《[完結しました!] 僕は、お父さんだから(書籍名:伝子コンプレックス)》[5-21] 僕は、お父さんだから

「旦那ぁ……」

宮本は、布津野を連れて研究所の屋上にいた。

そこで展開しているGOA大部隊の様子を確認しながらも、宮本は布津野の様子をちらちらと窺っている。布津野は腕を組んでずっと無言だったのだが、宮本の目線を察したのか顔だけかして短く聞いてくる。

「結果はどうでしたか?」

聞かれているのは、布津野の反対を押し切って宮本が先行突させた4部隊のことだ。

大部隊による一斉突の前に報を収集する必要がある。想定されるルートに偵察デバイスを持たせた決死隊を送り込んのだが……。

「……全滅だ」

「16人ですか」

布津野の唸り聲には怒りが滲んでいた。

二人は知らぬことだが、宮本が取った決死隊による潛偵察は、チベットでロクとニィが選択した戦と同じものだ。

を擔當するのが卓越した個人で、かつ後続する戦力投が十分な場合に初めて生還することができる危険な戦だ。今回はそのいずれの要素も不足していることは、宮本も十分に理解していた。

ゆえに、宮本は擔當する部隊を決死隊と呼び。部下に死んでくれと命を下したのだ。

「俺たちはこういう時の命だ。無駄じゃない。お部の様子も分かった」

「……次は僕も行きますから」

宮本はその言葉の固さに、限界が近づいていることを予した。

あの旦那の表が険しい。

ふと、このすべき男の首相としての適について迷う。ニィは旦那以外にありえないと聲高だが、ロクはそれに大反対の様子だった。

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きっと、どちらも正しいのだろう。

部下の死を悼(いた)めないクズなど問題外だが、部下を死地に立たせられないチキンも不可だ。ゆえに指揮たるものは部下の偉大なる父であれ、と言ったのは昔の有名な兵法家だった気がする。

「次は本隊で突撃だ。今、ルートを構築している」

部の様子は?」

決死隊がばらまいた偵察デバイスを通して、研究所部の映像を手することが出來た。これはすでに部隊にアップリンクされそれぞれの攜帯端末から確認することができる。

しかし、それを旦那には見せたくなかった。

部はすでに地獄絵図だ。逃げ遅れた職員や研究者の死まみれの床を、獣型ドローンが徘徊している。

「敵は地下の中樞コントロールにいるはずだ。そうじゃなきゃ、オートキリングを掌握なんて不可能だ」

「見せてもらえますか?」

「……」

宮本は顔をしかめて、自分の攜帯端末を布津野に差し出した。部のライブ映像がそこに映し出される。

布津野はそれに視線をおとして、眉をしかめた。

「……おかしい」

「どうした」

「思った以上に散らかっていない」

「散らかってない?」

「殺しが綺麗すぎる。……これは機械によるものじゃない。ちゃんと訓練された人間の殺しだ」

旦那のその指摘には説得力があった。

ドローンの戦は連で足を潰すことが多い。そのため、足がズタボロになっているはずだ。しかし、映像の中で転がっている死は綺麗なままだ。おそらく、致命傷になったのはへの単だろう。

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「それに、」

「どうした?」

「まだ、生きている人がいる」

布津野がモニタの一點を指で指差すと、死の間にうずくまっている白姿が小さく小刻みに震えているのが分かった。徘徊するドローンに怯えて、死に紛れようとしているのだろう。

「……旦那、救出はなしだぞ」

そんな戦力の余裕はない。

「いえ、そういう事じゃありません。どうして、ドローンは、」

布津野が何かを言いかけた時、宮本の端末が震えて著信を伝えた。

「おっと、ロクたちの隨伴隊員からだ」

「宮本さん、突はいつですか?」

「今、解析班が映像から侵ポイントを割り出している。功率を高めるためには侵攻ルート設定と全員へのアップリンクは必要だ。もうちょっとだ、待ってくれ」

「……」

宮本は端末を耳にあてながら、すぐ隣で大人しくしていたナナに目配せをして「旦那を頼む」と聲かけた。

不安そうな顔で押し黙ったままのナナが、小さく頷いた。

「うん」

「すまねぇな」

宮本は數歩離れて「こちら宮本だ」と言って、端末からの応答をまった。タバコがしい気分だった。あまり好んで吸う人間ではないのだが、今はタールの重い、ニコチンがっつりの、くそ苦いのを吸いたい。

「こちら、バンガロール派遣部隊です。隊長にロク顧問とニィからの連絡です」

さて、あの二人なら何か策を授けてくれるはずだ。

「おうよ」

「まず中央研究所を乗っ取った犯人ですが、四罪の頭目である羌莫煌である可能が高いとのことです」

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「そうか。まぁ、そんなとこだろうな」

なくとも四罪の仕業であることは分かっていた。

病院の周囲を警護していたのはGOAの鋭だった。それを突破して、首相を殺害し冴子を連れさらうことが出來るのは他にはいないだろう。

「また、羌莫煌に隨伴している兵士はシャンマオのクローンとのことです。先日、それと戦したニィとロクによると、シャンマオとほぼ同等の力を備えているそうです」

「……なるほど。厄介ではあるな」

驚くべき事実だったが……それには脅威をじない。

確かにあのシャンマオ同等であれば強敵だ。クローンの兵員運用についても衝撃的ではある。しかし、それが何人いたとしても、戦を組み上げて火力の量に落とし込めば撃破は可能だろう。しかも、こちらには旦那がいる。であれば、もはや敵ではない。

問題は自律型の戦闘ドローンなのだ。

あれに連攜をやられると、こちらには打つ手がない。何せあの天才ロクが構築した戦プログラムに、人工筋による驚異的な機撃のオンパレードだ。しかも、相手は有利な防衛側。

正直、宮本には包囲して兵糧攻めくらいしか思いつかなかった。すでに電力の供給は斷っている。非常用電源だけではもって數日程度だろう。ドローンに搭載できるバッテリーにも限界があるはずだ。

だが、それが切れる前にオートキリングで民間人の大殺や他國への侵攻を始められると大慘事になる。

……やはり、部下の死を積み上げても強行突撃しかない。

はぁ、と重々しいため息を、宮本はその分厚い板の上に吐きこぼした。

「おい、ロクに代わってくれ。念のため、強行突撃の判斷を仰ぎたい」

「いえ、それが、顧問は……」

「どうした?」

「顧問は、すでにそちらに降下されました」

「あんだと」

「お二人はそちらに空降下中です!」

宮本は、はっと顔を上げた。

その直上に二つの落下する影が見えた。すでに十分な低高度だが、まだ落下傘を開いてない。すでに、それが二人一組の抱き合わせ降下であることがハッキリ見て取れる距離にまで近づいたところで、ようやく耐えかねたようにグライダーが開いた。

空中で急展開するグライダーのパンッとはる音が二つ。

宮本は息をのんだ。

低高度での開傘(かいさん)は隠にはよく実施される。鋭部隊では地上からわずか300mの位置まで傘を開かないこともある。

しかし、ニィはロクを前に抱えた狀態でそれをやってのけた。しかも、この屋上にピンポイントだ。開いたグライダーでの空調整もわずか、ほぼ直線落下で目の前のランディングポイントに目がけてくる。

「おいおい。やってのけるかよ」

ニィとロクは覆い被さるように著地すると、にまとわりつくグライダーの紐をぎ捨ててこちらに駆け寄ってくる。

もう一つの落下は、ニィよりかは高い高度で傘を開き。大回りで空中を旋回しながらも正確に屋上にランディングした。こちらもかなりの腕前だと心すると、副長の嬢ちゃんとシャンマオだった。片腕だけであの作をやりきるのだから、こちらも十分に化けだ。

「宮本さん、」とロクとニィが駆け寄ってきて、

「父さんは?」「親父は?」と異口ほぼ同音で問いかけてきた。

「……俺の後ろだ」

親指で背後を指し示す。

そこには腕を組んで目を閉じる旦那がいる。

それを見たロクの顔がやわらいで、すぐに不機嫌な形を作った。

「間に合った。父さん、こんなのは中止です。勝手に進めないでください」

旦那はゆっくりと目を開ける。

「どうして?」

「どうしてって、こういうのは僕がやりますから。父さんは」

「冴子さんが、下にいるんだ。赤ちゃんもね」

その聲の固さにロクは絶句したが、すぐに頭をふった。

「だったら。だからこそ、時間をかけて確実に」

「どのくらい?」

「……どのくらい、って。そんなの」

「もうGOAの人がたくさん死んだよ。最初の突撃で8人、ちょっと前には偵察で16人だ。みんな冴子さんを助けようとしたんだ。研究所の殺された職員をれたらもっと死んでいる」

「……」

「それはきっと、今しかないから、じゃないのかな? そんな気がするんだ。どうなの?」

「それは……」

ロクは言葉を続けることが出來ずに、絶句した。

その優秀な頭脳はすでに結論を出していた。

今しかなかった。一刻も早く現狀を挽回すべきだった。

例え數百人が死のうが、研究所に突して羌莫煌らを排除すべきだ。

相手は首相のセキュリティーを手にれている。つまり、中央研究所から全ての軍事コードを掌握可能な狀態だ。この短時間で全て解読したとは思えないが、すでに奴らは研究所部を排他的防衛モードに切り替えるところまでは出來ている。

これを放置すると、羌莫煌はコードを解読するだろう。そうなれば、軍事衛星からの釘落としを世界中のどこにでも落とすことが出來る。そうなれば、その死者は數萬人では済まない。

「で、でも。父さんが行く必要は、」

「ロク」

布津野の力強い聲が、ロクのこぼれそうになった聲を遮った。

「僕は行く」

そこで、布津野の顔がふっとやわらいだ。

「あそこにいるのは、僕の家族だからね」

「……父さん、」

ロクは次の言葉が分からなくて、隣のニィを見た。

ニィは顔をしかめながら、やがて頭を左右に振ると隣にいる宮本を睨みつけた。

「おい宮本」

「……なんだ」

「お前は俺に負い目があるだろう。親父を止めろ」

ぐっ、と宮本は顔を苦めた。

ニィがいう負い目というのは、彼の連番であるサンを殺したことだと宮本はすぐに察した。宮本は布津野の橫顔を窺うように見る。

「旦那、お願いだ。いっぺんでいいからよ。冴子のことは俺に任せてくれねぇか」

「頼りにしています。しかし、僕も行きます」

「……俺にかっこつけさせくれよ。後生だ」

宮本は心の中で両手を合わせて拝んだ。

もし、旦那を死なせてしまったら、冴子に合わす顔がなくなる。

俺はよ。旦那で良かったと思ってるんだ。本気の本當さ。惚れたを笑って預けられる男なんて、旦那以外にはいねぇよ。

だからよ、最後くらいはよ。な?

「ダメです」

……ダメか。まぁ、だからこそ旦那だったんだよな。

宮本は諦めたように表を崩すと、背筋をばしてニィを見返した。

「すまねぇな。こいつは首相命令だ」

「この、臆病者が」

「本當にすまねぇ。なくとも、俺が先に死ぬ」

「ふん、勘違いしてやがる」

ニィは鼻をならして、周囲を見渡して聲を張り上げた。

「GOAの隊員ども、閣代行と最高意思決定顧問の命令だ。今すぐ、現行の命令を中止しろ!」

周囲に展開しているGOAの隊員たちは、その大聲に振り向き一瞬だけ周囲と目配せをした。しかし、布津野が直立不であることを確認すると、すぐに作業を再開する。

ロクは真っ直ぐと布津野を睨みつけながら、ニィに語りかける。

「無駄だ、ニィ。GOAは首相直轄だ」

「まったく、何が閣代行だ。大した権力なんてないじゃねぇか」

「今は、父さんが首相だ」

「らしいな。流石は愚か者で偽善者だよ。様(さま)になってやがる」

ニィの憎まれ口を聞き流して、ロクは布津野だけを見ていた。

ロクの思考はと混じり合っていく。

、どうすれば、父さんを止められる?

いつだって、父さんは僕の言うことなんて聞かなかった。

何を言ったって無意味だった。

父さんの表。見たこともないくらいに固い。

腕を組んでの仁王立ちは、十分に重心が落ちている。

その足はまるで木のっこだ。

いつもの力し余裕のある姿勢とはほど遠く、凝り固まっている。

あれでは運は自由自在にはいかない。それは父さん自の教えに背いている。

……つまり、今の父さんは萬全じゃない。

その時、ロクは何かに辿り著いた。

「ニィ、提案がある」

「妙案か」

妙案ではない。

それでも、思いついたのだ。

しかも、それはずっと試行錯誤を続けてきた仮説でもあった。この煮詰まった狀況で水を得たと勘違いして、それが暴れ出しただけなのかもしれない。でも……。

「愚策だ。だが、もうこれしか……」

「聞こうじゃないか。口惜しいが俺はお手上げだ」

ロクの手が口を覆って、その目が大きく見開いた。

それは瞬(まばた)きを忘れたかのようにまっすぐに布津野を見ていた。瞳の表面が乾いてひりつき、瞼の筋が痙攣をはじめても、思いついたその愚かな考えが前に進めとロクをせき立てていた。

それは、年の頃に立てた傲慢な仮説。

追い求め続けた夢で、笑われ続けた努力。

「……父さんを倒すぞ」

ニィの目も、また見開かれた。

ロクの開いた瞳孔がぎょろりといてニィの眼球を貫く。

ロクのが震えた。

「……笑うか?」

「いや」

「可能は低いぞ」

「ああ、それは妄想だがな」

ニィのが引き上がって笑みを作った。彼のもまた、震えていた。

稽で、無様で、無謀。それでも、それしかない」

「……二人がかりだ」

「當然だ。お前一人でやれるわけがないだろう」

二人はその剝(む)いた目玉を前にむけた。

その視線の平行線がのびる先には、両手を組んで自然に佇む布津野が立っている。布津野は二人の視線をけて目をそっと閉じ、ふっと小さな息を吐いた。

ロクとニィはほぼ同時に歩(あゆみ)を進めた。

「どうしても行くと言うなら、」とニィが聲を張り上げた。

「僕たちを倒してからです」とロクが聲を落とした。

二人は布津野に向かって構えをとった。

屋上の風が、二人と布津野の間をすり抜ける。

「おいおい、何を勝手に」と宮本が言い出したのを、布津野の手が上がって遮る。布津野は、ふぅ、とため息にしては深く重すぎる息を吐いた。

「……いいよ」

布津野の組んでいた両腕が解かれる。

「時間がない。二人同時に來なさい」

そう言って、布津野は腰裏に添えた小太刀を鞘ごと引き抜いて「ナナ、これを」と差し出した。

「お父さん」とナナが瞳を潤ませる。

「大丈夫だよ」

ナナが小太刀をけ取ってそれをに抱くと、目の前に大きな黒が広がった。

それは全てを包みこむ雄大な黒だった。そんな巨大なものが一歩、二歩と前に歩きはじめる。

その歩みの向こうにも、黒がある。

まだ小さいけど二つ。たしかに黒。

昔は青かったのに、今では同じくらいに優しい黒になったのだ。

「僕は負けないよ。だって、」

大きな黒をまとった小さな背中は、世界を包みこむように広がっていく。

ナナの視界はまるで夜になってしまったように、もはや黒に塗りつぶされてしまっていた。目を閉じても開けても同じに見えるくらいに、ここにいるみんなは、こんなにも優しいのに。

それなのに……。

「僕は、お父さんだから」

布津野のつぶやく聲が、ナナの頬をなでた。

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