《[完結しました!] 僕は、お父さんだから(書籍名:伝子コンプレックス)》[4a-fin]布津野忠人と三人の子供

榊は攜帯電話に向かってため息をついた。

「それで、いつこっちに來るんだ? ……隨分と急じゃないか。……ああ、大丈夫だ。布津野さんもナナちゃんもここにいる。……ロク、それは自分でやるべきだと思うぞ」

榊は口の端を歪めた。

急に黙り込んだ電話の向こうの彼は普段はとても頭が良く大人びているのに、時々だが聞き分けのない子供になってしまうことがある。

「……確かにお前の言うとおりかも知れない。しかしニィ隊長にも考えがある。それに、何もかもが計畫通りに行くわけじゃない。ロク、私たちだって頑張っているんだ。お前のようにはいかないんだ。……分かったよ。ニィ隊長には伝えておく。確証は出來ないぞ。……ああ。それじゃあ、またな」

榊は攜帯を下ろして、月を見上げた。十階のベランダから見るそれは、いつもよりし大きくじられた。

ホテルを転々と移して、これが三軒目になる。

あの事件以降、マスメディアがつきまとうようになった。

彼らの目的は布津野さんとナナちゃんだ。あの衝撃的な映像で二人は一躍有名人になり、世界中が二人の正に躍起になっちる。記者たちはどこから報を仕れてくるのか、ホテルを移っては一週間以には集まってくる。これではまともに護衛も出來やしない。

「どうした、榊」

ニィ隊長の聲が背後からして、振り向きながら敬禮を整える。

「隊長、お戻りで」

「敬禮はいい。し時間が出來たからな。あの二人は?」

「ナナちゃんは隨分落ち著いてきました。相変わらず、布津野さんからは離れようとしませんが」

「それはいつも通りだろう」

「それは、そうですが」

榊は敬禮を崩して、ベランダにってきたニィを迎えれた。風が吹いた。そんな気がした。やはり、この人には雰囲気がある。

「ロクから、か?」

橫目でこちらを見る赤い目は、ロクのそれと同じだ。

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「ええ、聞こえていましたか?」

「上手くやってるみたいだな」

「もう二年近くになります」

「あいつは何と?」

「明日、ここに來るそうです。隊長との対談をんでいます」

はぁ〜、とわざとらしい大きなため息をニィはこぼす。

「気が重いですか」

「俺は嫌いなんだ。あいつのこと」

「存じてます」

「お前はどうだ?」

「……私ですか」

ニィはベランダの手すりに背中を預け、首をのけぞらせて月を見上げている。

榊は戸った。その質問は自分に向けたものなのか、月に問いかけたものなのか、判斷がつかなかった。

ニィは目を閉じる。

「すまん、じゃれた」

「私は、」

「いい。答えなくていい」

月のを浴びるニィはしかった。

榊はそれに見とれた。まるで子供のころに見た絵本みたいだった。仰け反ったそののラインはとてもシャープで、月にその細い郭が霞んでしまっている。

不安になった。この人がまたいなくなる気がした。夜の魔法が解けたら、この人は闇の中に溶けていなくなってしまう。そんな不安がしたのだ。

「私も嫌いですよ……ロクのこと」

そう口にした噓はとても苦くて、榊は悲しくなった。

目を閉じたらロクの姿が思い浮かんだ。あいつは視野の狹い、頑張り屋だ。いつも合気道。そうでなきゃ政治のことばかりで、その他の事にはほとんど気が回らない。そういう可いところのある奴だ。

「負けたよ」とニィが髪をかき上げる。「分かったよ。ロクと會ってやる」

「ニィ隊長。私は、」

「いい。これ以上、俺を甘やかさないでくれ」

榊はニィの隣に移して手すりを、ぎゅっ、と摑んだ。

「……では、布津野さんとナナちゃんも一緒にしましょう。ロクは二人にも會いたいと言ってましたから」

「お前は優しいな」

「弱くなりました。私」

「そうか。……そう思うか?」

「手が震えてしょうがありませんでした」

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ニィは首を傾けて榊を覗き込む。

俯いていた彼は、手すりを何度も指で弾いていた。まるで銃の引き金を引き絞るように、ぎゅっ、ぎゅっ、と何度もそれを繰り返す。

ニィの鼓には、夜の鳥の鳴き聲と、榊のつぶやきが混じる。

「二年ぶりに人を殺しました」

「……危覧(ウェイラン)の取り巻き、か」

「ええ。憎い四罪の人間です。仲間たちを蟲けらのように殺した奴らです。それなのに私は躊躇しました。スコープの中に捕らえた奴の顔、はっきりと覚えてます。年齢は三十歳くらいの頬骨が引き上がった男で。短髪の額には大きなシミ。顎髭が揃ってなくて、長い潛任務の疲労が漂っていました」

「俺の命令だった」

「ええ、ありがとうございます。隊長の命令でした。でも、昔なら手なんて震えなかった。殺したくない、なんて考えもしなかった。死んでいった仲間の顔は多すぎて、覚えていない子もいる。それなのに、あいつの顔はちゃんと覚えているんです」

榊が引き絞りつづける指を、ぴたり、と止める。そして、ため息をつくように聲をこぼした。

「私、布津野さんに毒されたみたいですね。あの人が言う、甘い平和に浸って、優しくされて、笑って、楽しくて……。忘れちゃってたんです。殺された仲間のことを」

「思い出したか」

「ええ、思い出しました。久しぶりにゲロを吐きましたよ。気持ち悪くて、自分が気持ち悪くて、しょうがなかった。……私だけじゃないみたいです」

「他にも?」

「ええ、報告が上がってます。私の他にも數名にPTSDの発癥があったようです。中には『布津野さんに謝らせてほしい』と言う者もいました」

「ほう、それで」

「布津野さんに話を聞いてもらって、癥狀は落ち著いたみたいです」

「そうか……、榊?」

「はい」

ニィは榊を見た。

自分の頼れる副はそこにはもういなかった。流れた時間と環境の違いが彼たちを変えたのだ。あの壯絶な戦場よりも強い何かが彼たちを変えている。優しくされて、優しくすることを覚えたのだ。

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かつての鬼の副は、の子になったのだ。

「やはり、貴方は偽善者ですよ」

「……何ですか?」

「何でもない。榊、布津野さんの話を聞かせてくれ」

「隊長は本當に好きなんですね」

「大好きだな」

ニィは指で月をなぞった。

「そう言えば、布津野さんにPTSDは?」

出てないだろうな、と心で確信を持ちながらもニィは榊に聞いてみた。

「そのような様子はありませんね」

「恐ろしい事だ。合わせて6人を後癥の殘る重癥を負わせ、1人を殺した。しかも素手でだ」

一般的には、戦場での殺人行為によるPTSDは殺害相手との理的に距離が近いほど発癥しやすくなる、と言われている。銃が発達した近代戦においては視界での殺害の數はない。殺害の多くは遠距離からの砲撃によるものだ。しかし、砲撃手のPTSD発癥はない。

素手による殺人を経験したものなどはほとんどいないだろう。布津野が経験したストレスは、戦爭以上のものだったはずだ。

「通常であれば要看護対象ですね」

「兵士に優しいアメリカ軍なら、専門のカウンセラーと後方での強制休養だな。ああいう例外はいる。一人で數百人を殺すことが出來る」

「シモ・ヘイヘとかですか?」

「日本人だと船坂弘もいるな。後は、ジャック・チャーチルかな……。どこの軍にもいるな」

「布津野さんが彼らと同じとは考えにくいですね」

「だから、偽善者だと言ったろ」

ニィは月から視線を外して、手すりにもたれかかった。両手を組んで指を絡める。

「あの人は生き死にの間際に立つ事を恐れていない。確かに、戦場の大量殺人者は戦闘に熱狂している節があるが、あの人は違う。ただ、そこから逃げようとはしない。本では同じだよ」

「そうでしょうか?」

「ほう、異論ありか。榊が語る布津野さん、興味があるな」

ニィはを乗り出して、榊を覗き込む。

顔が急に近くなって、榊は顔を赤らめた。ニィは子供みたいに「早く聞かせてくれ」とせがんでくる。

「自信はありませんが、」

「二年も一緒にいたお前の意見だ。尊重するよ」

「それでは、お言葉に甘えまして、」

こほん、と小さな口が咳をはらった。

「あの人は、間際には立ってませんよ」

「ほう」

「布津野さんは、常に殺す側に立って、不です」

「……なるほど」

「あの人は命が脅かされた事はほとんどない。あの人が悩んでいるのは、殺すか殺されるか、じゃない。殺すか殺さないか、一方的な選択です」

ニィは「これは、一本取られたな」と頭を振った。

「驩兜の反骨でさえも、相手ならなかった。もし、ナナちゃんの事がなければ、布津野さんはきっと悩んでいたと思います。あの朱烈を殺さずに済ます方法に」

「……」

「あの人の戦いは、私たちの戦いとは違う。生き延びるための戦いじゃない。相手を殺してでも、と足掻くようなものじゃない。あの人にとって戦いとは、相手の命を一方的に奪うこと」

「しかし、布津野さんは言う。殺したくない、と」

「ええ、それは弱者の言葉ではありません。圧倒的な強者が自らにかした枷(かせ)です。だから、私たちは耳を傾けるのです。その厳しい言葉に」

風が吹いて、榊の無くなった腕に垂れた袖を吹き流した。

「私は違うと思いますよ。あの人は偽善者じゃない」

「そんな事は、知っていたさ」

ニィはしだけ悔しくて、噓をつく。

月夜の風が妙に冷たかった。

布津野は膝のナナ越しに、その修羅場を観察していた。

いつになったらこの二人は會話を始めるのだろうか。布津野は左右を互に見る。

左のニィ君も右のロクも一言も発しようとしない。

そしてナナは膝の上から降りようとしない。もう何分くらい経ったのだろう。流石に膝が痺れてきた。

「ナナ、ねぇ」

「嫌」

「……隣に座ろうよ」

「嫌」

目の前でナナの白髪が左右に揺れる。

あの事件以降はしばらく甘えん坊になっていたが、ここ數日は落ち著いたはずだった。ところが、急にやってきたロクからの提案が気にくわなかったらしい。

「ナナ、言うことを聞け」とロクの目がこちらを見る。

「嫌よ」

「これ以上、お前を危険にさらすわけにはいかない。日本に帰るぞ」

「ロク、もう一度言うわ。絶対に嫌よ」

ナナは振り返ると布津野に、ぎゅっ、と抱きついた。その赤い瞳を上目遣いにして「お父さん、だっこ」と要求してくる。

布津野はナナの後頭部をなでながら、こいつは困ったぞ、と左右を見渡す。ニィ君は腕を組んで目を閉じて靜観を決め込んでいる様子。ロクはとうとうこっちを睨みつけ出した。

「ロク、久しぶりだね」

布津野は話題が切り替わることを期待して、手をあげた。

「ええ、お久しぶりです。父さんはしばらく見ないうちに隨分と有名になられましたね」

「そうかい?」

「ええ、四罪との大立ち回りを畫公開ですか。僕の予想を遙かに超えた異常行為ですよ。おまけにナナの正まで曬して!」

より不味い話題に切り替わってしまった。

とはいえ、僕のせいじゃない、などとは口が裂けても言えない。あれはニィ君が勝手に公開したんだ、とかいう正論はもっての他だ。そうすれば、ようやく顔を合わすことになった二人が大喧嘩を始めてしまうだろう。

とりあえずは、いつもの手しかない。

「ごめん」と謝ってみる。

「ええ、分かってますよ。父さんの責任だけ(・・)ではありません。こんな非合理的なことをしでかしておいて、深遠な奇策と稱してはばからない輩がいる事、僕はちゃんと分かっています」

ロクの視線があたりを切り裂くようにいて、ニィ君の元で止まる。

「ニィ、説明してもらおうか」

「……相変わらず質問ばかりだな。ロク」

ようやく二人が會話らしきものを始めた。

しかし、その口調は堅い。まるで刃だ。布津野はよく知っていた。二人の言葉の切れ味は抜群だ。こんな所にいたら、巻き添えになってしまう。逃げ出したくてたまらない。

しかし、布津野は踏みとどまった。

事前に榊に釘を刺されていたのだ。彼し悩んでいたようだが「ロクが來ますから、ニィ隊長のこともよろしくお願いします」と自分に言い添えて頭を下げた。

榊さんはこの二人よりも年下なのに、本當にしっかりしているな。

「今回は見過ごすことは出來ない」とロクは両手を強く握り合わせた。「これは明らかな失敗だ」

「失敗? おかしなことを言う。失敗とは何だ? お前の思うとおりにならないことか? だとすれば、この世界は失敗だらけだ。七日と一日休んで世界を創造した神の手抜き工事を恨むんだな」

「ニィ! はぐらかすな」

「大きな聲を出すな。俺とお前の距離はおぞましい事に三メートルもない。十分に聞こえる距離だ。聞きたくもない聲がな」

「……」

一瞬の沈黙は凍てついて、布津野はがパリパリになるのではと腕をさすった。そう三メートルだ。そう二人は向かい合って座っている。もし、喧嘩が始まったら止めにれるだろうか? 今はナナが抱きついていて、きもままならないというのに……。

「なぜ、あの畫を公開した」

「理由なら報告書にまとめただろう。それとも俺の口から教えて貰いたいのか。気悪い」

「僕が質問しているのはまともな理由だ。お前の妄想などどうでもいい」

「妄想?」

ニィは顎をあげてロクを見下した。

「あれが妄想に見えたか? だとすれば、お前は蒙昧(もうまい)だ。自分の無知を棚に上げて人を貶めるのは良くない」

「現実として、」とロクが語気を強めた。「第七世代の存在が洩した。すでに各國からは第七世代の報開示しろと要求がっている。お前だって知っているだろう、第七世代の伝子報は絶対に公開できない」

はっ、とニィは息を吐いて肩をすくめる。

「人類絶因子か?」

「第七世代は自然生で子孫を殘せない」

「子を殘せぬ伝子的因子、ね。それが俺たち第七世代に潛在している。人類としての將來を放棄し、現在の能力を追求した伝子。研究所の人間はなかなかに詩に通じているな」

「それを世界に公開し人類に混じるとどうなる。この伝子汚染は人類を破滅させる可能めている」

ロクがまっすぐに睨みつけてくるのを、ニィは口を歪めて嘲笑う。

「小人閑居して何とやら。お前たちは世界を知らなさすぎる。伝子汚染など生が誕生してから繰り返されてきたことだ。要は、伝子プールが異なる個のセックスだろうが」

「品種改良素は人為的に選出された伝子プールだ。そこで出現した生能力のない個群が第七世代。それの流出と配は生が初めて経験する災害だ」

貞がセックスを語るなよ」

「ニィ、」

「悪い。図星は良くなかったな。謝るよ」

ニィは手を振ってロクを遮った。

それを橫で見守っていた布津野は、ちょっと興味が沸いてきた。ロクたちが子供を殘せないなのは聞いたことがある。(まぁ、配合処置をすれば不可能ではないらしいが)

それよりも貞のくだりがとても気になる。伝子的不細工である自分には想像するしかないのだが、ロクのようなイケメンの初験は何歳くらいなのだろうか? もう卒業していても、おかしくはないだろう。

ロクは自分から浮いた話など言ってくれない。だから、ぜんぜん報が不足していて求不満なのだ。ナナに聞いても「ロクは、ね」などと諦めたようなため息ばかりで詳しく教えてくれない。

「これはすでに外問題に、」

と追い打ちを仕掛けようとしたロクが、前のめり気味に耳をすましていた布津野に気がついた。

「……何ですか? 父さん」

「え、いや、ね」

「何ですか」

「えーと、不思議なんだけど」と布津野は頭を掻いた。「ロクはモテるはずなのに、どうして彼を作らないの?」

かっかっかっ、とを鳴らしてニィが笑った。

「作りません」とロクの不機嫌な聲。

「作れません、だろ」とニィがすぐさま茶々をれた。

ぐい、とニィの方に首を振り向けようとするロクを、布津野が呼び止めた。

「どうして、作らないの」

「忙しいですから」

「忙しいのか〜」

やっぱりそれが原因だな、と思いながらも布津野はナナの背中を叩く。もぞもぞ、とくナナに向かって「ナナはどう思う?」と聞いてみた。

「ん、ロクに彼が出來ない理由?」

ナナが元から顔を覗かせる。

「そう。ナナだったら見たら分かるんじゃない」

「見たらっていうか……。前にラブレターもらってたよ」

「本當!」

布津野は思わず立ち上がって、ガッツポーズを決めた。

ああ、こんなに嬉しいことはない。どなたか知りませんがウチのロクにラブレターを送って頂いて、本當にありがとうございます!

「ねぇねぇ、ロク。あのラブレター、どうしたの?」

布津野に抱き上げられたまま、ナナがロクの方を見下ろした。

「……どうして、ナナがそれを知っているんだ」

「それは、ねぇ。ナナはロクと違って友達がたくさんいるからね」

「もしかして、みんな知っているのか?」

「カナちゃんは良い子だよ。ロクには勿ないくらい。振ったの?」

「……」

ロクは口を引き結んで黙りこくる。

「ねぇねぇ、ナナ」と布津野がその沈黙に割り込む。「そのカナちゃんってどんな子」

「とーても、人のの子だよ。私よりもずぅと背が高くてスタイルばっつぐんのグラマーさん」

「ほう」

格も良いのよ。優しくって、お姉さんってじ」

「ほうほう!」

布津野のテンションは妙なじに高まっていった。

いいじゃないか。お姉さん系。自分もけっこう好きなのだ。お姉さん系。そう言えば、冴子さんもどちらかと言うとお姉さん系だ。最高だな。……百合華さんも、お姉さん系だったな。

「どうだ。ニィ君」

脳に浮かんだ百合華の艶やかな笑みを打ち消すように、布津野はニィのほうを振り向いた。

「どう、とは?」

「ロクはモテるんだぞ」

もしかしたら、すでに貞じゃないかもしれない。

「ふむ、そうかもしれません。しかし、」と、言ったニィは指を鳴らした。「しかし、問題はその後です。外面だけは良く作られてますからね。そのカナちゃんとやらが、気の迷いでのめり込んだだけかもしれません」

「それは違うよ。そのカナちゃんはきっと、ちゃんとロクのことを分かった上で好きになったんだ」

「愚か者が親馬鹿までも極めたら手に負えませんよ。早く目を覚ましなさい。貴方の息子は顔だけの貞です。そして、貞のには失敗がつきものです」

「……それは、そうだけどさ」

布津野は口を尖らせた。

自分のそれほど多くない経験を掘り返すと、失敗の數々ばかりで目を覆いたくなる。あれは手探りで、結構大変なのだ。忙しいからをしない、などと言っているロクが上手くいくのか、確かに不安になる。

布津野は、ちらり、とロクを見た。

「ロク、せっかくなんだからさ、」

そう言いかけたのを、ロクは「父さん!」と大聲で遮った。

「一言いいですか?」

「はい」

「関係ないでしょう」

「はい。……そうでした」

くつくつ、とニィがを震わせて笑いを堪えている。

「なるほど、これはモテないな」

「ニィ、」

「ロク! まぁ聞け。俺の行はお前には理解できないだろう。それは當然だ。しかし、俺のほうが正しいことは明らかだ」

「……言ってみろ」

「布津野さんはモテる」

ニィはソファから立ち上がると人差し指を天井に向けて、くるくる、と空気に絡めた。

「愚か者で、偽善者で、顔も不細工なのにモテるんだ。顔だけのお前よりも。そして、俺よりもだ」

「……で?」

もはや、ロクの表はこれ以上はないくらいに歪んでいた。

「これで分からなかったら、お前は一生貞だ」

「わけの分からんことをっ」

「それが本質さ。布津野さんを英雄にする、という策のな」

布津野はその発言をきいて、きょとん、とする。

ふむ、英雄? 僕がモテる? なんだそれ?

ニィがロクに近づいた。上を前にかがめて顔を近づける。よく似た巧な顔同士、鏡合わせみたいに見える。

「俺たち以上の未調整がいる。その事実を世界は認識しなければならない。世界の変革はそこから始めなければならない」

「それは幻想だ」

「噓をつくな。唯一、お前と合意できるのはその一點のみ」

「……」

「認めろ。これ以外に無化計畫を世界に強いる道はない」

ロクの鋭い視線が、ニィの歪んだ瞳を覗き込んだ。

睨みと嗤いが錯して、やがてため息がもれた。

ロクはニィを押しのけるようにして立ち上がると、脇に避けて置いたカバンに両手を差しれた。ロクは金糸の紐で口をしばった紫の袋を取り出す。細長いそれはロクの両手の上で確かな重量があった。

「父さん」とロクが告げる。「忘れですよ」

ロクは両手でそれを差し出した。

「これは」

「覚石先生からご拝領した小太刀です。持って來ました」

「どうして」

布津野は首を傾げながらナナを床に降ろした。ナナは、今度は文句を言わずに布津野の橫にを引いた。

畫で見ました。四罪との戦い」

ロクの口を引き結んだ。

「多分、これが必要だったのでは、と思いました」

「……」

布津野は立ち上がる。

ロクから差し出された小太刀を片手で摑んだ。手に収まった鋼の錬磨が、ずしり、とのしかかってくる。

「そうだね、」

布津野は空いた手で橫にいるナナの頭をなでた。

もしあの時、この刀があったのなら、

「ナナを泣かせることもなかったのにね」

布津野は目を細めて、金の紐を引き解いて袋口から柄を剝き出しにした。黒い柄に手を添えると、そっ、と刀を抜いた。

殺人。

それを忘れさせるほどにしい鋼の曲線に、四人の視線は吸い込まれた。

——第四部Aパート 終了

いつも読んで頂いてありがとうございます。

舛本つたな です。

第四部Aパート、お付き合い頂きありがとうございます。

投稿を終えた達に浸りながら、つれづれ、個人的な振り返りを書いてみようかな、と思います。

さて、難しい部分がありました。

大きく3つあるかと思います。

「ニィの悪戯」に「布津野の本気」、それに「ナナの葛藤」ですね。

前の2つは良い加減で書けたのでは、と思います。

ある程度は長できた実力を出し切れたのでは、と思っています。

ここまで続けられたのは読んで頂いた皆さまのおかげです。

相も変わらず、アイデアも皆さまの想から拝借したものが多いですし。

さて、懸念は最後の一つ。「ナナの葛藤」ですね。

これは書くのを渋っていたテーマで、書いた後に殘るものがあります。言ってしまえば、後悔があったりします。

本作の中心は「家族」です。

その中で、「ナナの葛藤」はそれを汚すような、深めるような。良く分かりませんね。

それでも、ナナというの子が自由にけば、あのようになりました。

なくとも、ちゃんと全力で書き切りました。なのでやっぱり満足です。

話の展開もちゃんとエンターテイメントしてましたしね。うん、面白く書けました!

それでは、次はBパートです。(し短めですが)

引き続き、よろしくお願いします。

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