《[完結しました!] 僕は、お父さんだから(書籍名:伝子コンプレックス)》[3-11]居酒屋

布津野達の四人がった「わらじ」という居酒屋だった。

それはどこにでもあるような居酒屋で、宮本が行きつけにしている店でもある。布津野も連れられて何度か行ったことがあった。

オヤジとオバちゃん夫婦が切り盛りしている小さな店で、寡黙なオヤジは廚房に引きこもって、オバちゃんがよくしゃべりながら接客する。そんな下町緒のある店だ。よく繁盛はしているが常連の客が中心で、初めてるにはし気後れしてしまうかもしれない。そんなじの雰囲気があった。

「はいよ、ポテトサラダ」とオバちゃんが機に皿を置く。

「お、待ってました」

宮本が手を叩いて喜ぶと、オバちゃんが甲高い聲で宮本の連れを見る。

「それにしても、どうしたのよ。宮本ちゃん。今日は渋いのばかり連れきちゃってさ。あっ、布津野の旦那さん、お久しぶり」

どうも、と布津野は頭を下げる。常連の一人である宮本とたまに來る布津野も、すっかり名前を覚えられてしまっていた。オバちゃんは宮本にならって、布津野のことを旦那さんと呼ぶ。

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「おう、今日はオヤジたちで盛り上がろうってね」

「噓言わんとき、いつも盛り上がってるじゃないの。若いイケメンの部下引き連れてさ」

「おいおい、確かに歳はいっているがイケメン揃いだぞ。旦那以外は」

「まあ、確かにねぇ」とオバちゃんの品定める目が、さっと法強と覚石を見渡した。「こりゃ、苦み走った渋い親父たちだわ」

そう言ったオバちゃんは、最後に布津野に目をとめた。

「旦那さんは相変わらずの三枚目だねぇ」

「酷いなぁ」と布津野は笑う。

「いいじゃないの。奧さんがべっぴんなんだから、足して二で割ってもお釣りが來るわよ」

「確かにね」

布津野は納得すると、ビールのお代わりを頼んだ。

あいよ、と威勢の良い返事を殘してオバちゃんは廚房に消えていく。

「良い店じゃ」と覚石がポテトサラダを食べながら言う。

「そうでしょ、覚石の先生」

この店を贔屓にしている宮本は嬉しそうだ。

「ふむ、日本のビールはやはり旨いな」

法強はこちらでそれなりに楽しんでいるようだ。

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四人は小さな卓を丸椅子に座って腰掛けていた。テーブルの上に料理が數皿、それぞれの手には思い思いの酒がある。

「それにしても、負けちまったなぁ」

宮本は芋焼酎のロックを煽りながら、吐きこぼす。酔いが回ったのか顔がし赤らんでいる。

「実際、どうでした」と布津野が聞いた。

「ん、ああ。ロクは強かったな」

「へぇ、そうなんですね」と布津野がにやける。

「しかし、旦那。あいつのことなんて、ずっと稽古をつけてきたあんたが一番知っていただろう」

「いや、それが自分ではイマイチ。ロクのことだから強いとは思っていたんだけど、実際にあの宮本さん相手にあれほどやるとはね」

覚石は日本酒でを濡らしながら口を挾む。

「まぁ、布津野は鈍いからの」

「はは、すみません」

「そう言えば、」とビールを片手に法強も加わる。「ロクは布津野さん以外にも、覚石先生にも指導をけていると聞いた」

「ええ、」と布津野が追加のビールを待ちわびて、とキョロキョロしながら「一年前から覚石先生にロクを見ていただいてます」

覚石は肩を揺らす。

「ふふ、若いのに熱心な年じゃよ。よく言うことを聞く可い奴でな。つい手間をかけてやりたくなる」

「本當ですかい、先生。あのロクが?」

宮本は焼酎のグラスをテーブルに置いて、前のめりになる。

「ロクが可いなんて、そいつは初耳ですよ。あいつとは長いつきあいだが、いつだって酷い命令ばかりなんですよ。今度、先生からも注意してやってください」

「はっはっは、それはロクがお主を頼りにしているからじゃないかの」

覚石は笑って、もう一口ポテトサラダを食べた。

ほい、ビールお待ち、とオバちゃんの聲がして、布津野は空にしたジョッキと換でビールをけ取る。そのついでに、「唐揚げください」と言う。

宮本は頬杖をついて、くだを巻きだした。

「頼りにしているんですかね?」

「もちろんですよ」と布津野は宮本をめてみた。

「そうかぁ? あいつは一人で何でも出來るんだ」

宮本は隨分と酔ってきたらしい。

布津野は注ぎたてのビールの泡の香りを楽しみながら、ちらりと赤ら顔の宮本をうかがう。

そこには溜め込んだストレスを垂れ流すサラリーマンみたいな宮本がいた。彼は気でざっくばらんな男でストレスとは無縁に見える。しかし、GOAの隊長という重責は彼を苦しめているのだろうか。飲みの席では、彼はこんな様子を見せることは何度かあったが、今日はいつもよりずっと酔っているみたいだ。

宮本さんは、ずっとロクの仕事を助けてきた。気持ちの良い男だけに、ロクにも部下にもでは気を使っていたのかもしれない。馴染みの居酒屋で周りに部下はいない。自分よりも年上に囲まれて、ロクに負けて、酒を飲んだ。弱音の一つや二つはこぼれるのは當然かもしれない。

布津野はなんだか、宮本のことがより一層、好きになった。

「ロクは宮本さんのことが好きなんだと思いますよ」

「ああ? それは……キモいなぁ」

「ははっ」と笑って、布津野はビールをぐいっと飲んだ。

なんだかなぁ、とつぶやきながら宮本が殘りのポテトサラダを平らげて、焼酎を一気に飲み干した。空のグラスを上に掲げて、おかわり! とぶ。

「自分もしばらくロクと一緒にいたが、」と法強が聲をかけた。

宮本は面をあげて、空のグラスをまわす。

「あ、ああ。法強さん、どうですか? 貴方から見てロクのやつは。ガツンと言ってやってくださいよ。幸い、親父もそこにいるんだから」

宮本は布津野を指差した。

法強が、し笑う。

「まぁ、確かに変わった奴だな。俺が知っている中では、やっぱり、ニィに似ているな」

「ニィに?」と宮本は素っ頓狂な聲をあげた。

その橫で、布津野は、確かにニィ君とロクはよく似ている、と頷いていた。

「法強さん、ニィを知っているのか?」

「ああ、中國でな。ニィに拳法を教えたのも俺だ」

へぇ〜、と心した様子の宮本を橫目に、覚石は布津野の袖を引っ張る。

「これ、布津野、にい、とは誰じゃ」

「ああ、先生。ニィですよ。ニィ君。ロクのお兄さんです」

「ほう、ロク君に兄がいるのか」と覚石は驚いた。

それのやり取りを聞きつけた宮本は、そんな風に考えられるのは布津野の旦那だけだぜ、とこぼす。

覚石は興味深そうに布津野に聞く。

「そうなると、もしかして、ニィとやらも布津野の子供か」

「いえ、違いますよ。養子になったのはロクとナナだけですから」

「そうか」

そんなことを言いながら、布津野は、ニィ君も養子になったらどうなるだろう、と思い浮かべた。……きっと、ロクと喧嘩ばかりだろうな。

布津野は法強のほうに視線をうつす。

「そう言えば、法強さんはしばらくロクと一緒に仕事していたんですよね」

「ああ」と法強は短く答える。

布津野は覚石に向かって、実は法強さんは中國拳法の達人なんですよ、と伝える。覚石は、ほう、と楽しげに反応した。

「で、だ。法強さん、あんたはロクをどう見る」と宮本が仕切り直した。

「どう、と言われてもな」と法強は腕を組んだ。

「一年間も一緒にいたんだ、最近のあいつは、まぁ隨分と丸くなったがね。それでもどうです?」

「丸くなった、のか?」

「ああ、旦那の養子になってからすっかりとね」

「そうか」

法強が興味深そうな目で、布津野を見る。

布津野は思った。唐揚げ、まだかな?

「まあ、俊英だな」と法強は答えた。「俺も年をとるにつれて経験こそ人の能力を決めると思っていたが、あいつを見ると、それが馬鹿らしいと思うことはある。全てにおいて、先を読んで行し他に遅れをとることを知らない。自分の経験や研鑽は何だったのか、と思うことは多いな」

「だろ、あいつは何だって出來るんだよな」

「ああいった子供たちに、政府の大きな意思決定を委任するシステムは、やはり合理的なのだろうが」

「まったく、こちらとら、迷い迷って、何とかやりくりしているってのに、な」

「そういう愚癡を言いたくなる気持ちは、わかる」

宮本はいよいよ勢いがついてきたらしい。グラスをテーブルに、カンと音を立てて置く。

「やっぱ、あいつは特別な人間なんだ」

「まあ、そうだろうな」

「あいつ、第七世代の中でもダントツなんだぜ。多なり対抗できるのはニィくらいなもんさ」

布津野は違和を覚えた。全然、違う気がした。それは自分が見てきたロクの姿と違う。確かに、あの子は天才なんだろうけど……。

ロクは……。

「確かにロクは、」と布津野は無意識に呟いた。

周りの三人がこちらを見ている。布津野はそれに気がついて、黙ってしまった。

「何だよ、旦那」

酔いが回った宮本の顔が迫ってくる。

カラリ、と宮本が握るロックグラスの氷がグラスを叩く。

「あ、いや、」

と、布津野は言いよどみながらも、自分の違和を探す。

「確かに、ロクは、何でも出來ちゃう子ですけど、」

布津野は視線を落として、手元のビールを見る。

ビールの気泡が、ふつふつと潰れていく。

「でも、あの子は……誰よりも努力していますよ」

間違ってもいいんだよ、そう言ってやれる大人が、ロクの周りにはいなかったのだと思う。

自分はダメな親だ。自分が間違ってばかりだから、ロクはより頑張ってしまうのかもしれない。そんな余裕のなさがみんなから、こんな風に思われている原因になっている気もする。

布津野は笑った。

ロクはナナみたいに強くない。繊細な子供だ。し難しいところのある十五歳の子供だ。

でも、それはしょうがないじゃないか。

男の子はいつだって、子供なんだから。いつまでたってもみたいに割り切れないから、だから強さに憧れる。

「ロクは、とても頑張っているから……」

布津野が上手く言葉にできなかったその続きを、隣に座る覚石が日本酒と一緒に飲みほした。

いつも読んでいただいてありがとうございます!

作者の 桝本つたな です。

今回で3部の前編が終了しました。

続きまして、3部の中編に突です。

前編は対抗戦があったりと、年マンガみたいなノリで書いていて楽しかったです。

2部の年兵が布津野の孤児院に參加しGOAと試合をしたり、あと新キャラの榊夜絵も加わりましたね。

実は、これらの展開は読者の皆さんから頂いた想をきっかけにして書いています。

私は書き溜め期間を置くタイプの書き手です。今回の3部投稿開始も、2部終了から約一年間ほど開けています。

この書き溜め期間中に、想を読み直して頂いたアイデアを頭にれてからプロット作をしています。

殘念ながら、私の実力不足で落とし込めなかったアイデアも多くありますが、お様で私の実力以上の語が書けている気がいたします。

今回も多くの人から、ご想やブックマークを頂きました。

勵みになっています。ありがとうございます。

では、次回からは3部の中編です。

引き続き、お付き合い頂けますと幸いです。

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