《[完結しました!] 僕は、お父さんだから(書籍名:伝子コンプレックス)》[5-18] サーモン

「なんだか、大変なことになってるね」

布津野はリビングのソファに腰掛けながら、TVのニュース番組に前のめりになっていた。

深刻な表キャスターが「急速報です」と言い始め、畫面下のテロップには「中國の複數の核施設で同時多発テロ」と流れている。

「ねぇ、ナナ」

「なに?」

臺所には「今日はナナがご飯を作る!」と言い張ったナナが、悪戦苦闘を繰り広げている。出産を控え、また病床の首相を補佐するために院している冴子の代わりだが……後ろ姿だけは本當にそっくり。

問題は料理の腕前だ。

その足元には、貓のアエリンがじっと座って尾をゆらしている。ナナが手元を誤って食材を床に落とすことがあるので、それを狙っているのだろう。

さて、何を作っているのだろうか?

「ロクたちは大丈夫かな」

「大丈夫みたいだよ」

「そうなの?」

「うん、連絡があったって聞いた」

ナナはコンロの上に置いたフライパンを、まるで罪人に押しつける焼きごてのように構え持ちながらそう答えた。

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本當に、大丈夫?

「そうか〜。無事なのか〜。心配だな〜」

料理のほうも、心配だな〜。

「電話、かけてみなよ」

「え〜、でも、絶対に忙しいよ」

きっと邪険にされて怒られるに決まってる。

ニィ君ならそんな事はしないだろうけど、それに甘えて邪魔してしまっても申し訳ないし、どうしたものだろうか。

……ふむ、これが遠くに息子を獨り立ちさせた親の心境か。最初から獨り立ちしていたような気もするけど。

「あっ、こら。アエリン、ダメ!」

臺所からナナの聲がして、しゅたっとアエリンが布津野の膝上に降りたって前足で顔をでてドヤ顔で見上げてくる。アエリンは舌で口周りを舐めとって、ついでにニャアと鳴いた。

味しいのが捕れたかい?」

布津野が人差し指でアエリンの額を掻いてやると、満足気に眼を細めてをならす。

しかし、「お父さん、アエリンを叱って」という背後からのナナの聲を聞きつけると、部屋の隅に逃げて、じっとこちらの様子を窺う。

「もう、悪戯なんだから」

エプロン姿のナナが腰に手を當て、アエリンを睨みつける。

もうすっかり大人だ。高校三年生にもなったのだから當然だろう。冴子さんのエプロンを著たその姿は本當に冴子さんにそっくり。違いがあるとすればナナの方が背が低いくらいだろう。

「何をあげたんだい?」

「あげてない。落としちゃったの」

ナナはこちらを振り返って頬を膨らませる。

「サーモン」

「それは、アエリンは喜んだだろう」

「ダメよ。塩分多いんだから」

そう言えば、冴子さんも同じような事を言っていた。

「塩分多いとダメなんだ」

「そうよ。グランマがそう言ってたもん」

なるほど、だったら間違いない。

「もう! もうもう! アエリンったら私のこと馬鹿にしているのよ」

「そうなのかい」

ナナはお冠(かんむり)にのぼったらしく、こちらの近くまできて腕を組んだ。

「だって、私が落としたものをさらって行っちゃうんだから」

「それは誰でもそうだろ」

「違うわ。グランマだったら違うもの。落ちてもアエリンはじっと待って、グランマのほうを見上げて、いい? ってちゃんと許可とるもの」

「……まぁ、そうかもね」

そもそも、冴子さんは床に何かを落とすことはない、というのは置いておいて、アエリンが冴子さんの言うことに忠実であるのは確かな事だ。

ロクなんかも、うっかりリビングでパソコン仕事をしているとアエリンはこことぞばかりにキーボードの上に乗って、すまし顔でくつろぎ始める。ニィ君も本を読んでいるとアエリンが寄ってくるが、彼の場合は用に右手で本を読みながら左手だけでアエリンをあやして満足させてしまう。

「ナナには見えているんだから、アエリンがナナを馬鹿にしている

「へぇ、そんなのも見えるんだ」

「見えるもん。多分、そうだもん」

あんまり、自信が無さそうなところを見るとわりと決めつけもあるらしい。しかし、も見えてしまうのなら面白そうだ。ナナは獣醫になる才能があるのかもしれない。

「ところで、」

「なぁに?」

「ナナは將來は何になるの?」

「お父さんのお嫁さんだよ」

……お父さんが娘に言われたい言葉ナンバーワン。

しかし、ナナが言うと若干怖いじがするので素直に喜べない、というのが正直なところ。

思わず聲が上ずってしまう。

「……獣醫とかどう?」

「じゅうい?」

のお醫者さん」

「ああ、私、あのマンガ大好き!」

「そうそう、その獣醫」

「でも……ナナはあんまり頭良くないから」

もう、高校三年生の秋。

長い人生の中で、わりと大きな分岐點にこの子たちは立っている。親としては一喜一憂してしまう。

ロクなんかはあんまり心配する余地はないからいいけれど、ナナは人並みに心配だ。ニィ君は……あの子はもうなるようにしかならないだろう。あきらめています。

ナナは指を顎にあてて、首を傾げた。

「ロクからはね。政府の仕事に専念してほしいって言われてるし」

「へぇ」

「でもね、なんか、それもどーなのって思う」

「なるほど」

「偉い人たちのって、なんか余裕がないし、私の目のことを知っている人なんかは変なじにかしこまっちゃうしね。50とか60とかいのい年のおじ様たちに頭下げられるのも、なんか変じゃない?」

「まぁね。確かに……。ナナはそれを面白がるような子じゃないね」

「そうよ」

ナナはソファに飛び込むようにして、隣にぴったりと座る。やわらかいの半分を包み込んで、赤く潤んだ瞳がこちらを上目遣いに見つめてくる。

「お父さん……」

しまったな。

と、思った時、異臭が背後から漂ってきた。

「ナナ、この臭い!」

「あっ! しまった」

ナナはソファから飛び降りて、臺所に向かって駆けていく。

何が起こったは火を見るように明らかで、コンロはIHなので火は見えなかったが、過剰に熱されたフライパンから煙が上がっているのはハッキリと見えた。

煙を払いながらフライパンの中を確認したナナが、こちらをゆっくりと振り返った。

「お父さん、今日は外食にしようか」

「……そうだね」

攜帯端末で時間を確認すると、13時を回っている。

「せっかくだから、冴子さんと首相のお見舞いも行こう」

「うん」

布津野は腰をあげて、臺所の後片付けを手伝うことにした。

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