《[完結しました!] 僕は、お父さんだから(書籍名:伝子コンプレックス)》[4a-16]ばーん

「相手が優秀すぎて楽だ」

ニィは含み笑いを口の端からこぼした。

淺瀬に構築した陣地の裏に腰を下ろす。陣地は土嚢と丸太で構築されたものだ。ニィは三角形に組み合わされて斜めにびる丸太を手でなでた。

「こういう虛仮威(こけおど)しも有効ですね」

「こけおどし?」

「おや、布津野さん興味あります?」

「いいや、張しすぎてそれどころじゃないよ」

はっはっはっ、とをのけぞらせてニィは笑う。

「是非是非、張してください。貴方が失敗するとこちらに被害が出てしまいます」

「そうなのかい?」

「ええ、そうですよ。まあ、そうなっても勝ちますから」

「……僕って必要なのかい?」

「もちろん。貴方が功すればこちらは無傷で相手は全滅です」

結局この子はどうなっても勝つつもりのようだ、と布津野は肩をすくめるしかなかった。まあ、今回は人の死ぬことのない模擬戦みたいだから殲滅とか全滅とかになっても問題ではないだろう。

「さて」とニィは前を見る。

そこにはこちらに向かってくる揚陸艇の姿がある。徐々に速度を落としながら小銃の有効程まで近づいてくる。

ニィは周りにいる十名程度の年に向かって聲をひそめた。

「じきにここは銃撃戦になる」

「「了解」」

「出來るだけ敵をここに足止めしろ。いいか、息をひそめろ。火力の量に付き合う必要はない。狀況の維持だけに集中しろ。……量しか取りえのない合衆國軍などという単細胞に教えてやるんだ」

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ニィは口を歪めて笑いの形をつくった。

「火力は集中するだけではない。連鎖させ、形を崩し、散らして穿つ事こそ、その真価であることを、な」

「「了解」」

腰あたりまでを海水に浸しながら、十名程度の生徒達は敬禮を揃えた。

ニィは左右を見て深くうなずく。その笑みには不安や懸念は一切も見當たらなかった。勝利が必然であることを予させる余裕が漂っている。拠も理由もない。まるで勝利の神のようだった。彼を信じれば勝利は與えられるものであると、誰も疑っていない。

「上手くいけばものの數分で100人が全滅だ。1ラウンドKOで終わらせて興行主を泣かせてやろうじゃないか」

「「了解!」」

ニィはそれだけを周りに言って、にっ、と笑いかける。

周りの年が頷いて配置につくのを確認すると、ばしゃばしゃ、と歩いて布津野の近くに腰を下ろした。海水が肩までつかる。

「さて、はじまりますよ」

「……」

布津野は顔をしかめた。

夏の終わりの海は思った以上に冷たかったし、模擬戦とはいえ闘爭の現場で生徒たちが生き生きとしている事も嫌だった。

ちらり、と寄り添ってくるニィの笑顔を見る。吸い込まれるような満面の笑み。

この子は麻薬だ。

みんなニィ君に當てられてしまっている。尊敬とか心酔とか、そういったレベルではない。酔って狂って、離れられないような引力がある。まだい彼らがそれに依存してしまって、生きる意味を放棄して、死ぬ価値をじてしまっている。

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ニィの笑う口が開いた。

「まだ張してるんですか? ほら、いきますよ」

「……ニィ君」

「なんですか?」

「不安にはならないのかい?」

「負ける事を、ですか?」

「いや。みんな、君の言うとおりにいちゃうだろ」

48人の人生を押しつけられて、君は大丈夫なのかい?

「今は、」

ふっ、とニィの顔がった。

「布津野さんが一緒にいてくれるでしょう?」

「……」

「そういう貴方の妙に賢(さか)しいところが、偽善者なんですよ」

「君は、」

「今じゃありませんよ」

ニィは両手を前に出して、布津野の両肩に手をのせた。まるでするように指をくゆらした。

「それ以上は今じゃない。今はとりあえず勝ちましょう」

「……」

「貴方と一緒なら、たやすい事なのですから」

ニィはそのまま重をのせて布津野を押し込み、一緒に海水の中に姿を消した。

ロジャース中佐を腹の底から聲を張り上げた。

「左旋回(ハード・アポート)! つづけて、機関停止! 軽機関銃(ライト・マシンガン)持ちは右舷に待機。頭を引っ込めろ!」

「「アイ、サー!」」

大型の銃を抱え込んだ隊員が資材ボックスを臨時の足場にして敵側の防壁に登り上がり銃座を縁にのせた。

「撃て!」

號令一下。

バリバリ、と空気が避ける連音が重なった。向こう側の陣地からも銃聲がしているようだ。空薬莢なので弾丸は飛んでこない。本來であれば銃弾が空気を引き裂く音が周囲に通り抜け、船の防壁をバンバンと叩いているはずだ。しかし、今は発砲音だけだ。

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火力差は圧倒的だった。こちらは揺れる船の上からの撃で命中率が低いが、その分は毎秒あたりにバラまく弾數でカバーすれば良い。リロードの合間を他の隊員がれ替わって打ち続ける。あちらの兵數は10人前後のようだ。典型的なランチェスター優位の狀況といえる。

しばらくしたら、あちらの數名に致死判定があがるだろう。そうすれば陣地を放棄して撤退するはずだ。

「どうやら、初手はこちらが取りましたね」

デイビッド尉は戦況を眺めながら目を細める。

「しかし、奇妙ですね……」

「ああ、GOAとやらは戦を知らんのか。數的不利なのに兵を分散するなど」

「かと思えば、こちらの上陸地點をピンポイントで読み切って海中に防陣を構築していた」

「それよ。奇策を張り巡らすばかりで何も功しておらん」

「確かに。……しかし、個人的には防衛における水中防陣の有効については興味がありますね。戦考察の対象としては興味深いです」

尉、お前は參謀向きだな」

栄です。伝説に褒められた、と自慢してもよろしいですか?」

「よせ、単なる老兵の」

その時だった。

デイビッド尉の戦闘服からビープ音が鳴り響いた。けたたましく鳴り響く電子音に周囲の隊員もデイビッド尉のほうを振り向いた。

デイビッド尉は目を見開き、片耳に埋め込んだイヤホンに手を當てる。そのイヤホンごしに本部の戦況モニター室からの通信がる。尉は短く応答してやがて目を閉じた。

ロジャース中佐が首を傾げて説明を求める。

「中佐。どうやら私は死んだようです」とデイビッド尉は頭を振った。

「……総員! 頭を下げろ。デイビッドがやられた!」

ロジャース中佐は怒鳴りつけると壁際に、ピタリ、とを添わせる。

それとほぼ同時に周囲からビープ音が次々と鳴り響く。それは隊員たちが撃たれている事を示していた。すでに10名近くの致命判定が鳴っている。

「ファック!」と、ロジャース中佐は駆け出す。

出來るだけを低くして舵室にを潛り込ませる。これだから模擬戦はファックなのだ。やられているのに、どこから撃たれたのかが分かりにくい。それで隊員の反応が遅れて無駄に犠牲が増える。

舵室にっても姿勢を低くしつつ、機関を始して出力レバーを押し下げて船を前進させる。攻撃をけているのならかないとやられる。橫付けにされた船は前進して、防陣から離れていく。甲板からあがるビープ音がしずつまばらになっていく。どうやら、敵の攻撃範囲から離したのか。

「被害報告!」

ロジャース中佐は舵室から顔を出して甲板に隊員に命じる。

「サー! 死亡10。負傷16です」

「……総員、強襲上陸の用意をしろ!」

「「サー!」」

ロジャース中佐は攻撃が止んだことを確認して立ち上がった。わずか數十秒間で戦力の25%を損傷したのだ。これが実戦なら一時撤退だが、これはくそったれな模擬戦だ。

そのまま首をのばして船外を見渡して先ほどの攻撃の方向を見極めようとした。実弾がないので攻撃の方向はできなかったが、四方を防護壁で囲まれた船線を通せるのは上からだけだ。

上空にはヘリも戦闘機もない。ルール上にも航空支援はないとされている。めぼしいのは、やはりはるか遠方に見えるあの崖しかない。デイビッド尉が狙撃を予測して迂回した、あの小高い崖の上だ。

「まさか……。あそこからの狙撃なのか。この距離で」

雙眼鏡を持ち上げて崖上を覗き込む。

そこには狙撃銃を構えている人影がずらりと並んでいた。半數は伏せ、殘りはすぐ後ろに座ってこちらを狙っていた。

「敵の被害、約25と予測します」

「腕が落ちたか……」

榊夜絵は狙撃スコープから目を離して、右しかない手に視線を落とした。中國から出して以降、銃火の訓練はしていない。模擬戦の前に試はなるべくこなしてきたが、まだを取り戻したとはいえなさそうだ。

「できれば、指揮らしき男を撃っておきたかった」

「とは言え、あの短時間で五全弾命中は流石です」

「レーダー判定の命中率に何の意味があるのかは微妙なところだがな」

榊は微妙に口を曲げて、伏せた狀態のまま狙撃銃のカートリッジを換し始めた。

模擬戦が実戦を再現しきれない所はそこだろう。これが実弾なら風向きや気圧や度に影響をけるところだ。レーダー判定ではそこまでは考慮されていない。流石に銃弾の重力落下程度は考慮して命中判定を行っているらしいが、それもどの程度リアリティがあるかは分からない。

「他のみんなもだいたいは二発命中か。一応ノルマは達だな。外した奴は終わった後に実弾で訓練しておけ。日本ではなかなかできんからな」

「「了解」」

榊の周囲には孤児院の生徒たち10名が狙撃勢をとっていた。いずれも鬼子部隊では狙撃績の高かったものばかりだ。

全員がだけだった。これは偶然ではない。ニィは兵科編を行う時はを後方に配置するようにしていた。そのため、兵士は狙撃に優れるようになった。

前線に男を置くと男は反的にを守ろうとする心理的傾向がある。であれば初めからを後方に配置すれば、男は必死に前線を守ろうと士気を高めつつ、冷靜に戦況に対処できるようになる。

ニィはそういった男差すらも巧妙に利用して、戦に組み込んでいた。

「男どもにでかい顔されるのは癪(しゃく)だからな。できれば30はやりたかった」

榊は肩をすくめて、また狙撃スコープを覗き込んで揚陸艇の様子をうかがう。

隣に伏せていた生徒が榊に問いかける。

「でも、目標は達しました」

「ニィ隊長のいう『敵の上陸ポイントを防陣地から適當に押し離せ』か?」

「ええ」

「しかし、……やはり30は減らしたかったな」

榊はそうこぼしながらも、片手を上げて後ろに指示を飛ばす。

「座り撃ち組の5名は、ここから離れてこの崖にる小道に最終防衛ラインの構築に戻ってくれ。殘りはこのまま狙撃監視および敵狀偵察を継続」

「「了解」」

「まぁ、最終防衛ラインは使わないだろうが、な」

周りからは、ふふ、との子らしい含み笑いが広がった。全員が今回の勝利を疑っていないようだ。

榊は狙撃銃を支える二腳(バイポッド)の位置を調整しながら、顔をしかめる。

——ダメだよ。ニィ君に甘えてちゃ。

スコープをもう一度覗きこむ。小さくなった敵の揚陸艇がみえる。流石にこの距離では當たるまい。やっぱり30は倒したかった。そうすれば、もっと隊長の負擔を楽にすることが出來たはずだ。

銃口をし下げて防陣のほうに視線を移す。そこには布津野さんとおしゃべりをしているニィが見えた。スコープ越しの笑顔はとても楽しそうだ。

あんな笑顔、私たちの前では絶対に見せない。

——ダメですよ。布津野さんばかりに甘えたら。

榊は「ばーん」と呟いて、引き金にかけた指を空振りさせた。

「ロジャース中佐。申し訳ありません」

デイビッド尉が頭を下げたのを、中佐はその肩を叩いて押しとどめた。

「よせ。お前の読みは當たっていた」

「しかし、みすみす兵員を失いました。あの海中の陣地を避けるように進路を通っていたら、」

「お前の意見を採用したのは俺だ。そして、その狙撃でやられたのは我々だ。お前だけの責ではない」

「……ありがとうございます」

「それにあの陣地は攻略しなければならなかった。あれがある限り、上陸後に挾撃されることになる。奧の林に潛伏している敵兵と海中の陣地からな。しかも、遮蔽のない砂浜で十字砲火だぞ。お前の判斷は間違ってはいない」

栄であります」

ロジャース中佐はそう言い置いて腕を組んだ。

デイビッドが最善は盡くしたのは間違いない。それなのに、我々は貴重な兵員を失ってなお挾撃の危険を排除できていない。

原因は敵の狙撃兵の異常な能の高さによるものだが、もっと本質的な要因もじられる。敵には上陸地點を正確に読む察力があった。砂浜での挾撃が可能なように海中に陣地を築くという発想力もあった。

相手の指揮は非常に優秀であり、日本の伝子最適化部隊はまさに鋭だということだ。ちくしょう。これでまだ十代のマイナーリーガー達だと。

し、強引にいくしかあるまい」

ロジャース中佐は眉を寄せて目を閉じた。

「いかがされるのですか?」

「あの陣地に船をぶつける」

「しかし、それでは近接戦闘になります。手榴弾を投げ込まれたら、四方を閉された我々は全滅します」

「隊員を上陸させた後に、だ。まず、距離を十分にとって隊員を上陸させる」

ロジャース中佐は地図を取り出して広げた。最初の上陸ポイントに×印がかかれたものだ。そこからさらに向こうの場所に△印を書き込み、林に向かって矢印をばし始めた。

「上陸した隊員はそのまま林の中にれ。そのまま、この×印、つまり敵の防陣地に向かって前進する。敵は崖上と防陣地に人數を分散させている。林に潛ませているのは多くても30程度のはずだ。対してこちらは60名を上陸させる。林の中の攻防はこちらが有利だ。前進は問題ない。問題なのは……」

ロジャース中佐は、地図に書き込んだ進軍ルートを×印の近くまでばした後にペンで、トントン、と叩いた。

「ここで挾撃されることだ」

「ええ、林を進軍中の我が隊は、あの防陣からの攻撃にさらされます」

「その前に船に乗せた殘りの14名で陣地を攻略する」

「しかし、敵の狙撃もあります」

「靜止しなければ當たるまい。戦に持ち込む。陣地に船をぶつけて、そのまま船の外に飛び出して陣地を奪取する」

「まさか銃剣突撃でもするつもりですか? 我々はイギリス軍ではありませんよ」

ロジャース中佐はニヤリと笑ってみせる。

銃火の発展とともに敵に対する銃剣突撃は非合理的な戦になった。しかし、十分に近代化されてもこれを戦として慣行する軍隊はごく一部の國に実在する。

「奴らに出來て、俺たちに出來ないわけがあるまい。攻略できなくとも、防陣の敵を減らすだけでいい。これで狀況を五分にはもっていけるだろう」

「まったく。……殘念ですよ。俺もご一緒したかった。こいつは海兵の語り草になりますよ」

「もしくは笑い話になる。お前は死んだのだ。大人しくしていることだな」

「アイ、サー」

デイビッド尉は笑って敬禮を返した。

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