《[完結しました!] 僕は、お父さんだから(書籍名:伝子コンプレックス)》[3-last]山の上の空
シャンマオにあてがわれたのは、真っ白な部屋だった。
そこには、家らしきものはベッドと仕切りのないトイレがあるだけで、それらも全て白で統一されていた。シャンマオはこの部屋をとても気にっていた。
清潔でのない部屋。この空間で汚れているのは自分だけだった。自分さえいなくなれば、この部屋は完する。今、私はベッドの壁際に座ってる。出來るだけ小さくなりながら、目立たないように……。
その時、ノックの音がした。
顔を上げるとドアが開く。そこから現れたのは白髪の年。名はもう覚えた。ロクという。しい年。彼のは淡いものだったが、最近になって急に黒に近づいた。
年は部屋にって言う。
「自殺を試みたそうですね」
「……」
「しいものはありますか?」
「……」
「知りたいことは? 今後の貴方の処遇とか?」
「……」
年は近づいてきてベッドの反対側に腰掛けた。
綺麗な年だと思う。同時に不遜な鬼だとも思う。殺し合った相手の橫に無遠慮に座る。それは勝者の油斷なのか、子どもの無邪気なのか。私がつけた顔の傷は薄らいでいる。いくつかは痣になっているが、やがては消えるだろう。
年は問いかけてくる。
「食事を取っていないそうですね」
「……」
「カウンセラーが嘆いていました。どんな問いかけにも応じないと」
「……」
「貴方は、死ぬのですか?」
……、無言で頷く。
「どうして?」
どうして? 変なことを聞く。
敵に捕まれば死んだ方が良いと教わってきた。死にたいわけではなく、死にたくないわけでもない。死ぬことには、漠然とした不安があったが、きっかけがあれば乗り越えられる。ここに捕まったのは良いきっかけだ。まあ、この年には私に死なれると不都合な事があるのだろう。
「せっかく、殺さずに済ませたのに」
年はしい顔をしかめて、こちらをのぞき込んでいる。やはり、この年は傲慢だ。
「死んでしまうのなら、同じでしたね」
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しかし、この年が私を殺せたのは確かで、そして殺さなかったのは事実だ。そう言えば、この年だけではない。あののない男も……。
「……あれは、お前の父親?」
口を開くと、自分の聲がしゃがれている。久しぶりに口の機能を使った。上手くしゃべれない。口の中も乾いてカサカサだ。
「なんですか? 口を開いたと思えば、貴方も父さんですか」
年は橫目でこちらを見て、し笑った。
「が無かった」
「父さんの?」
頷いて「でも、戦えば、真っ黒だった」と続ける。
「貴方の目は悪意を見る、でしたっけ?」
年の聲が心なしか弾んでいた。こちらを、目を輝かせてこちらをのぞき込んでくる。もしかしたら、彼は単に無邪気な子どもなのかもしれない。変わってしまった彼のは、それでも、純粋なものだった。
「さて、解釈が難しい。でも、興味がありますね。父さんのが見えない。詳しく聞かせてください。が見えないのに真っ黒とは?」
「あ〜」
と、を鳴らす。
躊躇したのは久しぶりでしゃべりづらいせいもある。
しかし、見えるについてが見えない相手に説明するのは難しい。ましてや、あの男にはそのさえ見なかったのだ。私だって、あれが現実なのか信じられない。
「さっき言った意味、なんだ?」
説明できる気がしなかったので、話題を変えてみる。
「ん?」
「私も父さんですか、って言った」
「あ〜」
と、今度は年がをならした。
「父さん、あれでモテるのです」
「は?」
「だから、もしや貴方も父さんを好きになってしまったのかな、と」
クッ、と笑いが吹き上がり、肺が驚いたのか、ゴホゴホ、と咳き込む。
これは酷い不意打ちだ。この年に対しては、十分に構えていたのに……。
「大丈夫ですか」
「私が、あの男のことを、その、なんだ。好きになったのかと疑ったのか?」
「過去の実績から考えると、あり得ない話ではありません」
年の顔は、真剣だった。
「そうなのか?」
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ふと、興味がわく。
「ええ、例えば貴方も知っている黒條百合華は、その典型ですね」
「ほう、」
なるほど、今回の敗因がおぼろげに見えてきたな。そう言えば、あの黒條の頭目は私に忠告していた。確か、銃弾を避ける男に會ったら逃げろ、と。
「あの男、あ〜、つまりお前の父親だ。あれのことか」
「そうです」
「そうか、あの恐ろしい男のことか……」
「恐ろしい?」
「あいつは、がないのに人を殺せる」
あの男の攻撃は、殺意すら置き去りにしたのだ。
年はなにかを飲み込むように、言葉をつく。
「……和合すれば簡単に殺せる」
「なんだ?」
「父さんの教えです」
「それは……凄まじいな」
事実、私はあの男に手玉に取られた。初めて、絶対に敵わない相手に出會った。私の戦はこの目に依存するところが大きい。のない相手に敵うわけがない。殺意もなく、人を殺せる者など、もはや人間ではあるまい。
「……あの時のお前も、が見えなかったな」
年の顔を見る。そのしい顔が崩れてほころんでいた。その笑顔に、ちょっと時間を忘れるくらい、見とれてしまった。
「あわせて、もらって、かえす」
年は、そうつぶやいた。
「……なんだ? それ」
「これも父さんの教えです」
「あわせて、もらって、かえす?」
「そう、解釈ができない」
年はそう言って、目を輝かせてこちらを見る。
「どうでした? あの時の僕は? ほんのしだけですが、出來た気がした。あわせて、もらって、かえす」
「……よく分からん」
私が負けたのは確かだが、あの一瞬のことは良く覚えていない。まるで奔流にのまれたように世界が回転して、いつの間にか年の腕の中に私はいた。
「……そうですか」
年はそうつぶやいて、うなだれた。その様子はなからず傷ついているような気がした。彼には何か期待する言葉があったのかもしれない。それを言い當てることが出來なかった自分が、不甲斐なかった。
「で、」
と年はゆっくりと立ち上がった。
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「貴方は死ぬのですか?」
「……ああ」
年はこちらを振り向いて言う。
「死ぬ前に、一つお願いしたいことがあるのですが」
「……なんだ」
「やってくれますか?」
「容による」
「簡単なことです」
「さっさと言え」
年は手を差しべて、いった。
「僕の稽古相手になってしい」
年の淡い黒が、ふっ、と消えた。まるでこの真っ白な部屋の一部になったように、年は綺麗な白で構されていた。そこに思はない。無邪気な興味だけでそこに立っている。
手が勝手にいていた。気がついた時には年の手を握っていた。その手が意外に溫かいことに驚いて、「あっ」と口から聲がもれた。
「稽古は不定期の仕合です。僕を殺すつもりでお願いします。期限は、そうですね、僕が貴方を圧倒できるようになるまで、でどうですか?」
私を圧倒する? そんな事は不可能だ。あの男でない限り。
「……いつまでだ?」
「可能な限り、早く終えるつもりです」
年の目が細くなって、真剣なを放った。
「僕が、父さんを超えるまで」
シャンマオの視界には、ロクの奧底であの黒炎がちらつく。綺麗な純粋な黒。
まぁ、いいだろう。
どうせ私は、あと五年もすれば壽命で死ぬ。強化個の壽命は短い。殘りの余生をこの年の妄想に付き合ってやるのも、悪くないかも知れない。
◇
「布津野さん、褒めてくださいよ」
「流石、ニィ君だね。すごい。……ところで、何をしたんだい?」
「何も分からないくせに、とりあえず褒める。その安っぽい反応は、流石の偽善者ですね」
「でも、何かをやり遂げたのだろう? おめでとう!」
「ふふ」
布津野は缶ビールを片手に家のベランダに出た。
今は、夜の十一時くらいだらか、ニィ君のいるアメリカは午後二時のお晝間だ。攜帯端末の向こうのニィ君は何か興しているようだ。酒で火照ったに、冬場の夜風は気持ちよいのか寒いのか曖昧な夜。
それでも、ニィ君との話はとても楽しい。
「でも、愚か者にはし難しい話なんですよ」
「その愚か者に分かりやすく話せるのだから、ニィ君はすごいなー。憧れちゃうなー」
「ふふ、まあ、その安いおだてに乗って差し上げましょう。今日はちょっとばかし気分が良いのです。すこぶるね」
「どうしてだい?」と布津野は笑う。
ニィ君は本當に愉快な子だ。榊さん達に慕われるわけだ。
「ロクの奴に貸しを一つ作れたからです」
「貸し?」
「ええ、貸しです。もしかしたら一つじゃないかもしれない。二つや三つ分くらいはあるかも知れません」
「つまり、いつか返してしいのかな?」
「……本気で思うのですが、貴方は時々、相當に意地の悪いことを言いますよね」
ハハッ、とから笑いして誤魔化す。
あのニィ君に意地悪と思われたのなら、それは相當な意地悪なのだろう。僕としては、ロクとニィ君には仲直りしてしいだけなのだが、まあ々と難しいと思う。
「ごめんね」
「息を吐くように謝らないでください。この冷者」
「それで、何が貸しなんだい? 出來るなら僕が変わりに払ってあげよう」
「ほう、言いましたね。何でもすると?」
「できることならね」
ふむ、と攜帯の向こうからは、ニィ君が何やらブツブツとつぶやいている聲がする。「布津野さんに、代わって払ってもらうのも……、確かにロクなんぞに何をさせても面白くもない。ああ、うん。……これは面白いな」と何かブツブツとつぶやいている。
——何やら不穏なことを言っているな……。
「思いつきましたよ!」
さて、何が飛び出すやら。
「お手らかに」
「流石の日和見ですね。いざとなったら、すぐに置きにくる」
「大人だからね」
「枕詞に汚いが抜けていますよ」
「汚い大人だからね」
「そんな、大人としてのプライドもない布津野さんに挽回のチャンスを差し上げましょう」
どうやら、何かを頂けるみたいだ。
この子は突拍子もなくて、無茶ぶりをする癖があるから困ったものだ。ビールをぐいっと飲む。さて、汚くてプライドもない大人としては、何とかして適當に誤魔化してうやむやにしたいのだけど……。
「今度、アメリカに遊びに來てください」
「へっ……別にいいけど」
意外に簡単なお願いだったから、反で了承してしまった。
「イエス!!」
布津野の攜帯の向こうからは、まるで子どもみたいな聲がしていた。
◇
ロクが榊の病室を訪れるのは、これで三回目になる。
「やあ、閣代行役が直々にとは恐れる」
片方しかない腕をギブスで固定されてしまった榊は、顎をくいっと上げてロクを迎えた。
「閣府からここは近いからな」
「本當に、有り難みのない奴だ」
からからと榊は笑った。
ロクは用意した個室の部屋を見渡すと、そこにはいくつもの果やら花やらが飾られているのがよく分かる。
「人気者、だな」
「ん、ああ。皆、よく來てくれる。おで見舞いの品が余ってな。食べていくといい。ただし、冷凍庫のハーゲンダッツはだめだ」
「飲みがいいな」
「冷蔵庫の中だ。自由に選べ」
ロクはベッドの近くに備え付けられた冷蔵庫を開ける。
炭酸に果ジュースにお茶のペットボトル。々あるが、グレープフルーツの缶ジュースがあったので、それにする。
「へぇ、グレープフルーツか?」
榊がロクに問いかけた。ロクは椅子をベッドに寄せて腰掛ける。
「まぁ、な」
「私はあの酸っぱいのは嫌いだ」
「じゃあ代わりに飲んでやろう。消費の棲み分けが出來ていいじゃないか。無駄がない」
「ジュースは甘いのに限る」
「お子様だな」
「お前が捻くれてるだけだ」
そうかもな、とロクは缶ジュースに口をつけて、すぐに後悔した。グレープフルーツの強い酸味が口の中の傷にしみたからだ。
「ナナちゃんもよく來てくれる」
榊はそう言うと、ロクに「アップルジュース、100%のやつ」と短く命じた。
ロクは言われるがままに冷蔵庫の中をのぞき込む。奧のほうにまだそれは殘っていた。
「それに、布津野さんも」
「一緒か?」
「そう、いつも一緒だな」
「ナナは父さんの事が大好きだからな」
「お前もたいがいだがな」
榊が不可解なことを言う。
「ん、どういう意味だ」
「おいおい、無自覚か?」
榊は口をへの字に曲げて、顔をしかめるロクを見た。
「……?」
ロクは何気なく缶ジュースを差し出したが、榊は頭を左右に振ってロクを睨みつける。それでようやく気がつく。彼の唯一の片腕はギブスで固定されているのだ。缶を渡されても飲めるわけがない。
ロクは慌てて缶を開けて、左右を見回す。
「ストローとかは?」
「ないぞ」
「そんな訳はないだろう。看護師から貰ってこよう」
「本當にお前は、」と榊が呆れた。「モテない奴だな」
ロクはそう言われて困した。同じようなことを黒條百合華から言われたことがある。あの時は納得出來なかったが、不思議と真実を突きつけられたような気がした。僕は、どうやら本當にの子にモテないらしい。
「ほら」と榊が顎あげる。「飲ませてくれ」
ロクは榊が何を要求しているのか、すぐには理解することが出來ずに、缶ジュースを両手に持って立ち盡くす。右手にグレープフルーツ、左手にアップル。酸味と甘味に挾まれた自分。
「ほら、早くしろ」と榊がこちらを睨む。
「あ、」
「言っておくが、口移しではないぞ」
「……馬鹿な事を言うな」
ロクはそう言って、榊の橫に近づいた。近くに寄ると榊は目を閉じて、その小さな口をし開く。顔が近い。缶ジュースを近づける。缶をもった手が彼のにれた。それはとてもらかかった。
そっと、口の中に果を流し込む。
くはっ
と、榊が飛び上がった。
「何だ、これは! 酸っぱい」
ロクは榊の口に當てた缶を、目の前に掲げて見せた。
「グレープフルーツだ」
「貴様、私は」
「好き嫌いは良くない」
「そういう問題ではない!」
二人のギャーギャーと騒ぐ聲が、廊下までこぼれていた。
◇
布津野は右半に構えて、相手を見る。
前に対峙しているのはロクだ。今回の事件がひと段落して久しぶりの、いつもの夜の稽古。家の地下にある、し広めの畳敷き。ここは、ロクがまだ僕よりもずっと背が低かったころから使い続けている稽古場だった。
大きくなったロクは、僕と同じ右半の構え。軸が真っ直ぐに通ったに、緩やかにばされた両手。拳はらかく開き、膝は重心をたくわえている。とても綺麗な構えだ。
久しぶりだな。二人きりの稽古は。
ロクの呼吸をじる。細くて鋭い。まるで針を豆腐に落としていくような、深さのある呼吸だ。良い気が通っている。それに加えて、今日のロクには深みが出てきた。懐(ふところ)が出來上がってきたのだろう。
まだ十五歳だ。合気を初めてまだ五年しか経っていないのに、ロクは極意を習得しつつある。當然だけど、僕よりも圧倒的な早さで、ロクは長していく。
あわせて、もらって、かえす。
僕が長い間かけてにつけた事を、この子はあっという間ににつける。この子は誰よりも努力している。いつだって一生懸命だ。もう、僕が教えてあげる事など、ほとんど殘っていないのかもしれない。
ただ、ひたすらにロクに向かって構える。
ピン、と糸が限界まで張るような張。
はじけば音が鳴るような空気。
吸い込まれてしまいそう。
本當に強くなった。
親ばか、じゃないだろう。
きっと、あとしだ。
ほんのちょっとで。
きっと、そう……。
この子は僕を追い越してしまう。
「ロク?」
と、稽古中なのに、思わず問いかける。
「なんですか?」
「もし、」
もし、僕よりも強くなったら……。
「……」
無言のロクの目は真剣なままだ。
想像する。ロクが僕よりも強くなった時のことを。この子ならきっと僕がたどり著けなかった先へと行けるだろう。そしたら、僕は、もう……ロクに必要とされなくなるのかもしれない。
それは、とても嫌だな。
でも、それでも、
冴子さんも、ナナも、そしてロクも……。
大切な僕の家族は、こんな僕を好きでいてくれる。何をやってもダメだった僕を、父さんと呼んでくれた。その優しさに、もうしだけ甘えてもいいだろうか?
「きっと、もうすぐなんだろうけど」
念のために、今のうちにちゃんとお願いをしておこう。
「なんですか?」
「ロクが、僕よりも強くなったら……」
ロクの呼吸が止まったのが分かる。
「今度は、僕に々と教えてね」
——馬鹿な事を言うな!
と、ロクは怒鳴りそうになるのを堪えた。
何が、自分よりも強くなったら、だ。馬鹿な事も言うのも普段だけにしろ。こちらにはそんな戯言など聞く余裕なんて一ミリたりともないのだ。
見上げ続けた山の頂きは、登ってみなければ決して分からない。
月日を尖らして、年月を費やして、ようやくここまで登ってきたのだ。いころから見上げ続けてきた雲の上に、ようやく顔を出したところなのだ。
そして、思い知る。雲の上には遙かな空が広がっていた。
過去の自分の過ちが恥ずかしい。過去に戻って自分の首を絞めてやりたい。數年前の自分など掃いて捨てるべき存在だったのだ。よくも分かりもせず吠えていたものだ。父さんよりも強くなったと思い込んでた時期が、僕にはあったのだ。雲よりも上の世界があることなど、気がつきもしなかった。
実際はどうだ。
合気の奧義の一端に手をかけたからこそ、初めて理解できる。
父さんは山じゃない。空だ。
いころからこの人と対峙してきたのに、初めて気がつけたのだ。自分がどれほど配慮され、優遇され、優しく、丁寧に、指導されてきたのかを。
一足だ。
父さんが置いたその一足で、自分は死地に取り込まれた。父さんの制空圏に飼われている小鳥のように、今まで僕はこの籠の中でさえずっていただけなのだ。
冷や汗が流れ、息がつまる。
すでに殺されているはずなのに、僕はまだ生かされている。
五年間もずっと、何萬回も父さんはこれを繰り返してきた。そして、僕は何も知らずに、恥知らずにも、何萬回も生かされてきたのだ。
あわせて、もらって、かえす。
その奧義は、手順じゃなかった。全然ちがったのだ。あわせる事はもらう事で、もらったと同時にかえしている。本當は、この三つを同時に終わらせるのだ。父さんはただ、最後のかえす事を、ゆっくりと優しくしていただけだ。
もう、退がれない。
し前の自分を嘲笑する。何が自分の間合いだ。長差なんて検討違いもはなはだしい。長が高いから遠間なら自分が有利だと? 全然ちがう。稽古のために退がらせてもらったに過ぎない。本當なら、
退がった瞬間に、殺される。
「父さん」
と、うめきに似た聲を絞り出す。
「なんだい、ロク」
「どこまで、」
空の極みは、一どこの果てまで、
「どこまでも」と父さんは言う。
もう半歩、父さんが足を前に踏んだ。
それで、世界が固定された。
その一足が全てを完させたのだ。
一足、一息、一即で、和合する。
すでに、あわせている。
もう、もらっていた。
いつでも、かえせるのだ。
間合いなど関係ない。相手にれずとも、気を通わすだけで、相手と一つとなっている。
——これに、勝てるのか。
父親の呼吸が、すん、と落ちた気がした。
自分のが、前に出た。自分も前に出る以外にない。父さんが稽古のために用意した隙に真っ直ぐ打ち込む以外に、何も見つからない。
繰り出そうとした直突きが、拳の形をす前に、父さんは視界から消えた。
ああ、これも全然違った。相対速度なんかじゃなかった。拳を打ち出すための加速より前に、父さんは消えてしまった。僕の消えるりは、父さんのとは全然違ったのだ。
世界が傾きだした。
もらわれた力が、自分にかえってくる。
ゆっくりと、
どこまでも優しく。
何の痛みもなく、背中から畳におろされる。
見上げる視線の先にあるのは、天井と父親の顔だけ。
まだだ、
まだまだ、遙か上に……。
「まだです」
と、自分に言い聞かせるために聲をあげる。跳ね起きて、もう一度構える。重心の位置はここのはずだ。それは分かったのだ。分からない事は増えたが、分かった事もあるのだ。
聲を張りあげる。
「もう一本。お願いします!」
僕は前に進んでいる。父さんに近づいている。
——第三部『僕は35歳、ロクはとても頑張っているから』 終了
作者の 舛本つたな です。
これにて、第三部、完となります。
ここまで、お読み頂いき、またマイリスト、想など本當にありがとうございます。
本作は、本當に読者さまに恵まれた作品だと思います。二年前から応援頂いている読者さんも多くいて、自分がんなものに支えられていることを実しています。
せっかくの後書きなので、々と振り返ってみたいと思います。
三部は、年マンガみたいな話になりましたね。
気がつかれた方もいるかもしれませんが、意図的に主人公をロクに変更し、彼の長をテーマにしていました。
楽しかったですが、何というか作者としてはヒヤヒヤして書いていました。
何というか、布津野が主人公の時のような安心がないんですよね(暴)。
三部は前・中・後編の三段構なのですけど、中編だけは布津野が主人公として前に出てきましたね。
あの時は、書いている私も安心してしまいました。
ロクが主人公でハラハラしていた後だっただけに、布津野が前に出てきた瞬間に、もう勝ち確定のBGMが脳に再生されていました。
そんな危なっかしかったロクも、三部を通してしっかりと長してくれたと思います。
いつか、彼が布津野のように安心のある大人になってくれれば嬉しいですね。
それと、新キャラの榊夜絵。
彼は読者さんの想から生まれたキャラですね。
私が「ロクにヒロインがしい」と想でつぶやいていると、「ロクには新しいヒロインを!」というご意見をたくさん頂きました。
そこでライバル役のニィと複雑に絡ませてドキドキさせよう、として出來たのが榊夜絵です。
ニィに憧れる彼は、気持ちの良いっぷりでしずつロクと仲良くなっていきます。
他にもヒロインの可能があるキャラはいるのですが、それはゆくゆく明らかにしていきたいな、と思います。
ロクとニィと榊たちの模様を、まるで子供たちの青春を眺めている布津野のような気持ちで、楽しんで頂けますと嬉しいです。
それと、書籍化しましたね。
主婦の友社さまより、書籍化の連絡があったのは昨年の8月だったと思います。
ちょうど二部を投稿していた時で、皆さまからいただいたポイントによって初めて日刊ランキングに掲載された直後でした。
書籍化の機會を頂けたのも、多くの方が応援してくださった結果なのだと実しております。
せっかく頂けた書籍化の機會、改稿は徹底的にやり込みました。
編集からも々なアドバイスを頂いたのですが、皆さまの想からも課題を徹底的に洗い出し、『Webよりも面白いもの』を目指して語をやり直しました。
説明的で冗長な部分はバッサリと削除し、キャラクタの絡みを追加していきました。
10萬字だったのを19萬字に拡張しただけでなく、そもそも展開すら変更しています。
特に、後半は完全に新規ストーリーになっています。Web版では第二部で出てくるはずの真田が書籍版では第一部から登場したりしています。
Web版よりも、ずっとシリアスに、でもギャグは手を抜かない。
結果、増大したページ數に、擔當編集が青ざめたのはいい思い出です。
編集の指示では13〜4萬字が普通だと言われたのに、まさかの19萬字を提出! 増大するページ數、膨らむ印刷原価、圧される主婦の友社の利益率……。
それでも、主婦の友社さまは「確実に面白くなった!」と言って頂き、編集長の即決で、出版に踏み切って頂きました。
本當に謝しております。(売れても利益出ないのでは?)
そんな書籍版『伝子コンプレックス』は2017年6月21日(水)に発売です。
発売日に記念として特別短編をWebで投稿しました。
活報告で、皆さまに短編の容をアンケートした結果、圧倒的な人気を誇ったのが冴子さんでした。
……メシ激ウマ正妻キャラの冴子さんは、読者の胃袋もガッチリと摑んだみたいですね。
<特別短編のアンケート結果>
1)ニィ 3票
2)ロク 1票(同票)
3)冴子 8票
4)その他 5票
ロクぇ……。しかも、お前、途中集計で得票數0だったから、読者さんが「かわいそうだから、」と言ってくれた同票だぞ。候補に挙げていなかった百合華にすら1票っていたというのに……。
作者は、ロクが本當にモテないのでは、と不安になりました。
第四部はニィを主人公としたアメリカの話です。
無化計畫発表後のアメリカで、ニィが暗躍する政治サスペンス。
引き続き、よろしくお願いします。
【書籍化作品】自宅にダンジョンが出來た。
【書籍化決定!】BKブックス様より『自宅にダンジョンが出來た。』が2019年11月5日から書籍化され発売中です。 西暦2018年、世界中に空想上の産物と思われていたダンジョンが突如出現した。各國は、その対応に追われることになり多くの法が制定されることになる。それから5年後の西暦2023年、コールセンターで勤めていた山岸(やまぎし)直人(なおと)41歳は、派遣元企業の業務停止命令の煽りを受けて無職になる。中年で再就職が中々決まらない山岸は、自宅の仕事機の引き出しを開けたところで、異変に気が付く。なんと仕事機の引き出しの中はミニチュアダンジョンと化していたのだ! 人差し指で押すだけで! ミニチュアの魔物を倒すだけでレベルが上がる! だが、そのダンジョンには欠點が存在していた。それは何のドロップもなかったのだ! 失望する山岸であったが、レベルが上がるならレベルを最大限まで上げてから他のダンジョンで稼げばいいじゃないか! と考え行動を移していく。 ※この作品はフィクションです。実在の人物・団體・事件などにはいっさい関係ありません 小説家になろう 日間ジャンル別 ローファンタジー部門 1位獲得! 小説家になろう 週間ジャンル別 ローファンタジー部門 1位獲得! 小説家になろう 月間ジャンル別 ローファンタジー部門 1位獲得! 小説家になろう 四半期ジャンル別 ローファンタジー部門 1位獲得! 小説家になろう 年間ジャンル別 ローファンタジー部門 7位獲得! 小説家になろう 総合日間 1位獲得! 小説家になろう 総合週間 3位獲得!
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