《[完結しました!] 僕は、お父さんだから(書籍名:伝子コンプレックス)》[3-19]山貓

ロクは目を閉じた。

に去來する様々な報は、散在していて、矛盾し互いを否定しあっていた。確かな事実が互いに矛盾する現実。まるで真実は一つではなく、無限に存在していて、真実はその存在意義を自己否定しているかのように見える。

こちらを包囲し突する組織。

よく訓練された戦闘部隊。

指揮所らしき丘の上。

そこには黒條百合華。

敵はこちらの集結地點を知っていた。

戦闘はすでに始まった。遠くから、かすかなサプレッサーつきの銃聲、ガラスが割れる音。誰が撃たれた? 集結地點の洩。通者がいる可能。否、それは低い。通者がいるなら、法強の場所が特定されているはず。法強がいる父さんの部屋へ敵は殺到するのが自然。相手の目標は中央棟だ。それとも、目的は法強ではないのか?

黒條百合華の思。考えても無駄。ナナの見間違いの線もある。相手も屋上にいる僕らを見ているはず。ここを攻撃してこない。やはり、目的は法強。父さんの可能も。であれば主犯は黒條。いや、無駄な仮説。中央棟の防。裝備の差。後十五分、耐えれるか。僕も行くべきか。もし、父さんだったら……。

無駄な思考や止めろ!

十五分後のあるべき展開。GOAの最適な展開。到達すべき狀態は? 僕は父さんじゃない。

ロクは、目を開いた。

——誰も死なせるつもりはない。

ロクは自分自の端末を取り出して、イヤホンを左耳にねじ込む。次に榊の端末を右耳に當てた。自分の攜帯は口に引き寄せる。

「こちらロク。榊、およびGOA急派兵部隊の指揮。応答せよ」

始めに反応があったのは、右耳の榊の攜帯からだった。

「こちら榊、ちょうどお前が窓から見える」

ロクが屋上から中央棟を見下ろすと、北側の角の窓から榊がこちらに向かって片手を掲げているのが見えた。

間を置かずに、右耳のイヤホンからも応答があった。

「こちらGOA千葉中尉。現在ヘリ四機にて現場に移中。十二分後に到著予定」

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千葉か、とロクは頷いた。GOAのナンバー2が指揮する四個分隊。狀況を逆転するための戦力としては十分だ。

ロクは、右耳に當てた榊の端末と口に寄せた自分の端末の両方に向かって、聲を飛ばす。

「現在、榊と千葉、両名へ同時に通信している。榊、そちらの狀況を教えてくれ」

「一階正面玄関で、第一波の撃退に功。死傷者なし。総員は二階に後退中。階段での最終防衛ラインを構築。狀況は膠著。以上」

流石だな、とロクは小さく唸った。あのニィが副隊長に任命するだけはある。眼下の中央棟の様子を見渡すと、侵してきた敵の部隊が中央棟を囲んだ狀態で待機している。第一波の突に失敗して、次の手を模索しているのだろう。

「分かった。作戦目標を変更する。十分後に中央棟屋上まで後退しろ。千葉はGOAの降下先を中央棟の屋上に変更しろ。GOA降下後にヘリで孤児院の生徒を回収し安全地域に移送。榊、そのまま後退戦を継続しながら全員で中央棟屋上まで対比することは可能か?」

「問題ない」

窓から見上げてくる榊が、端末を用に左肩と首で挾みながら、右手で小さく敬禮をして見せた。

ロクは中央棟から視線を引き剝がして、空を見上げた。郊外にあるここ都會とは違い闇が深くて、星がよく見える。

「千葉、先ほど榊に伝えた通りだ。降下先と作戦を変更する」

「こちら千葉。了解しました」

「現在進行中の四機は中央棟の上空に展開。分隊を屋上に降下し、そのまま建の二階を制圧確保せよ。屋上には孤児院の生徒が退避している。見れば分かる」

「了解。鬼子の短槍に昨日の借りを返せます」

「飛行ドローンは搭載しているか?」

「はい。ヘリに8つずつ。全部で32あります。使いますか」

「屋の制圧はドローンにやらせる。ドローンの制圧対象を地上5メートル以の人間に設定しろ。非殺傷モード。數名は捉えて尋問する」

「了解」

「GOAは降下後、屋上から敵を狙撃。相手の生死は問わない。屋上の生徒の生命が最優先だ」

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「了解。問題ありません」

戦闘における飛行ドローンの活用は、自最適化戦爭(オートキリング)技の一つだ。屋の突探査(クリアリング)は大きな危険が伴う、それを各種センサーを搭載した飛行ドローンで代替するものだ。360度カメラ、熱赤外線センサーなどで周囲の狀況報を収集し、経時変化を考慮した巡回アルゴリズムで屋報を収集しフィードバックする。加えて、ドローンに搭載されたAIによる識別による予測撃まで可能だ。

「それにしても、アルゴリズムの開発者としては俺たちよりもドローンの方が頼りになりますか?」

千葉の通話にわずかな不満がうかがえた。GOAとしては、まずはドローンによる戦闘という判斷はれがたいものがあるのだろう。

「単純な殲滅戦に貴重な人員リソースを投下する必要はない。屋をドローンで制圧できなければ、いよいよGOAの出番だ。お前たちはドローンでは出來ない任務のためにある」

「……ありがとうございます」

ロクが、こういった人間のについて、配慮すべき事項であることに気がついたのは、つい最近のことだった。

この一年半、ロクは四十八人のに直面してきた。憎悪と怨嗟と斷罪。そして、忍耐と希。彼らは僕を非難し、時には僕に同も見せた。複雑で特定不能なの渦。その中で、彼らは僕を許そうとした。

その矛盾には何かがある。父さんがみんなに囲まれている理由みたいな、曖昧な何かがそこにある気がした。暖かい何か。ナナにしか見えないもの。

自分に足りていないもの。

……戦的な判斷として、飛行ドローンを活用することは正しい。

GOAの隊員一名を育するのに、必要なリソースは膨大だ。個を合し、生育させ、訓練を施し、選抜する。実戦投まで十五年の年間が必要であり、離なくない。加えて、使用する裝備も最先端技を注ぎ込んだ高級品ばかりだ。隊員を一人育するのに必要な総コストは諸説あるが六億円という試算もある。

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それに対して、飛行ドローンの一機の製造コストは500萬円程度だ。しかも、その能を決めるセンサー技及びAIアルゴリズムの開発費なんて、要は僕と開発アシスタント數名の人件費に過ぎない。その減価償卻費用を考慮しても一機あたり550萬円程度だろう。

——戦爭の無人化(オート・キリング)。

その背景にある戦略的思想は、純粋な経済合理だ。人間を殺人ができる兵士へと、的にも神的にも訓練をするコストは億単位の膨大なものだ。それが一機あたり數百萬円程度で代替可能になる。加えて、戦死者発生時の世論悪化や政府批判リスクも低減できる。総人口が小傾向にある日本では、それは最も合理的な國防ソリューションでもある。

しかし、ロクはその思考とは全く別のことを口にする。

「GOAの存在意義は、ドローンには出來ない戦闘狀況の単純化だ。敵の殲滅などというシンプルな目標などはドローンに任せておけ。GOAの存在意義は、また別のところにある」

「了解」

「突時は、救助目標である孤児院生徒は屋上に避難している。地上の掃討はドローンに任せ、不測の事態に備えろ」

「了解!」

通信を切って、ロクは時刻を確認した。

殘りは、十分間。

「ロク!」

ロクの安堵を斷ち切ったのは、ナナの聲だった。

「來るよ。こっちに走ってくる」

「何が、だ?」

ロクは、丘の方を睨みつけていたナナに近寄る。

「丘から三人、こっちに走ってくる。すごいが、怖いが走ってくる」

「黒條百合華か?」

ナナは首を振った。

「違う。もっと純粋な。悲しい、何もない人」

ロクは、ナナが指差す方を覗き込んだ。

ナナの指先の向こうには、三つの人影が走っているのが見える。速い。一直線の最短を駆け抜けてくる。馬鹿な、あの速度で人が走れるのか。

その人影は眼下の、屋上の真下に著くと、助走の勢いをそのままに飛んだ。

「ナナ、退がれ!」とロクは思わずんだ。

理由は二つある。

一つは、その人影たちが壁面を蹴り上げ、壁面の出っ張りや、排水管を踏み蹴って一気にこの屋上に向かって駆け上ってきたこと。

もう一つは、その人影たちの手には拳銃が握られていたこと。

「紅葉先輩、ナナを!」

「わかった」

紅葉の返事を背中で聞きながら、ロクは屋上フェンスを睨みつけた。

すでに、そいつらはそこに立っていた。

フェンスの上に、絶妙な幹を保って、仁王立ちになって、こちらを見下ろしているのが一人。その左右には、獣のように小さくかがんで控えている二人。

真ん中の仁王立ち、それはだった。

の左目は、白かった。

右手に握られている拳銃よりも、ロクはその白い左目に吸い込まれた。

「どこ、法強(ファジャン)上將(シャンジィアン)、です、か」

拙い日本語の丁寧語。しかし、その口調は威圧的だ。

ロクは黙った。このは、法強の名だけは中國語で発音した。ロクの耳に埋め込んだイヤホンから、榊の驚愕した聲がこぼれる。

「馬鹿な……」

榊の絶句を初めて聞いた。彼はこのたちを見て、明らかに絶句している。

「あれは、シャンマオ!?」

シャンマオ? 中國語で山貓か?

「ロク、逃げろ」と榊のかすれ聲が鼓をなでる。

「榊、通信終了だ。作戦に変更はない」

返信を待たずに、イヤホンを耳から引き抜く。

片目だけ白いはフェンスから飛び降りて、ロクの目の前に立っていた。

飛び降りた際に、足音はしなかった。本當に山貓のようなのこなし。完全に著地の衝撃を吸収したに、地上から三階屋上へ一気に駆け上る能力。

は片手を上げて、後ろに控えていた二人に指示をだす。流暢な中國語の普通話(プートンファ)だ。

「お前たちは、中央の屋上を確保しろ。皆殺しにしても構わん。なんとしても、法強を見つけろ」

背後の二人は、小さく頷くとそのまま上に飛んだ。

ロクは目を疑った。その二人の跳躍力は人間の能力を遙かに超えていた。二人はロクの背丈を飛び越えて背後に降り立ち、そのまま中央棟の屋上に向かって走り飛ぶ。

「待て!」

と、ロクが振り返ろうとすると、

バッシュ、

と拳銃のサプレッサーが押さえ込んだ発砲音がして、足下のコンクリートを弾丸が抉った。

くな、お前には聞きたいことがある。法強上將はどこだ?」

は、銃を構えてロクに狙いを定めていた。その銃口はぶれることなく、ロクのの中心を狙っている。相手との距離は三メートル。

ロクの意識は、自分の心臓を狙う銃口に集中した。

自分には父さんのように、銃弾をさばく実力は、まだない。

ロクは黙っての様子を伺う。この狀況で主導権(イニシアティブ)を握っているのが、自分であることをすぐに察する。敵の狙いは法強に確定した。そして、まだ相手は法強の場所を特定していない。つまり、このは僕からその居場所を聞き出さなければならない。

ロクは、わざとイントネーションを崩した英語でに聞く。

「ワット ドゥ ユー セイ?」

中國語が分からない振りを裝った。こちらは時間さえ稼げれば良い。問題は先ほど中央棟の屋上に向かった二人だ。あの異常な能力はなんだ。あの二人に邪魔をされては、榊たちは屋上の安全を確保できない。

このを倒し、一刻も早くあちらの援護に行かねばならない。ロクは改めて片目が白眼のを見據える。

はこちらを睨んでいた。白眼の左目に対して、右目は黒い。髪も黒く、も淺黒い。そのはよく鍛えられて均整がとれていた。

「とぼけるな」とは中國語で鋭く言いすてた。「お前はあのニィと同じだろう。この程度の中國語、訳もないはずだ」

このはニィを知っている。そして、ニィと僕が同じ品種改良素であることも知っている。

「……黒條百合華、か?」

ロクは中國語で問う。敢えて、核心かられた。

の白眼が、すぅ、と細くなった。はハンドガンを握り直した。の口が小さく開いて、つぶやき聲がこぼれる。

「やはり、ニィと同じだな。鋭すぎる」

銃口が下がると同時に、火を噴いた。

の銃撃は威嚇だった。銃弾はロクの足元で跳ねたが……、

ロクはひるむことなく、発砲と同時に踏み込んでいた。

互いの距離は三メートル。一足で制空圏にれる。

ロクは右の直突きを放つ。

あの宮本でさえ、避けることが出來なかった不可視の打撃。

しかし、

はそれをいとも簡単に、左手で払い落とす。

次の瞬間。ロクの眉間には、のハンドガンが突きつけられていた。サイレンサー付きの長い銃口は、先ほどの発砲でぬるく熱を持ち、ロクの眉間をあたためる。名殘の硝煙が目にしみた。

「いい突きだ。流石はあのニィと同類」

の中國語が、ロクの驚愕を塗りつぶしていく。

「だが、私には無意味だ」

は、銃口をロクの眉間に、ぐい、と押し込む。

ロクはけなかった。

馬鹿な。あの距離で、あの突きをさばけるはずがない。ただでさえ視覚の悪い夜だ。打ち出しの初を極限まで消した最速の突きだった。これをさばけるのは父さんだけだ。こいつは一、何者なんだ。

の白眼が、こちらをにらんでいる。

「さぁ、早く答えろ。それとも、後ろの二人を殺さないと、その気にならないか。だったら、試しに一人殺してやろう。どっちがいい? デカイ方と小さい方だ。選べ」

の白眼は、無機質なを放っている。

「三秒だけ、待つ……三(サン)、二(アー)、」

ロクはその秒読みを即座に遮った。

「……分かった。法強の場所へ案する」

「ふん」とは鼻を鳴らした。白眼だけが大きく見開かれる。「お前、噓をついているな?」

ロクは目を見開いた。確かに時間稼ぎの噓であったのは事実だが、何を拠にこのはそれを斷定したのか。

「お前には、服従のが見えない」

言いに、ロクはふと思い當たる節があった。のそのような言い方は、ナナのそれに近い。

「やはり、一人ほど殺しておくか……」

銃口がロクの額から移する瞬間を、ロクは見逃さなかった。

に足を差し込んで、右拳を視覚外の顎下から繰り上げる。

しかし、の反応は異常だった。

ロクの右拳を左手で摑み抑え、に差し込んだ足の太ももの上を左足で踏み切って宙返りに飛ぶ。それと同時に、右足つま先でロクの顎を跳ね上げた。

「がっ!」とロクはんだ。

顎を蹴りあげられて揺れる脳と意識を、気合で呼び戻す。その衝撃をこらえて、距離を詰めるために前に出た。

の著地點には、すでに紅葉が殺到していた。

「紅葉先輩!」

「ロク君。合わせて!」

「はい!」

紅葉はの側面から、襲いかかる。

脇腹に左の掌底、顔面への右の鈎突き。

はくぐり抜けるように、紅葉の打撃をかわす。

ロクはに向かって飛んだ。

ロクはその長い腳での顔面をなぐ。

をよじって、それをやり過ごした。

ロクは著地した同時に、姿勢を低く腳を組み替えて、の背後から足を払う。

は跳ねて、それをかわす。

その中空狀態に向かって、紅葉の掌打が迫ったが、十字に腕を組んでけ止めた。

紅葉先輩の打撃をけるのは悪手だ、とロクは口を歪める。

先輩は崩しと投げの天才だ。

紅葉は、け止められた掌打をそのまま摑みに変えて、そのまま相手の腕を回し崩した。その途中で相手の関節を巧みに絡めてそのまま崩し投げる。

完璧に相手の力の流れを捉え切っていた。

が風車のように、回って床に叩きつけられる。

紅葉が、腕を摑んだまま、の顔面に踏み込む。

は拳銃を持ったほうの腕で、紅葉の踏み足を払って、顔面を踏み潰されるのをよけた。

「チッ」

と、が舌打ちをして寢そべったまま、紅葉の顔面に銃口を向けた。

そのハンドガンを、ロクがローキックで跳ね飛ばす。

パシュッ、とサイレンサーの発砲音を響かせながら、拳銃は床にクルクルと回って転がる。

紅葉は銃撃をかわすためをそらしたために、への拘束が緩んだ。

は跳ね起きる。

ロクの右の直突きを放ちながら、それに殺到する。

不可避の速度をもつはずのそれを、はまたも躱(かわ)す。しかも、カウンターでロクのに拳を、ピタリ、と當てた。

ロクは逆が立つのをじた。

速いだけで威力のない拳がに當たっている。それにロクは危険をじた。このじは前にじたことがある。

ロクは全力で後ろに飛んだ。

「チェッ!」

と、の気迫と同時に、ロクのから全へと凄まじい衝撃が広がる。

——寸勁、だと。

ロクは勢を崩しながらも著地する。咄嗟に後ろに飛んで衝撃を逃したが、の構造をぐちゃぐちゃにされたようなダメージがに殘っている。

間違いない。あれは八極拳の寸勁。榊と同じ技だ。

「なんて奴だよ」と紅葉がこぼす。「ロク君と私が二人がかりで、やっと互角か」

はロクと紅葉に囲まれながらも、堂々と構えている。その構えはニィと榊のそれとよく似て重心が低い。

の口が開いた。

「驚いたな。これほどの手練れが二人もいるとは」

の口調には余裕がある。

ロクは焦った。目の前のの不可解な強さ。それに中央棟に飛び移ったあの獣のような二人。このままでは、あいつらが殺されるかもしれない。簡単にやられるような奴らではないが、こいつらの実力は未知數すぎる。早く、このを倒さなければ、狀況は悪化する一方だ。

ゆらり、とロクのが揺れた。

「紅葉先輩、ナナをお願いします」

ロクはそのまま數歩、踏み出した。

「無駄だ」とが口をゆがめる。「私には見えている」

——だったら、このが見えるか。

ロクが右半のまま、右の直突きを繰り出した。

は薄く笑いながら、を組み替えながらそれを避けて、カウンターの左拳を差し出した。

そのカウンターがロクの顔面に當たる瞬間、ロクがの視界から消えた。

は目を見開いた。

ロクはの背後に回り込んでいた。

そのまま、の脇腹に右の拳を突き上げる。

だが、

の肘が、ギリギリのところでそれをけ止めていた。

「馬鹿な」とロクが狼狽する。

は打ち込まれた打撃を、しかし、完全にはけ止めきれずにごと回転する。その回転を利用しながら、後ろ回し蹴りをロクの顔面に叩き込んだ。

ロクが完全にはそれをけ止めきれず、後ろに吹っ飛ぶ。

も、勢を崩して、その場に膝をつく。

が深く、息を吐く。

「なんだ、今のは? 消えたぞ。が見えなければ、やられていた」

は口元を袖で拭いながら、ロクを見た。

吹き飛ばされたロクは肩肘をついて両手に拳銃を持っていた。が床にこぼした拳銃だ。それを両手で構え、に狙いを定めていた。

「だったら、これが見えるか」

ロクは引き金を引いた。

パシュッ、と手元で音が跳ねる。

ロクはGOAのもとで、一通りの軍事訓練をけている。基本的な銃の扱いには十分な心得があり、その度は一般の隊員をはるかに凌ぐ。

その正確な撃による弾丸がに向かってまっすぐ飛ぶ。

しかし、はすでにをひねり位置をずらしていた。

ロクにはが弾丸を捌いたように見えた。

まるで、父さんのように……。

ロクの思考を、絶句が埋める。

「私には、見えている」との流暢な中國語。

はゆっくりと立ち上がった。

「お前の、子どもが蟲を殺すような、ぬるい殺意が」

その左の白眼が、月明かりの中で、ぼぅ、と闇に浮かび上がっている。は腰からサバイバルナイフを取り出した。

「さあ、坊や。もう一度聞く。法強はどこだ」

その時だった。

ピー、と館放送を知らせるシステム音が闇夜の靜寂を切り裂いて、「私は法強だ」と法強の中國語がながれた。

事前に指示していた録音による攪放送だ。これを利用して、相手の揺を引き出し、狀況を打開しなければならない。はその放送に気を取られている。チャンスだ。やはり、法強はなかなかにやる。

「四罪の手のものよ。俺の命がしければ車を追ってくるがいい。俺は今からこの孤児院を出する」

? とロクは戸った。こんな事は指示にはなかったはずだ。

その時。

遠くから車が乗り付けるエンジン音が向こう側でした。そしてすぐに、法強が中國語でぶ聲がする。

「俺はここだ!」

そして、すぐその後に、自分の父親の間延びした聲が続く。

「こっちです! 法強さん、早く乗ってください」

再びエンジン音がとどろいて、車が急発進した。

チッ

と、は舌打ちをして通信機を取り出した。

「総員、撤収し法強の追跡に移れ。驩兜(ファンドウ)兵二名もだ。私も移する」

そう言い放って、は父さんたちの聲がした方に駆けだして、屋上のフェンスを乗り越えて闇夜に姿を消した。

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