《[完結しました!] 僕は、お父さんだから(書籍名:伝子コンプレックス)》[5-17] 羌莫煌

「羌莫煌(チャンムーファン)様、前方に敵意があります」

クローンの白眼が前を向いたまま、軍用ジープの後部座席に座っていた男に報告した。男は「そうか」と聲をらして目を見開く。

その片方の眼窩には何もっていない。

ただ暗い空の闇がその中にあるだけで、もう片方にはちゃんとある眼球がそこにははめ込まれていなかった。

の特徴」と羌莫煌は短く問う。

「はっ、結晶のような黒です」

「……ニィか」

男の髪は黒く長い。男がおもむろに髪をかき上げると、片方の耳があるべき箇所のがえぐれて無くなっている。

「いかがしますか?」

「罠だろう。しかし、これを避ければ奴の奇策に絡めとられよう。あれが巡らす罠は、あがくほどに絡まるように出來ている。このまま進め。……久しき仲だ。二、三は言葉をわすのも悪くはない」

「はっ」

羌莫煌を乗せた軍用ジープが速度をゆるめて、草原を進んでいく。

それに合わせて、後続の裝甲車もそれを守るように左右に展開しはじめる。襲撃をけた村から逃げ出したその一団は、草原の中で一人佇んでいる人影に向かって両翼を開いた。

そのニィは草原のど真ん中で一人、悠然と立っている。

その先頭をいく羌莫煌のジープはニィの前までくると停止した。

すると、取り巻きの裝甲車はニィの回りに橫付けにして、背後のドアが開いてシャンマオのクローンがぞろぞろと姿を現す。

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自らが包囲されていく様子を、ニィは両腕を組みながら眺めていた。

「久しいな。ニィ」

羌莫煌は天井のない後部座席から立ち上がって、地上のニィを見下ろした。

「相変わらず、ぞろぞろと侍(はべ)らせているじゃないか。莫煌」

「何用だ」

「……つれないな」

ニィは口をゆがめて、數歩前へ踏み出した。

「昔はあんなに仲良くやってたじゃないか」

「よく言う」と羌莫煌は、橫のクローン兵を呼び寄せて耳打ちで何かを問いかけた。その返答に頷くと「お前からは殺気がれているそうだ」

ニィは両手をあげて首を振った。

「いやだね。関係は信じてから始まるものだ。そう警戒するな」

「一度は信じたつもりだ。裏切ったのはお前だ」

ニィは肩をすくめた。

「どうかな、あの時の俺はもうし複雑な狀況にいた」

「今は安心して私を殺せる、と?」

「それほどお前がおしいのさ。知っているか、日本ではヤンデレと言うんだ。俺はお前に病(ビンジャオ)なだけさ」

ニィが羌莫煌に向かって歩を進めようとすると、辺りにいたクローンが一斉に包囲のめ、羌莫煌の前方に並んで垣をつくった。

「……よく躾けているじゃないか。かつての想い人のクローンでハーレムか……歪んでるねぇ。手にらなかったものばかりを執拗に追い求めるところは変わらんな」

「言葉を左右に話を散らす、か」

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羌莫煌の片目だけが薄く開いて、周囲の様子を見渡す。

「おおかた、周囲に例のドローンでも伏したか?」

「……だったらどうする」

羌莫煌は今度は頭を左右にふって、ふむ、と息をついた。

「いや、違うな。目的は時間稼ぎ、か」

「……」

「なるほど數が足りなかったな。手持ちに余裕がなかった、と見える」

「さて、どうかな」

「だからと言って」と羌莫煌はニィを見た。「私を殺すチャンスを、お前が見逃すわけがない」

羌莫煌が手上げた。その瞬間に周囲のクローン兵がさらに包囲のをつめ、銃口を突きつけてくる。

ニィはそれでも平然と立っていた。

「唯一、分からんのは」と羌莫煌は眉間に指をあてた。「お前は私の退路を読んでいたのに、そこにドローンを集中的に配置しなかった事だ」

「……」

「よもや、危覧の救出に主力を回したか? 考えられんな。お前はもっと純粋だったはずだ」

「俺を語るな」

「お前のことはよく知っている。私がした數ない一人だからな」

「はっ、はぁー!」

突然、ニィはをそらして笑い出した。

「いってやがる!」

口元を歪めて、歯を見せて、目を崩して、鼻を鳴らす。頭痛を押さえつけるように手を頭に押し當てて、酸欠のようにを掻きむしった。

そして、まるで嘔吐するようにニィはんだ。

「やっぱり、滅茶苦茶、気持ち悪いよ。お前は!」

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その言葉が起トリガーだった。

ニィは機戦闘力に劣る飛行ドローンを土中に埋めていた。そして、その銃座だけを地面から出し、固定の撃臺としていた。そのドローンから一斉に火線が放たれる。

銃撃がれ、包囲していたクローン兵がバラバラと倒れ始める。

ニィはその間隙にり込ませて、羌莫煌に突進した。

ジープのボンネットを蹴り上げ、一気に後部座席まで飛び上がり、抜きざまの拳銃で羌莫煌の眉間を撃った。

が、それは羌莫煌を庇って立ちふさがったクローン兵に當たる。

難を逃れた羌莫煌は、庇って倒れたクローンには見向きもせずに他の兵に囲まれながらニィに背をむけてジープを降りはじめた。

「莫煌!」

「なるほどな。お前が姿をさらせば私がここに來る読んで周囲にドローンを配置したか。機械相手では雑種もが見えぬし、土中に隠蔽されて反撃もままならない。……相変わらずだな。限られた手駒で狀況を覆してくる」

そう呟きながらも、羌莫煌は歩みを止めなかった。

「待て!」とニィは吠えた。

しかし、羌莫煌はそれを無視してクローン兵を引き連れてニィから離れていく。

ニィはそれをジープの上から睨めつけながらも、けずにいた。

「しかし、チャンスを逃したな。お前が追って來られないのが何よりの証拠。埋めたドローンはお前の周囲だけ。その外ではお前は雑種に勝てない」

「……」

「久しぶりに話せて良かったよ。かつてした者への手向けに、私の次の一手を明かしておこうか」

羌莫煌は顔だけで振り向いて、その空の眼をニィに向けた。

「今から完全な數に基づいて、中國全土の核ミサイルが発される」

「なっ!」

ニィが絶句したのを見て、羌莫煌はくくっと息を殺しきれずに笑った。

「本當に會えて良かった。あのお前のそんな顔が見れただからな」

羌莫煌はクローン兵に囲まれながら裝甲車のほうに乗り込むと、ジープの上に立つニィを置き去りして、その場から去っていった。

ロクはイヤホンからの通知に鼓を刺されて、その耳を片手で覆った。

「おい、引きこもり!」

ニィの聲にはいつもの無駄な余裕がなく、まくしたてるような早口だった。

「莫煌(ムーファン)が核を撃つと言ってやがった」

「……そうか」

ロクは細く息をはいて、眼を閉じた。

突然のニィからの報告に聞きたい事は多かったが、大の予測はできる。四罪による核攻撃についても、あらかじめ想定されたパターンだ。

核攻撃の対策はすでに用意があった。確実な核迎撃システムの構築は、自最適化戦闘(オートキリング)と同じく統制された計畫敵戦爭(ゲーミング・ウォー)構想の最重要課題でもあった。すでにプロジェクトは完了しており、日本に向けての核攻撃は、自的に迎撃されるようにプログラミングされている。

「問題は核ミサイルを數発するつもりだ」

「……無差別攻撃か!」

ロクは奧歯をぎりと噛みしめた。

核迎撃システムは、當然だが特定の防衛対象にしか有効ではない。的には日本の都市、同盟國の主要都市、各國の最適化センターだ。

想定される目標點の候補數が有限であるからこそ、そこからの逆算による迎撃プロセスが可能になのだ。無差別攻撃の迎撃は不可能だ。

一方で、數発された場合はそれによって大量の人が死ぬ確率はかなり低い。人類はこの地球にくまなく集しているわけではないからだ。

しかし、問題は……。

「奴のことだ。の中に、人口集地を目標にした核ミサイルを紛れさせているぞ」

「……ニィ、法強(ファジャン)に渉をできるか?」

現在、中國政府のナンバー2に就任している法強は、かつてニィと協力して四罪と対抗したことがある。自分とも面識があり、ナナも認める人だ。

「どうするつもりだ」

「これから中國全土の発基地に直接攻撃を加える。法強にはそれを黙認するように伝えろ。四罪のテロによる破だと偽って、國報統制を徹底するように」

「ほう、やれるのか?」

「ミサイルを撃たれたら終わりだ。撃たれる前に本から破壊する」

「……了解した」

その時、新たなビープ音がロクの鼓を刺した。

その音は急事態にしか発することのない特別なものだ。

閣代行、急事態、」

「中國全土の重要拠點で、核ミサイルの発らしき熱源が一斉に発生した。違うか?」

オペレータの報告を遮って、ロクは事実の確認を急かした。

この連絡は、早期警戒衛星による他國のミサイル拠點の熱源発生をトリガーにして行われる。つまり、ロクは先ほどのニィの報告が事実だったということだ。

「えっ? どうして、それを」

「どうなんだ」

「お、おっしゃる通りです」

「対応レベルをSに切り替えろ。中國本土への基地攻撃を許可。衛星からの釘落(くぎお)としを実行する。同時に、防衛対象上空に無人戦闘機を展開してミサイルに備えろ。日本だけじゃない。香港、サンフランシスコ、バンガロールにもだ。同時に関係國に通達」

「し、しかし、発熱源の數が100を超えています。迎撃用の演算能力が……」

「研究所の量子コンピュータをフル稼働させる。釘落としの計算は僕がやる。繰り返す、直ちに釘落としを実施する。無人戦闘機によるミサイル迎撃戦を展開。関係各國に外通達。はやくしろ」

「了解しました!」

釘落としとは、低軌道衛星からの巨大な釘狀の質量落下攻撃のことだ。電磁加速砲によって高速出されたその質量弾は、重力による加速も加わり地下數百メートルの目標すら破壊する。

地中の核ミサイル発基地であろうが、ひとたまりもない。

そこで、ふと疑念がを騒がせて眉間に力がった。

——なぜ、羌莫煌はわざわざニィに教えた?

もし、初めからこれが數発であることが分かっていなければ、対策のほどこしようがなかった。

「ロク……」と隣に控えていたシャンマオが寄ってくる。

は息を引き取ったばかりの危覧のを、寺院の壁に垂れかけていた鮮やかな織で丁寧に包(くる)み終えたばかりだった。母との記憶が薄い彼だが、最後に命を賭して自分を助けた危覧に彼なりの配慮があるのだろう。

「シャンマオ、周囲の警戒を頼めるか?」

「分かった」

「僕は研究所のコンピュータを遠隔作して、釘落としを導する」

ロクは攜帯端末を取り出して、そこにコマンドコンソールを立ち上げる。パスワード、指紋、網と次々と認証を力していき、遠隔地にある量子コンピュータへアクセスを始めた。

規定のコマンドを打ち込み、検知された熱源座標を釘落としの目標に次々と力していく。そのタスク処理を淀みなく進めながらも、脳裏には様々な疑問が浮かんでくる。

やはり不可解なのは。羌莫煌の洩。

核攻撃の目的もだ。

何のためにこんな事をする?

この釘落としによって、日本はその核迎撃能力を世界に見せつけることになる。

自國の核施設を軍事衛星から攻撃をけた中國國は混するだろう。

言論統制と印象作が必要になる。

まぁ、それはニィに任せておけば問題はない。

……よし、終わったぞ。

量子コンピュータの全処理能力がオンラインになって、迎撃計算をはじき出していく。

釘落とし用の衛星IDたちの座標高度たちがコンソール上に流れている。すでに最初のほうのプロセスの釘は発済みだ。どうやら、そろそろそれが著弾する。

その時、大地が揺れ、遅れて轟音が遠くから響いた。

「なんだ」とシャンマオが周囲を見渡す。

「釘が命中した。近くの基地だな」

ロクは端末モニタから視線を外さず「これがしばらく続くぞ、全部で312発だ」と言って、眉をしかめた。

その言葉が終わらぬに、まるで海原がとどろくような地響きが起きた。

中國全土が揺れていた。。

まるでその巨大な國土が銅鑼(ドラ)で、そこに無數のダーツを投げつけられたように、揺れて鳴り止まずにだらけになった。

石窟の中も、そこら辺の仏がシャラシャラと音を鳴り響かせて、鮮やかな敷布がまるで突風に煽られたようにゆれている。

ミサイル発基地に勤務している人の安全は祈るしかない。できるだけ発熱源をピンポイントで打ち抜いている。迎撃されたミサイルが核発を起こすことはあり得ない。核発はな起管理が必要で、外からの単純な衝撃によって核反応が起こることはあり得ない。

「……終わったな」

寺院の飾り布や仏壇の裝などは黃豪によってすでに破壊されてはいたが、斷続的に重なった揺れによって地面に散らばってしまっている。

「どうなった」

危覧のの側で、周囲を警戒していたシャンマオがおそるおそる問いかけてきた。

なくとも、今のところはすべて発前につぶせたようだ」

ロクはモニタから視線を上げて、シャンマオをみた。

「そうか」

「まだ警戒は必要だがな……。これからの外調整のほうも大変になる。課題が山積みだ」

「まぁ頑張ることだ」

「気軽に言う。ただでさえ、父さんを首相にするなんてふざけたきがあるんだ。これ以上、ややこしくしないでほしい」

ロクは肩を落として、口の端を歪める。

シャンマオはふっと笑うと、ロクの肩をそっと抱いた。

「しかし、これで四罪は終わりだよ」

「まだ、羌莫煌が殘っている」

「あの男は獨りでは何も出來ないさ。それなのに何でも獨りで決めたがる」

「そうなのか?」

ロクは彼が羌莫煌の個人的な部分についても詳しいことが気になっていた。

「お前と似ているよ。年」

「……」

「違うのは、あいつの周りには優しい人がいなかったことだろうよ」

シャンマオの匂いが変わった気がして、ロクは戸った。

「いや……やっぱり、お前とは全然違うのかもな」

「どっちだ」

「忘れろ。単なる戯(ざ)れ言だよ」

シャンマオの小さな忍び笑いが、崩壊した石窟の中にこだました。

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