《[完結しました!] 僕は、お父さんだから(書籍名:伝子コンプレックス)》[5-03] 屋裏部屋
その日、ニィが忍び込むように布津野の家に帰ってきたのは深夜の1時を回った後だった。
家の中がすでに照明が落とされて暗く、他の人はすでに寢靜まった後。ニィはそれを確認すると、まずは臺所の冷蔵庫前へと飛びついた。
大きな冷蔵庫の両開きのドアを左右に開くと、カレーがった寸鍋と炊いた米をれたタッパが仲良く並べられていた。冴子が自分のために用意しておいた作り置きであることを察して、ニィはそれに手をばした。
その時、パチッ、と音がして部屋の照明がつく。
「お帰り」と後ろから布津野の聲がした。
「ただいま、親父」
ニィは布津野のことを親父と呼ぶことにしたらしい。
家族になってしばらくは、『お父さん』と『親父』と『パパ』の三つをそれなりに悩んで試行錯誤を繰り返していた。父さんと呼ぶのはロクと被ることに気がついて早々に放棄し、パパは布津野がむずがゆい顔をするので一時はかなり気にって使い続けていた。
しかし、結局は親父に落ち著いたようだ。
「起こしました?」
「いや、……トイレだよ」
「トイレは二階にもあるでしょう」
ここは一階で、布津野と冴子の寢室は二階だ。わざわざ降りてきたことになる。
「今回も、気づかれてしまったようですね」
「隨分、上手くなったよ。泥棒ごっこ」
「GOAが仕掛けている警備システムを誤魔化すのは簡単なんだけどな」
ニィは白飯のったタッパの中に鍋のカレーをれて、そのまま電子レンジにかける。
「どうやっても、親父には気づかれてしまう」
「目が覚めちゃうだけだよ。もう1時だ。もっと早く帰って來ればいいのに」
「嫌です。ロクの奴がいるだろ」
「大は11時に寢てるよ」
「確実を期しているのです」
「もう」
布津野がテーブルにつくと、ニィは溫めなおしたカレーのタッパを持って向かいの席に座る。
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「こいつは旨そうだ」とタッパを覗きこみながら手を叩く。
「味しかったよ。その鶏、そのまま齧りつくと最高だった」
「そいつはいいや。やってみよう」
ニィは手羽元をつまもうと、あっちあちと苦戦を始めた。布津野は見かねてティッシュの箱をもってくると、ニィの脇に置いた後、二人分のコップとお茶を用意し始める。
「うん、これは最高に旨いや」
ようやく齧りつくことに功したニィは、口のまわりをべたべたにして聲をあげた。よほど腹を空かしていたのか、カレーをかき込むようにした食べ始めた。
「ゆっくり食べなよ」
せっかく味しいのに、と布津野は頬杖をつく。
「これでも、」と咀嚼と會話に口をかしながら、「んな國の食いを食べてきましたけどね、」ニィは布津野のほうを見る。「グランマのよりも旨いもんなんてありませんでしたよ」
「そうだろうね」
「舌がえてしょうがない」
まぁ、それが目當てになってこの子がこうして帰ってくるのだから、冴子さんの料理は本當に大したものだと思う。
「それで、今日はどこに行ってたの? 學校は」
「サボりましたよ。……大丈夫ですよ、そんな顔をしないでください。卒業に必要なもろもろはクリアしてますから」
「そうだろうけど。ほら、友達とか」
「それを言うなら、ロクの奴を心配するのが筋ですよ。俺はこれでも友達は多いんだ。あいつとは違ってね」
ニィ君は、ロクとナナと同じ高校に通うことになった。
晴れて三人とも僕と冴子さんの養子になったのだが、同時にみんなは政府の重要な人でもある。んな都合を考えると、一緒の學校に通うことになる。それに、第七世代を満足させるほどの教育水準にある學校はかなり限られてもいる。
「本當に?」と怪しむ目をニィ君にむけてみる。
ロクがぼっちだと言うのも気になるが、今は置いておこう。ニィ君が大げさに言っているだけの可能もあるしね。
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ニィ君は口の周りをティッシュで拭き取り、それを丸めてゴミ箱に投げれた。
「ほら、どこにもいるでしょう。枠組みに上手くはまれない奴ら」
「……ニィ君のこと?」
「言いますねぇ。しかし、否定はしませんよ。あの學校はいわゆる優等生のコミュニティでしょ。努力が當たり前に出來て、何時間も座ってお勉強しても発狂することもない。制服がよく似合う年の社場さ」
「つまり、裝が趣味のニィ君には窮屈だ、と?」
「マイノリティに対する集団圧力がいささか強いんですよ、あそこは。そんなこんなで數が馴染めずに発狂して、授業中に保健室や屋上に逃げ込むことになる。敷かれたレールを走るには、車軸が曲がってしまっている奴ら。當たり前の努力と素直な功に唾を吐いて、斜に構えすぎて背筋が曲がりはじめている」
「なんか々と言い方がひどいな〜」
ニィはお茶を一口飲んだ。殘りが半分くらいになってしまったカレーを今度はゆっくりと味わい始める。
「そういう奴らとね、俺は気が合うんですよ」
「ああ、なんだか想像できる」
つまり、ニィ君は不良や保健室通いの子と仲良くやっているようだ。
彼のような社的な子が、學校における數派のそんな子たちにとって、どのような影響があるのだろうか。孤児院の生徒たちからの心酔ぶりを思い返すと、頼もしいと思うけれど同時に不安でもある。
「それに引き替えロクの奴ですよ」
「うん?」
「あいつは絶的です。あれはいわゆる浮き上がりすぎたトップ・マジョリティですからね」
「ああ、それもなんとなく分かるな」
「多數派(マジョリティ)と數派(マイノリティ)だけで表現できるほど、この世の中は単純じゃありませんからね。往々にして多數派にはピラミッド型の階層(ヒエラルキー)が存在するんだ。そして、ロクの場合はもはやピラミッドじゃない。あれは斷絶して浮遊した孤島ですよ」
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ちゃんと勉強して、績を達して、実績のある社會的ルートを選んで將來につなげる。つまりニィ君の言うところの多數派である優等生たちから見上げても、ロクは優等生過ぎてハードルが高い。
「優等生の奴らは、社會的に認められた価値観を借りて、自分と他人を計っているんだ。分かりますか?」
「まぁ、ね。隨分とひねくれた言い方だと思うけど」
「そんな多數派の優等生たちが、ロクみたいな存在をけれられるわけがないでしょう。知ってますか? あいつ、この前に績最優秀で全生徒の前で表彰されたんですよ。その時のスピーチでなんと言ったと思います?」
「なにやら、不穏だねぇ」
「國際分業の比較優位論を引用して、例え自分がトップでなくても自分が比較的得意な分野を見つけて集中して努力すれば良い、なんて言いやがった」
「なんだい、それ?」
布津野は首を傾げた。
「要はあいつは真顔でこう言いやがったんだ」と言い置いて、ニィはロクの口調を真似る。「一番になれなかった皆さんも落ち込むことはありません。ある分野に集中して努力すれば、社會には十分に貢獻できるのです。……要はそういうことです」
あちゃぁ、と布津野は自分の頬を叩いた。
なんだか想像出來てしまった。それを聞いていた人たちはまだ高校生たちだ。しかも、國でも指折りの績優秀校。そんな子たちに、一番になれなくても問題はありませんよ、なんて言ったら大変なことになる。
「そんなこんなで、學校ではあいつに近づく奴はめったにいない」
「……心配だなぁ」
「ま、問題ないでしょうよ。あと半年もしたら卒業だ。さて、おかわりしよ」
いつの間にか、ニィ君はカレーを平らげていた。
彼はロクと比較してよく食べる。冴子さんが作りがいあって良かったと喜んでいたのを思い出した。
「寢る前なのに、食べ過ぎないようにね」
「大丈夫、俺は夜型だから」
ニィは冷蔵庫に頭をつっこんで、新たな白米タッパを取り出した。
「明日の學校は」
「もうすでに今日ですし、それに今日は土曜日で休みです」
「……そうだった」
「あ、そうだ。親父。これから一緒に夜更かししません? 久しぶりに酒が飲めますよ」
「むぅ」
冴子さんが妊娠してから酒は控えるようにしている。
妊娠中は々神経が不安定になるらしいし、ベッドでは一緒に寢るから酒臭いとストレスになってしまうかもしれない。
冴子さんは「いわゆる、つわりと呼ばれる癥狀は個人差があり、私の場合はかなり安定しているので飲んでも構いませんよ」と言ってくれているが、まぁ、これも良い機會だと思って酒に挑戦中なのだ。
もう何ヶ月もお酒を飲んでいない。
最初のうちは我慢しにくかったが、もうが慣れてしまってどうでも良いじになっている。心なしか調もいいのだ。
「……コーラで、カロリーのないやつ」
「お、偉いですね」
「出産が終わったら、冴子さんと一緒に乾杯するつもりだから」
「授期のアルコールも良くありませんよ」
「ちょっとくらいは?」
「さぁ? 詳しい事はグランマに聞いてください。じゃあ、コーラとポテチを持って、俺の部屋に行きましょう」
ニィ君は二杯目のカレーを一気にかき込んで食べると、食棚の上のほうから菓子袋を取り出した。
そのまま足音を忍ばせて階段を登り二階を歩く。まるで貓みたいに足音がまったくしない。こうやって人知れず勝手に帰って來て、またどこかに行ってしまうのだ。
やがて、ニィ君の部屋ということになった屋裏に続く梯子(はしご)に手をかけると、ひょい、とを乗り上げて消えた。
本當は二階にも一階にも空き部屋があったのだが、彼の強い希で屋裏を部屋にすることになった。しかも、勝手に天井窓を作ってしまって、屋から直接出りできるように改造してしまっている。
ニィ君はいわゆる放息子だが、そんな気ままな生活を支えるいろんなギミックがこの屋裏には詰め込まれている。
「よいしょ」と布津野も梯子を登る。
そこはあまり広くない空間だった。
そもそも、屋裏部屋なんて元々は無く、広さは四畳くらいの狹い置場があっただけだった。そこをニィ君が日曜大工で々と改築改修の末に無理矢理に部屋にしてしまっただけだ。背の低い自分でさえ、立ち上がれるほどの高さはない。
ニィ君は屋裏の天井にぶら下げたガラス製のランタンを手に取ると、あぐらをかいて床に置く。
「あ、ランタンだ」
「今、火をれますね」
そのままランタンのレバーを前後に押し込み始めた。布津野はその様子を眺めながら「何してるの?」と聞いてみる。
「こいつはガソリン式なんでね。加圧しなきゃダメなんですよ」
「へぇ。どこで買ったの?」
「イギリス」
ニィはそう言いながら、ランタンを掲げて左右から確かめる。「マントルは……まだ代えなくて良さそうだな」と言って、マッチを差しれて火をつけた。
ぼぅ、と火が広がってランタンの黒い部分がオレンジに輝きはじめる。ニィが再びレバーを押し込むと、燈りが安定して周囲を照らし始めた。
「すごい!」
ふふん、と得意気に鼻をならしたニィはランプを脇に置いて、ポテチの袋を開けた。
「さぁ、そこに座って座って」
ニィの指示にしたがって、布津野は床に直接敷いたマットレスの上に腰掛けた。
「いい雰囲気でしょ」
「そうだね」
「こういうレトロな奴、けっこう好きなんですよね。無駄で非効率で面倒くさいでしょう。メンテナンスも大変なんだ。手間ばかりかかってどうしようもない」
「……本當に好きなの?」
「してる、といっても過言じゃないですね」
「ひねくれてるなぁ」
布津野は煌々とあたりを照らすランタンの燈が、この狹い屋裏を何倍もの広さに押し広げているような気がして、その不思議に見っていた。
「でも、僕はすこし不安かな」
「ほう」
「的には、火事にならないかと不安だ」
あはは、とニィは笑いをこぼした後に、嫌な顔をした。
「ロクみたいな事を言わないでくださいよ」
「それね。笑わないでよ?」
「あはは」
ニィ君はわざとらしく笑った。
「……前に宮本さんに遊びにわれた時も、ロクに注意されてしまってね」
「宮本? ああ、GOAの」
布津野はそこでし戸った。
ニィ君の片割れであるサンというの子は、宮本さんが殺したのだ。その事実を彼は知っているのだろうか。頭の良い子だから予想はしているかもしれない。
しかし、ニィの様子は平然として、その心をうかがうことは出來なかった。
「悪い遊びのいですか」
「悪い?」
「後で水に流さないといけない火遊び、みたいな」
布津野は口の端をしぶめた。
的に言えば、キャバクラにわれるのだが、たしかに水に流れる遊びかもしれない。
宮本さんはよく「旦那、旦那、」と聲をかけてきて「キャバにいこうぜ、キャバ。いいじゃねぇか、冴子も気にやしねぇよ」とってくる。
「そうだね」
「ほう、浮気ですか。いけませんねぇ。妊娠した妻に求不満の夫。八年目の倦怠。酒とギャンブルに溺れる毎日。家に帰ったら、反抗期で生意気でむかつく息子がいるんだ」
「いや、」
「ああ、可哀想な親父。俺がおめ致しましょうか?」
「いえ、結構です」
布津野は片手をあげて斷った。
ニィ君は中國にいた時に、男を問わず夜の相手をしていた過去があるらしい。そんな彼の冗談には妙にリアリティがあって怖い。妻が妊娠して求不満の夫が息子に……なんてニュース一面ものじゃないか。
「いやね。ロクから、宮本さんがそうやって若い隊員を連れ回して悪い遊びをしているのを聞いてたから……。だから、全部斷ってるよ」
「はっ、ロクなんかに良い悪いの判斷がつきますか」
その時、「なんか悪い事してる」とこの屋裏部屋のり口である床下から聲がした。
振り返ると、ナナがそこから顔だけを出している。
「ああ、いいなぁ〜。夜更かしにお菓子」
まるで生首みたいに、顔だけ出したナナは頬を膨らました。
「起こしちゃった?」
布津野は彼に手を差しべる。「ううん」と首をふってナナは手をとった。
軽く引っ張り上げると、ナナはそのままぴったりと布津野の橫に寄り添って座り込む。
「うう、寒いよぉ〜」と言って、布津野が膝にかけていた布を引っ張り出して、自分もその中にりこんでしまう。
ナナはランタンをじっと見た後に、狹い屋裏を見渡した。立ち上がることの出來ない低い天井に、れに使っているバスケットには文庫本とミカンとお菓子が詰め込まれている。
「羨ましいなぁ〜。ニィのこの部屋。まるでお弁當箱みたい」
「だろ」
ニィは、にやりと笑う。
「今度、代わってやろうか?」
「本當に?」
「ああ」
「やったー! じゃあ、私も夜更かしする。お父さんと二人っきりで」
ナナがねだるように布津野を見上げる。その期待する視線から目を逸らして布津野は頬を掻いた。
そう何回も夜更かししたらがもたない。そろそろ四十に近づいたおっさんの力は繊細でデリケートなんだ。不規則な生活、絶対ダメ。
ナナと二人っきりというのも怖いし……。
「で、何のおしゃべりしてたの。悪い事?」とナナが目を輝かせる。
「ロクがいかに悪い奴か、それを親父に言いつけていたのさ」
「いい加減、ニィも好きだよね」
ナナはくるまった布から、その腕をのばしてポテチをつまみ上げる。
「よし。じゃあ、今日はナナ、ロクの味方をしてみようかな〜」
「お、やるか」
「これでもロクと私は連番ですからね。さて、ウチの不肖の連番が何かしましたか、ニィさんや」
「ふむ、そのことなんだがな。ナナばぁさん」
二人はふざけ合っている。
その様子を近くで眺めていた布津野は、こんな風にニィ君とロクが仲直りすることは出來ないか、と思いを巡らせた。いつの日かきっと。今だって、昔に比べたら隨分とマシになったのだから。
「ほれ、例えば先日あっただろ。あいつが一番の績だからって、學校で表彰されたやつ」
「ああ、あったね。いつもの事じゃん」
「そう、いつもの事だ。そこが余計にいけねぇ。何をやっても一番、常にトップ、他が頑張っても関係ねぇ。距離は開くばかりさ。獨走の周回抜かしで、もう何週目かも分かったもんじゃねぇ」
ニィ君はふざけているせいか、口調が妙に芝居がかっている。
「ふむふむ、それで」
ぱりぽりもぐもぐ、とナナはポテチを頬張った。
「そんな奴がだよ。普段から高いところにつけてあるその鼻を、表彰の壇上に上げて鳴らしながら言いやがっただろ。お前達は一つに集中して努力した方が良い。そうすれば、ちゃんと社會に貢獻できるから安心しろ、ってな。はじめからデキが違うとでも言いたいんだろ。最高に最低な打ち下ろし加減で叩きやがった。ねぇ、親父や。こいつをどう思う」
「ちょい待ちな」
ナナは手の平を前に押し出して、ノリに乗り出したニィの口上を遮った。「噓はいけないねぇ。ニィさんや」その手はそのままポテチ袋に下ろされて、新たな一枚をつまみ出す。
「何が噓なものか、確かに言った」
「言ったよ。言った。確かにそう。だけど、やっぱり違う。ナナ、今はロクの味方モードだから言っちゃうよ」
ニィは口をへの字に曲げる。
「おいおい、そりゃないぜ」
「ニィも本當は分かってるくせに。でも、お父さんはすぐ心配しちゃうんだから、そういう噓はダメ」
ぱりっ、と音を立ててナナはポテチにかじりつく。
「噓じゃないだろ」
「だから余計にダメ」
「ちぇっ」
「ねぇ、お父さん」
ナナは口元を指で拭いながら布津野を見る。
「なんだい」
「今からナナは、ロクがみんなに言ったことを真似するね。ニィが言ったみたいに途中をはしょらずに」
「うん」
ナナは布津野から離れて、はぎ取った布を羽織って立ち上がる。
天井の低い屋裏だが、小柄なナナは一番高い中央だったらギリギリ立てた。足下のランタンのに照らされたナナの姿は、ぼぅと浮かび上がるような影がついている。
まるで妖とか霊みたいな幻想的な存在のように見えた。
「今回、総合的に最も優秀だという判斷を頂きました」
ナナの聲に布津野は耳を澄ませた。
「しかし、総合的に優秀であるという事に価値はあまりありません。一つの事でもこれに特化し集中すれば世界すら変えうる。これは分業における比較優位論で示唆されている可能ですが、僕が実際に見て験してきた事実でもあります。その好例については……隨分と有名になってしまいましたので皆さんもご存じかと思いますが、」
布津野は目を閉じた。
瞼の裏ではナナの姿がロクに変わる。鼓の一枚奧で、ロクの聲に変換されていく。
「布津野忠人は、僕の養父です」
しん、と夜の靜寂にランタンの燈りすらくすぶった。
「父さんはいわゆる未調整です。何をやってもダメで、だらしなくて、けない人です。本當にどうしようもなくて、いつも僕を困らせています。同じ未調整でも、その人よりも優秀な人を僕は知っています。
……だけど、僕はこの人にまだ勝てません。
もう7年も努力してます。初めは數ヶ月でと思ってましたが、なかなか納得できずに続けて今に至ります。続けて3年たった頃、僕はようやくその人に追いついたと思いました。その気になってた時期もありました。でも、実際はあの人が僕に歩調を合わせていただけでした」
そこで、ナナは手を振り上げた。
「そう、僕はその人の手の上で踴らされていたのです! 自分の愚かさに初めて気がつきました。僕はなにも見えてなかった。父さんは最高です!」
ん……、と布津野は片目をあけてナナを見る。
違和がある。あのロクがそんな事を言うわけがない。特に最後のほうはなんか滅茶苦茶なじがするんだけど。
ナナは両手で羽織った布を広げて大きな影を作っていた。その赤い瞳でこちらをじっと見ていたが、やがて「あ、ばれた」と笑った。
「おいおい、途中から全然違うじゃないか」とニィが口を挾む。
ナナは下手な口笛を吹いて「違わないよ、お父さんに分かりやすいようにちょっと付け足しただけだよ」と言うと、布を広げたまま布津野に抱きついた。
「ナナ、どこまで本當なの」
「ぜーんぶ」
「本當に?」
「本當だよ〜。でも、ロクの長い話なんて、ナナがみんな覚えているわけないじゃん」
「いい加減な。ナナのほうこそ噓はよせ。もっと短かったぞ。最後のほうなんて完全に創作じゃないか」
「そんなことないよー。お父さんはナナのこと信じてくれる?」
「そうだねー」
と、布津野は笑って誤魔化されたままにした。
まぁ、なんとなく安心しました。どうやらニィ君が主張するように、他の生徒からひんしゅくを買うようなことを言い放ったわけではないようだ。
「まったく」とニィが腕を組む。「友達のいないぼっち野郎が、そんな殊勝なこと考えているわけがない」
「友達がいないわけじゃないですー。ロクは友達がないだけですー」
「ゼロから數人増えてもどんぐりだ」
「昔より増えていますー。長率でいうと無限大」
「……援護が無理矢理だぞ」
「いいのいいの。お父さんのが安心に変わったから」
ナナはそう言うと、首だけ回してニィの方を向く。
「それよりもさ。校発酵カプのランキングの件の話しよーよ」
「おい、それはガチで止めろ。吐き気がする」
「え〜。いいじゃん、いいじゃん」
「ん、なになに?」
布津野はニィが本気で嫌がっている様子が珍しくて、興味をもった。
「え〜とね。ナナってね。同に興味があるの知ってるでしょ」
「ああ、知ってるよ」
ナナは何でも僕に話してくれる。
々なことに興味をもつ事は良いことだと思う。ニィ君じゃないけど、趣味がマイノリティでも問題はない。んな可能の中から自分がハマれる事を見つけたら良い。僕にとっての合気道みたいなものかもしれない。
「それでね。ナナは學校の同好會の會長もやってるんだけどぉ」
「ああ……、あの紅葉ちゃんが設立した會でしょ。なんかもう々と凄いことになってるらしいけど」
「うんうん。もうナナも三年生で一番の古株ですから、しっかりとお局(つぼね)しちゃってるのよ」
々なことに興味をもつ事は本當に良いことだ。でも、紅葉ちゃんがナナに教え導いた沼はとてつもなく深い。
「それでぇ。今年はナナが主催でやったのよね。校発酵カプランキング。正式名稱は校ベストカップリングランキング・同版。そしたらね、まぁ予想通りでしたけどね、2人が上位を獨占しちゃったわけですよ」
「あっ」
オチが読めました。
布津野が視線を移すと、もはや胃の腫瘍が火傷したような形相をしたニィが、ナナを睨んでいるのが見える。
布津野は慌ててナナの口をふさいで止める。「ぷはぁ」と息をもらしてもがくナナを、思いっきり抱きしめて押さえ込んでしまう。
ゆっくりとニィのほうを見る。
「まぁ、ね。許してあげてよ」
「いや、俺もお祭り騒ぎは嫌いじゃないんだ」
「悪気はないんだ、きっと」
いや、むしろ悪気だらけだったのだろう。
食べと同じで、発酵がダメな人もいることをマイノリティはちゃんと理解してあげる必要があると思う。
「親父」
「うん」
「ちゃんと、ナナを叱ってやってください」
「……申し訳ありませんでした」
布津野はナナの頭を抑えながら、ニィに謝った。
モテない陰キャ平社員の俺はミリオンセラー書籍化作家であることを隠したい! ~転勤先の事務所の美女3人がWEB作家で俺の大ファンらしく、俺に抱かれてもいいらしい、マジムリヤバイ!〜
【オフィスラブ×WEB作家×主人公最強×仕事は有能、創作はポンコツなヒロイン達とのラブコメ】 平社員、花村 飛鷹(はなむら ひだか)は入社4年目の若手社員。 ステップアップのために成果を上げている浜山セールスオフィスへ転勤を命じられる。 そこは社內でも有名な美女しかいない営業所。 ドキドキの気分で出勤した飛鷹は二重の意味でドキドキさせられることになる。 そう彼女達は仕事への情熱と同じくらいWEB小説の投稿に力を注いでいたからだ。 さらにWEB小説サイト発、ミリオンセラー書籍化作家『お米炊子』の大ファンだった。 実は飛鷹は『お米炊子』そのものであり、社內の誰にもバレないようにこそこそ書籍化活動をしていた。 陰キャでモテない飛鷹の性癖を隠すことなく凝縮させた『お米炊子』の作品を美女達が読んで參考にしている事実にダメージを受ける飛鷹は自分が書籍化作家だと絶対バレたくないと思いつつも、仕事も創作も真剣な美女達と向き合い彼女達を成長させていく。 そして飛鷹自身もかげがえの無いパートナーを得る、そんなオフィスラブコメディ カクヨムでも投稿しています。 2021年8月14日 本編完結 4月16日 ジャンル別日間1位 4月20日 ジャンル別週間1位 5月8日 ジャンル別月間1位 5月21日 ジャンル別四半期2位 9月28日 ジャンル別年間5位 4月20日 総合日間3位 5月8日 総合月間10位
8 162【書籍化】隻眼・隻腕・隻腳の魔術師~森の小屋に籠っていたら早2000年。気づけば魔神と呼ばれていた。僕はただ魔術の探求をしたいだけなのに~
---------- 書籍化決定!第1巻【10月8日(土)】発売! TOブックス公式HP他にて予約受付中です。 詳しくは作者マイページから『活動報告』をご確認下さい。 ---------- 【あらすじ】 剣術や弓術が重要視されるシルベ村に住む主人公エインズは、ただ一人魔法の可能性に心を惹かれていた。しかしシルベ村には魔法に関する豊富な知識や文化がなく、「こんな魔法があったらいいのに」と想像する毎日だった。 そんな中、シルベ村を襲撃される。その時に初めて見た敵の『魔法』は、自らの上に崩れ落ちる瓦礫の中でエインズを魅了し、心を奪った。焼野原にされたシルベ村から、隣のタス村の住民にただ一人の生き殘りとして救い出された。瓦礫から引き上げられたエインズは右腕に左腳を失い、加えて右目も失明してしまっていた。しかし身體欠陥を持ったエインズの興味関心は魔法だけだった。 タス村で2年過ごした時、村である事件が起き魔獣が跋扈する森に入ることとなった。そんな森の中でエインズの知らない魔術的要素を多く含んだ小屋を見つける。事件を無事解決し、小屋で魔術の探求を初めて2000年。魔術の探求に行き詰まり、外の世界に觸れるため森を出ると、魔神として崇められる存在になっていた。そんなことに気づかずエインズは自分の好きなままに外の世界で魔術の探求に勤しむのであった。 2021.12.22現在 月間総合ランキング2位 2021.12.24現在 月間総合ランキング1位
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