《[完結しました!] 僕は、お父さんだから(書籍名:伝子コンプレックス)》[4a-13]再會

布津野の部屋は人でごった返していた。

ニィが布津野に用意した部屋は、このホテルでもっとも広いスイートルームだった。寢室の他にリビングやベランダもある。セパレートのトイレが1つにバスルームが1つ、大きなダブルベッドが1つにシングルベッドが2つ。つめこめば10人くらいで寢泊まり出來そうなくらい広い。

それでも50人くらい集まったので、流石に狹い。

孤児院の生徒たちの他にも、ナナとイライジャもいる。彼らは中央のリビングルームにところ狹しと集まっていた。

「……まだかな?」

布津野はリビングのソファに座りながら、そわそわとしていた。

みんなはずっとニィ君に會いたがっていたのだ。ところが、そのの再會の瞬間にニィ君は裝していた。それがなんとなく不憫で、改めて落ち著いた場所で、とみんなに集まってもらったのだ。

しかし、肝心のニィ君は部屋にるなり「ちょっと、化粧を落としてくる」と言って、部屋にるなりドレスをぎ捨ててお風呂にってしまった。

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みんなは、じっ、と待っている。

バスルームからシャワーの音が聞こえる。自分が座っているソファの上には、ニィ君が丸めて放り出したままのドレスが置いてあった。

「貴方がフツノ?」

「ん、」

ニィの風呂上がりを待っていた布津野は、イライジャが英語で聲をかけてきたのにビックリした。

「あー、イエス」

「フツノ・タダヒト?」

「おー、イエス」

イライジャは唸って、両手を組んでいる。

布津野もイライジャのことが気になった。生で実際に目の前にすると、彼が有名な映畫俳優であることにいまいち実が持てないでいた。TV越しに見た彼はキラキラでニコニコにしていたと思う。しかし、今の彼は顔をしかめている。

「ねぇ、ナナ」と隣に呼びかける。

「なに?」

「なんか、しゃべってよ。イライジャさんに」

「え〜」

ナナは首をかしげる。

「ナナはお父さんの通訳です」

「え、じゃあ。……そうだ、ニィ君のことだよ」

「ニィの?」

「彼はいつも裝しているのか、って聞いてよ」

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「ああ、……確かに。ちょっと気になるかも」

ナナはちょっと真面目な顔をして、ちらり、と榊のほうを見る。榊は目を閉じたまま、ニィが風呂から上がるのを待っていた。

「ま、夜絵ちゃんのためにもちゃんと確認しておかないとね」

「うん、そうだよ。それだよ」

たまに不安になるのはニィ君の癖についてだ。

裝したり、キスをしてきたり、々と型破り過ぎるのだ。思春期だから々と試行錯誤して、たまに行き過ぎることもあるだろう。それでも、彼の場合はいつもやり過ぎているように思える。変な誤解とかたくさんされてそうだ。

「お願い」

両手を合わせてナナに頼み込んだ。

「よし」

ナナはイライジャに英語で話しかける。

「あなたとニィは……人なの?」

布津野は目を閉じた。——直球すぎない?

そういえばナナも思春期だった、と布津野は気がついた。しかし、男同士を相手に仲を疑うような娘にナナはなったのか。うん、多分だけど、紅葉ちゃんの変な影響だな。まぁ、しょうがない。

とは言え、ナナの質問の回答は気になる。自分の知りたかった事を、変な形ではあるが表現していた。ハラハラしながらも、イライジャさんの反応を見る。

「……違うが、そう見えるか?」

ほっ、とをなで下ろす。違うのか、いや、違わなくてもそれは自由なんだけど。そうなると、どうなる。どうなるのかな。いいのかな?

「ニィに會ったのはいつ?」とナナが続ける。

「半年前かな、そう言えばあの時もあいつはの格好をしていた」

「へ〜」

また気になることが増えた。

しばらく見ないうちにニィ君には裝癖がついてしまったらしい。も服裝も自由だ。男がスカートを履いてはダメだとは言わない。でも、ブラジャーはダメだ。ブラジャーはの膨らみを支えて肩こり防止する機能品であって、男も自由なファッションじゃありません。ブラジャーをするのはダメ。

布津野は頭を振って、ちらり、とソファの上のぎ捨てられたドレスに視線を落とす。

の繊細なレース模様をあしらったパッドりのブラジャー。どうしてこんながここにあるのだろう?

ナナの英語が鼓をゆらす。

「ニィはいつもあんな格好を?」

「いつもじゃない。時々だな。ニィは言っていたよ『フツノ・サンに會うからオシャレしなきゃいけない』とね」

「言ってないぞ!」と、ニィの聲がバスルームから聞こえてきた。

その扉が開いて、バスローブにをつつんだニィが現れる。タオルで顔を拭きながら、さっぱりとしたじになっている。化粧も取れたのかちゃんと男前の顔だ。よかった。

「俺はこう言ったはずだ。『フツノ・サンに悪戯をしなければならない』と」

「で、どうだった?」

「大功だ」

にやり、と笑ったニィ君はドレス(とブラジャー)を押しのけて隣に腰を下ろした。らかいソファが上下にゆれる。ナナとニィ君に挾まれてしまった。なんだかいつもの家みたいだ。いつもみたいにナナとロクに一緒にTVでも見ているみたい。

「良かったな」とイライジャさんが苦い表をした。

「ああ、苦労した甲斐があった」

「……役に立てて嬉しいよ」

二人のやり取りを見て、布津野はピーンと來るものがあった。

したのだ。この人はきっと自分と同じだ。ニィ君に振り回されて困っているじがした。

なんだ安心したな。アメリカでも良い友だちを見つけたみたいだ。

「それにしても裝とはね〜」と右側にいるナナが、左に座るニィ君に向かって覗き込む。

「似合っているだろ」

「まぁね。でも、どうかと思うわ。手慣れてるじがして、なんかやだ。ね、夜絵ちゃん」

ナナは榊の方を振り返った。

榊は小さく首を振って、ナナに向かってし笑って見せた。

「私は見慣れているから」

「え、どゆこと?」

「ニィ隊長は、中國でもよく別を偽裝していました」

ニィ君は、ひょい、と立ち上がると榊に向かって問いかける。

「どうだ、榊。俺の裝の腕、落ちてないだろう」

「ええ、相変わらずしかったです」

「ふっふっ。今度、榊にも化粧を教えてやろう」

「ありがとうございます。片手でできるものをお願いします」

なんだかなぁ、と布津野は思う。

孤児院のみんなとの久しぶりの再會がこんなので良かったのだろうか。もっと、こう、するじの、泣き出したりとか、そういうのを期待していたのになぁ。

「ニィ隊長」と榊が聲を改めた。

「なんだ?」

「そろそろ、作戦を説明して頂いても?」

「お、そうだな。始めるか」

ニィはそう言うと、ぐるり、と辺りを見渡す。

すると全員が背筋をばして直立した。キリ、とした雰囲気が走る。みんなの表から笑いがはがれ落ちていく。

「まずは、よく來てくれたな」とニィが言う。

「……」

「腕は落ちていないようだろうな?」

「もちろんです」

榊が即答する。

「よし、こうして48人全員とまた戦えることに謝する。とりあえず、布津野さんに謝だな」

本當に謝しているのなら、悪戯はやめてほしい。本當に。

「この後、個々に確認したいことがある。新しい編を決めたい。今回の作戦はちょっと複雑だ。なぜなら、目標は決まっているがルートは見えてない。加えて、日本政府が無能すぎてまともな支援も期待できない」

「道なき道をゆくのは慣れています」と榊が応じる。

「そうか、すまんな」

「いえ、ニィ隊長。そんな……」

狼狽えた榊に向かって、ニィは頭を下げた。

それを見て、みんなは改めて背筋をばした。堪えきれなかったのか涙を浮かべて顔を真っ赤にしている子もいる。

布津野は嬉しくなると同時に、し悲しくなった。この子たちはまるでへその緒で繋がれているようにニィ君と結びついている。ニィ君と共に戦うこと。この子たちにとっては生きることは戦うことなのだ。

ニィは面を上げた。遠くを見通す目で、みんなに向かってうなずいていく。

「今回もお前達に助けてもらうことになった。どうやら、これ以上は俺一人ではどうにもならん」

「……」

「皆が必要だ」

サッ、と榊が手を上げて敬禮で応じると、全員が一斉にそれにならった。

その挙は空気をむち打って、張をさらに引き締めた。弓から放たれる直前の矢のようにぴたりと全員が定まっている。

「目標は、このイライジャをアメリカ合衆國の大統領にすることだ」

「「是(シィ)」」

「方針はあるが、方法はまだ見えてこない。いまだに手探りの部分が多く殘されている。それでも、ついてきてくれないか」

「「是」」

ニィは、ふっと表を崩した。

「とは言え、そう堅くならなくていい。今回は失敗しても死ぬ可能は低い。ゲームみたいなものだ。気軽に楽しもう」

「ニィ隊長、今回の勝率はどのくらいですか?」と男の子が聞く。

「ほう、勝率が気になるか?」

「これでも日本で々とお勉強したんですよ」

「凄いじゃないか。勝率かそういえば考えたことが無かったな。ふむ……三割くらいじゃないか?」

「微妙ですね」

「お前たちが來る前は5%だった」

ニィは、にやり、と笑ってみせた。

そこで張り詰めていた空気が和らいだ。ところどころから笑い聲も聞こえ始める。十代らしい好奇心に溢れた雰囲気が漂いはじめている。みんなは姿勢を前に傾けてニィの発言に耳を傾けている。左右の友人と視線をちらりとわして、くすくす、と笑い目を輝かしている。

部屋中が騒がしくなった。若さが抑えきれないもので溢れるじで充満してしまっている。將來と興味と楽しさ。ちょっとした冒険に悪戯。まるで子どものようなくすぐったいワクワク

ああ、と布津野はに広がるものを吐き出した。

本當に彼らにはニィ君が必要だったんだ。ニィ君がいない時の彼らは自らを追い込むような生活をしていた。命令が絶対だったし、遊びよりも訓練が優先だった。遊ぶのは悪い事だとみんなで決めつけていた。怠慢だと。不誠実だと。子どもなのに長する余白みたいなものを自分から捨てていたのだ。

それなのに、この子たちはニィ君がいるだけでこんなにもびやかになるのだ。自分の中心にニィ君を置いているのだ。ニィ君が「遊べ」と命令しないと、彼らは子どもに戻れない。とても深いところでニィ君に依存してしまっている。まるで親子のように、あるいは中毒者が麻薬を求めるように。

それを歪(いびつ)なのかも知れない。僕には、よく分からない。

「布津野さん」と、ニィ君が近くに寄ってきた。

見上げると悪戯っ子たちのガキ大將のような笑顔がある。

「……なんだい?」

「どうしました?」

「ん、」

「ぼぅ、として」

「何でもないよ」

「困りますね。そんなじでは貴方がしっかりしないと失敗しますよ」

「え、」

まさか、また何かやらされるのか?

「ニィ君」

「なんですか?」

「僕は何もしないよ」

「大人」

ぴしゃりとニィ君が指を突きつけてきた。

「何もしようとしない大人」

「何もできない大人だよ。大人になると々と分かる」

自分の限界、とか。

だから子供の頃は何が出來るのかを確認するために、々と経験しなければならない。そして殘った可能の中から自分にできることを選ぶとき、大人になってしまったと思う。

「僕にできることは本當にない」

「例えば、銃弾をかわしてみせることとか?」

「……あれも必ずできるわけじゃないよ」

「誰にも出來ることでもありませんよ」

くすくす、と堪えようとした笑いをこぼしながらニィ君はこちらを見ている。

「まあ、いいです。貴方が、出來ない出來ない、とはぐらかしてサボろうとする怠け者なのは承知しています。俺としても、貴方のような愚か者を作戦に組み込むようなことは考えていません」

「助かるよ」

再びニィ君は自分の隣に座りなおす。そのまま顔をこちらに近づけてささやくように言った。

「貴方は俺の側にいてくれるだけでいい。そうすれば俺が想像すらできない事が起こる」

「なにそれ」

「あの時もそうだった」

ニィ君は髪をかき上げた。

「俺は貴方を予測できなかった。俺が見立てた全ての結末をひっくり返して、貴方は俺たちをここに導いた。犠牲か戦爭か。死の損得勘定と分配の世界から俺たちをひっぱり上げた。悪の釈迦がたらす蜘蛛の糸みたいな試しなど一切無い。無條件で俺たちを助けた。その力強い腕で」

「……」

「だから、あいつ達を預けたんだ」

ニィ君は頭を肩にのせてきて、ふふ、と笑った。

「だから、貴方をここに呼んだんだ」

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