《[完結しました!] 僕は、お父さんだから(書籍名:伝子コンプレックス)》[4b-fin]三人目

布津野はニィの回し蹴りを掌底で払い落とした。

面白い戦い方をする子だな、と心する。

ニィは著地した蹴り足を踏みしめて、捻転をそのままに二足目の蹴りに組み替えてくる。

布津野は頭をそらした。鼻先でその足撃をやり過ごす。

その跳ね上がった足はピタリと止まった。まさか、そのまま踵(かかと)落としかな、と思ったら本當に落としてきた。

慌てて手刀で橫に払う。その時には、もう反対の足が跳ね上がって心臓を狙ってきていた。

——まるで扇風機みたい。

風車みたい、とも言える。

ニィ君の作は獨特だ。を軸にして回転が止まらない。回し蹴り、前蹴り、裏拳、かぎ突き、右に左に、上から下まで。予想外の方向からあらゆる攻撃がれ飛んでくる。

それでいて、流れはあくまでも合理的だ。一つ一つにまとまりがあるから威力も十分。けたら大変だ。捌(さば)くかけ流すか。思い切ってニィ君の懐にり込んでしまうのが一番なのだろうが、もうし堪能していたい。

「余裕、ですか」

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扇風機がようやく止まって、距離が空いた。

ニィ君は連撃を止めて、重心を上下と前後にステップを刻む構えに戻った。構えに格がでているなぁ。常にいて加速していく。ちょっと落ち著きがないじが実に彼らしい。

「いや〜。これはこれでなかなか面白い」

「余裕みたいですね」

「うん、いや、まぁ……。しかし、すごいね」

「布津野さんにはこういう攻め方が有効だと思ったのですが」

ニィ君は、ぴたり、とステップを止めると「ふぅ〜」と深く息をついた。

「いや、実際にやりにくかったよ」

それは事実だ。

特に、頭上と下からの攻撃をえられると対処しにくい。普段の稽古では想定されていない方向からの攻撃だから、戸ってしまう。

「反撃はしないのですか?」

「あ、うん。難しそうだから」

上下撃ちの返し技なんて稽古してこなかったから、ニィ君に怪我をさせずに対処できるか自信はあまりない。

ハハッ、と笑うとニィ君は肩をすくめた。

「そうですか。ちなみに質問いいですか?」

「うん」

「実戦でさっきの攻めは使えると思いますか?」

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「さっきの扇風機みたいな?」

「扇風機……。もう寒いというのに涼んで頂いたようですね」

ふむ。あれを実戦で、ね。

「狀況によっては有効じゃないかな」

「ほう、例えば」

「多人數に囲まれた時に、短期戦ならあるいは」

腕を組みながら、想像してみる。

あの扇風機のようなきの最大のメリットは、き続けることが出來ることだ。それは複數を同時に相手にする時にとても有効だ。

「でも、すぐ疲れちゃいそうだから、難しいかもね」

「ふむ」

「あんなきの対処法なんて誰も知らないから、不意をつけるのもメリットだと思う」

「ちなみに、布津野さんだったら。あれにどう対処します」

「えっ。き出す前に倒すよ」

「……なるほど」

ニィ君は髪をかき上げて、ため息をつく。「あ〜、疲れた。休憩しましょう」と言って、脇に置いていたタオルを拾って汗を拭いだした。

「とうとう、もう明日ですか」

「ん?」

「布津野さん、帰っちゃいますね」

「ああ」

もうそんなに経ったのか。今思えば、隨分と長かったと思う。10月にアメリカに來てもう12月だ。修學旅行だと思っていたら隨分と経ってしまった。

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みんなの勉強、大丈夫かな? 僕は冴子さんの手料理がとてもしいです。

そんな事を考えていると、ニィ君がこちらを覗き込んでいる。

「なに?」

「俺は悩んでいるんです」

「珍しいね」

「ええ」

そう言うと、ニィ君は諦めたようにため息をつく。何度か口を開いて閉じたりと空振りを繰り返したが、やがて聲を小さく問いかけてきた。

「俺に聞かないんですか? あいつらをどうするか」

「榊さん達のことかい」

「……そうです」

本當に優しい子なんだな、と思う。だから、みんなにこんなにも慕われている。

「ま、大丈夫だよ。みんなだって、何となく分かっていると思うよ」

「相変わらず、適當ですね」

「例えば、長坂君っているだろ」

「ええ」

「あの子、將來はエンジニアになりたいんだって」

「へぇ。あいつは通信を擔當していましたからね」

ニィ君は目を丸くした。

「ああ。それでね。日本にきてネットワークや暗號とかの論文を読んで、すごい! ってしたらしくてね。ちゃんと一から勉強し直したいって、今は大學験にむけて猛勉強中だよ」

「ほう」

「他にも、衛生兵としての経験から看護師になりたい子や、政治に興味をもって報道関係の職業につきたい子もいる。もちろん、ニィ君を追いかけて軍人になりたいって子も多いけど……」

彼らはちゃんと將來を見て、歩きはじめている。なからずニィ君の影響をけながらも、それぞれの道を見つけようとしている。

「だから、大丈夫だよ」

「……本當にそうなんでしょうね。貴方が言うのだから」

ニィ君はタオルで顔を覆って「俺の杞憂(きゆう)でした、か」と汗を拭き取った。そのまま、じっと手をみるようにタオルを眺めている。

つかの間の沈黙。

やがて、彼は顔をあげると、表を崩した。

「実を言うと、俺、逃げたんです」

ニィ君にしては珍しい事を言い出したので、「へっ」と聲がもれてしまった。

「あいつらを放り出して、投げ捨てて、貴方に押しつけて、逃げ出したんです」

「……ん?」

「貴方に押しつけたでしょ。48人の全員の運命も、日本での生活も、ぜーんぶひっくるめて」

「ああ」

確かにそういうことになるのかも知れない。

とは言え、結局のところ、ちゃんとした予算がおりて、彼らは孤児院に預けられる事になった。今はんな人が協力してこれを運営している。押しつけられたと言っても、別に僕がやったわけじゃない。

何よりも、あの子たち自がちゃんと努力ができる良い子たちだ。

「俺、正直になりますよ」

「それは珍しいね」

「ふふ。……本當は自信が無かったんです。あの時、最後は自暴自棄になってた。本當はロクを殺した後、俺も死んでそれで全部お終いにするつもりだった」

「……」

「だから、実は俺。貴方の事はかなり尊敬しているんですよ。知ってました?」

「知らなかったよ」

「やっぱり、愚か者ですね」

ニィ君は、ふっと笑ってタオルを首にかけた。その笑いはすぐに消え去ってしまうくらい儚(はかな)いものだったから、とても不安になる。

この子はこれからどうするのだろう。

「ニィ君は、日本には戻らないの?」

「戻りませんよ。俺はテロリストですから」

「へぇ、そうなんだ」

テロリストだったんだ。この子の言うことは冗談なのか本當なのかが良く分からない。いつの間にか裝癖がついていてになっていたから、テロリストくらいは簡単になれるのかもしれない。

……本當に將來が不安な子だな。

「ねぇ、ニィ君」

「なんですか」

「一緒に帰ろうよ」

ダメもとで言ってみる。

「いいですよ」

おっ、意外にOKが出た。

「ただし、條件があります」

「なんだい」

「ロクを追い出してくれるなら」

もしかして、一緒に住む気か!?

……いや、それもいいかもしれない。ロクを追い出すのは論外だが、部屋なら別に用意できる。だったら大丈夫だろう。その他に問題はあるだろうか。

「貓アレルギーとかない?」

「ありませんよ」

「じゃあ、一緒に住もうよ」

ほう、とニィ君が腰に手をあてた。

「魅力的な提案ですね。ロクはどうします?」

「きっと、仲良くなれる」

「あり得ませんね」

あり得ませんか。まぁ、そうでしょうね。

それにしても、だ。この子は、これからどうするつもりなのだろうか? 學校にも行かず、ロクのように政府と関わりを避けて、何をして過ごすつもりだろう。

もしかして、本當にテロリストになっちゃうの。

「これからどうするの?」

そのまま聞いてみた。

「前から思っていたのですが、貴方は頭が悪いのに難しい質問をしますよね」

「君が難しく考え過ぎるんだよ」

「なるほど、ね」

ニィ君はタオルを首にかけて、天井を見上げる。

「結局、見つからなかったな」

と、彼はこぼした。

「まっ、そんなもんさ」

「意味、分かって言ってます?」

「君は何でも出來ちゃうからね。逆に選べない、というか、全部がつまらなく思えちゃう?」

「さぁ、それも違う気がしますが」

「う〜ん」

天才の悩みはむずかしいな。

彼は何でも出來てしまうから、何かをし遂げる楽しさが無いのかも知れない。そう思っていたけど、どうやら違うらしい。

よく考えてみると、それは見當違いだとすぐに気がつく。ニィ君は中國からあの子たちを守り抜いて出してきた。彼にとってもそれは簡単なことではなかったはずだ。

「あいつはね」

「ん」

あいつ、とニィ君が言う時は、たいていはロクの事だ。

「見つけたみたいだった」

ニィ君の手が、すぅと天井にびる。

「手をばして、背びして、なり振り構わず、命をかけてでも、絶対に手にれたいもの」

彼は橫目でこちらを、ちらり、と見た。

「卑怯だとは思いませんか? あいつばっかりだ」

「うん?」

「あいつと同じものを取り合うのは、嫌なんだけどな」

ニィ君は悲しげな笑みをこぼした。彼には珍しい表だ。それを見た時、ピーン、と思い至った。

——もしかして、榊さんの事か!

手を思わず口に當てる。

なんて事だ。なんて。なんて、事が……。

恐れていた事が現実になった。その可能はつねに考えていた。予はあった。若干、楽しみにしてもいた。

三角関係!

最近、ロクと榊さんの仲は目に見えて良くなった。二人で稽古したり、口喧嘩したり、対抗試合の打ち合わせをしたり……。急接近の気配濃厚だったのだ。僕としては注目せざるを得なかった。

ちなみに、お父さん的には榊さんの評価は高い。絶対に良いお嫁さんになる。ロクよ、良くやった。流石だと思っていた。

しかし、三角だ。これはロクに分が悪いだろう。榊さんはニィ君のことを尊敬してしまっている。この差は大きい気がする。

「ニィ君は、ほ、本気なのかい?」

ドキドキする。

「ええ、本気です。心外ですね。伝わっていませんでした?」

本気なのかぁ〜。うん! 甘酸っぱい。

ロク、殘念だったね。

でも大丈夫。カナちゃんがいるじゃないか。なんて試行錯誤だよ。なくとも、試行錯誤すら出來なかった僕よりもロクはすごいから。

それにしても、ニィ君は榊さんに想いが伝わっていると思っていたのか。ツンデレなの? あんなの幻想だよ。言葉にしないと伝わらないよ。天才なのにそんな事も分からないの。そのくせ、ロクに貞だ、とか言っちゃうわけ?

ふっ、これは指導が必要かもしれない……。

「ニィ君、失したよ」

ニィ君の顔が、くしゃと崩れる。

「失……、させてしまいましたか」

「そういう事は言葉でハッキリと伝えないとダメ。相手を不安にさせるだけだ」

「不安、だったんですか?」

「うん、聞いていてドキドキしたよ」

「布津野さん……」

彼はこちらを向き直って、こちらに近づいてきた。見上げるくらいの距離までくるとようやく立ち止まった。

真剣な顔だ。若いっていいなぁ〜。

「では、愚か者のために口に出しましょう」

「うん」

「実際に目の前にすると、これは張しますね」

「うん?」

「布津野さん、……俺のお父さんになりませんか」

「……」

うん、違ったね。

全然、違ったね。勘違いだったね。どうして、こうなった。

「返事は?」

「あっ、はい」

「それは了承ですか?」

「え〜、と」

僕が、彼のお父さんに、なる……。

どゆこと?

子校生がおっさんに、パパになって〜、と言って々と買ってもらうのとは違うよね。ウチにはお小遣いなんて制度はないよ。ロクもナナも僕以上に稼いでるから……。

「言わせたのは貴方です。答えてください」

「はい!」

背筋がのびた。

え、でも。どういうことなのかが、良く分からない。

「あの、的にはどうすれば?」

「形なんて後。まずは貴方の気持ちです」

「僕の気持ち……」

自分の気持ち。

ニィ君の父親になる……。つまり、ロクみたいに養子にすればいいのかな。

ま、別にいいんじゃないかな? すでに彼は生活力があるから金銭的な負擔はないだろう。家にも余らせている部屋はある。ロクやナナを養子にした時だって、大変だったけど楽しかったし。

僕もニィ君のこと好きだしね。

「もちろん。うれしいよ」

「本當ですか?」

「噓じゃない。冴子さんとはよく相談しないといけないけど」

言い終わって、ロクとナナとも相談しないといけない、と思い至った。

ナナはともかく、ロクだ。ニィ君のほうもロクと暮らすことは大丈夫だろうか。リビングで毎日ケンカする二人の姿を思い浮かべてみた。

とても大変そうだ。

「言いましたね」

しかし、ニィ君はにやりと笑った。

言ってしまった。せめて、ロクには事前に相談すべきだった。

「では、萬事はこちらで整えておきます」

「あ、あの」

「布津野さんの手は煩わせませんよ。細かい手続きはこちらで。ただ、グランマへの連絡はお願いできますか?」

「え、ああ。それは構わないけど」

「よかった」

ニィ君は手を広げると、こちらを抱きしめてくる。

汗の臭い、抱きすくめられる覚。なんか不思議な気分。

耳元で彼がつぶやいた。

「よろしくお願いします。お父さん」

冴子さん、いつの間にか三人目ができてしまいました。

——第四部『僕は36歳、英語はしゃべれません』終了

皆さま、いつも読んで頂いてありがとうございます。

舛本つたな です。

これを書いている時は、実家で兄の子どもと遊んでいました。

子どもは良いものですね。

何かを教えればすぐに覚えてしまう。何度も繰り返してにつけてしまう。

大人になってしまえば何ヶ月もかかってしまうことを、本當に數時間で覚えてしまうのですから、とんでもないと思います。

あれくらい果敢に、私も挑戦を続けていきたいなぁと思いながら、無理だろうなと思ってしまいます。

積み重ねたがちゃんとあるのが大人ですからね、子どものようにはいきません。

さて、第四部の振り返りをば……。

布津野、強ぇな。。。

ニィ、のりのり。

ロクとシャンマオのやり取りが妙にエロい。

ナナ、かわいい。

イライジャは口が悪かったですね。

そんなじでしたね。

今回は、自分でもちょっとだけ長できたのではと思います。

何よりも書くスピードですね。この文章量を約半年で書いたのは単純なびしろだったのではないでしょうか。

(まぁ、もっとハイペースで書かれている方はたくさんいますが……)

さて、次は第五部。

次で完結になります。

ようやくこの布津野たちの語で一番書きたかったシーンを書くときが來ました。

最後までお付き合い頂けますとうれしいです。

では〜。

舛本つたな

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