《[完結しました!] 僕は、お父さんだから(書籍名:伝子コンプレックス)》[3-21]遠い背中

寒いな、と布津野は思った。

辺りを見渡すと、ずらりと並んだ銃口が自分に集中している。周囲には車が橫付けにされて、車を遮蔽にしてこちらを窺っている人もいる。今の狀況は、ちょっと複雑だ。単純な平面スペースではなく、車が障害として點在している。車のから不意を打たれる可能もある。その一方で、それを利用して立ち回れば相手を分斷することも難しくはない。

有利か不利か、でいうと有利だと思う。夜の闇、明かりは車のヘッドライトだけだ。視界は悪く、り組んだ障害。銃で武裝した多人數を相手にするには、ちょうど良い狀況だ。

目の前の銃を構えている人を見る。

険しい表をしている。銃口にれもない。でも、彼らは心のどこかで勝利に酔っている。丸腰の相手を目の前に、裝備と人數に勝っている狀況に頼っている。それが、自分自の力であると勘違いしている。

そんな集団を相手にすることは、さほど難しくはない。

一歩だけ、布津野は前に出た。

布津野にとって、その一歩は重要だった。

その一歩を踏み置けば、前の集団を間合いに捉えることができる。自分の制空圏を拡大するための重要な一歩だった。

しかし、その重大な一歩を踏んでも、周りの顔は相変わらず余裕がある。その一歩に気がついていない。彼らは酔っているのだ。手にした銃だとか、仲間の人數とか、そんな自分の力ではないものに酔って、勝利を勘違いしている。

そんなだから、危険に気づけない。

布津野はその一歩で全てを整えていた。

ゆらり、とそのる。慣のまま移し、集団の中にった。

すでに、彼らの銃口の先から布津野は消えていた。

「呣(マ)?」

と、ため息のような困を誰かがこぼした。目の前に立っていたはずの人間が、突然、消えていた。

次の瞬間、隣の仲間の顔が跳ね上がる。

それは自分の四人隊(フォーマンセル)の仲間の顔だ。殘りの全員が中央を振り返る。仲間が空を見上げながら、どさり、と崩れ落ちていた。

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パシュッ、と消音(サプレッサー)ごしの発砲音がなる。

視線を移すと、仲間の一人があの日本人に襲われていた。発砲した銃は手刀で切り払われ、空いた脇腹に肘を打ち込まれていた。

訓練の経験からすぐに分かる。完全に崩された脇腹にあの肘打ちを當てられれば、二度と立ち上がれない。

銃口で日本人を捉えようとする。しかし、構え終わった時には、もうそいつはいなくなっている。また、消えた。

ガコッ

と、右の方から、車のボンネットに石を落としたような音がする。

あわてて銃口を向け直す。そこには、あの男が仲間の顔面をボンネットに叩きつけているのが見えた。仲間はボンネットの上で、四肢をばしてかなくなった。

「你(ニ)!」

んでから、思い出したように発砲した。

炭酸の缶を開けるような、サプレッサーの連音。

しかし、すでにあの男は車を飛び越えて向こう側に消えてしまっている。

車の向こう側では、新たな悲鳴が聞こえてくる。

「哪里?」「看不見!」といった怒聲が遅れて聞こえてきた。

周囲を見渡すと、立っているのは自分だけだった。四人隊の仲間たちは足下で倒れている。闇夜のせいで足下まではハッキリと見えない。「正生活嗎?」と聲をかけても返事はない。ただ闇の中に溶け込んでいる。死んでいるのかもしれない。

すると、今度は背後から、また悲鳴と銃聲が上がる。振り返ると、暗がりの向こうから音だけが聞こえる。車のライトが逆になってよく見えない。悲鳴と怒聲と銃聲。何かが蠢いているような闇から、音だけが聞こえている。

今、ここで何かが起きていた。理解の及ばない何か。抗えない何かだ。その何かに仲間たちは消されている。まるで化けに闇の底へと引きずり込まれたように、戻ってこない。か細い悲鳴だけが向こうからいんいんと響いている。

ここは、日本の郊外の車道だったはずだ。

都會の街頭などはなく、車道にまばらに置かれた照明燈がやけに遠くにっている。頼りになる明かりは取り囲んだ車両のヘッドライトだけだ。しかし、指向の強いそのは目を刺して、逆に周囲の狀況を把握しづらい。

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あることに気がつく。

自分たちは完全に分斷されてしまっている。

他の仲間たちの理的な距離は近い。二十メートルもない範囲に數十名の仲間たちが集結しているはずだ。しかし、闇夜で視界が十分に確保できない上に、車両がじって配置されている。數の有利がまったく発揮出來ない。

仲間たちの悲鳴がまた上がる。

まるで整列橫隊での號令點呼のように、右から左へ、悲鳴が上がっていく。はじめのは銃聲や怒聲も混じっていたが、それはだんだんと數を減らしていき、悲鳴だけに変わっていく。

そして、

ついに靜寂が自分を包み込んだ。

殘っているのは自分だけだ。自分の呼吸が荒くれて聞こえる。それ以外の音はもう無くなっていた。

「有正生活的者嗎?」と闇にむかってぶ。

聲を出せば、あの男に自分の居場所を知られてしまう、そんな事に気がついたのはんだ後だった。ばずにはいられなかった。何が何だか分からなかった。

返事はない。全員が闇に吞まれた。どこにもあの男はいない。日本人なのに背が小さかった。顔も普通だった。自分たちと同じような、そんな外見をしていたのに。

「山貓還不來嗎?」

と、腕時計に視線を落とす。山貓はまだ來ないのか。こんなのは、あの化けの仕事だろ!

その時、足音が近くで聞こえた。

その音に向かって、拳銃を構える。すると銃口の先に、あの日本人が姿を現した。のそり、と歩いている。ようやく姿を現した。そいつは自分の銃口の先にいる。

引き金を引く。

炭酸みたいな音。

目の前の日本人は、をわずかにひねっていた。相変わらず、のそり、と歩いている。まるでさっき撃ったのは錯覚だったように無傷だった。無傷のまま、こちらに向かって歩いている。

二発目、

を撃とうとした瞬間、引き金がまるで溶接されたかのようにかない。気がつくと、自裝填のためのスライドが摑まれて固定されている。

その日本人の穏やかな表が、目の前にあった。

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そこで意識は途切れた……。

相手が油斷していたから簡単だった、と布津野はをなでおろした。

足下に何人も男たちが橫たわっている。その男たちは最適化されていなかったし、おそらく中國語らしき言葉を話していた。法強さんを暗殺しにきた中國の部隊なのだろう。ちゃんとした狀態で戦えば、強敵だったに違いない。

真田さんの車のほうを振り返ると、法強さんが外に出てきたところだ。周りを何度も見渡して、目を閉じたり開けたりしている。

「法強さん、」

と呼びかけると、目を覚ましたようにこちらを見る。

「……」

「攜帯、ちゃんと押してくれました?」

じゃないと、またロクに怒られてしまう。

「布津野さん、貴方はいったい……」

「上手くいきましたよ」

「一般兵とはいえ、相手は四罪の鋭のはずだ」

「油斷してくれましたので、」

そういう問題ではない、と法強が問い詰めようとした瞬間、布津野はあることに気がついた。法強が持っている自分の攜帯がどことなくなおざりだ。

「あの、押してくれてました?」

布津野は法強が漫然と持つ攜帯に視線を移す。

「え、……ああ。すまん。忘れていた」

「えー」と聲をあげる。

慌てて、法強から攜帯をけ取ると、位置報の送信ボタンを押す。そして素早くメッセージも打ち込む。『ごめんなさい』っと。多分、許してくれないと思うけど、気休めくらいには……。

すると、遠くからエンジン音が近づいてくるのが聞こえた。

「あ、GOAかな」と布津野は振り返った。

それは、すごいスピードで近づいてくる。

バイクだ、三臺。

その二臺は近づいてきても一切、スピードを緩めることはなかった。そのままのスピードのまま、左右の二臺に乗っていた人影が跳んだ。

それは、人とは思えない跳躍力で、布津野たちの頭上を飛び越えて背後の車両の上に降り立つ。その衝撃で崩壊する車両の上で、まるで獣のような前屈みの姿勢で二人がこちらをのぞき込んでいる。

「驩兜(ファンドウ)兵か、」と法強が布津野の背中を守るように構えた。

「ファンドウ?」

「四罪の伝強化兵だ。気をつけろ。もう一人は、あの山貓(シャンマオ)に違いない」

「シャンマオ?」

布津野はもう一人のほうを見た。その人だけは、布津野の前で普通にバイクを止めていた。そのすらりと長い足を上げて、降りる。背の高いの人だ。その顔をみて、どきっ、と驚く。片目が真っ白だった。その目はこちらを睨みつけている。

白眼の彼が口を開いた。

「你是誰?」

しかし、中國語なので布津野には分からない。

布津野はボディーランゲージと表を駆使して、中國語が分からないこと必死にアピールしてみせたが、は続けて布津野に問い詰めた。

「你沒有!」

それは大きな聲だった。白い目を大きく開いて、の人はこちらを凝視している。その表は険しく、は震えていた。どうやら怒っているみたいだ。仲間がやられてしまったのだから、しょうがないのかもしれない。

布津野は困ってしまって、法強に問いかける。

「あの、彼はなんと言ってるのですか?」

法強は後ろの二人をにらみつけながら、布津野に答えた。

「……がない、だと」

?」

「貴方にはがない、と言っている」

「僕に、がない?」

まるでナナみたいなことを言う。ただ容はナナとは正反対だ。どういう意味なのか、とても興味があるのだけど、中國語が話せないのでどうしようもない。勉強は世界を広げるもので、言語はその最たるものだ。んな言葉をしゃべれるロクはきっとんな世界を知っているのだろう。

「布津野さん、」

法強の呼びかけが、布津野を思索から呼び戻す。

「後ろの驩兜兵は俺が相手をする。シャンマオを頼めるか」

「はぁ」

と、曖昧に布津野は了承した。を相手にするのは気が進まない。

「叔父貴! 手伝いましょうか」と真田さんの聲もした。

「法強さんのほうをお願いします!」

振り返らずに、それに答える。

背後のほうも気になるのだが、目の前でもの凄い形相でこちらをにらみ付けているの人もとても気になる。何か気に障ることでもあったのだろうか。の心理というものは、自分にとっては々と諦めてしまったものの一つだ。

倒すなら出來るだけ痛くない方法がいいな、と思う。が、油斷はしない。相手は法強さんを殺そうとしているのだ。そんな相手に中途半端は絶対にしない。

——もう二度と、あんな事はしない。

償えない罪。佐伯さん。あのは僕のせいで死んだ。僕が殺さなかった男に殺された。二度と間違えない。守りたいなら、ちゃんと殺す。僕が守りたいのは自己満足じゃない。

の人が、こちらに近づいてくる。何か怒鳴っている。來ないでしいけど、躊躇はしない。殺さずに守れるようには僕は出來ていない。やる。やれることを、やる。

布津野は、息を吸って、ゆっくりと吐いた。

一瞬で意識が、空っぽにおちていく。

は、思考から解放されて、自由になる。

目が見たものが思考を介さずに、が呼応する。

その狀態には、區別がない。

善と悪という境界がない。

言葉すらない。

ただ、がある。

修練を積み重ねた渾だけがある。

その渾いた。

認識の疎外から、その打撃は放たれる。

そのが、その攻撃に気がついた時、

握りしめられたその拳は、の顔面の直前で、ぴたり、と止まり。拳風が優しくの睫をなでた。

人の悪意を見るその白眼には、布津野のが見えなかった。

は、自分は死んだ、と思った。

なくとも、は死んだようにけなかった。膝が勝手に崩れて、その場にへたり込んだ。まるで、先ほどの寸止めの風圧で脳が吹き飛ばされてしまったように、が言うこと聞かない。

どうやら、まだ死んではいない。あの拳は寸止めだった。でも、この拳はいつだって自分を殺せた。殺せたはずなのに、生きている。私はまだ生きている。

でも、この男は生きているのに、が無い。

が無いくせに、この男は人を殺せる。悪意が無いくせに殺す。が無いから、私だって簡単に殺せる。

この男は、恐ろしい。

「逃げなよ」

と、男が何か言っている。日本語だ。何と言っているのか分からないが、優しげ聲だった。男は拳を引いて、曖昧に笑った。

「ほら、早く。グッバイ、だよ」

手をひらひらと振っている。後ろのほうで連れてきた驩兜兵もこちらを凝視している。ターゲットの法強上將もそこにいた。

私は、暗殺者だ。

指示されたターゲットをリストの上から消していく。その一方で、下から新たなターゲットが追加されていく。私がリストを減らして、誰かがリストを増やしていく。そんなベルトコンベアのような流れ作業が私の全てだった。

たまにリスト上のターゲットがすべて無くなってしまうことがある。私が殺すペースに追加が間に合わなかったのだ。すっきりと、全部なくなると、私は暇になる。誰もいない部屋で、人の悪意がない無の空間で、リストに追加されるのをじっと待つ。何もない無のそんな時間が好きだった。

人は死ぬと、が無くなってしまう。

ターゲットを追い詰めて、殺してしまうとが無くなる。人の悪意が消えるその一瞬も嫌いじゃない。

いつか、彼らと同じように、自分も死ぬのだろう。出來れば、誰もいない部屋でゆっくりと死にたい。誰もいない自分の部屋で、死んで無になっていく自分を眺める。いつか死ぬのなら、そんな最後がいい。貓のように誰もいないところで、ひっそりと死んでいく。

……だけど、

私は、今さっき、死んだはずなのに……。

「父さん!」

と、後ろで聲がした。気がつかなかったが、いつの間にか背後にはあのニィと同じ年がいた。彼の背後には車が止まっている。どうやら、それでここまで追ってきたらしい。

「父さん、何をやっているんですか!」

と、淡い悪意をまとった年が近づいてくる。水で薄めた墨のような淡い灰。まるで子のような、興味だけで殺し、気まぐれで救おうとする。そんなぬるま湯のような年。そのはあのニィとは全然違った。あの年は磨き上げた黒檀のような殺意をめていた。

私は私を取り戻す。

跳ね跳んで、のない男から距離を取った。そのまま腰から軍用ナイフを引き抜く。この場を切り抜けるには、あの年を人質に取るしかない。

年が構えた。

な灰が、中央に集まって警戒を示す。の濃淡から、迎撃のためにこちらのナイフを狙っているのが分かる。武蕓だけは一流だが、殺意がぬるい。が散漫にいている。分かりやすい未者。

ナイフを囮に、逆の拳でを潰す。そして、背後から締め上げて人質にする。

確実な攻略法を思い描いた時、

あののない男が、いつの間にか目の前に回り込んでいた。

それに気がついた時には、男の拳が自分の鳩尾(みぞおち)に打ち込まれていた。

打撃の衝撃がを通った。

そして、目の前で黒が発する。

殺意だ。

この男の殺意だった。

見たことがないくらいの強烈な殺意。

まるで剣で腹を刺されたような一撃が背中に抜けた。肺を摑まれて引き抜かれたような鈍痛が、遅れてやってくる。痛みで呼吸が出來ない、全の細胞が酸素を嘔吐し、脳からの命令を無視して停止する。

かすむ目の前には、黒が地獄の業火のように燃えさかっている。

怖い、

殺意が見えたのは攻撃の後。

この男の攻撃は、殺意すら置き去りにする。

私は、死ぬ。

殺されたのだ。

私が……。

シャンマオはその場に崩れ落ちた。

まだ、

まだまだなのか、とロクは立ち盡くしていた。

そこには父親の小さな背中がある。

うずくまって倒れ落ちる白眼のがいる。

遠い。

全然、想像以上に、遠い。

ほとんど、近づけていない。

一撃だった。

たった一撃で、父さんはあのを倒した。どうやって倒したのかさえ、自分には分からない。僕はあのに苦戦した。紅葉先輩と二人がかりでやっとだった。なのに、たった一撃だった。

「ロク」

父さんの聲がして、現実に引き戻される。

「このの人をお願い、僕は法強さんのところにいくから、」

「え……お願いってどういうことですか」

「助けてあげて、お願い」

そう言って父さんは走り出して向こうに消えていった。

倒れ込む白眼のがそこに殘された。こいつを助けてくれ、とはどういうことかと思い近づいてみる。かがみ込んで観察すると、すぐに理由が分かった。呼吸による部の上下運がない。平手での頬を叩く。反応がない。典型的な心肺停止狀態だ。

そのまま首筋の頸脈を指で圧迫してみると、脈は確認できない。しかし、診による脈拍判斷の信頼は低い。醫療従事者でさえ脈拍による判斷は難しいと言われている。とはいえ、部の上下運も確認できない事から、心肺停止狀態であるのは間違いないだろう。

さて、心肺停止を放置すれば三分で約80%が死亡する。助けたければ、早急に対処しなければならないが……。

ロクはさっと周囲を見渡す。辺りには見えるだけで數名の中國政府の隊員らしき人影が転がっている。おそらく父さんがやったのだろう。まったく、相変わらずとんでもない。

後、數分もしたらここにGOAが到著する。全員を拘束し、調査すれば大のことは確認できるだろう。しかし、それだけでは……。

ロクは橫たわるシャンマオを見下ろした。

——助けるべきか、このまま見殺しにすべきか。

その逡巡の後、ロクは素早くいた。

まずは、やるべき事をやらなければならない。

ロクはシャンマオの上著に手をらせてポケットの中をさぐる。弾倉や手榴弾、機能食品のたぐいは無視して、左のポケットにようやく目當ての攜帯端末を見つけた。取り出して確認すると、革のカバーに覆われている。

ロクは自分のポケットから金屬チップを取り出す。そのチップは発信だ。改良素は自分の位置報を知らせるために、こういったチップをの回りに保持している。それを端末とカバーの隙間に差し込んで、シャンマオのポケットに戻す。

やるべき事は終えた。ロクは一息つくと、シャンマオの上著を開いて元をはだけさせた。房がわになる。その真ん中に手のつけを當てて、重を乗せて押し込む。骨圧迫による心臓マッサージを三十回繰り返した後、シャンマオの顎を上げて気道を確保した。

ロクは大きく息を吸い込むと、シャンマオのに自分のを塞ぐように覆い被せた。橫目で房を睨みつけながら、息を吹き込む。シャンマオのが上がった。空気が肺までった証拠だ。を離し大きく息を吸い込んで、もう一度同じ要領でシャンマオの肺に空気を送り込む。

ロクはそうやって心臓マッサージと人工呼吸を繰り返した。それを數回繰り返し、人工呼吸で息を吹き込んだ最中に、

かはっ、

とシャンマオが息を吹き返した。

は朦朧とした目で、ロクを見上げた。

「気がついたか」とロクは問いかけた。

「……お前は」

ぼんやりとした様子でシャンマオは頭をふった。

「無理するな。心肺停止で中が酸欠のはずだ。父さんのせいで臓のダメージも大きい」

「あの男は……お前の父親」

ロクはそれには答えず、シャンマオのはだけた部を整えようと手をのばした。

シャンマオはロクの手を振り払い、飛び起きた。

「驚いた。蘇生したばかりでけるのか」

ロクも立ち上がる。

「なぜ、助けた」

「尋問するためだ。お前の目に興味がある」

「……」

「お前の目には何が見えている」

ロクはシャンマオににじり寄った。それに対してシャンマオは後退する。彼の足はふらついていた。心肺停止のダメージは抜けきっていない。

「それに、その能力も異常だ」

「……」

「答えろ」とロクは距離をつめる。

「……法強上將に聞けばいい」

そう言い捨てて、シャンマオは後ろを振り向いて逃げ出した。

「待て!」

と、制止してみたものの、ロクは追いかけなかった。もとより逃がすつもりだった。それを見越して発信を取り付けたのだ。尋問するつもりもなかった。尋問する相手ならここにたくさん転がっている。それよりも、彼には別の役割がある。

ロクは自分の端末を取り出して耳にあてる。

「こちらロク、応答してください」

「こちらGOAの千葉です。どうぞ」

「敵エージェントに発信を取り付けて泳がせました。僕の二番のチップです。相手は特殊な目を持っています。信じられないでしょうが、ナナに似た能力だと考えられます」

「……それは、本當ですか?」

「ええ、よって積極的な尾行は控えてください。見破られるのが落ちでしょう。しばらくは泳がせておきます。発信を取り外されたかどうかだけをモニタリングしてください。以降の作戦は僕から通達します」

「了解」

ロクが通信を切ると、向こうから布津野たちが近づいてくる。

「ロク」

と、布津野は手を上げている。その背後には法強や黒條組の真田がいた。黒條百合華にもこの件を問いたださなければならない。

「父さん」

「あのの人、大丈夫?」

「ええ、まあ」

よかったぁ、と自分の父親がをなで下ろすのを、ロクは不思議な気持ちで見た。この人は敵すらも気にかける。致命傷を與えたのは自分だというのに。

「それで、彼はどこ?」

「いませんよ」

首を傾げる布津野を橫目に見ながら、「逃げてしまいました」と言ってロクは法強を見た。

「あのシャンマオを退けたのか」と法強はこぼす。

「ええ、父さんが、」

むぅ、と法強は唸り「布津野さんであれば、あるいは」と頷いた。

ロクはそのまま法強に問いかける。

「そちらにも敵がいたようですが、」

「ああ、驩兜(ファンドウ)兵が二名いたが、布津野さんのおかげで追い払うことが出來た」

「ファンドウ……確か中國神話に出てくる悪魔の名前でしたっけ」

「ああ、流石によく知っている」

「貴方は々とご存じのようですね。あの山貓と呼ばれたについても、詳しく教えて頂いてもよろしいでしょうか」

法強は目を閉じて、ゆっくりと頷いた。

「仕方あるまい。祖國の恥部だが言わぬ訳にもいくまい」

「お願いします。この後、時間を確保しますのでゆっくりと話しましょう」

ロクは、次に真田のほうに視線を移す。

「黒條百合華もこの件に関わっているようですね」

真田はタバコ取り出しながら、それに答える。

「それは姉に直接聞いてください。俺に聞いても答えられません」

「何を企んでいるんですか、彼は」

「さて、ね」

真田はタバコの煙で質問を紛らわせる。

はぁ、とロクはため息を吐く。

「分かりました。僕から問いただします」

バリバリ、と遠くからヘリの轟音が聞こえる。GOAの強襲部隊が近くまで來ているのだろう。

やる事はいっぱいだ。そこらに転がっている隊員を尋問して、彼らの通信機や裝備を解析して、それから法強さんと黒條百合華からも報を引き出さなければならない。何だか疲れてきた。そういえば、今日はまだ寢ていない。

ロクがふと空を見ると、朝焼けが地平線の底からにじみ出ていた。

作者の 桝本つたな です。

3部中編、ここで終了です。いつも読んで頂いてありがとうございます!

ブクマや想もありがとうございます! 皆様の応援がなければ、ここまで書き続けることは出來なかったでしょう。

さて、中編終了まで來ましたので、殘りは後編になります。

しかし、まだ後編は完了していません。ですので完までし書き溜め期間をください。

一ヶ月くらいで、更新できると思います。GWもありますしね。5月末か6月頭になれば、また更新を再開したいと思います。

お時間を頂きますが、何とぞよろしくお願いします。

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