《[完結しました!] 僕は、お父さんだから(書籍名:伝子コンプレックス)》[4b-07]銃と刀

討論會が開始される10分前に報道陣からの質問を切り上げて、イライジャは布津野たちと別れた。

そのまま、舞臺の裏側へ回り込みながら、頭の中に詰め込んだセリフを口の中で転がす。今日の討論では外と安全保障がメインのテーマになると事前に知らされていた。日本政府との関係を指摘されている自分に質問が集中するだろう。

自分は大統領になりたいわけではない。

しかし、負けるつもりもなかった。ニィとの約束もある。あいつに貸しを作れるなら、痛快だろう。

イライジャは、裏から舞臺に上がる階段を二段飛ばしで駆け上がった。

そこには、大きな背中があった。

そいつがこちらを振り返る。

思わず口がゆがんだ。ハワードの野郎だ。

「イライジャ……スノーか」

「ごきげんよう。大統領閣下(ミスター・プレジデント)」

出來るだけ近づかないように、足を止める。

「何やら、ロビーで盛り上がっていたな」

「メディアに質問攻めにされてね。例のニンジャ・マスターも來ていたからみんな大興さ」

「そうか」

ハワードは言葉なげで覇気がなかった。いつもTVでみる自信満々の様子はもはやない。しおれたトウモロコシみたいに、ふにゃふにゃになってやがる。

まぁ、無理もないだろう。共保黨の候補としては史上最低クラスまでに支持率が急降下したのだ。選挙が始まった時には、當選確実だとチヤホヤされてきたのに。すでに落選確実だと報道されて蚊帳の外。メディアはグレース・トンプソンとイライジャ・スノーの直接対決だと喚いている。

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「私はそのニンジャ・マスターに會ったことがあったな」

「……」

「変わった名前だったな。確か、……そう」

「フツノだ。フツノ・タダヒト。立派な父親だ」

お前と違ってな。

「ああ、そんな名だ。その娘もいた。オクタビアによく似た子だ」

「……その名を口にするな!」

糞野郎は、こちらをちらりと見やがる。

「大きな聲は止めた方がよい。討論會の裏で口論など、お前を支援してきた者の努力を無駄にする」

「マムはお前なんかに、お前なんかになっ!」

「……始まるぞ」

ハワードは目を背けた。

大きな背中だ。大きな糞を固めたみたいな背中だ。こういう奴が、この國をダメにしてきたんだ。こういう奴がまだいっぱいだ。まだまだいやがる。

拍手が向こうから押し寄せてくる。

ハワードの背中が前に進んでいく。

それが十分に離れるまで待ってから、自分も舞臺の上に姿を現す。

闇からへ。歓聲と拍手。多くの顔が並んでいる。

舞臺の上では、ハワードとグレースが互いに笑顔で握手をしている。とってもフレンドリーに見える。吐き気がするような茶番。こんなところで、上辺だけの奴らが笑いながら決めているんだ。大統領なんて糞くらってろ。

グレースがこちらに近づいてきて、手を差し出した。

それを握って、笑顔をつくる。演じるシチュエーションは、親戚の叔母に會いに來たティーンエイジャー。楽しみなのは手作りのクッキー。畑仕事の手伝いだって文句は言わない。

さて、問題は次だ。

視線を移すと、そこにハワードが立っていた。

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手が差し出されている。

おいおい。

お前のその汚ねぇ手を握れってのか? 勘弁しろよ。はらわたが煮えくり返って、げろっちまいそうなんだぜ。

笑顔はがっちがちに固めた。

ぐっ、と握った拳を差しだす。

ハワードの野郎の目を見る。握手なんて後だ、まずは毆ってからだろ。

ため息をついて、拳を広げた。

きしょく悪い握手の

固い笑顔がガンを飛ばし合う。

「よくやった」

ハワードが離れ際に、そう言った。

あぁっ!

と、眉間に皺が寄る。あいつ、いま何つった?

よくやった、だと!?

しかし、すでに奴は自分の壇上についていた。

を叩いて息を整える。そのまま自分の壇上に向かう。俺は真ん中、左にグレース、右に糞野郎。

これから始まる茶番は、外とか安全保障とかを話し合うらしい。冗談だろ。しかも2時間もだ。映畫一本分だぜ。絶対に考え直した方がいい。

「さあ、二回目、つまり最後の討論會が始まりました」

司會役のキャスターが観衆に向かって語りかけている。階段狀になっている観客席の最前列には、ミスター・フツノとニーナが座っている。

ニーナが手を振った。それに答えて手をあげると、フラッシュが起こる。そういえば、ちょっと前にタブロイド紙が『ニンジャとイライジャ、謎のと三角関係(ラブ・トライアングル)』と報じていたのを思い出す。ニィの野郎が、適當な報を流したせいだ。

ハワードの野郎の暴で、ニーナの正が男だということが分かった途端『同者のイライジャ、もつれた』にテロップを変えやがった。もつれているのはお前たちの妄想だ。

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「さて、今回のテーマは外と安全保障です。日本の無化計畫の発表から、世界はこの計畫の參加について意見が分かれています。中國が參加を表明したことから、アジアではこれに賛同する國も出てきました。一方、EU各國はこれに反対で足並みを揃えています。このように両陣営が対立する中、アメリカの判斷に世界が注目しています」

さて、そろそろだ。

俺は大統領を演じきることができるのか? 糞親父が出來たんだ、やってやらなくもない。

「初めに、ハワード大統領からお願いします」

「ありがとう。集まって頂いた皆さまも寒い中、ありがとうございます。このような素晴らしい場所でアメリカの未來について、語り合えること、うれしく思います」

ハワードの聲はいつもと変わらない。

崖っぷちの大統領。その面の皮がはがれてがそげるまで、俺はやってやる。徹底的にだ。

「我が國の外と安全保障を語る上で、もっとも重要なのは強國となった日本です。それはここ二十年の常識です。外の専門家たちは包囲派と融和派に分かれていました。現実的には合衆國はこの中間の方針を採択し、日本との距離を適切に保ってきた。つまり、経済的には協力しつつも、軍事的には距離をとり、最適化については批判的でした」

ハワードは壇上に両手を置いた。

「この方針は、我々の同盟國の間で十分に共有されていました。すなわち、日本による伝的汚染に警戒しつつも、各國との軍事同盟をにして戦爭を抑制する。その外方針は間違っていなかった、と確信しています。しかし、……」

ハワードは聲を落とした。

「狀況が変わりました。それは無化計畫の発表と、それに賛同する中國の出現です。これにより、日本は外的孤立から抜け出し、伝子最適化は一つの流となりました。それは今、世界を巻き込もうとしています。

世界は新たな二極化に直面していると言えるでしょう。資本主義と共産主義、民主主義と全主義にかわる新たな二極化です。すなわち、最適化陣営と我々の対立です。

我々合衆國とその同盟諸國は、より高次元に連攜しこれに対抗する必要があるでしょう。従來の軍事同盟の枠を超えて、核兵の共同運用も視野にれるべきです。認めざるを得ません。日本の軍事力はすでに巨大です。我々が大切にしてきたものを守るためには、隣人達と協力するしかないのです」

ハワードの演説が終わって、會場は靜まり返った。

「ありがとう。ハワード大統領」と司會が引き継いでいる。

共保黨の方針は、日本を仮想敵國に據えた同盟國との軍事強化。これはニィの想定どおりだ。ハワードは先の國際會議で無化計畫に反対しなかった事で、共保黨部から批判をけていた。

あいつが反対しなかった理由は、純人會に所屬しマムを拐して犯した事実をニィに握られていたからだ。あの糞野郎には主義も主張もない。自分の保ばかり考えてやがる。

しかし、その事実を暴された事で逆にしがらみはなくなった。ここにきて、あらためて日本と対立する姿勢に整え直してきた、ってわけだ。

「それでは、次に自由至上黨のイライジャ候補。始めてください」

「ありがとうございます。會場の皆さんもスタッフにも、畫面の向こうのみんなにも、まずは謝を言わせてください」

口を緩める。顎を引く。背筋をばす。

みんなに語りかけるように、分かりやすい言葉で、ゆっくりと繰り返して言う。

ニィに教えられた政治家としての姿勢。その中で俳優としての自分が納得できたものがある。有権者は正しいから納得するわけじゃない。理解できたから気持ちいいのだ。有権者は正しい候補者を選ぶわけじゃない。気持ちよくしてもらった候補者をするのだ。

「私は確信しています。我々は変わらなければならない」

まずはテーマが必要だ。政治ではビジョンやポリシーと言うらしい。

視線は真っ直ぐ前に、屆けるのはセリフだけではない。それは俳優として、當たり前のことだ。

「皆さんにも不安があるでしょう。もしかしたら、我々は変わるべきなのかも。それは誰もがじている。

今、無化計畫がアジアに広がってます。これからの私たちは、最適化された人と同じ世界を生きていかなければなりません。こんな今を暗黒期だと言う人は多い。経済長率、失業率、犯罪率、んな數値が酷い狀態が続いている。改善する兆しなんてどこにもない。もう、子どもたちは偉大なアメリカなんて知りません。私も知らない。それはもはや過去の歴史となりました。それはなぜか?」

なぜ? どうしてアメリカは落ちた?

その漠然とした不満を全で表現することだ。それもニィが言っていたことだ。ビジョンに問題に課題に解決法。それを伝えうる表現力と共力。それこそが、大統領の資質だと。

「合衆國が変わろうとしなかったのが原因です」

今、自分はアメリカの若者の怒りを表現した。それは同時に、年配層の不安でもある。

を緩めて、目を下げる。小さく頭を振って笑顔に落とす。口調はゆっくりと、優しげに。語りかける相手は観衆の脳ではない、ハートだ。

「300年くらい前の話をさせてください。いわゆる中世ヨーロッパのことです。當時の醫者は聖職者でした。彼らはみーんな外科手を嫌っていた。なぜなら、宗教上の理由で解剖は不浄でやってはいけないとされていたからです。盲腸に苦しむ患者を前にして、『歯が痛むのは、煩いが原因かもしれない』などと真剣に考えていた。そんな時代もあったのです」

歯が痛くなったら、歯醫者に行く。

そんな當たり前は昔にはなかった。手をしたら教會に怒られる時代はずっと続いていた。それが原因で死んでしまった人は山ほどいた。

「私が言いたいのは、我々が長い年月をかけて変わってきたということです。そして、私が皆さんに言いたいのは、今が変わる時なのではないか、ということです」

目元を強めてTV目線。ここからが大切な話だ。重要なのは、有権者に対して自分で決めることを呼びかける事だ。自分たちが主権者であることを思い出させてくれる大統領。

それがニィが俺に課したキャラクター。

「日本と対立する。最適化に反対する。包囲や融和。しまいには核兵

……何一つ、変わっていない。今までどおりだ。それで現狀が変えられる? 私にはそうは思えません。

我々はもしかしたら、未だに盲腸を無視して歯の痛みをだと勘違いしているのかもしれません。皆さんはこの大統領戦で大きな決斷をしなければならない。前に進むのか、このまま立ち止まるのか。

さて、私からの提案です」

手をに當てて、目を閉じる。この茶番を演じきる。やりきってやる。

「我々は歐州諸國との同盟関係を維持しながら、同時に無化計畫にも參畫すべきです。つまり外戦略として積極的な中立の立場を取ります。両陣営はこれから張を高めていくでしょう。アメリカはこの対立に巻き込まれるべきではありません。両陣営の衝突を仲裁する役割をアメリカは擔うべきです」

何度もやり込んだセリフ、完璧だ。どうだ、見ていたか。

視線をニィに向ける。笑ってやがる。

へへ、どうだ。

やった……。

その時、

目の前に大きな背中が飛び込んできて、視界をふさいだ。

ズダァン

と音が遠くから音がした。

目の前の背中に向かって倒れてくる。なんだ、こいつ。こっちに落ちてきやがる。それをけ止める。重い。そのまま一緒になって崩れ落ちた。

、悲鳴。あちこちで、わめき散らしている。

何だ。何が起こった。

を起こすと、足の上にいるのは……ハワードの野郎だ。

野郎の口が震えている。

「ィライ……ジ」

奴はそれだけしか言えずに、かなくなった。

顔を上げる。そこには拳銃を構えた男が観客席に立っていた。

その銃口は、自分の方を向いていた。

「布津野さん!」

ニィがぶ前に、すでに布津野のは反応していた。

座席の上を踏み上げて、の軸をひねり込み銃聲のほうを振り返る。

その右手は腰の後ろに隠していた小太刀の柄を摑んでいた。

後方の狀況。

凍り付く聴衆、その奧に拳銃を構える男。あいつだ、撃ったのは。

やりにくい、と布津野は思った。

自分に向けられる殺意ならば、いくらでもやりようはある。

しかし、あいつが狙っているのはイライジャさんだ。

この攻撃線。捉えきれるか。

息を止める。すでに一つになる。

吸って……。

銃口から火が噴く。

小太刀の鞘を走らせて、その刀で宙に大きな弧をつくった。

カンッ

と、手元で鈍い金屬音が鳴る。

銃弾を斬り払った経験はない。思った以上に手応えは軽かったが、刀で弾いたのは間違いない。

ふっ、と細く息をつく。良かった。そう何度も出來ることじゃない。

そのまま、刀の正面に戻しながら、足を蹴って前にを進める。

銃を撃った男との距離は、5、6席ほど向こうの上段。

観客が、蜘蛛の子を散らすように男から逃げようとしている。

上段の席に向かって、座席を駆け上がっていく。足場は悪い。狀況が理解できていない観客がまだ座ったままの段もある。

手すりや背もたれの隙間に足を踏み降ろす。

四歩目。

呆然としていた男の呼吸が落ちてきて、殺意がこもる。

次の標的は、僕だ。

やった。それならやりやすい。

小太刀の柄を引き上げて、刀の下から左手を添える。

殺意の點は僕の元中央。

を立てて、の中央軸線に沿わせる。

ズダァン

その発砲が鳴る直前で、発せられた呼吸に合わせての軸をひねり込み始める。

殺線は予想どおりの自分の中心線。

に接した銃弾は、軸のひねり込みでり逸らした。

そのまま小太刀を振り上げて、座席を踏み上げる。

奴との距離は、殘り一歩。

既に、刃圏にとらえた。

刀の切っ先を振り下ろして、奴のへと導いていく。

「Dad!」

男の子の聲。右あいから。子どもの聲だ!

視界の端から、子どもが間に飛び込んできた。

——儂の合気なぞ、その程度よ。

覚石先生の聲が耳の奧から蘇る。

——今思えば、あやつを殺さずに済ます技などいくらでもあった。

踏み込みを引き戻し、一歩から半歩に。

手首を返して、刃を逆さまに。

狙うは命より手前に。

この男が握る拳銃めがけて、その一閃を引いた。

ガシャ、と拳銃が床に叩き落とされていた。

小太刀は、その刃を逆さにして自分の右腰に引き寄せられている。

そして、目の前の男は、小さな男の子を抱いて呆然としていた。

自分の脈が波打っている。

どっどっどっ、となりやまない。

だけど、

だけど、刃は引いた。

踏み込んだのは半歩だけ。

命の手前で止まった。

「Dad! Dad! Daaaad!」

男の子がそうぶ聲が、會場全に響き渡っている。

もう男の手に拳銃はない。かわりに、男の子を抱きしめている。

殺意はもうどこにもない。

布津野は、腰裏に隠した小太刀の鞘(さや)に左手をそえ、左足を一歩引いた。

その口に切っ先を當て、ゆっくりとその刀を納めた。

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