて、「法強よ」と呼びかける。

「何だ?」と法強さんが口を開く。重い聲。

「見ての通りじゃ。つまり、そういうことじゃ」

「……」

「察しの良いお主のことじゃ、儂がむことも、この二人の存在も、もう分かったじゃろう」

法強さんは腕を組んだ。とても、おじいさまの腕とは思えないくらい、よく鍛えられて太い。

「つまり、この二人が俺を選んだ、と」

「そうじゃな」

「そして、俺に祖國を裏切れと、」

「それはお前次第じゃ」

おじいちゃんはゆっくりと顎髭をでた。

「今日から、お前は自由になる。出國も自由じゃ。もちろん、日本に連れてきた息子夫婦とお前の孫もな。彼らを連れて中國に帰りたければ、帰るがよい」

「……孫に最適化を強制しておきながら隨分な言いぐさだな」

「不快であったのなら謝ろう。しかし、お前がやろうとしたことは戦爭じゃった」

法強さんは目を閉じて、むぅ、と唸った。

「お主は、お主の判斷に従い行すれば良い。こちらが伝えておきたかった事は全て話し、見せた。そうじゃの? ロク」

「はい、」とロクが頷いて続ける。「無化計畫の全容、ゲーミングウォー構想とGOA やAI艦隊などの中核戦力の実力、品種改良素による意思決定システム……。そういった現在の日本の実行力を全て明かしました」

法強さんの眉間のシワが、ますます深くなる。

「つまり、祖國が日本に対抗しようとも無駄である、と」

「それは貴方の判斷だ。貴方に見せたのは軍事力だけでない。最適化が日本社會にもたらした変化もその一つだ。僕たちが貴方に理解してしかったのは、最適化された社會の全容です」

「……つまり、俺に祖國を説得しろと言うのか? 最適化をれ、日本のようになれ、と」

「厳には、違う」とおじいちゃんが否定した。

法強さんはそのおじいちゃんを睨みつけたが、おじいちゃんの穏やかな瞳がその鋭い視線を吸い込んでしまう。

「お主が、判斷し行するのじゃ。中國という社會が伝子最適化をれるべきか否かを、な」

「……」

「そのためにお主を自由にする。最適化には利益も弊害もある。その上で、無化計畫をれるのであれば、我々はお主を全力で支援をしよう」

「……なぜだ」法強はそう口をついて黙った。

彼はそのまま他の三人を順に見る。

「なぜ、俺なんだ」

「ナナに選ばれ、ロクが判斷したからじゃ」と首相が答える。

「ナナは人を見極める」と、ロクがそれに続いた。

ロクは握りしめた拳を口元にあてて、法強を観察するように見據える。

「お前が選択する未來が、良い(・・)未來である可能は高い」

面妖なことを言う、と法強はいぶかしんでいた。

法強は目の前の景を妖しく思う。率直に言えば、気味が悪いとじていた。

彼には、目の前の三人が妖怪のように見えていた。人類の変革者と呼ばれる大國の首相。あのニィと同じ姿をしたしい年。そして、不思議なことを語る赤い瞳の

わされる會話はひどく論理を欠いている。それでいて最終的な判斷を自分に押しつけてくる。法強は困し、ためらった。そもそも、乞われた判斷は、今の自分がするようなものではない。自分はもはや艦隊司令ではなく、単なる監者なのだ。

その迷いの奧から、ふいに、前にニィが言っていた不可解な発言が浮かび上がってきた。

——日本政府には巫がいる。

おそらく、その巫とやらはこの赤目ののことなのだろう。彼には人間を見定める能力があるという。一國の首相とニィと同類の年が、そのようなものに國運を託すのか……。

する頭の中に、ニィのもう一つの言葉がよぎる。

——布津野忠人という人間を頼るといい。

法強が回顧に意識を取られている最中に、首相の聲が鼓を震わせた。

「お前が二人目じゃの」

「……二人目?」と、思わず聞き返す。

「ああ、ナナとロクに認められたのは、お前で二人目だ」

もう一人いるのか、と法強はぼんやりと考えた時、ナナの甲高い聲が思考を途切らせた。

「違うよ。お父さんはもっとスゴイんだから。ナナなんてお父さんに一目惚れだったし」

「ナナ、うるさいぞ」とロクがたしなめた。

「何よ、ロクだってそうだったじゃない」

「今は重要な話をしているんだ」

そんなやり取りを始めた二人は、まるで普通の子供のように見えた。

「布津野忠人、」

と、法強は思考に浮かべていたその名を口にしてみた。

すると、三人が同時に目を見開いて、こちらを見た。この妖怪たちが一様に驚愕の表を並べている。その様子を見て、打算や思考とは無関係に自然な想が法強の口から溢れて落ちた。

「布津野忠人という男に、會ってみたい」

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