《[完結しました!] 僕は、お父さんだから(書籍名:伝子コンプレックス)》[5-05] オートキリング

布津野が首相と面會した次の日は日曜だった。

この日をロクは非常に楽しみにしていた。もともと、日曜日は合気道の日と決めていた。とはいえ、首相が危篤狀態にある今、やらねばならぬ仕事も増え、なかなか稽古に時間を取れなかったが、今日はし違った。

珍しく、仕事が合気道に関係しているのだ。

「ロク、お待たせ〜」

「待ってましたよ。……全員來たようですね」

ロクは姿を現した布津野の背後を覗き込んだ。そこには、今回の仕事に必要な人材が揃っていた。

「珍しく時間通りですね」

「なんだなんだ。休みの日に人を呼びつけてその態度。なってませんよね」

ニィが布津野の肩に手をかけて、ロクをねめつけた。

「気にらないなら榊に代わってもいいんだぞ、ニィ」

「嫌だね〜。そうやってにすぐ甘える。榊、どう思う」

ニィは背後を振り返って、後ろに控えていた榊をみた。

「そうですね。まぁ、よろしいではないでしょうか」

「そうやって優しくするから、つけあがるんだよ」

そんなニィの軽口を無視して、ロクはあたりを見渡した。

普段は運スペースとして利用している広い部屋だ。すでにGOAの技班がところどころに座り込んでこの試験の最終確認を行っていた。

彼らは陸戦目的の無人軍用機の整備を行っている。小型の自律行が可能な軍用ドローン。回転翼を備えた軽量の飛行ドローンが4。人工筋で走行できる四つ足の獣型ドローンも4ある。

「準備はどうですか?」とロクは技班に聲をかけた。

「全機完了です。アルゴリズムは完全自律型にセット。機間の相互リンクは許可。それと……初期のリーダー機は固定しますか?」

「いや、それはランダムにしてください。3分後に開始で」

「かしこまりました。楽しみですね」

ロクは「ええ」と頷いて、布津野たちのほうに振り返った。

そこには、ニィと榊、宮本にナナまでいた。し離れたところでは、シャンマオが背を壁に預けて立っていた。GOAの隊長である宮本がこの実験に參加するのは當然だが、ナナは遊び半分で父さんについてきただけだろう。

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さて、誰から始めようか。

「ねぇ、ロク」

ロクが考え込もうとした瞬間を布津野が邪魔をする。

「これから何をするの?」

「事前に渡した説明資料を……読まなかったのですね」

「あれ、もらったっけ?」

「渡しましたよ。まったく」

まぁ、いつもの事だ。もはや目くじらも立てる気はない。

「今から新型軍用ドローンの実戦テストをするのさ、旦那」

「あ、宮本さん。お久しぶりです」

「まったくな。ちょいと最近はゴタゴタ続きで、旦那の稽古にすら顔も出せやしねぇのよ。すまねぇな」

「いいえ、今夜もお忙しいのですか?」

この実戦テストが終わった後は、父さんのGOAでの稽古がある。

「ああ。まぁ、……いいや。今日は全部キャンセルして、旦那に相手をしてもらうか。がなまって肩がこり始めやがった。旦那ぁ、今日は付き合ってくれよ」

宮本は片手を、くいとかして酒を飲むふりをした。

「今は酒中なので……」

「旦那も盡くすタイプだねぇ。聞いたぜ、冴子のやつは首相と同じところに院することにしたらしいじゃねぇか。今夜はあいつはいねぇんだろ。酒は中止だ」

「まぁ、そう言われれば」

布津野が考え込んだ隙に、ロクが口を挾む。

「グランマが院ですか?」

「あ、ああ。別に経過は悪くないのだけど、ほら。今は首相が大変な時期で、々と対応する必要があるみたいだから、側にいた方が良いだろう、ってね。同じ病棟に院することにしたんだ」

「そうですか。それは心強いです」

ロクは頷いた。

かつてのグランマは首相の腹心として閣代行役を務めていた。現在はその権限の多くを顧問委員會に委譲し、代行役も僕に引き継いでしまっている。

しかし、それでもなお、グランマの影響は強い。首相は代行役としての自分を信頼してくれてはいるが、やはり十年以上もやってきたグランマの方がやりやすい事も多いだろう。今の閣僚たちもずっとグランマと仕事をしてきた人たちだ。

「本當に助かりました。最近の首相は、閣僚や高への対応が曖昧になっていましたから」

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「ああ」と宮本も頷く。「閣僚たちも冴子がもどってきたと喜んでいたぜ。首相も、冴子に任せた、と言いつけてしまって、ようやく落ち著いたらしい。今じゃ、かわりに冴子の病室の前に行列が出來ている」

ロクは曖昧に笑った。

「なかなか、僕ではグランマのようにはいきませんね」

「おや、落ち込んだかい?」

「いいえ、ただ出産が控えたグランマに頼ってしまって、けないですね」

「ほぅ、言うようになったじゃねぇか……。ところでよ、」

宮本はロクの耳元まで、顔を近づけて聲をひそめた。

「閣僚たちが妙な噂してやがる」

「どのような?」

「次期首相は布津野の旦那らしい、とな」

ロクの眉間に皺が走る。

「……なんの戯言(たわごと)ですか」

「マジだ。どうやら宇津々の爺さんが面會した奴ら全員にそう言い出したらしい。本気かどうか、あんな狀態だからみんな混してやがる」

ロクの目が細くなって、橫目で布津野の様子をみる。

布津野はナナと一緒になって、獣型のドローンを見していた。整備をしているスタッフにあれこれと聞いたり、人工筋をつついたりして遊んでいる。

その対応をしているスタッフは、顔を輝かせて何度も頭を下げている。しまいには、ポケットから攜帯端末を取り出して両手を合わせ始めた。どうせ一緒に寫真を撮らせてください、などと頼んでいるのだろう。

「それは不味いですね。……非常に不味い」

「ほう、なにが不味い?」

その時、橫合いからニィが割り込んできた。

「現実的に親父なら可能だから、か?」

「ニィ、聞いていたのか」

「見ていたのさ」とニィは自分のを指差した

「読、か」

しまった、とロクは思った。こいつは一流の諜報員でもある。

「隨分と俺好みの展開じゃないか、ゾクゾクするねぇ」

「ニィ、遊ぶな。元はといえばお前のせいだぞ」

「いいや、俺のおさ」

「おいおい、」と宮本が始まりかけた論戦を止める。「俺にも分かるように言えっての」

ニィは片目を閉じて、宮本を流し見る。

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「親父はな、その気になれば政界への進出は簡単なんだ」

「そうなのか」と宮本は首を傾げた。

「もう何十年も首相は代わらなかったから忘れているかも知れないが、首相は投票で決まった議會が選出するものだ。そして、今や親父は世界的なヒーローだ」

「仮に、」とロクがつぶやく。「父さんが選挙に出馬すれば、簡単に當選してしまうだろう」

「そして、これほどの話題のある人間が現職から次期首相に指名されているんだ。民主主義の奔流は、親父を首相として擁立する方向へ向かう」

「……これは、本當に不味いぞ」

ロクが黙り込んだのを見て、ニィはせせら笑った。

「何が不味いものか。これはむしろ合理だ」

「真面目になれ。奇をてらっている場合じゃないぞ」

「ほう、論証してみせようか?」

二人の視線が鋭くなったのを、宮本があわてて止める。

「おいおい、後にしようぜ。それに旦那が首相なんてやりたがるわけがないだろうが」

「まぁ、そうですが。しかし、首相が周囲にそうらしたとなると、父さんに働きかけようとする者も出てくる。余計な混のもとになります」

「分かった、分かったよ。今日の夜は旦那と飲むつもりだったが、そこで話したらいいだろ。ちっ、折角の酒だったのによぉ」

頭をうなだれた宮本は腕時計をみて「そろそろ時間だろ。始めようぜ」とロクに言う。

「そう、ですね」

「ふふん、楽しくなってきたじゃないか。で、最初は誰がやるんだ」

ロクは腕を組む。

「……父さんだ」

「認めたくはないが、同意見だ」

ロクが振り返ると、スタッフの一同に囲まれて寫真撮影をしている布津野がいた。

「そろそろだ。始めますよ」

「あっ、はい。すぐに」

スタッフたちは蜘蛛の子を散らすようにして周囲に散っていく。それに引っついて、立ち去ろうとした布津野を、ロクは腕をばして引き留めた。

「父さんは、ここです」

「ここ? ここって、どこ」

「今、立っているこの場所です」

布津野は要領を得ずに周囲を見渡す。そこはこの広い空間のど真ん中で、あちこちの床にはドローンが設置されている。

「武はどれを使いますか?」

「へ?」

「あぁ、もう。そういえば、資料読んでなかったんですね」

じとり、とロクは布津野を見下ろす。

「まぁ、いいでしょう。どうせ銃の類は全然でしょうし、別にそんなのこちらも興味ありません」

「ねぇ、何のこと?」

「これを使ってください」

ロクは後ろ腰に手をばすと、すらり、と空気を響かせて白刃を抜いた。とりだしたのは短くて分厚い刀の小太刀だった。

「それって、覚石先生の!?」

「違いますよ。これはその複製です」

「複製?」

「とはいえ、腕の確かな職人を探して作らせました。ほら、確かめて見てください」

ロクは柄を反対にして小太刀を差し出す。

布津野はそれをけ取ると、まるで蝶を舞わすようにその白刃を左右へ、上下へ、と振り払ってみる。

「どうですか?」

し、まだ鉄が固いじがするけど。……うん、違和はないよ」

「良かった。どうやら、あの刀工で間違いなかったようですね」

「ねぇ、ロク。ちょっと聞いていい?」

「なんですか?」

布津野は、ロクが作らせたという小太刀の刃紋を眺めながら、おそるおそる聞いた。

「この刀、いつ作ったの」

「一年前くらいですね。以前に父さんの小太刀を拝借したじゃありませんか。その時に刀工を探し出して複製させたんですよ。興味があったので本刀の鑑定もしておきました」

「へぇ、鑑定。どうだった?」

「正真正銘の古刀(ことう)でしたよ」

「古刀!?」

「ええ、刀工も驚いてました」

「……マジですか」

布津野のの気が急速に引いて凍りつく。

「古刀って、あの貴重な古刀だよね。鎌倉時代くらいの」

「ええ、それも相當な業だそうです」

「い、いくらくらいなの?」

「五百萬で譲ってくれないか、とは言われましたが……」

「ごひゃっ」と布津野は思わず小太刀を落としそうになる。「ごひゃく、って。ごひゃくまん?」

どうしよう。五百萬円でピストルの弾を叩き落としちゃったよ。実はちょっと傷に

なっているんだよ。覚石先生、知っていてくれたのかな。もし、そうじゃないならお返ししないいけない。弁償しないと。

布津野の目が溺れ始めたのを、ロクは橫目に見た。

「父さんの刀だと伝えると、その刀工は諦めてしまいましたけどね。……値段が気になるみたいですね」

「う、うん」

「ちなみに、その複製刀は百萬円ですよ」

「ひゃく! 複製にひゃくって!」

「古刀と違って打たせればまた手にりますから気にせず使ってください。使い途のなかった貯金が役に立ちました」

ロクはそういうと、布津野から離れていく。

「さぁ、さっさと始めましょう」

「ちょっと、」

「父さんは細かい説明なんて聞いても分からないでしょう。自律型の軍事ドローンが相手です。その小太刀もそうですがドローンも壊しても大丈夫です。むしろ破壊してください。本気でお願いしますよ、これは能試験でもありますからね」

ロクは説明しながら、周囲のスタッフにアイコンタクトを送りながら片手を上げた。

「ドローンの武裝は弾倉30発の9mmペイント弾です。當たったらし痛いかもしれませんが、まぁそこは我慢してください。この手を振り下ろしたら、開始ですから」

「ねぇ、ロク。ちょっとまってよ」

「深呼吸してください。本気じゃないと意味ないですから」

布津野はもう遠くに行ってしまったロクを呆然と眺めた。手にある新作の小太刀にはまだ固い鉄のがあって、きんきんと空気を弾いているような気がする。

「ほら、このテストに六千萬円以上もかけたんです。本気ださなきゃ、請求しますからね」

お金、かけ過ぎだよ。

とほほ、と布津野はため息をついて、そのままロクに言われたとおりに深呼吸をした。手にした百萬円を握り直す。

複製らしいが手に良く収まっている。まるで柄が腕と一になっているような心持ちだ。確かに、これは名工の仕事なのだろう。

二呼吸目で、すでにまとまった。

意識は沈みこんで、現実の境界から乖離しはじめている。

「父さん、いいですか?」

そう問われたが、言葉を発する事ができない。すでに落ちたのだ、舌をかすのがひどく億劫なのだ。

布津野は顔を上げて、ロクに目線だけ送った。

「……分かりました。カウントダウンします。10秒前」

相手は機械か……。

周りの気配がさざめいている。まとまりが無い。ああ、これは敵じゃない。ナナとかニィ君とか、周りで見ている人のゆるやかな気配をじる。

じゃあ、相手はどこだ。

「5、4、3、」

呼吸がない。どれだけ深く潛っても、どこにもない。

敵はどこだ。

「2、1」

そうか、機械が相手なのか。

「開始!」

ロクの手が振り下ろされて、ドローンたちは一斉に起した。

布津野の空気のざわつきをじた。

しかし、そこに殺意はない。機械がき始めた時のかすかな空気と音の振に過ぎない。

それは普段の戦いで、布津野が潛り込んでいる濃な胎とは比べようもない。乾燥したゆらぎに過ぎなかった。

それでも、研ぎ澄まされた彼の覚は、空気の振だけで変化を捉えた。

パッパッパッ、と四方で空気がはじけて、銃弾が飛ぶ。

を沈み込ませて、初弾をやり過ごす。

そのまま、もっとも近い右側の飛行ドローンに一足駆けた時、太のあたりを、パン、と叩く衝撃がある。

二足目を踏み出した時には、肩に。

三足目を差し出す前に、に腹に腕、至るところを、パンパッパン、とめった撃ちにされた。

「それまで!」

ロクがそうぶと、ドローンたちはこぼしていた駆音を徐々に鎮めて、床下に伏せていく。

後には、とりどりのペイントをぶちまけられた布津野が殘された。

「ロクぅ……。噓つき。けっこう痛いよぉ、これ」

「痛くないなんて言ってませんよ。一言も」

「こんなの無理だよ。絶対無理。全然、呼吸とか気とか、ないんだもん」

「當たり前ですよ。機械なんですから。しかも完全自律型ですからね。人が作しているわけでもありません」

ロクはそう言いながら、全をペイントまみれにした布津野に近づいていく。

相當に痛かったせいか、涙目になっている布津野の顔を、ロクは興味深そうに覗き込んだ。

「意外に予想通りでしたね。安心しました」

「何、それ」

「いえ、父さんはたまに予想外の事をしでかすので、もしかしたら機械相手でもやってのけるかもしれないなぁ、と」

「そんなわけないだろ」

「ええ、ですから安心しましたよ」

布津野が涙を拭こうと手をあげた瞬間、ロクはそれを素早く摑んで抑える。

「ダメですよ。目の中にペイントの塗料がっちゃいますよ」

「あっ、そうか」

「ほら、」

ロクはポケットからハンカチを取り出すと、それを指に巻いて布津野の目にあてた。

目の周囲を拭き取ると、ハンカチを裏返して顔全にとりかかる。一通り綺麗にしたところで、ロクは布津野がされるがままになのに気がついて、表をしかめた。

「ほら、後は自分でやってください」とハンカチを押しつける。

「ありがとう。あ、この刀、返すよ。汚しちゃったけど」

「別にいいですよ。どうせ僕が使いますから」

「えっ」

布津野がもらったハンカチで顔をごしごしと拭きながら、顔を上げた。

「次は僕の番ですからね」

「ロクもやるの?」

「ええ。はら、そろそろ始めますからあっちに行ってください」

「うん」

布津野がそういって、とぼとぼ、と歩いて立ち去っていくのをその場で見送った。

すぐにナナとニィがそれを迎えれると何やらおしゃべりを始めるのが見える。そこから視線を引きはがして、周囲のスタッフに告げる。

「次は僕がやります。再起の準備を」

「分かりました」

ロクはところどころに塗料がついた刀の柄を右手で握り込んで、左手は刀に添えた。

そのまま、目を閉じる。

集中、瞑想し、意識をそぎ落としていく。

さて、父さんとはいえ……、いや違うな。父さんだからこそ、か。機械相手ではやはり分が悪かったのだろう。それは実験する必要もない事だったが、やはり確認したかったのだ。

自律機械化による殺人の自化。

オートキリング技の集大だ。すでに実用化されているものは多いが、自律稼働で戦判斷まで行うものはまだ試験段階だ。実戦稼働しているのは、GOAによる戦場の単純化と大まかな命令を必要とする。的には、隊員の隨伴支援ドローンや遠距離からの砲撃や空の完全自化といったものだ。

しかし、今回の実験で複雑な近接戦闘でのオートキリングを実現した事になる。しかも、最強といっても過言ではない父さん相手に圧倒したのだ。

「準備はいいですか」

「……はい。カウントダウンを」

「かしこまりました。始めます……。10、9、」

さて、それを相手に僕ならどうするか。

この近接戦闘アルゴリズムの欠點はなんだ? 開発者である僕がこいつらの事を一番知っている。

「5、4、3、」

父さんは……初弾はかわした。

呼吸や気といった高次元の読みや同調の存在しない機械的な攻撃を、それでも初弾をかわしたのだ。

であれば、試したい事はある。

「2、1、0、」

呼吸を落とす。

「開始です」

ロクはそのまま、足を抜いた(・・・)。

斜め下にり出す。剎那の直前にロクのがあった場所は、橫毆りの雹(ひょう)のような連錯したが、すでにロクははるか前に移し、すでに二歩目を抜いて(・・・)いた。

その足運びは武道によって呼稱は様々で、無足や地摺(じず)り、単に抜き足と表現されることもある。呼び方は違えど要點は同じで、運力學の自明である蹴り足の反による移を否定することにある。

通常、移のためには大地を蹴る。

この反による通常の移法には、戦闘においては重大な欠陥があった。

ロクの沈み込みながら前進するは、銃撃を背後に置いてけぼりにしながら、わずか三足目で標的を刃圏に捉えた。

息を細くして、ロクは緩めた前足にたまり込んだ勢いを解放した。

大きくび上がった腕の先には、小太刀の白刃がをはじく。目の前にあった飛行ドローンは、下から上にまっすぐと切り上げる。

パキッ、とまるでプラスチックが割れるような乾いた音をたる

これは名刀だ。本當に良い買いをした。

軽裝甲の飛行ドローンとはいえ、軍用規格のフレームを斬った。

飛行ドローンはまるで斬られたことに気が付かないように、その上部に備え付けられた銃口を回す。

その瞬間、斬られていたフィンがれて姿勢がくずれ、まるで死んだかのように崩れて床に落ちた。

他のドローンが仲間の死に驚くように、銃口をこちらに回す。

しかし、すでにロクは抜き足で移していた。

——ここからは、未知數だ。

ロクは重心を腹下に押し込んで、抜き足の加速に緩急をつけた。ドローンによる予測撃は約0.2秒ごとに照準補正される。等速直線運は即、死を意味する。

錯する隙間にり込ませる。絶対に足で床を蹴ってはならない。反による加速では0.2秒に間に合わない。

近接格闘における反の欠點は、相手に読まれやすいことだ。

ロクは抜き足を橫に開いて、重心を水平らせて弧を描いた。そのギリギリの接戦方向を銃撃が抜けていく。反には、その起點にコンマ數秒の””ため”が発生する。

これに対し、重心の自由落下を移の起點にする抜き足はこの"ため"が存在しない。

——その”ため”を消す稽古は、徹底してきた。

ドローンの予測撃アルゴリズムは、人間の運データを學習させている。つまり、反加速を前提にした定點変予測だ。

そんなもので、僕の技を捉えられるものか。

ロクは二目のドローンを袈裟斬りにする。

それが下に落ちる前に、摑みとって、三目に向かって投げつける。

そのまま反対側の膝を抜いて移に繋げ、次の目標に向かう。

後方で、ぐしゃり、と投げた飛行ドローンが衝突して落ちる音。

それとほぼ同時に、下から突き上げた小太刀の切っ先が、四目の回転翼を突きやぶった。

そのまま手首をひねり、フィンを絡めて破壊。そのまま振り下ろして機ごと、床に叩きつけた。

飛行ドローンはすべて破壊した。殘りは獣型のドローン。

右手の小太刀は切っ先を垂らした下段の構え。半を開いて周囲を見ると、四つ足の人工筋をしならせて走り回る走行ドローンがいる。

——遅かったか。

ロクは息をのんだ。

の走行ドローンは、すでに最高速度に到達している。四足獣の運力學を模して設計されたそのドローンは最高速度180km/時。その人工筋力は、通常の筋の50倍にもなる。

4は、目でかろうじて追えるかどうかの速度で周囲を駆け回っている。

その形狀は評判が非常に悪かった。貓科のを參考にしたのだが、の上半分はまな板のように平らで首から上はない。では目や耳、鼻などのを搭載する頭部だが、ドローンには不要だから取り払ったのだ。

その平らな背中に搭載した赤外線センサーはすでにこちらを投しているだろう。同じく背中に據えたマシンガンの銃口がこちらを狙っている。

パン、と背後からの銃聲にをひねる。

それが、合図でになって駆ける四から、パパパッ、と一斉に連が浴びせられる。

ロクはひねりこんだ反を利用して上に飛び上がった。そのまま、包囲のからぬけ出る。

途端に、4匹はパッと散ってロクの著地地點に包囲陣形をつくった。

「……降參です」

と、著地したロクは両手を上げて、右足をぷらぷらと揺らしてみせた。

その膝あたりがペイントの塗料で染まっていた。

「テストを終了します」

そうスタッフが応じると、凄まじい速さで駆け回っていた4は、ぴたり、と止まって膝を折ってその場に座り込んだ。

「すごい、すごいよ! ロク」

すぐさまに布津野が駆け寄ってくるのを、ロクは片手をあげて迎えた。

「まぁ、獣型は倒せませんでしたけどね」

「でも、すごいよ。どうやったの」

「基本どおりですよ。抜き足と重心の上下を無くして常にき続ける。ああいった武道的な所作は、機械には把握しづらいのです」

布津野が、ほう、と息をつく。

「なるほどねぇ。僕も頑張ったんだけどな」

「父さんのは……、まぁ相手は機械ですから、ね」

せき払いをしながら、ロクは布津野を見下ろした。

抜き足にせよ重心の整え方にせよ、自分が父さんよりも優れているわけではない。この人の運足はもはや蕓の域だ。いたことすら気づけないほどに反が無い。まさに無足と呼ぶべきだろう。

しかし、今回の相手は機械だ。常に一定の間隔でデータ処理して対応する。ゆえに、単純な理現象として相手のきを解析してしまう。そうなると、父さんは不利だ。

なぜなら……、父さんの足は短い。

その運足は卓越しているけれど、抜き足の距離と速度は歩幅による。移距離が短ければ、機械の計算に追いつかれてしまうのだ。

この人は本當に、人相手じゃないとダメなんだな。

「……僕のは、部のアルゴリズムを知っていたからですよ。ドローンの次のきとか、回り込みとか、撃の分布とか、そういったものですね」

そう言って、適當に誤魔化した。

噓をついた訳ではない。自分がうまくいった理由には、アルゴリズムを把握していたこともある。足の長短など要因の一つに過ぎない。的優劣の比較を敢えて口にする理由こそ、特にないのだ。

「やるじゃないか」

と、近寄ってくる聲に視線を流すと、ニィが近寄ってきた。

手をゆっくりと叩きながらも、橫目で周囲のドローンを見る。特に、獣型の構造を注意深く観察しているようだ。

「小型で高速、しかも、四足歩行に特有の急な方向転換が可能。加速も申し分ない、か……。それ以上に厄介なのは、高さが低いことだな。俺の膝上程度、か。こいつに撃を當てることが出來る兵はいないだろうな」

「獣型は近接戦闘に特化している。市街戦などのり組んだ地形でもっともポテンシャルを発揮するだろう」

ニィは、ちらり、とロクのペイント弾で濡れた膝を見た。

「なるほど、足元に銃弾をばらまくよう撃管制を最適化しているな」

「……そうだ。分かるか」

ロクは眉をしかめた。

ニィは優秀だ。行原理こそ合理に欠くが、直としか良いようのない思考の瞬発力に優れ、事の背景をすぐに見抜いてしまう。

「実戦では腰から下は防弾チョッキをつけないからな。裝弾數を重視した9mm弾を主武裝にしたのは、威力が必要ないからだろう。まずは足を止めることを最優先にした戦。開発者の格がよく出ている」

目を細めて睨みながらも、口は歪めて嘲る。ニィはそんな皮な表をよく自分に向ける。

「その通りだ。……この戦アルゴリズムに従う獣型ドローンにはGOAですら太刀打ちは不可能だ」

正面からニィを睨み返す。

GOAの隊員を使った評価テストはすでに何度も行っている。ドローンとの戦闘距離が近くなるほど、GOAの敗北率は指數関數的に増加している。特に、先ほどのような格闘戦距離ではGOAは手も足も出なかった。

「ああ、なるほど。それでか、」

ニィは顎をなでて、こっちを見た。

「……」

「お前が飛行ドローンのほうを手早く片付けた理由だ。お前の連攜アルゴリズムの神髄は、犬ドローンの包囲散撃で足止めし、飛行するのが頭上からの狙撃で止めを刺す。つまり三次元包囲だな。

お前はそれを恐れて、初めに頭上の安全を確保した。高速の犬を追いかけるのは骨だが、飛行ドローンは鈍足だからな」

くっくっくっ、とニィがまるで熱帯の食蟲花のような笑いを咲かせる。

「してやってみせて、隨分と得意気のようだが……。ネタが割れればそんなところだろう」

「そのための試験だ」

「それで、親父に勝った、とでも?」

「違う!」

思わず大きな聲が出た。自分でも驚いて、はっ、と息をのむ。

「……そんなこと、思ってない。全然、考えてもなかった」

「ふんっ」

ニィは鼻をならして両手を組んだ。「で、」と片方の眉を引き上げて、首を傾げる。

「俺を呼んだ理由は?」

「お前にもテストをしてもらう」

「まぁ、そうだろうがな。ふむ、刀一本か……」

「いや」

手をあげて、脇に控えていたスタッフに「次のテストだ。準備を」と聲をかける。

スタッフが両手に大きなアタッシュケースをもってきて、それを足元に置いた。

「なんだ、それは?」

「個人攜帯が可能なあらゆるタイプの武だ。好きなのを選べ。それと、フィールドの狀況を変更させてもらう」

他のスタッフたちが、大きなパネル版を二人一組で運び出してスペースのあらゆる箇所に設置していく。テストの想定は市街地戦なので、中央に十字路が出來るようにパネルを外壁に見立て、を隠す掩蔽(えんぺい)になりうる場所には箱型のオブジェクトを置いて固定しはじめた。

「おいおい、舐めているのか?」

「狀況が簡単になった、と思ったか」

「さっさと止めさせろ」

「勘違いするな。これはテストのためだ。お前には獣型を全滅してもらう」

「……」

「このテストは自律型ドローンの近接能を検証するものだ。その能がGOAを凌駕することはすでに立証されている。そして、父さんさえも勝てなかった。これで、もし、実戦狀況でお前が勝てなかったら……。このドローンに勝てるものはいない、ということになる」

そう言い終わった後に、思わず口がへの字に曲がる。

これは事実だ。

ニィは……最強の兵士だ。

実戦経験、能力、撃能力、戦判斷力、兵運用、どれを取っても彼を超える人材はこの世界にいない。

「ほぅ、気持ち悪いことを言いやがる」

「……やるのか?」

「はっ」とニィは息を吐く。「まぁ、お前のオートキリングが最強だ、というのも癪(しゃく)だしな。それに、」

ニィが手を下ろして、足元のアタッシュケースを開き中を覗きこんだ。

「親父の敵(かたき)をとってやらなきゃな」

どうやら、やる気になったらしい。

ふぅ、と肩を下ろして「行きますよ」と近くで、目を泳がせて立ち盡くしていた父さんに聲をかける。

「あ、うん」

「親父」とニィが呼びとめて「応援、よろしくお願いしますよ」

「ああ、もちろん。がんばって」

「はい。ロクの自慢のおもちゃなんて、イチコロですよ」

などと、無駄話をする余裕すら見せつけている。

壁際まで移して、背を壁にあずけて立つ。中央のほうを見ると、父さんが走って離れていくのが見える。

さて、ニィが選んだ裝備は拳銃に……手榴弾も手にしている。順當に考えればサブマシンガンを選ぶべきだと思うが、何を考えている?

まぁ、いい。

僕が予測できるような攻略法であれば、すでにアルゴリズムに対策を施している。この試験の要點は僕が思いもつかなかった戦データの収集だ。ニィの非合理的な行こそがまさに目的なのだ。

さて、見せてもらおう。お前の戦とやらを。

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