《[完結しました!] 僕は、お父さんだから(書籍名:伝子コンプレックス)》[4a-12]He did it!

布津野は、ぼぅ、と二人のダンスを見ていた。

ダンスの知識があるわけではない。だから、それが上手いのか下手なのか、凄いのか普通なのか、そういった甲乙をつけて楽しむことは出來ない。しかし、布津野はとても楽しんで見ていた。

絵になるなぁ。

二人ともとても綺麗な人間だったし、すらりともしていた。それがリズムに合わせて何かしらいているだけでも見応えがある。周囲の人たちの様子を見てみると、彼らも歓談や食事やらを忘れてジッと見ってしまっている。

なんだか照れくさいなぁ、と布津野は思わず頬がゆるんだ。あの子は自分の娘なのだ。なんだかもったいない。自分でも信じられない。

ああ、お酒が飲みたくなってきた。

手近にグラスがないのか視線を彷徨わせていると、

「あら、素敵な方ね」と背後から英語がした。

布津野が振り返ると、とても背が高い黒髪のがいた。

その英語は、布津野が片耳にれた翻訳機を通して、「貴方はとてもハンサムだ」と日本語に訳される。機械音聲は男のものなのに、話しかけてきたのがだったこともあり、布津野は々と処理が追いつかずに呆然としてしまった。

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「……」

こういった時、言葉を失ってしまう。

通訳がしいな、と思ったがナナはここにいない。ならば、榊さんにお願いしよう、と思い至った。しかし、通訳が居たとして、何を言えば良いのだろうか? 「ありがとうございます」だろうか、あれ、だったら、「サンキュー」でいいじゃないか。榊さんに聞かなくてもそれくらいなら分かる。

「……サッ、サ」

「よろしければ、私たちも踴りません?」

「サンキュー」

「嬉しいわ」

あれ? 妙なタイミングでサンキューになってしまった。

機會音聲は告げている。「私たちも踴りましょう」と、そして、「私は嬉しい」と……。

どうして踴るのだろうか。もしかして、あの真ん中で踴るのか? それはあり得ないだろう。

ちらり、とナナと有名俳優とのダンスを見る。みんながため息をつきながらそれに注目していた。

……あの橫で、踴れというの? それもこんなと僕が。それ、なんて罰ゲーム?

「あの、すみません」と日本語で反的に手を振った。

その手を黒髪のは、がしり、と摑んで笑う。

「さ、行きましょう」

そして、とは思えないほどの力強さで、引っ張られる。

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なんてことだ、アメリカの人はパワフルだと聞いていた。噂以上だ。まるで男のような力強さで引っ張られている。

——誰か、助けて。

恐怖で押し潰されそうになりながら、後ろを振り返った。孤児院の子ども達がこちらを見ている。みんな、こちらのほうを見て、呆然としていた。

「さあ!」と、彼は聲をかけて、強引に正面を向かされる。

見上げるほどに背の高い人だ。

切れ長の瞳に細い顎、間近に見てもすら見分けがつかないきめ細やかな白い

「両手を」

「……はい」

有無を言わせぬ口調に負けて、恐る恐る手を差し出した。

はがっしりと両手を摑む。もう逃げられない。

どうしてこうなったのだろう。僕じゃなくて、孤児院の子たちはイケメンばかりじゃないか。こういうのは、イケメンの仕事なはずだ。それがどうして、僕なんだ。

なんだか、泣きたくなってきた。

「ふふ」と、が笑って、「まずはこっちの方に」と摑んだ右手をばして導する。

一歩、がステップする。

それに遅れて半歩、布津野はすり足をした。

ああ、と布津野は自分がけなくなった。普段から合気道しかしていないから、すり足になってしまう。西洋風はどうも分からないのだ。

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しかし、そのギャップに悩んでいる間に、次のステップが追いかけてくる。

慌てて差させた足がもつれる。倒れそうになるのを、が引き上げて立ち直す。足が地につかない。まるで、糸でつるされたり人形のように、右に左に、前後ろ。

ちゃんとかなきゃ、と思って力を込めれば彼導を邪魔してしまう。逆に力を抜けば、引っ張られたり、置いてけぼりにされてしまい、慌てて追いかける羽目になる。

もう、恥ずかしくて恥ずかしくて。このの人も、めちゃくちゃ笑ってるし……。

その様子は端から見ていて、とても奇妙な景だった。

二組の男が踴っていた。

その二組は対照的だった。

片方は完璧なペアで、もう片方はちぐはぐだった。

一組はしい男との踴り。全てにおいて調和して、何一つの不純が無かった。しかし、もう一方は何か間違っていた。本的に違っていた。もはやダンスではなく、の後を追いかけた小男が転びまわる寸劇みたいに見えた。

しかし、周囲の視線はちぐはぐな方に奪われた。

わっ、と小男が転びそうになるたびに観客は盛り上がった。

に助けられた小男がなんとか、くるり、と回った時には、會場のみんなはをなで下ろして拍手喝采を浴びせた。次のステップに足をらせる様子に固唾をのんで見守っていた。

はたして、あの男はこの一曲を踴りきれるのか。

それは名作のスペクタクル映畫のように、人をハラハラとさせた。その男はとても頑張っていたのだ。しかし、その頑張りが空回って上手くいっていない。がそれを助けようとする。笑いながら、嬉しそうに。

観衆は固唾を飲み込んで、を痛める。

応援していた。

やり遂げてしかった。

男は本當に頑張っているのだ。

……やがて、音楽が終わる。

男のよろめいた足が大地を踏みしめて、最後は、ぴたり、と止まった。

He did it!

歓聲が沸き上がった。

拍手と、ブラボーと、口笛と、興を混ぜて、聴衆はあらゆる賞賛を男にぶつけた。男はもうへとへとになって、崩れ落ちそうだった。それを黒髪のが抱きとめてねぎらっているようだ。

聴衆は大変良いものを見た気がした。あるべき男の関係がそこにあった。が導き、男は頑張るのだ。そうでなければ、やりきることは出來なかった。

喝采の中心で、その男は互いに見つめ合っていた。

その男であるところの布津野忠人は、混していた。

おかしいな、と思った。

終わったのだという安心のおでようやく冷靜になることができたのだ。

自分は今、このの中に抱かれている。

それは彼が知っているとは違っていた。はもっとらかい事を彼は知っていた。だけじゃない。の人はんな部分が優しくできているのだ。

でも、彼のそれは、ちゃんと筋が通っていて、力強くて、は綺麗だけど、とても頼もしいじがした。

の顔を改めて見る。

綺麗なに、整った顔立ち、どこかナナに似ている。冴子さんにも似ている。切れ長の目なんかは、ロクにそっくりだ。瞳のも、赤い……。

「あれ?」

「くっ、あ……もう! 無理!」

あーはは! はは!!

よく聞いたことのある聲を上げて、彼は笑い出した。

それは日本語だったし、男の聲だったし、悪戯っ子みたいながあった。

「……ニィ君?」

「はい、なんですか」

「どうしたの?」

「そんな事よりも、布津野さん」

にんまり、と笑ってニィ君は手を引いて、ちゃんと立たせてくれた。

彼は背筋をばして、しゃん、とお辭儀する。ドレスの背中が大きく開いて、新品のり臺のような白い背中がのぞいていた。

「二曲目が始まりますよ」

顔を上げたニィは奪い取るように布津野の手をとると、そのままステップを踏み出した。

その後、レセプションは大いに盛り上がった。

急なダンスプログラムに戸っていた參加者も、布津野と謎ののダンスを見て次々と參加した。參加していた政治家夫妻も、孤児院の子どもたちも、大いに布津野に勇気づけられた。

あれくらいなら、きっと自分にも出來るだろう、と。

布津野は結局、あの後は三曲も踴ることになった。

二曲目はニィに振り回されて、最後の一曲はある政治家の夫人に請われて踴ることになったのだ。その政治家夫妻もダンスに參加していたのだが、ちょうど曲の終わりに布津野たちと男換する流れになった。

「ご苦労様、楽しかったわ」

曲が終わった後に、夫人は布津野にお辭儀をした。

「さ、サンキュー、です」

布津野は、肩を激しく上下にかしながら、何とかお辭儀をする。

「どうだった? アメリア」

小太りのアメリカ人が、に扮したニィ君と手を取り合ってこちらに近づいてくる。ダンスの途中でれ替わった男の人のほうだ。彼はになったニィ君と踴ったはずだ。なのにニィ君だ。不思議!

アメリアと呼ばれた夫人が、にこり、と笑う。

「ヘイデン、そちらはどうだった? とってもしい人だけど」

「刺激的だったよ。お前でなければ浮気していたさ」

「あら、こちらもよ」

二人は、まるであるべき姿に戻るように手を取り合って、軽いキスをわした。

布津野はそれを見て目を丸くする。海外ではしっかりとした表現がされると聞いていたが、実際に目の前でキスをされるとビックリしてしまう。自分と冴子さんではああいった事は出來ないな、と思った。

それともう一つ発見があった。この翻訳機はの聲は音聲で、男の聲は男音聲でするらしい。なるほど、だからニィ君の聲は男音聲だったのか。もっと早くに気がついていれば……。

「ありがとうございます。私の妻のわがままを聞いて頂いて」

ヘイデンと呼ばれた小太りの男が、布津野に手を差し出した。

的にそれを握ると、力強く握手される。困ったな。何か言わないといけないけれど、英語だ。本當に困った。

ヘイデンは構わずにつづける。

「たしか、貴方は今回の國連青年大使団の団長でしたね」

まずいな、そう言う話は榊さんかGOAの人がいる時じゃないと答えられない。どこにいるのだろう? はやく助けて。

「ええ、その通りよ。ヘイデン」

と、のニィ君が助け船を出してくれた。

ヘイデンさんは笑顔を浮かべてニィ君に語りかける。

「おお、ニーナ。君と彼はどんな関係なのかい?」

ニーナとは、どうやらニィ君の名らしい。

ニーナ(ニィ君?)は、両手を自分の肩にのせてをもたれ掛けてくる。……重い。とても重です。

「ただれた関係よ」

その英語は翻訳されて「良くない関係」と訳される。

何が良くないのだろう。確かに良い関係とは言えないかも知れない。ニィ君に裝癖があったなんて知らなかった。

まぁ、と夫人は顔をしかめ、ヘイデンはにやりと笑う。

「ニーナは、イライジャの人だと思っていたよ」

「可そうなイライジャ。彼との時間は遊びなの」

「それはそれは。話題の大統領候補にスキャンダルだ」

「冗談よ。イライジャとのパートナーシップは仕事上のもの、そして彼には単なる片思いよ。タダヒトには奧さんと子どももいるの」

そう言って、ニーナは頬を膨らませた。

……なんだ、これ。

布津野は問題を起こさないように出來るだけしゃべらないようにしていた。しかし、耳からってくる翻訳は、ニィ君の言いたい放題だった。

ヘイデンさんはというと、ニィ君の戯れ言を真にけたのか、こちらをじっと見ている。

「私はヘイデン。バージニア州の知事をしている。こちらはアメリア、私の妻だ」

「あ、……ええ、と」

英語、僕、しゃべれない。

何と言えばいいのだろう。アイ アム ジャパニーズ。アイ ノット キャン スピーク イングリッシュ?

呆然としていると、橫からニィ君の日本語が聞こえた。

「俺が通訳しますよ。日本語でどうぞ」

「ありがとう」

深呼吸して間をとる。落ち著いて、當たり障りのない返事をすればいいのだ。州知事だって? 偉い人なんだ。もうわけが分からない。

「僕は布津野忠人です。あの、英語がしゃべれなくてすみません」

ニィ君がそれをすぐに英語に通訳していく。

ヘイデンさんは、ほう、と驚いていた。

「失禮ながら、外なのに英語が苦手とは珍しいですな。それに……タダヒトとお呼びしても良いですか?」

「え、はい。……イエス」

「では、タダヒト。貴方は日本人なのですか?」

ああ、そうだよね。と布津野は頷いた。

未調整は確かに日本人っぽくない。今や日本人といえば、最適化された人のことを表すのが、外國での常識なのだろう。

「こんなのですけど日本人ですよ。未調整なんです」

「……なるほど」

ヘイデンさんの目が細くなる。

「アメリカに來られた目的は?」

「ああ、えーと」

修學旅行だと思っていたのだけど、どうやらこれは違ったらしい。今の自分は、國連の青年なんちゃら大使団の一人ということになっている。たしか、國際流とか教育プログラムとかがついていた気がする。

「もしや、大統領選ではありませんかな?」

にこやかにヘイデンさんは聞いてきた。

「?」

大統領戦? なんぞ?

そう言えばニュースで聞いたことがある。

アメリカは大統領選挙を控えている。最近は、なんか人気俳優が候補になって大盛り上がりだと言っていた。アメリカはずっと二大政黨制だったのに、三人の候補者が戦うことになりそうだ、とニュースにはそう書かれていた。

「タダヒトとしては、イライジャを応援しているのでは?」

「えっと……」

「イライジャの自由至上黨は、最適化も個人の自由だと容認する立場だ。無化計畫を推進する日本にとっては、都合が良いのではないかな、とね」

どういう事なのだろう。

アメリカの人はあけっぴろに政治の話をするのだろうか? ヘイデンさんは政治家のようだから、そういったのは慣れっこなのかもしれない。

返答に困ってしまって、裝しているニィ君のほうを見る。

「どういうこと?」

「さあ、どういうことでしょう? 私には分からないわ」

すっかり、口調になっている。

「……なんて答えたらいいの」

「適當に誤魔化せばいいのよ。ここら辺で一番味しいレストランの場所とか聞いてみたら。明日は一緒にそこに行きましょう」

相変わらず適當な事を……。しかし、そうするのが一番良さそうだ。

ヘイデンさんのほうを振り返る。せっかく來たのだから、味しいものを食べたい。

「あ、あの。味しいレストランはどこですか?」

ニィ君がそれを通訳する。

翻訳機の音聲が「あなたのパーティーでは、イライジャよりも味しいを出しますか」と言っていた。

うん? ちょっとニュアンスが違う通訳になってない?

ヘイデンは、ほう、と息をひそめた。

「我々の政黨(パーティー)はまだ材料を集めている最中さ。最適化についてはこれから報を集めて味しなければならん。しかし、共保黨よりかはタダヒトにとって気にって貰えると思うがね」

意味が全然分からない。慌てて、訂正しようとする。

「えっと、ちょっと違う気がするのだけど。僕が聞きたいのはレストランの場所なんです」

慌てる布津野の肩をニィは両手で抑えて、にっこり、と笑う。その艶やかなから英語が流れる。

「タダヒトはとても喜んでいるわ。今度、お食事を手配します。後ほど、こちらから招待しますわ」

布津野は自翻訳に耳を傾ける。

なんだか良く分からないけど、とりあえず食事に行くことになっている。一、どこのレストランなのだろうか。

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