《[完結しました!] 僕は、お父さんだから(書籍名:伝子コンプレックス)》[4b-08]『He's Not NINJA, but JEDI』

この選挙は人類史の転換點として、後世に語り継がれることになる。

歴史家によっては産業革命に匹敵する影響があったと評価する向きもある。それに否定的な學者でさえも、この時期から世界の構造が大きく変化し始めたことは否定しない。

彼らはこの選挙以前の40年間ほどを最適化黎明期と呼ぶ事になる。そして、この選挙以降を最適化普及期、あるいは期と表現する。

その要因としてほぼ全ての歴史家が合意するのは、このアメリカ大統領選挙が西洋社會での初めての最適化を爭點とした民主的な選挙だったことだ。今までタブーとされ違法とされていた伝子最適化が始めて、的な選択肢として政談の中心におかれた。

世界中がこの議論と結末に注目していた。自の子孫に引き継ぐらせん狀の定義(コード)について、選別と改変を行うべきか。それともそれを域として扱い続けるのか。それを全力で議論したのがこの選挙だった。

その結果は、反対派である共保黨の逆転勝利に終わった。

投票日、直前を控えて公開討論中にハワード大統領は兇弾をそのけて死んだ。しかも、対立候補であった自の息子イライジャ・スノーを庇った結果だった。

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その事実が有権者に與えた影響は絶大だった。

純人會との関係や拐、的暴行などのスキャンダルに曬されたハワード大統領はその支持率を20%まで急落させていたが、その死後は65%まで急上昇する。結果として、対立候補のグレース・トンプソンを大きく引き離して勝利した。

現実として、死者である彼が當選したわけではなく、その副大統領候補が繰り上がって大統領候補となった。急な変更にみまわれるも、息子をそのして守り死んでしまった彼をしのんだ多くの有権者が共保黨を支持することになったのだ。

その圧勝のもう一つの要因は、イライジャ・スノーが事件の直後に大統領選の辭退を表明したこともある。彼が引き続き選挙を戦っていれば大統領に選ばれていた可能は高い、とする評価は數多い。それを惜しむ聲と途中棄権を批判する罵聲を背後にしながら、イライジャは姿を消した。

とにかく、この選挙は最適化反対派の勝利で終わった。

それでも、後世の歴史家たちがこれを人類史の転換期と斷言する理由はいくつかある。その一つが、共保黨の勝利宣言の直後に全世界を駆け巡ったニュースによるものだろう。

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「カリフォルニア州政府が最適化を合法化、か」

ニィは奧歯を噛みしめた。

「ロクのやつだな。……小細工を」

舌打ちを鳴らして、攜帯端末のニュース記事から目を離した。

ニィには直で理解することが出來た。以前にロクが仮説した州法による最適化の合法化。あの不自然なタイミングでのロクの訪米。そして、その後はどこかに消えてしまった。

おそらく、真の目的はカリフォルニアだった。その最終調整のために全権代行としてきたに違いない。なあいつの事だ。俺が失敗した時のことを見越して、半年以上前から仕込んでいたのだろう。

「くそ!」と、テーブルに拳を叩きつける。

悔しかった。してやられた。

今頃、ほくそ笑んでやがるに違いない。俺を手の平で転がしてやった、とでも思っているはずだ。右に左に吹聴を鳴らしてわめき散らしているだろう。ニィの失敗を拾ってやったぞ、と。

「ああ! くそ。本當にファックだ!」

「お、落ち著きなよ。ニィ君」

「これが、落ち著いてなんていられませんよ」

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橫に座っていた布津野さんを橫目で睨む。

がポンプみたいになって、肩の上下が止まらない。頭に昇るがジェットコースターだ。中を駆け巡る勢いで、から噴き出しそうだった。

「最後で、本當に最後の最後だったのに……。ああ〜、もう!」

「ど、どうどう」

布津野さんは両手を前にして、顔を困らせている。

「途中まではイイじだったんだ。計畫通りの想像以上だった。最高にハイだったのに」

俺は布津野さんの回りをぐるりと練り歩きながら天井を見上げた。

「この計畫は無限の可能めていたんだ。イライジャが大統領になるサクセスストーリー。実績のない若者が政界に挑む。しかし、敵は巨大で狡猾だ。卑劣な謀の數々。しかし、若者の前に一人の英雄があらわれた」

立ち止まって回れ左。正面に布津野さん。その不細工な面にぐいっと顔を近づける。

「……なんだい?」

「そこまでは良かった。愚かな者が英雄になって世界を導く。その象徴的なイベントがイライジャの大統領就任になるはずだった。それなのに」

「それなのに?」

「ロクが、全部、持っていった! こそぎの臺無しだ!」

「はぁ、なんか、ごめん」

「まったく、なんて奴だ。親に謝らせておいて、本人は知らぬ顔ですよ。酷いじゃありませんか。まるで子どもですよ。ねぇ、布津野さん」

え〜、と聲をこぼして布津野さんは顔を曖昧に歪めた。

しは溜飲が下がったがまだ気分は晴れない。ああ、何か他にないだろうか。ポジティブになれる材料が必要だ。じゃなきゃ、やってらんない。

ふと、思い當たるところがあって手をたたく。

「あ、そう言えば良いこともありましたね」

「へぇ」

「これです。見ました? これ」

攜帯端末を取り出して、保存しておいた畫面キャプチャを表示する。ニュースサイトや新聞、TVの畫面を撮影したものだ。録畫データもある。

それを布津野さんに突きつける。

「見てください。『The Ninja Cut Bullets!』シンプルでダイナミックな見出しです。ニンジャが銃弾を斬る。ほら、ここに寫っている布津野さん。めちゃくちゃ格好いいですよ。顔はとっても不細工なのに」

布津野さんは「お、おぅ」と目を見張る。

あの暗殺劇は討論會での出來事だったので、會場には報道陣が多數いた。中に凄腕のカメラマンがいたらしい。布津野さんが刀で銃弾を斬り払う寫真が、一面を飾っている。

「ほら、こっちの二発目をけ流した時の寫真なんか、真に迫っていますよ。刀に當たったところから火花が出ている。それでも、目線はまっすぐの無表。これはピューリッツァー賞もありますよ」

「……」

「それにこっちのタブロイドの取り上げ方なんか、良いセンスしてますよ。ほらほら、これです。『He's Not NINJA, but JEDI』。布津野さんはスターウォーズをご存じですか?」

「うん、まぁ」

攜帯を覗き込んでいる布津野さんの眉が寄っていた。

大統領戦の結果こそ思い通りにはならなかったが、それでも一番やりたかったことは実現したのだ。しかも、予想以上の大功だった。今やアメリカ中が布津野さんに夢中だ。素樸で明るいアメリカ人が大好きな要素がこの人に詰め込んだ。

「これは日本に帰っても大変ですよ。もう、貴方は逃げられない」

「……ニィ君のせいじゃないか」

「いいえ。俺のおかげです」

布津野さんはを引き結んでこっちを見上げる。

「ねぇ、どうしてこんなことを」

「理由が必要ですか? 愚か者に言葉で教えるには、いささか複雑な事というものがあるのですが」

首を傾けてみた。

すぐ下には「またロクに怒られる」と呟いている愚か者がいる。

「ロクなど放っておけば良いのです。あいつはこの可能に気がつけない単なるアホです」

一歩後ろに下がって、ふむ、と息をついた。

「それにしても、いや、やはりと言うべきでしょうか。期待以上でしたよ」

「何が?」

「貴方はいつも、俺の予測も期待さえも置き去りにしてしまう」

思わず口の端が緩んだ。

當初の計畫では『日本のミステリアスな武道家』くらいの筋書きしか設定していなかった。他には『日本の特殊部隊の隊長』とかだ。妥當な線で、大統領選に花を添える話題のひとつになれば儲けもの。そんな皮算用だったのだ。

それが終わってみれば、『ウルフハンター・ニンジャ』に『バレット・カット・ジェダイ』だ。

計畫の監督としては頭を下げるしかない。ファックなスポンサーとシットな腳本。それを挽回しようとして俳優に無茶を要求したら、とんでもない名作に化けてしまった。

「それにしても、どうやったら銃弾を斬れるんですか?」

「あ、いや。逸らしただけだから」

「似たようなもんでしょ。あの刀、見せてくださいよ」

「ん、いいよ」

布津野さんが腰の後ろから刀を取り出して、こちらに差し出した。

短い刀。刀は包丁よりも長いくらい。

仮に俺の腰にあの刀が差してあったとして、飛んでくる銃弾を抜きざまに弾くことは出來るだろうか。

試しに刀を自分の腰に差す込んでみる。そのまま、あの時の布津野さんの真似をして手を添えてみた。しかし、ここからどうすれば良いかが分からない。そもそも銃弾の著弾をどう読めば良いのだろう。

「ねぇ、ニィ君」

「なんですか?」

抜刀のポーズを模索しながら顔だけ布津野さんのほうに向ける。

「イライジャさんは?」

「……行方不明です」

「ニィ君も知らないの」

「知りません。連絡があったのはメールが一通だけ。『Sorry』って書いていました」

あの討論會の後、イライジャは姿を消した。

「どうするの」

「まずは、そっとしておくつもりです」

あいつが姿を消した理由とか今いる場所とか、々と予測はついている。だからといって、追いかけるつもりはない。俺にはどうしようもないだろう。今必要なのは時間なのだろう。イライジャに父親への悪意を焚きつけた俺が行ってもしょうがない。

……本當のところ、自信がない。これが布津野さんだったら、イライジャの側にいても不自然はないのだろうが。

「もし、布津野さんだったら」

「ん?」

「いえ……。ハワード大統領が布津野さんだったら、こんな事にはならなかった。そう思っただけです」

刀を鞘走らせて、ヒュン、と空を斬った。

こうやって、俺は々と失っていくんだろうな。

「それは違うよ」

布津野さんのほうを見る。

「彼がいなければ、イライジャさんは死んでいたよ」

「……そうでしたね」

さて、と呟いて構えを解いた。ニンジャソードの扱い方には伝が多そうだ。

大統領選は共保黨が勝利したが、カリフォルニアの最適化合法化は功した。最新の世論調査を確認すると、最適化を希すると答えたアメリカ人は60%近くまで跳ね上がっている。これは今回の選挙を通して、アメリカ人の意識が変わったことを示している。

所詮、アメリカは民主主義だ。政治家は過半數多數に従順になるように作られている。それが如何に愚かで、己の信念とは違っていても、やがては曲がってびへつらうようにできている。

つまり、日本政府の思は十分に達された、というわけだ。

「しかし、俺にはまだ、やる事が殘っています」

「……手伝おうか?」

「いいえ。ジェダイがやるような仕事ではありませんよ」

どちらかと言えば、ニンジャがやる汚れ仕事だ。

討論會でイライジャを暗殺しようとした黒幕がいる。ほぼ間違いなく純人會だろう。奴らを出來るだけ取り除いておかなければならない。

手元の白刃に視線を落とす。久しぶりに、鬼子に戻る必要がある。

「布津野さんには別のお願いがあります」

「なんだい」

「俺に稽古をつけてくださいよ。銃弾を斬ってみたい」

布津野さんは表を崩した。

「いいよ。でも、銃はダメ」

「ええ〜。だったら、消えるってのを教えてください」

「あれは単なるだよ」

「じゃあ、そのってやつで」

布津野さんに刀を返す。

布津野さんと稽古。それはたくさん用意していたやりたい事の一つだった。

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