《[完結しました!] 僕は、お父さんだから(書籍名:伝子コンプレックス)》[5-02] 複合生

布津野とロクとナナの三人は一緒に帰ってきた。

「ただいま」と布津野とナナが唱和した後に、「戻りました」とロクが後から聲を揃える。

「お帰りなさい」

冴子が目立ってきた腹を片手で支えながら玄関に姿を見せると、布津野は慌てて手をふる。

「迎えはいりませんよ。大変でしょう」

「いえ、そうでもないですよ。まったくかないのも良いはずはありません。心配は無用ですから」

「そうですか」

布津野は玄関に上がると、何気なしに冴子の腹に手を當てた。

すると、冴子がまるでくすぐられたように笑いをこぼす。

「何か分かりますか?」

「う〜ん、全然、分からないね」

布津野は曖昧に表を崩す

「あら、忠人さんなら赤ちゃんの呼吸とやらも分かるのじゃないかと」

「そんな便利なものじゃありませんよ」

「そうですか。殘念です」

二人がなごやかに談笑をしていると、

「もう、はやく中にれてよ」とナナが手を腰にあてる。

「あっ、ごめん」

「そういうのはリビングで、ごゆっくり。ここじゃあ、赤ちゃんも冷えちゃうでしょ」

「そうでしたね。すみません」

四人はようやく玄関からリビングに移した。臺所からは、よく煮込まれたカレーの匂いが帰ってきたばかりの三人を出迎える。

「おお、カレーですか」

布津野は聲を高くして、臺所にいった冴子を振り返る。

「ニィ君は?」

「夜遅くに帰ってくるみたいですよ。先に食べておいてくれ、と言っていました」

「そうか」

布津野は今日が金曜日だった事を思い出した。

金曜日は土日の稽古を控えたロクが早めに帰宅するパターンだ。そうなるとニィ君は外泊する事が多い。今回は好のカレーに釣られたようだが、それでも鉢合わせを嫌がって、夜遅くに時間をずらしたようだ。

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布津野は臺所のシンクで手を洗うと、食棚から適當な皿を選んで冴子の側においておいた。冴子の「ありがとうございます」という小さな聲を背にして、スプーンやら箸やらを用意しようと思ったら、すでにロクがそれをテーブルに並べている。

ならばコップを、と思ったらこちらはすでにナナが人數分を用意していて、自分のコップに冷やしたハーブティーをれていた。

布津野はその手際の良さに表をほころばせた。いつのまにか、重の冴子さんの負擔にならないように無言の連攜プレーが家族の間で出來上がりつつある。

「ねぇ、お父さん、名前決めたの」

コップのハーブティーにちびりと口をつけたナナは、そう言って首をかたむけた。

「いや、全然。何がいいと思う?」

「う〜ん、の子でしょう? ナナたちみたいに、數字にするのも変だしね。お父さんとグランマの名前から一文字ずつで、忠子(ただこ)とか……さすがに微妙だね」

「微妙か〜」

そう、の子なのだ。

の子は男の子に比べて育てるのが難しいと聞いたことがある。當然、名前についても気をつけないといけないだろう。

多分、忠子はだめだろう。布津野忠子、ぐれてしまうかも知れない。

「ねぇ、グランマ」とナナが椅子の背もたれに重を預ける。「生まれるのはいつ?」

「今が、25週と6日目ですから。順調ならあと12週間後ですね」

「ふーん。そういうの、予測出來ないの? だって、ほら。今は壽命とか將來かかる病気とかもかなり正確に予測できちゃうんでしょ。伝子検査とかで」

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「ええ、一応予測はできますよ」

冴子はいつぞや購した石窯スチームの炊飯を開けると、しゃもじで釜の中のご飯を混ぜた。炊きたての米にこうやって空気を吸わせてやるとより味しくなるのだと、どこかで聞いたらしい。

「しかし、私のケースは予測は難しいですから」

「どうして?」

「改良素が妊娠すること自が、かなり珍しいので」

ロクがナナの隣に座って、その冴子の説明を引き継ぐ。

「特にグランマの第五世代以降は、最適化の方針を能力追求に切り替えましたからね。生能力を含めた生種としての総合能力は第三世代がトップで、それ以上はむしろ低下している」

「へぇ、そうなの」

布津野は手持ち無沙汰になったので、ロクとナナの向かいに腰掛ける。

冴子さんのお腹の子どもについてのことだし、ロク、ナナ、ニィ君にも関わることだからとても興味が引かれた。

ナナがお茶をれたコップを差し出してくれた。冴子さんが水出ししてくれたハーブティーだ。口をつけるとスッキリとしたじが鼻に抜ける。

「ええ、第七世代になるともはや自然生が不可能なくらいです。第五世代もそれなりに生能力は低下していますから、グランマだって……」

そこで、ロクは言葉を途切った。顎を指でつまんで何やら考え込んでいる。

「父さん」

「ん、なんだい?」

「あの子は自然生ですか?」

口に含んでいたハーブティーをロクの顔面に盛大に吹きつけてしまった。

「……汚いですね。一、どうしたのですか」

けほげほ、とを叩く。

え、自然生? 何それ。良く分かんないだけど、どういう意味で言ってるの?

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もう17歳になったんでしょ。お願いだよ。人間のは、おしべとめしべとは同じようで違うんだよ。

「いや、……ね」

「ね、じゃないですよ。まったく、」

ロクは席を立って風呂場のほうに歩いて行く。多分、タオルを取りに行ったのだろう。

まったく、僕は悪くない。デリカシーってのがロクにはないんだから。家族でもそういうところはちゃんとしましょう。恥ずかしいから。

腕を組んで必死に顔をしかめていると、よこからナナが袖をひく。

「お父さん、その……。自然生なの?」

もう一回お茶を吹き出すところだった。しかし、もう口にあったお茶は全部ロクにぶちまけた後だったので、けほげほ、と変に引きつった咳しか出てこない。

「え、いや……自然って、ね」

「違いますよ」と冴子さんがフォローしてくれた。

自分が狼狽えているのを見かねたのか、それとも単にカレーの準備を終えただけなのか、冴子さんはお盆に全員の皿を乗せてテーブルにやってきたところだ。

ちょうどその時、ロクもタオルで顔を拭きながら姿を現す。

「自然生ではないのですね」

「ええ」と冴子さんは皿をテーブルに並べながら答える。「忠人さんが反対して、そういった試みはしませんでした」

……冴子さん、すまし顔でベッドでの話を子どもにするのは本當に止めてください。

「反対とは?」とロクがこちらに視線を向ける。

それはね。やる時はちゃんと避妊をしてやる、ということだよ。

なんて、言うわけにはいかない。「あ、うん」と聲がどもって、目線が泳いでします。泳ぎ著いた先で、ナナがじとりと細めた目と視線があった。逃げ場はどこ? どこなの? 學校は保険育をもっとしっかりと教えるべきじゃないの?

「子どもには最適化をしてほしい、と言うことです」

「ああ、そういうことですか」

「そ、そうだよ。そういうこと。あたりまえじゃないか」

やだなー。避妊とかじゃないよ。もう。

布津野はコップに殘ったハーブティーをぐいっと飲み干した。

落ち著け。ロクもナナも、もう子どもじゃない。々、分かっているはずだ。すこし興味津々なだけだ。多分。きっと。

「み、未調整だったら、か、かわいそうじゃないか」

「父さんは、未調整は嫌ですか」

「もちろん」

——産んでごめんなさい。

不意に脳を刺した昔の記憶。母の聲。

それを呪いだ、とずっと思っていた。

……本當に久しぶりに思い出したなぁ。ずっと抱えていた劣等。それこそ親の顔よりも睨み続けた醜い自分の姿。

もう、完全に忘れちゃってた。

「これから産まれてくるんだからね」と息をつく。「ちゃんとしなきゃね」

「そうですか。で、どんな最適化を? やはり、伝子継承ですか」

「へっ?」

布津野の口が開いたままかなくなった。最適化って々あるの? 伝子継承ってなに?

完全に停止してしまった布津野を見て、ロクはため息をついた。

「近年、最適化法が改正されて親の伝子をベースにした最適化が可能になったんですよ。ご存じなかったんですか?」

「へぇ。そ、そうなんだ」

「まったく、何がちゃんとしなきゃ、ですか」

ロクは口の端をゆがめると、カレーを口に運んだ。その目がし開く。どうやら、不意をつかれたほどに味しかったらしい。

「そこら辺は複雑な事がありますので、私のほうで決めておきましたから」

冴子さんはそう言って、カレーの中にあった大きめの手羽元の先を指でつまみ、スプーンのふちを使ってをそぎ落とした。

「それに、私は第五世代です。私由來の伝子は生能力の低下を引き起こす原因になりますので、一般の伝子継承に使用することは止されています」

「そう、でしたね」

布津野は二人の會話が上手くのみ込めなかったので、かわりにカレーを口に含んだ。

……味しい。

なんだろう。深い。複雑な味がする。きっと、これは自分が作るようなカレーじゃない。骨付きの大きな鶏が一本まるまるっているし。なんか凄いカレーだ。

「ねぇ、ナナ」

「なぁに」

伝子継承ってなに?」

ナナが急に頬を染めて、「やだ、えっち」とこちらを上目遣いで見てくる。

え、今のエッチになるの。それだったら、前に聞かれた自然生の質問はどうなるの? 納得いかないよ。思春期の娘、むずかし過ぎない?

「……ごめん」

「うん。いいよ。伝子継承っていうのはね。両親の生細胞を使った最適化のことだね。普通の最適化は第三世代からランダムに選ばれたのを使うのだけど、その時に両親の伝子も混ぜることができるの」

「ふーん」

なるほど。つまり、僕にはまったく関係ないな。

自分の伝子なんて殘してもしょうがない。って言うか、殘ったらイヤだ。ここはランダムでも適當でもいいから他人のもっと良いのを使わせてもらいたい。

伝子継承は外國にも最適化を広めるために、よりれやすい方法として考えられたものなの。なんて言ったっけなぁ。そうだ、複合生だ」

「うわぁ、難しそうな名前」

「そんなことないよ」

ナナは鼻を鳴らして、皿の上でぐちゃぐちゃに混ぜたカレーをスプーンですくい上げてぱくついた。

「例えば、」と口をもぐもぐさせる。「健児さんと花子さんが複合生で子どもを作ろうとします。まず、健児さんと花子さんの比率を決めます。例えば、50%と40%みたいなじ」

「へぇ、殘りの10%は?」

「それは、第三世代のランダムらしいよ」

つまり、健児と花子と第三世代で50%と40%と10%か……。ん?

「他人が10%くらいいるんだけど、」

「そだね。だから複合生っていうのです。でも、これで外國の未調整の人でも自分の伝子を殘しつつ最適化できます」

「ん?」

「ほら、すでに最適化されている親同士なら伝子選定と微調整だけで最適化水準をクリアできるけどね。外國の人はいきなりじゃむずかしいから、10%くらい改良素伝子を混ぜるの」

……そんなこと可能なの?

「実際は三人ではなく、もっと多いですけどね」

橫合いからロクが口を挾んだ。

「おっ、出たよ出た。ロクの厳な説明」

ナナは骨付きのを指でつまみ上げてそのまま齧りついた。

布津野はその様子を橫目で見ながら、味しそうな食べ方だな〜、と心する。カレーで手がべたべたになりそうだが、僕もやってみよう。

手を拭くためのティッシュを取りに席を立ち上がろうとした瞬間、冴子さんが目の前にティッシュを箱ごと置いてくれた。

「もっと多いって?」

布津野はさっそく手羽をつまみ上げながら、ロクに続きを聞く。

「……その食べ方、汚くないですか?」

布津野はナナの真似をして骨付きに囓りついた。骨に歯が當たったところで、そのまま引きちぎると、するり、とが骨から外れる。口の周りがカレーの油まみれ、それを舌でなめるとジューシーだ。

「そう? 味しいよ」

「食べ方は味には関係ないでしょ」

を食べてるじがして、なんかいい」

「……どうなんですか。グランマ?」

「お好きなように」

冴子の皿の上には、すでにほぐし取ったと骨が整然と分けられている。

ロクは、冴子と布津野とナナの皿を互に見渡して口をへの字に曲げた。やがて、スプーンを取り上げると骨の隙間に當てれて、すぅとをほぐし取り出した。どうやら、冴子の食べ方を採用にすることにしたらしい。

「で、」と、布津野は口の周りをティッシュで拭き取り「どゆこと?」と聞く。

「先ほどの場合、10%の第三者の伝子には複數の第三世代の素がつかわれる、と言う意味です」

「……つまり?」

「例えば、複合生に使われる。生細胞の総數を100とします。この場合、男親からは50個、親からは40個、殘りの10個は第三世代の改良素からランダムで提供されます」

「ああ、だからか」

「ええ、念のため斷っておきますが、この數は説明のための仮置きですよ。現実的にはもっと數は多いですし、子と卵子の比率は卵子のほうがずっとないですから」

ロクの手はよどむことなくいて、と骨を取り分けていく。

「第一ステージとして、この伝子集合をランダムに合し、これを第一世代伝子群とします。

次に、この伝子群同士を合して第二世代、第三世代と更新を繰り返します。更新の際には、健康値や能力指數などに閾値(しきいち)をもうけて、それをクリアした伝子だけを選出して次世代の更新に使われます。こうして最後に殘った伝子に最終調整を施して卵をつくります」

「へぇ、なるほど。そうすれば、健児さんと花子さんの伝子も混ざった狀態で最適化される、ってことか」

つまり、このカレーと同じだな。んなものが混ざって味しくなる。

「いえ、現実的には違いますよ」

「ん、なんで? だって90%は両親の伝子なんでしょ」

「二人の伝子が殘るには能閾値をクリアする必要がありますからね。親がすでに最適化されている場合は別ですが、未調整の場合は世代更新で親由來の伝子は高確率で排除されてしまいます。

なるべくそうならないように、早期の世代更新では閾値を低く設定して、徐々に厳しくしていくのですが……。実際に実親の伝子配列が殘るのは形質として発現しにくい未解明の領域くらいですね」

布津野は「ふむ」と息をもらして、茶を口に含んだ。

つまり酢豚にれられたパイナップルみたいなものか。好きな人は好きみたいだが、多數派になれるかというと難しいだろう。取り除かれてしまうのが現実だ。

「もともと、複合生による伝子継承という制度は、無化計畫を諸外國にれやすいようにするための施策でした。現実的にはほとんど殘らないとしても、それでも自分の伝子が殘る可能があるなら心理的な抵抗は軽減されるだろう、という見立てです。

実際、海外の最適化のほとんどが伝子継承を希したものです。完全に第三世代だけの伝子配合だけで行うよりも何十倍もコストがかかるわりに、発現する形質はあまり変わりません。なので、本當は非合理的なだけなのですが……。

それでも伝子継承を発表した直後に、海外での最適化希者が一気に増加したのは事実です。不思議なもので日本でも希者は増えてますね。今の親世代は第二世代ベースが多いですから、第三世代として調整する際にしでも自分たちと同じ配列を殘したいと考えるようです」

ロクはほぐし終えた鶏を箸で口に運んだ。

どうやら、よく分かるロクの解説は終わったらしい。

「どう」とナナが目を輝かして口をはさむ。「お父さん、複合生のすごいところ、気がついた?」

「え、うん。……多分」

「そうよ。つまり、これは同同士でも子どもが作れるのよ!」

はっ、そこに気がつくとはなんて恐ろしい子!

……最近になって、ナナはさらにそういう世界にどっぷりとハマり出したようだ。なるほど、そちらの方面で真剣にお悩みの方には大ニュースに違いないだろう。

一部の好家の方々は「私達の妄想が、現実に追い抜かれるなんて〜」とか言っているかもしれない。

「まぁ、選択肢が増えたのはいいことだよね」

布津野は頬杖をついて無難な想をもらす。

それにしても、良く考えるものだなぁ、と心してしまった。複合生っていうの? すごいよね。海外の人は最適化の抵抗が強いから、こういう制度があれば隨分と気持ちが変わるのだろう。

だからといって、正直、自分にはあんまりだな。自分の伝子なんて殘してもしょうがない。むしろ消し去ってしまいたいと思う。何かの間違いでほんのちょっとでも混じっちゃうと、子どもが可哀想じゃない?

せっかく産まれるのなら、冴子さん100%とかでいいんじゃん。

「それで、グランマはどんな配合にしたのですか。それとも通常の最適化ですか?」

「複合生ですよ。しだけですが忠人さんの子をまぜておきました」

「ええっ! なんでですか。冴子さん100%が良かったのに」

布津野が前のめりになって冴子をみる。

同時に、ふと沸いた疑問にが凍りついた。あれ、冴子さん? 僕の子なんていつ取ったの? に覚え、全然、ないんだけども……。

冴子はクスクスと笑う。

「それでは私のクローンになりますよ。それに私の伝子は使うことは止されています。生能力の低い伝因子が一般普及の伝子プールに混しては人類に大変な影響がありますからね。とはいえ、著床に使った無核卵子は私自のものですが」

「え〜、嫌だな。僕の伝子が殘ってたら可哀想だよ」

「大丈夫ですよ」とロクが橫目で布津野を見る。「途中の選定で、父さんのはほとんど殘りませんよ」

「だったら、いいんだけどさ」

はぁ、と布津野はため息をついた。「不安だなぁ。大丈夫かなぁ」と冴子の膨らんだお腹を眺める。

院は?」

「通常なら出産前には必要ないのですけど、第五世代の妊娠は前例がほとんどありません。ご迷をおかけしますが、一週間前から院させて頂くつもりです」

「がんばって。家はロクとナナ、ニィ君もいる。大丈夫だから」

「ええ」

冴子は下腹を支えるように手を添えた。「では、忠人さんにはアエリンの世話をお願いしましょうか」

その時、名前を呼ばれたと勘違いしたアエリンが、にゅあ、と鳴いて冴子の足元までやってきた。

ふふ、と冴子はやわらかく笑い、アエリンを抱き上げてをなでてやった。

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